第234話 後悔



「見てきたよー」


茜がふよふよ浮かびながら戻ってきた。幽霊らしいけど全然そう見えない。足もしっかりあるしふよふよ浮かんでて半透明な位しかそれっぽくない。多分私だからこうなってるだけであって見えない人からしたらもっと怖く見えるんだろうね。というか何故私が未だに見えたり触れるのか分からないけど。


「誰か分かった?」

「いや考えてみたら名前を誰も居ないところで話す人なんて居ないよねって事で顔を覚えてきた!こんな感じの人だったよ!」


そう言って茜が空中に絵を浮かばせていく。魔力っぽいけど魔力じゃない不思議な力だ。もしかしたら真達のような不思議パワーを地球の神様に与えられているのかもしれない。茜が描いた顔はあの時グルムスと共に時間稼ぎの為に残った魔族の内の一人だ。


「グルムスと一緒に居た魔族の人だね。逃げてきたのかな」


グルムスと一緒に死んだものと思っていたけど違ったのかな?良く分からない。とりあえず会いに行っても大丈夫だろうか?


「この人かなりの大怪我を負ってたよ。魔族じゃなかったらすぐに死んでるレベルで。手とか一本しか無かったもん」


そこまでの大怪我なら大丈夫かな?私は茜の言葉に頷くと寝かされているというアガルさんの家に向かった。アガルさんの家の前にはユンが居て水桶を持っているのが分かった。休憩中かな?


「あっ、スイ。会いに来たの?でも今は無理じゃないかな?ずっと魘されてるんだ」

「魔法で回復は?」

「魔族の人に効く位の魔法なんて僕達は撃てないよ」


ユン達は分類的には魔族であっても純粋な魔族ではない。魔法の力もかなり弱いのだろう。


「なら私がしてみる。多分大丈夫だと思うけど」


私はそう言ってアガルさんの家の中に入る。家の中はかなり素朴で必要最低限の家具しか無かった。寝室の方に寝かされているらしいので奥の部屋を開ける。ベッドで寝ているようで顔は見えない。近くに寄って行くと少しづつ顔が見えてくる。

あの時の魔族の顔であることは間違いない。おじさん風の魔族だ。腕は引きちぎれているし足も変な方向に曲がっている。治癒魔法を掛けようと近付くと視界にノイズが入ったかのように立ちくらみが起きた。それを振り払うように首を振ってから改めてその人を見ると……あれ?

胸に衝撃が走る。息が詰まる。足が地面に着いていない。突然の痛みが襲ってくる。


「……?」


訳の分からないまま顔を上げる。そこに居たのは見知らぬ男性魔族。若い男だ。その男の腕が私の胸を貫き地面から浮かばせている。その表情は嫌悪感を全面に押し出したような顔でスイのことを見ている。


「ぐぷっ……」


今更ながら血が押し寄せてくる。何が起きたのか未だに理解出来ない。この男性は何処から……いや、分かっている。先程の魔族がこの魔族だったのだと。どうやってかスイの知覚を完全に上回り騙したのだ。あの立ちくらみはそれを見破ったからだろう。


「ふん、腐っても魔王か。即座に見破るとはな。だがこれで終いだ。貴様の様な小娘がヴェルデニア様を煩わせるなど……死して償え」

「スイちゃん!」


茜が即座に何かをしようとしたがその瞬間男性は茜の顔を掴む。良く見ると魔力で腕を覆っているようでそれで触っているのだろう。


「見えないとでも思ったのか亡霊が。我が瞳が貴様の様な亡霊を見逃すとでも?消えろ」


茜に対して魔法を放つ。それは凄まじい勢いで茜の輪郭が溶けて消えていくように見えた。


「……チッ、亡霊の癖に逃げるとはな。さっさと消えればいいものを」


どうやら茜は逃げたようだ。それだけは嬉しいかもしれない。私は……多分助からないから。身体からかなりの魔力が零れ落ちているし何より致命傷過ぎて動けない。未だに胸に腕は突き刺さっているし逃げることも出来ない。アルフ達に会えないまま死ぬのは心残りだし父様達の願いを無駄にするのも辛い。私の死によって母様やお兄ちゃんは悲しむだろうしグルムスにも申し訳ない。


「まあ良い。今は貴様だ。この場所に逃げ込んだら助かるとでも思っていたのか?私達が本当にこの場所のことを知らないとでも思っていたのか?殺す価値も無いゴミの為に動かなかっただけだと何故気付かない。だがそれも終わりにしてやる。貴様を殺すついでにゴミの掃除もしよう。それが貴様への罰ともなる。死した後ですら貴様のせいで死ぬ者が居るということをしかと覚えておくといい」


言いたい事は言ったのか男性は胸に突き刺さった腕を少し動かすと私の素因を掴む。制御の素因。私の基幹素因だ。ぐっと力が入ると呆気なく罅が入る。罅は次第に大きくなると致命的な迄にその傷を広げる。もうここまで壊れたら自己修復も出来はしない。視界が滲む。


