第232話 逃げた先は?



矢印に従って走り続けていると何時の間にかハーディスの街を抜けていた。魔国ハーディスは正式には魔の大陸の南方を除く三方全てと中心部を国の範囲としているが実質的には中心部のハーディスの街のみを支配している形だ。四方をそれぞれの魔王達が統治している時点でそれは分かるだろう。

そしてハーディスの街自体はノスタークよりもかなり狭い。その理由は現在目の前に居る四つ足の魔物のような存在が居るからだ。バングトマンと呼ばれる全身から針が生えている猫の魔物だ。人族基準で言えばAランクは優にある。それが合計で六体程周りを囲っている。


「おー、針猫かぁ。久し振りに見たなぁ。何時もは弱いから逃げ惑って過ごしているのにスイちゃんの強さが分からないのかなぁ?とりあえずやっちゃえスイちゃん!」

「面倒だからパス」


茜のゴーサインを無視してバングトマンを睨み付ける。しかし茜の言葉通り込めた魔力に気付いていないのか唸り声を上げるだけで引く様子が無い。バングトマンはそれなりに魔力感知能力が高かった筈だけど退化してしまっているのだろうか?

確かにスイの記憶、正確にはウラノリアの記憶では逃げると思うのだが。まあその記憶も何千年も前の記憶だ。千年前には既にバングトマンの姿は大して見かけなくなっていたし年月と共に弱くなって狩り尽くされかけているのかもしれない。

背後に回ったバングトマンが飛び掛かってきたのを横に逸れ擦れ違いざまに腹に蹴りを入れる。内臓をやった感触を感じながら時間差でやってきた個体に平手で首を叩き折る。魔法で対処しても良いのだがもし魔軍の誰かもしくは九凶星クルーエルの誰かに魔力感知されようものなら折角逃げ切れたのに意味が無くなるので全て物理で対処する。ちなみに先程の睨んだ時の魔力は放出していないから気付かれる心配は無い。

そうして手と足を使って一分も掛からず殺すと死体を回収する。逃げた方角を推測されても厄介なので痕跡は可能な限り消しておく。余程注意深く見なければ見つかりはしないだろう。


「それで茜、今私達は何処に向かってるのかな?」

「へ?知らないけど?」


ピコンと若干邪魔になってきた矢印を見ながら茜に問い掛けるとまさかの返答に一瞬頭が混乱する。すぐに気を取り直すともう一度茜を見て問い掛ける。


「もう一回訊くね?何処に向かってるの?」

「はははー♪わっかんない!」


思わず茜にチョップを繰り出す。本来幽霊なので触れない筈だが何故かスイは触れるのでそのチョップは綺麗なフォームで茜の額に突き刺さる。


「いったい!?」

「茜、調子に乗らないで。私もどさくさに紛れただけだから道分からないんだよ?」


道を知っていても方向音痴のスイなら多分迷うのは間違いないがその辺りは説明しない。少なくとも何の変哲もない荒野らしいこの場所だと目印になりそうなものもない。特徴的な物を見付けることが出来ればどの方角かは分かるがそれだけだ。


「ん〜、でもなぁ。私の知っている景色と大分変わりすぎてて分からないものは分からないもの。スイちゃんは分からないの?」

「この辺りはただの荒野でどの方角にも似たような景色はあるからこれだけだと分からない。北ならエウラスの花とか南ならアルカーズの木とか西ならヨークンの殻とか東ならマージバージの魔物とかだけど今はどれも見付からない」

「すっごい。今何の単語なのかすら分からなかったよ!スイちゃんは賢いんだねぇ」

「まあ茜の居た時代が何時なのかは分からないけど四千年くらい前に決まった名前だからね。説明するとエウラスの花は花弁が二重で根っこが地面から半分は出てる花だよ。ピンク色が主だけど偶に金色とか黒色とかもある。薬草の一種だけど色の違いによる効能の変化は無い。アルカーズの木は建材の一つだね。見た目は普通の太い木なんだけど色が白色で枯れ木みたいなの。ヨークンは蝸牛とかヤドカリとかに近い動物で体長五メートルの気持ち悪いやつだよ。それの殻はねちゃねちゃしてて糊みたいに使えるの。マージバージは馬鹿な鳥の魔物かな?翼はあるけど飛ばないし攻撃方法が体当たりのみ。鋭利な嘴があるのに使わない。でもそのお肉は美味しい。繁殖力だけは異常に高くて二日放置したら群れが倍になってる。一定以上増えない生態をしていて餌の管理だけはしっかり出来るみたい。ちなみに餌は自分達の抜け毛」

