第355話 次の移動先は



「すまない。また取り乱してしまった」


落ち着いた男の言葉に私は首を振る。抱き締められていたのが恥ずかしかったのか男の顔は少し赤くなっていた。


「君達はこれから何処に向かうんだい?」

「分からない。そもそもこの大陸の事をまともに知らないから」

「この大陸ってことは違う大陸から……あ、もしかして君達は三神と一緒に別の大陸に移った子達なのかい?」

「当たらずとも遠からずって感じかな?移った先で……まあ色々あって発生した魔族だから。この子はこっちの大陸で生まれたばかりの子だよ」


私はそう言いながらリーリアの頭を撫でる。リーリアは花が咲いたかのような笑みで私に抱き着きながら撫でられている。


「そうなのか。なら聞き方を変えよう。旅の目的は何かな?それ次第では行き先を提示出来るかもしれない」

「……ん〜、旅の目的かぁ。最終的には元の大陸に戻る事なんだけど、それは正直海まで出られたらどうとでも出来るから……まあ、それまでは観光で良いや」

「観光か。難しいなぁ……知ってるだろうけどこの大陸で観光業は厳しいからね。う〜ん、まあそれっぽいのだったらノーランの街かな?街自体は結構綺麗だよ。魔物の襲撃はそれなりにあるけど大きな街だから割と安定しているかな。後はグリエンの街とかはどうだろう。鍛治が結構盛んでね。街自体は……綺麗とは言えないけど活気は凄いよ。モルフの街とかは逆に静かな街かな。エルフが主軸になって作った街で自然豊かな街だよ。逆に静か過ぎて楽しいかは分からないけど綺麗ではある」

「ノーラン、グリエン、モルフだね。少し見に行ってみる」

「僕の家に地図もあるから後で渡すよ。それなりに正確な地図だと自負してるよ」


男は少し自慢気に笑みを浮かべる。あの街で手に入れた地図は大雑把だったので正解な地図は欲しい。有難く受け取ることにした。


「……でもこの街みたいな街もあるんだ。死人が闊歩する街という訳じゃなくてね。その中には……魔族を奴隷扱いしている街もある。アーティファクトも多くてね。僕一人じゃどうしようも出来ないんだ。仮にも僕は街の領主っていう扱いだったからそこまで手荒な事はされなかったけど同胞が痛め付けられているのを見た時は無力な自分が悔しかったよ」

「魔族を奴隷に……」

「うん。生まれたばかりの魔族はそんなに強くない。素因を奪う魔導具かアーティファクトがあるみたいでね。弱いまま飼い殺しにするんだ。魔族は素因さえ壊れなければ幾らでも使えるって言ってたよ……未だにあの街が残っているのかは分からないけれどね。滅んだという話も聞いていないし奴隷の話も所々で聞く。不愉快な思いをするのは間違いないから行かない方が良いよ」

「そういう訳には行かない。私は父様の娘だから。魔族が虐げられているなら助けに行かないと」


私の言葉に男は寂しげに笑みを浮かべる。


「……君が望むならそれでも構わない。君ほど強いなら捕まえられるということも無いだろうしね……ただ、いやうん、見に行くなら心を強く持つといい」


男はそう言うと一つの街の名前を呟いた。


「僕が知っている街はそこだけだ。けれどその街では出荷とやらが行われているみたいだから……まだ他にも魔族を奴隷として使う街はあると思う。君がそれらを壊したいと言うなら僕は止めない。同胞達が酷い思いをしているのをみすみす放置する趣味も無いからね」


男はそこまで言うと私の頭を撫でてこう言う。


「君は曇らないでくれよ」


その言葉の意味は良く分からなかった。





男から地図を貰って別れた後、宿屋に戻ってきた私達は拓達からの質問に適当に答えていく。まあ質問と言っても訊かれたのは何処に行っていたのかと街の住人が一斉に倒れた理由だけだ。ルーレちゃんは少し顔を青くしていたけど。そう言えば幽霊とかそういう系はそんなに得意じゃなかったね。


