第356話 グリエンの街
陽気な音楽が街の外にまで鳴り響いている。お祭り騒ぎのようだがこれがこの街の普通らしい。道行く人の顔には笑顔が浮かんでおり生気に満ち溢れている。多少空気は悪く感じるが慣れればそうでもない。肺が弱い子は間違いなく来れないが。
闘牛の魔物、ドクトルムを倒した?後に向かったのはここグリエンの街だ。あの男が言っていた街の一つで鍛治が盛んに行われているらしい。それを証明するかのように街の至る所で煙突から灰色の煙が上がっている。
とはいえ魔導具で換気はしているのかそれほど息苦しくは無い。煙突から煙が出ない時間が不自然にあるので鍛治をして良い時間なども決まっているのかもしれない。
「これは幾らかな?」
「鉄貨で三枚よ。お買い得だから買わないと損よ!」
屋台で売っていた串焼きを指で指して店員のお姉さんに一本分のお金を払う。近くに座る場所があったのでそこで座りながら串焼きを一口頬張る。肉厚でかなり大きな塊だったのだが口の中に入れた瞬間蕩けて消えてしまう。しかし確実に肉の余韻は残っておりその味がまた美味しい。
「……んぅ……美味しい。これ何のお肉だろう?」
一本分をすぐに食べ終えた後、もう一度屋台に向かう。
「おや、また買いに来てくれたのかい?」
「ん、これ何のお肉なの?凄く美味しかった。あ、あと今焼いている分で売れるだけください」
「おー、豪快だねぇ。肉はモチモチさんから取ってるのさ」
「……モチ?」
「モチモチさんだよ」
「モチモチさん……」
その後店員のお姉さんから大量に串焼きを買って指輪の中に入れた。結局モチモチさんが何かは分からなかった。
拓達とは別行動をしているので色んな所を見て回れるのが案外と楽しい。拓達が居ても別に行動が変わる訳では無いが、見られていると思うと同じようには楽しめない。勿論皆と行動するのが嫌な訳では無いが偶には一人で行動したくなるのだ。
そうして歩いていると一軒のハンマーの看板が掲げられた店を見付けた。別にこれまでそれっぽいのが無かった訳では無いのだが、基本的に人が多くて入りづらかった。スイの身体ははっきり言って小さいので人混みの中に入ると潰されてしまうのだ。そこまでして見たい訳ではなかったのでスルーしていたがここは人が居ない。というか皆無だ。
「繁盛してないのかな?腕が悪いとか?」
鍛治の街とまで言われている場所で鍛治の店をやれている時点でそれなりの技術が保証されているような気もするが実際に人が居ないのでどうしてか分からない。
「まあいっか。ちょっと見るだけだし」
店のドアを開けると立て付けが悪いのかギィーと大きな音を立てる。中は色んな武器が飾られていた。どれもこれも無骨な作りで決して華美な類では無かったが、それ故に刃物の美しさとでも呼ぶべきものが現れていた。
「綺麗……」
壁に飾られていた剣に大剣、曲刀、短剣、変わったものだと鏃だけも売られていた。恐らく投げる専用の太い針のようなものに少し離れた場所にはモーニングスターらしきものがある。
そんな中で一際美しいと感じた短剣に近付く。その短剣はグライスと同じように刀身どころか全体が黒で出来ていて姉妹剣と呼ばれてもおかしくないほど似通っていた。
「グライスの姿を真似たのかな……」
そっとその短剣に手を伸ばそうとした瞬間、誰かの気配を感じた。
「何してんだこのガキ!」
あまりにもいきなりの大声にビクッと震える。声を荒らげた方へと顔を向けると般若もかくやと言わんばかりに顔を憤怒の様相にした男が近付いてくる。逞しい髭で覆われているせいで年齢はいまいち分からないが恐らく六十歳程度だろう。
「刃物は危ねぇんだ!不用意に手を伸ばすんじゃねぇぞガキ!怪我したらどうする!」
そう男は言いながらスイの身体を意外に優しく持ち上げて短剣が飾られていた壁から少し離すと怒り始める。
「良いか!見た目は綺麗でも刃物ってのは一歩間違えりゃ人を傷付けるもんなんだ!間違えても抜き身の刃物なんざに手を伸ばすな!綺麗ってことはそんだけ磨かれてるってことだ!指なんざスパッと切れちまうからな!分かったか!」
「あ……ぅ、うん」