「特殊だねぇ。というか私の知らないやつばっかりだよ。マージバージはちょっと見てみたいかもしれない」

「見た目はもこもこした鶏かな。毛は防寒材に良く使える。もこもこしてるけど建物の建材の一種でもあって中の気温を一定以上でキープするの。暑くも寒くもしないから凄い優秀だよ。ただし体当たりの速度は私の本気の走りぐらい早いよ。もこもこしてるからダメージは無いけどさ」

「良し、東に向かおう?」

「道が分かったらね」


そんな下らない事を話しながら小走りに進むと不意に足場が消えた。転びそうになるのを耐えて立ち止まると一転して景色が変わっていた。


「……っ!?」

「え?」


目の前に居たのは小さな男の子。年は五~六歳といった所か。その男の子は手に水が入った桶を持っていて此方をキョトンとした表情で見ている。少し経ってから理解が出来てきたのか次第に顔が青ざめていき次の瞬間桶を放り出して走り出すと何処かに向かって声を張り上げる。


「見付かった!!皆!逃げて!!」


咄嗟に男の子に抱き着くような形で口元を押さえる。良く分からないがこのまま放置するのは駄目な感じがしたのだ。男の子は抱き着かれた状態でむぐむぐ声を張り上げようとしている。


「ユン!」

「くそっ!ユンが捕まってる!」

「相手は一人だ!今ならまだ助けられる!」


最初に女性が男の子の方を見て悲鳴を上げたあと続いて二人の男性がやってくる。それに続くように何人もの男性が何処かから出て来るとその両手に幾つもの武器を各々が持ち此方にその刃先を向けている。


「わぁー、やばいねぇ」

「待って!私は敵じゃない!」

「嘘をつくな!それならどうしてユンを押さえ付けている!」

「これはこの子が叫んだから咄嗟に取り押さえただけで害意がある訳じゃない!」


スイはそう言いながら咄嗟に取り押さえた男の子、ユンの身体から離れて立たせる。別に戦うつもりなど無いのだからこのまま捕まえて心象を悪くする必要など無い。ユンは理解出来ないような表情で女性の方に向かって駆け出していく。


「貴様は何者だ」

「私はスイ。ウラノリアの娘」


簡潔にそれだけを伝える。目の前で怯えた表情で此方を見つめる男性達は魔族ではあるが感じる素因はかなり微弱だ。恐らく魔族と別の種族との間の子であるのだろう。一つ分の素因すら持っていないその脆弱さはこの魔の大陸における彼等の立ち位置を如実に表している。

勿論魔族と別の種族との間の子だからと言っても別に他の素因を吸収出来れば特に通常の魔族と殆ど変わりはない。ただ最初の素因が極端に弱いだけだ。魔の大陸ではそれが致命的な欠陥となるのだが。

この魔の大陸における弱者の位置のバングトマンですら人族基準ではAランクの魔物だ。此処に居る魔族達では一体たりとて倒すのは至難の業だろう。それなのに他の更に強い魔物達を倒しながら素因を回収するのは実質的には不可能だ。まあだからこそこうやってこんな荒野に隠蔽された異界を作って隠れ潜んでいたのだろう。


「ウラノリア?」


そして何時から隠れ潜んでいたのか長い間統治していた筈の父様の名前すら知らなかった。この調子ではヴェルデニアも知らないだろう。むしろどの名前なら聞き覚えがあるのかすら分からない。テスタリカ位だろうか?でもテスタリカの評価は悪くは無いが決して良くもないんだよなぁ。

とりあえず敵意が無いことを示す為に武器はその場に置く。まあ武器が無くてもこの程度の魔族ならば負けることは無いだろう。

さて、とりあえずこの後はどうしようか?まさかの状況に少し頭が痛くなってくるが何とかなると信じるしかない。最悪茜に適当にやってもらって逃げるとしよう。茜を生贄にすればいけるだろうか?

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