第233話 人を疑うことを知らないのかな?
「スイちゃんどうしてこんな事になってるのかなぁ?」
「さぁ?」
茜と二人で首を傾げながら周りを見ると何故か飲めや歌えやの大騒ぎ状態。ユンと呼ばれていた男の子もそれと同年代らしい少年少女と一緒に楽しそうに遊んでいる。その中でスイは中心部にて主役扱いされていた。
あの後男性二人に付き従いながら村長の所に連れて行かれた。どうやら素因の強さは分からないようで武器を持っていないなら少女の姿の魔族等敵ではないと判断したのだろう。実際は素手で容赦無く倒せる程度には強いのだが。それにスイはグライスも使うが殆ど素手でしか闘わない戦闘スタイルなので寧ろ強くなっているのだが。そもそも魔法が使える時点で武器の有無はあまり関係無い。
そして村長もまたヴェルデニアどころかウラノリアの名前すら知らなかった。何年前から引き篭っているのだろうか。いよいよどうしようか迷っていたら村長が何故かほぼ無条件でスイのことを受け入れたのだ。疑問に思ってじっと見ていたら冷や汗を流していたのでスイの素因の数に気付いたのかもしれない。
しかしそこからが良く分からない。どうやらスイの事を男性達は自分達と同じ逃げなければ生き残れない弱者の位置の魔族だと勘違いし始めたのだ。村長もまた上手く説明出来なかったのか否定も肯定もせず曖昧に流したものだからスイも真実を知らずとも良いだろうと適当に流したのだ。
男性二人は泣くし村長も冷や汗は流すしスイは適当に流したら泣かれて反応に困るしでおろおろしていたら村の中を案内されることになった。ちなみにその提案をしたのは村長の奥さんだ。奥さんは人族のようだが眷属と化しているみたいで既に数千年は生きているようだ。
そして村を見た感想が酷く困窮しているということ。この村の周りは荒野だ。いくら異界が他の環境の変化を受けにくいとは言っても場所の影響ぐらいは多少受ける。つまり作物は育ちにくく水もあまり出ない。異界の復元能力を使って水が出るように維持しているだけで決して量は出ない。
その為か村に住む魔族達の数は百も居なかった。食事も貧相な物になる為か皆痩せており服装も継ぎ接ぎだらけで幾人かは大きな怪我をしている者もいた。食事が村の中だけで完結させることが出来ず外に狩りに行かねばならないのだそうだ。十分な食事をすることも出来ないからか怪我を治すのも時間が掛かるのだろう。それを聞いたスイが指輪からバングトマンをぺいっと出すと男性二人が途端に目の色を変えた。
「やっぱあの時の針猫が駄目だったんだって」
「でも皆お腹空いてそうだったし一体くらいならって思ったんだもん」
「でも結局せがまれるまま六体全部出しちゃったじゃん」
「だってバングトマンって美味しくないし素材的にもしょぼいし」
「村の人達聞いたら泣いちゃいそうだねぇ」
「むぅ……」
そうあの時出したバングトマンは男性達に、いや村の人達的には狩りに行った際に一体なら大怪我を負いながらもギリギリで勝てる大物のようでそれを六体も出したものだから村の人達は大騒ぎだ。請われるままスイが提供したら何処からかお酒を持ち出してきた人達によって宴会になったのだ。
「でもここまで大騒ぎするとは思わなかった」
「まあ所詮私達にとっては針猫だしねぇ。狩ろうと思えばそれこそ一蹴出来ちゃうし」
「茜今の状態で戦えるの?」
「んむ?出来るよ?そりゃ生きていた時とは戦い方は根本から変わってるけどさ」
「生前と今でどう違うの?」
「生前は突貫で殴る。今は突貫して念動力的な何かで殴る」
「……素手って強いよね」
「分かるわぁ。ある程度強くなると寧ろ武器が邪魔になるよね」
「グライスは強いよ?」
「おけ、訂正しよう。一部の武器以外邪魔になる」
「ん、その通り」
茜は分からないがスイ等の強者であればあるほど武器が役に立たなくなる。それは武器がその強さに見合わないのだ。アーティファクトであれば壊れたりする事は滅多に無いが攻撃力的に素手より弱い。武器を使うのはそれこそ触ったら不味いものがあったりするからであって使わずに済むなら使わないという者も多いのだ。ちなみにスイがグライスを出来る限り頻繁に使おうとしているのは勿論対ヴェルデニア用である。慣れないと素手で殴りかねないのだ。