「……ごめ…ん……なさい……」


そしてその罅が全体に走り……砕け散った。





「…………酷いのですよ」


目の前に広がるのは集落だろう。だがそうと分かるものは何一つ残っておらず家らしきものが悉く崩れ落ちているのみだ。大半は原型どころか家を構成していたであろう木材すら残っていない。そして至る所に転がる老若男女問わず倒れている死体。生き残りが存在していない事は見ただけではっきりと分かる。

そんな腥風せいふうが吹き渡る道を一人の少女、いや幼女と言っても過言ではない年齢の子が歩いている。その顔には年齢に相応しくない落ち着きがあり見た目通りの年齢では無いことが良く分かる。


「彼処なのです」


迷うこと無くその幼女は一軒の家だった物の中に入る。積み重なる木材の山を幼女は蹴り一つで吹き飛ばす。その下より現れたのは美しい白髪の少女だ。既に絶命しているのが見て取れる。素因は殆どが砕けているせいか取られてはいない。これもまたあの男が言っていた通りかと思うと幼女の顔に酷く疲れたような表情が浮かぶ。


「ゼス様は予知の素因を持っていて此処でこうなる事が分かっていた筈なのですよ。罪深い連中なのです。でもこうしないとお姉ちゃんが魔王の素因を回収することも魔軍宿舎の素因の回収も出来なかったのです。それでも酷いとは思うのです。だってあの魔導王は自分が彼処で死ぬ事も私が……お姉ちゃんを生かす為に力を使う事も計算に入れているのです」


幼女、イルゥは白髪の少女スイの頭を抱える様に自らの足の上に乗せる。胸の傷に目を向けなければまるで寝ているかのようだ。


「お姉ちゃん、私はかつて過ちを冒したのです。お姉ちゃんの父親であるウラノリア様を見捨てたのですよ。ハーディスで私は一介の魔族として過ごしていたのです。そこでたった一度だけウラノリア様を見たことがあるのです。とは言っても王様就任のパレードでなのですけど。多分私は見ていなかったとは思うのですがその時に笑顔を向けて下さったのです。率直に言って心躍りました。私のような弱い魔族にもしっかりと目を向けて下さる良いお方なのだと。あのお方に着いていけば良いのだと。誰もがその王の就任を待ち望み褒め称え敬っていたのです」


イルゥは後悔を滲ませた表情で聴く者のいない話を更に語っていく。それはまるで神に許しを乞うかのようだった。


「ある日地方でヴェルデニアの噂が響いたのです。凄く強い火の魔族が暴れていると。その噂を最初に聞いた時は何故そんな酷いことをするのかと思いました。次第に私が、いえ私の知り合いも皆がウラノリア様の為に私達で止めてあげないとなんて事を考えていました。そしてあの時ヴェルデニアがハーディスの街にやって来ました。来た時は私も微力ながら何かしようと前線より少し後ろで待機していたのです」


イルゥはそこで言葉を区切ると顔を青ざめさせ身体の震えを抑えるかのようにスイの顔を抱き締める。


「圧倒的でした。ヴェルデニアはまるで集る羽虫を追い払うかのように手を振り払っただけで前線に居た私の知り合いも含め薙ぎ払いました。一撃でです。私もその時の衝撃で吹き飛んでいました。でも身体自体は吹き飛びこそしたですけど無傷ではありました。けど私はその時もう立てなくなっていたのです。勝てないと無理だと死にたくないと考えた私は何時しか逃げ出していました。何も考えられなかったです。死にたくない死にたくないとそれだけを考えて逃げました」


涙を滲ませてイルゥは語る。


「あの時の、千年も前の死の恐怖から私はずっと囚われていました。名前を変え、記憶を変え、住む場所を変え、そうして追撃されない様に殺されない様に逃げ続けていました。あの時の私は生きていながら死んでいたです。後悔に身を焦がし眠れない日々も過ごしました。そんな時にお姉ちゃん、スイ様に出会ったのです。すぐに分かったです。ウラノリア様の娘だと。ウラノリア様を裏切った私の前にウラノリア様が娘を送り許してくれたのではないかと勝手ながらそう思いましたです」


イルゥの身体からぼんやりとした、しかしはっきりと輝く光の玉が浮かび上がってくる。


「ウラノリア様の命を助けられなかったあの時の後悔をこうして晴らすのは卑怯かもしれないです。でも私はもう二度と後悔したくないのです。お姉ちゃんは嫌がるかもしれないです。でもお姉ちゃんだって暴走しかけた私を助けたのです。なら私が助けるのも別に構わないのです。そうですよね?」


イルゥから漏れる光は激しくなりその光はスイの身体を眩いばかりに覆っていく。


「かつての私はきっと今スイ様を助ける為に生き残ったのです。そう思っても良いですよね?」


そう言うとイルゥは紡いでいく。自らの素因による最大級の禁忌の術を。


「貴女の死を改竄だま改変だまし欺いてあげるのです。それは世界を欺瞞に満たす改竄しあわせの歌。改竄せよ……ウォルタリア」


短い詠唱。されど起こる事象は大きい。


「スイ様……私の本当の名前はリュミと言うのです。出来たら覚えていてくれたら嬉しいのです」

「……ん……分か…った」


そしてイルゥの身体はまるで解ける様に消えていく。


「…………ぅぅ、ぁぁあぁあああ!!!!」


一人残された白き少女の咆哮だけが動く者の居ない異界に響き渡った。

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