「分かりゃいい!そんでガキはどこから来たんだ?」
「えっと、違う街からやってきた。ここはたまたま見付けて入ったの」
「やっぱそうか。違う街の子だよな。見た事ねぇし綺麗な服着てるしな」
男は一人で納得した後、スイの方を見る。
「おい、ガ……じゃねぇ。名前は?」
「スイ」
「スイか。よし、ついて来な。いい物見せてやる」
男はそう言うと店の奥に入って行く。スイも男の後をついて中へと入る。店の奥は鍛冶場になっているらしく熱気がこもっている。しかし今は誰も居ない。
「あぁ、うちは個人店だからな。俺以外鍛冶をするやつはいねぇ。人も来ねぇしいい加減店を閉めちまおうか迷ってたんだ。今じゃ別の仕事で金稼いで生きてるくらいだからな……」
男の声には隠しきれない寂しさがあった。鍛治一本でやっていけるならそうしたいのだろうがこの街は競争相手が多すぎてそういうわけにもいかないのだろう。鍛治の腕はそう悪くはないと思うが決して良くもない。良くも悪くも美術品の類だった。あの短剣だって綺麗ではあったが戦闘で使えるかとなると微妙だろう。
「まあ良い。俺には才能は無かったってだけだ。残念だが諦めるしかねぇよ。ただ俺が打った生涯最高の品だけは何とか売りたくてな。見て貰えるか?」
「……買うかは分からないよ?」
「それでいい。客に要らねぇもん売りつけるようなことしねぇよ。見て気に入ってくれたらで構わねぇ」
男が鍛冶場のさらに奥のスペースから一本の短剣を取り出す。先程の短剣と見た目はあまり変わらない。恐らく先程見た方はこれをベースに作ったのでは無いだろうか。
「銘はネズラクだ」
「…………買う。幾ら?」
「良いのか?」
男の言葉に頷く。この短剣を逃したら一生後悔する。
「えっと……金貨八枚だ」
「金貨?え、それでいいの?白金貨でも良いよ?」
これはそれだけの価値がある。男は白金貨と聞いて慌てているが面倒なので白金貨で二十枚くらいを渡しておく。
「これでこの子は私のものだからね。絶対返さないからね」
「お、おう。しかしその……こんなにお金を渡されても」
「それは正当な報酬だから。ねえ、他にも似たようなのある?」
「一応あることはあるが」
「見せて」
男に迫りながら言うと男は慌てたように奥のスペースから三本の剣を持って来た。
「これぐらいだ。あとのは練習で失敗したやつだからな。右から順にダムレース、シウゴーラ、ノクドームだ」
「…………三本とも買う。白金貨で合わせて三十枚で良い?」
「あ、いや、うん。買ってくれるなら構わないがな」
三本の剣を指輪の中に入れる。剣帯も合わせてくれたのでそちらも指輪の中に入れておく。短剣はグライスと同じ剣帯に入れておいた。
「良い買い物が出来た。ありがとう」
「いや、ありがとうな。スイ。俺は店を閉めちまうからここで会えるかは分からんがまた会えたらその時はその剣の活躍を聞かせてくれ」
「ん、分かった。じゃあねおじさん」
スイは笑みを浮かべて手を振りながら店を出る。
「…………しかし、驚いたな。まさか独学で辿り着くとは思わなかったよ。ねぇ?ネズラク?」
『残念なのがあいつにゃ魔法の才能が無くて俺様の声が聞こえなかったことかねぇ?なぁマスターよ!』
ネズラク、恐らくは偶然の産物なのだろう。トナフが作り上げた最強の五振りに匹敵する六振り目のアーティファクト。意思持ち成長する剣。
「才能の塊みたいな存在だったけど本人は凡才。鍛冶にのみ集中すれば大成しただろうに惜しいね」
『全くだ。俺様も姉妹剣が出来た時は嬉しかったってのにあの野郎そこで諦めちまったからな。ま、今更気にしても仕方ねぇ。マスター、俺様達を愉快な旅に連れて行ってくれよ?』
「勿論」
『それと、ネズラク。私の方が先輩だから挨拶しなさい』
『くはは!宜しくな!グライス先輩!』
『……まあ、いいでしょう』
グライスとネズラクのやり取りを聞きながら串焼きを一本食べる。
「この大陸は本当に予想外な事ばかり起こるなぁ。他にもどんな事があるか楽しみだよ」
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