「食べておりますかな?」
「村長さん?」
茜と会話していると村長がやってきた。見た目は村長の名に相応しい位のお爺さんなのだがその身に感じる素因は五つと村の中では飛びっきりの強さを誇る。残念な事に戦闘系の素因ではないようで五つも持っている割には弱い方だが。
「単刀直入に訊きましょう。回りくどいのはお嫌いな様子ですから。この村へは何の用で?」
「ん、特には?歩いてたら異界に入った。それだけだよ。貴方達の事は正直どうでもいい」
心底どうでも良さそうな態度でスイは指輪から適当に串焼きを出して食べる。バングトマンの肉は泥臭く固い上骨も多いと美味しくないの代表肉のような存在なのだ。それを食うぐらいなら一食分抜いた方が良いレベルには。実際は抜かずに指輪からパンやら串焼きやらを出して一人楽しんでいるのだが。
「スイちゃん私にも頂戴〜」
「食べれるの?」
「雰囲気だけ」
「はい」
「あ〜ん」
「……無くなった?」
「……食べれちゃった。美味しい」
「勝手に串焼きが消えた?」
村長との会話?をしていたら茜が串焼きを見て食べたそうに切ない目で言ったので可哀想だから渡したら食べられた。それを目撃した村長は理解の出来ない状況に困惑しているようだ。まあ茜が見えていない時点でそうなるのは分かりきっていたのだが。
「スイちゃんが私に触れるからスイちゃん経由ならご飯が食べられる……のかな?」
「分かんない。私が触れていたら食べられるのかそれとも食べさせようとしないと食べられないのかどっちだろ?」
「許可無しか有りかって事だね。というかその言い方だと食べさせてくれるの?」
「別に一人分の食事が増える程度なら幾らでも賄えるからね」
素っ気なく言ったものの感極まった茜に抱き着かれた。
「うぅ……スイちゃぁん」
「泣く事ないと思うけど……」
「そんな事ないよ!だって私もう食べ物の味すらまともに思い出せなくなってたんだよ!それがまた楽しめるなら嬉しいに決まってるよ!」
茜がぐりぐりと私の身体に顔を埋める。やめて、ちょっとリアルに埋まってるから。意識したら割と怖いから。というか触れるけど触らない事も選択出来るんだね。意識してないと触れないのかな?
「???」
さっきから誰と喋っているのか分からないのか村長は頻りに首を傾げていた。お爺さんの首傾げは見ようによってはポッキリ折れたようにも見えてちょっと怖い。あんまり需要も無さそうだし是非とも辞めて欲しい。
「村長さんは気にしないで。色々とこっちにも事情があるから」
詮索されても面倒なのでそう言ってはぐらかしておく。実際説明しても証明が出来ないのだからあまり意味は無い。ポルターガイストは出来るようだが魔法でも普通に代用出来てしまうのでやはり証明にならない。というか幽霊の証明とかどうやればいいのか。そんな事を考えていたらユンが村長の元へと走ってきた。
「ユンか。どうしたのかの?」
「村長さんまた人が来たよ。今度は怪我だらけでふらふら歩いてきたしスイのこと知ってたから今アガルの家に案内してる」
誰かが来たという言葉にビクッと反応してしまう。状況的に見てスイのことを知っているのはそう多くない。怪我だらけという所からヴェルデニアとは思えない。グルムスやあの魔族達が幾ら強かろうともヴェルデニアの強さは桁がそれこそ違う。時間稼ぎ位は出来ても怪我だらけに出来るほどではない。
となると誰なのかが分からない。味方の可能性はそれなりに高いが一体誰が来たのだろうか?そして万一にも敵であった場合は会わない方が良いだろう。
「どうされますかな?」
それを察したのか村長さんがこちらを見て訊いてくる。
「スイちゃん私が見て来ようか?流石にヴェルデニアの顔は分かるし名前が分かれば味方か敵かはスイちゃんが分かるでしょ?」
「ん、任せても良い?」
「勿論!私に任せなさい!」
茜の提案に乗ると意気揚々と茜は飛び立って行った。まあその十秒後にアガルの家の場所を聞きに帰って来たのは茜らしいと思ったよね。流石だよ。
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