「それでその男から貰ったのがこの地図ってこと?」


拓に頷きながらテーブルに地図を広げる。地図の枚数はそれなりに多く、地域毎と大陸全体を描いたと思われる地図で合計で十五枚もあった。全体図が分かったのは嬉しい。大戦時には大陸が幾つも地形ごと削られていたので正確な形が分かるのは有難い。

地域毎の地図にはかなり詳細な書き込みがされていた。流石に高度何メートルだとかは描いていないけれど高低差がある場所にはマークと凡そ何メートル程度なのかを書いていたり魔物の巣の場所、街の名前と場所、街道の位置も描いてあった。街道の大半は途中で途切れていたけれども。

地図以外に貰ったのが植物図鑑と動物図鑑、それと魔物図鑑だ。鉱石図鑑もあったけれど読んだ限りでは特に変わりがある訳では無さそうだったのでそちらは遠慮した。男は有り余っていた長い時間で図鑑まで作っていたのだ。死人の街となったのはきっとここ数十年という時間では無いのだろう。それこそ数千年前からそうなっていてもおかしくない。


「図鑑もあるし万が一でも食いっぱぐれる事は無いね」


私がそう言うと拓は微妙そうな顔をしてルーレちゃんは苦笑い。リーリアとリロイは特に気にしていない。シェスは何故か私全肯定派なので気にしない。


「…………この街に行くつもりなんだけどさ。……道中に出現するこの魔物美味しいんだって。ちょっと寄ってもいい?」


私のお願いに否定の声は上がらなかった。





「見た目完全に闘牛だよねあれ」

「寧ろそれ以外には見えないまであるね」


ルーレちゃんの言葉にそう返す。闘牛の魔物、ドクトル厶は一斉に反転すると私達に向けて走ってくる。一頭ではない。平原を埋め尽くす程の馬鹿みたいな数で一斉に突進してくるのだ。その迫力は半端では無い。しかも一頭一頭が七メートルを超す程の大型だ。恐竜に襲われている気分になる。


「ねえ、スイ。頭の角での攻撃とその足で轢く位しか出来ないのに大き過ぎて人が通れるぐらいの隙間がある闘牛ってどう思う?しかも地面まで角届いてないし」

「馬鹿かな?」


そう馬鹿みたいな数が居るのに馬鹿みたいに大きな隙間があるせいで足にだけ当たらないように移動すればただの大迫力ムービーでしかない闘牛等何の意味があるのか。しかもこいつらの馬鹿さ加減は更に酷い。


「あ、また体力切れが出て来た」


その巨体で走り回るせいか体力が凄い勢いで減るらしく十回も躱す頃にはちらほらと舌を出してへばり始めるのだ。勿論それでも突進をやめない。というか周りにいっぱい居る状態ではやめられない。やめれば自分を貫かせてしまうからだ。そうして最終的に体力が切れると足がもつれて倒れて他の闘牛達に轢かれ、踏まれ、或いはその角に貫かれ絶命していく。馬鹿としか言いようがない。

そうして数が減ってちらほらと群れの中に穴が生まれると我先にとばかりに闘牛達は逃げ去るのだ。本当に何をしに来たのかと言わざるを得ない。勿論その迫力に呑まれて動けなくなった獲物相手ならば良い。それなりに早くもあるから足に轢かれることもあるだろう。だけどそこそこ強い者からすれば何もせずとも躱しているだけで勝手に自滅する美味い魔物でしかない。


「……こいつらどうやって生存競争勝ち抜いているんだろう?」

「その大きな身体で他の魔物は踏んだりしてるんじゃない?一匹だけならそれぐらいは出来そう」

「群れるから弱くなるってことだね。まあこいつらなら有り得なくもないか」


という事で躱し続けて手に入れた闘牛の肉を二十匹分手に入れた。馬鹿みたいに大きいし解体も大変なのだが近くの街で請け負ってくれるだろうか。冒険者ギルドを切実に欲しいと思ったのは初めてだった。

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