第193話 記憶



帳簿を二時間ほど掛けて読み切ると外は暗くなりかけていた。読むのが意外に楽しくて時間が結構経っちゃったな。まあ貴族よりも役人とかの方が不正が多いっていうのは驚いたけど。人数的にそうなるのは当然なのかな?いや貴族の指示とかもあるからそうでもないか。


「ん、少し疲れた」


ずっと椅子に座って読んでいたから身体が少し固まっていた。こういう経験はした事ないから少し新鮮かも。首や肩を少し回しているとそっとディーンが回ってきて肩を揉み始めてきた。あっ、意外に気持ちいい。


「ん、ありがと」


ディーンの指先に肩の凝りが解されていくのが分かる。こんなに気持ちいいならお父さんやお母さんにもしてあげたら良かったかな。今はもう顔を思い出すことも出来ない両親を想う。

私の今の記憶は酷く歪だ。私が生まれ育ちそして死ぬまでの十四年間の記憶、けれどそれは虫食いのようにかなりの記憶が失われている。両親の顔や自分の名前、通っていたであろう学校、どこに住んでいたのか、誰と暮らしていたのかも正確に覚えていない。はっきり覚えているのは拓也と湊ちゃんの二人ぐらいでそれ以外の人の記憶に至っては顔どころか存在すら恐らく抹消されている。居たのかも覚えていない。

そしてその代わりに増えた記憶は父様の死ぬまでの記憶、一部の記憶は封印されているようだけど中身の想像は大体出来るから別に解除する理由もない。流石にプライベート部分まで見る必要は無いだろう。

千年前までしかないがおよそで万を超えるであろう記憶の数。流石に私もこれを全て網羅するのは容易じゃない。何百年単位で記憶を精査すればいけるだろうが逆に言えばそうしないと無理だ。

最後に私が転生してからの記憶。まだ一年も経っていないが濃厚な日々の記憶。そして私が恐らく何者かに操作されている事実。多分私が気付いていないだけで何処かで間違いなくちょっかいを掛けられた。それが何時なのか何処でなのか全く分からない。掛けられた本人の筈の私が気付いていないのだ。アルフ達の誰かが気付く可能性はまず無い。

だからといってそれを解除する様にアルフ達に言うことはしない。そもそも私に気付かれないようにそんな事が出来る相手だ。アルフ達がされていないというのは希望的観測過ぎる。まあそもそもされていなくてもアルフ達がこれを解除する事は出来ないだろうし言う必要もそれほど感じない。こう考えるのも操作されている可能性はあるが正直どうでもいい。だって……。


「ディーン……」

「どうしたの?」

「……っ……何でもない」


言えないからね。まあ分かっていたことだけどやはりこう動きを制限されていると分かるのは腹が立つ。どうにかしてこれを抜け出したいけど抜け出す方法も分からないし抜け出すだけの技量も力も足りない。仮にも魔王であるはずの私をいとも簡単に操作しているのだ。並外れた力の持ち主であることは間違いない。


「そう?何かあるなら言ってね」


ディーンが心配そうに私の顔を覗く。私はそれを見てディーンの頬を撫でる。いきなり撫でられたからかディーンは驚いたようだが少ししたら受け入れ始めた。たまに突発的に撫でたりしているからか慣れたみたいだ。最初は顔を真っ赤にして初々しい感じが可愛かったんだけど。まあ今でも可愛いけど。

さてと、考えた事が無駄になる可能性は高いけど私を操作する不届き者を何とかしたいな。どうしよっかなぁ。誰かに相談するのは無理、協力の要請も無理、私一人の戦いだ。ふふ、良いでしょう。どんな手段を使ってでも私にちょっかいを掛けた代償は支払ってもらうことにしよう。

まあそれを考えるのは今ではないのだけど。というかこの商会内で考えるような内容じゃない。大人しく一人で考えられる場所で……寮にはフェリノも一緒に居るからなぁ。あれ、意外に無い?


「……ディーン、私一人だけで考える事が出来る場所の確保お願い」

「へ?あぁ、うん、分かった」


少し戸惑ったみたいだけどディーンが頷く。少し待てば条件に合う場所をディーンが見付けてきてくれるだろう。それまでは……とりあえず商会関連を終わらせようかな。そして私は帳簿を見て思ったことをメモ書きに書き連ねていく。


「……この役人は潰して……こっちのも……」


ディーンがメモ書きを見てうんうんと言った感じで頷いている。期待通りの動きでも出来たのかな?思ったことを全て書くとメモ書きが五枚も必要だった。一応用途別に書いたから大丈夫だと思うけどハルテイアには直接説明しておこう。ハルテイアを呼ぶとメモ書きを見せながら説明をする。説明が終わった時に少し引き攣ったような表情をしていたように思うけどきっと気の所為だろう。多分疲れているのだ。


「ん、ディーン」

「はい」

「一緒にお風呂でも入る?」

「は……っていや何を言ってるのさ!流れで言いかけたよ!?」


うん、やっぱりディーンの顔真っ赤な表情を可愛いなあ。私の笑みを見て何かを察したのかディーンがむぅっと頬を膨らませる。可愛い。


「アルフ兄を呼んでこようか?」


ディーンの言葉にアルフと一緒にお風呂に入っているのを想像して顔が熱くなる。む、してやられた。


「ステラを呼ぼうか?」

「だ、大丈夫だよ」


ディーンの目線全然定まっていないけど。仕方ないのでアルフ達を呼ぶ。呼ぶ方法は奴隷紋を介しての呼び出しだ。距離が離れすぎたら使えないけどこの商会程度であれば十分範囲内だ。十分ほどしたらアルフ達が部屋にやってきた。途中で合流したのか全員一緒だ。


「スイ、どうした?」

「ん……と」


呼んだはいいけど凄く恥ずかしい。ディーンもステラを見て想像してしまったのか顔を真っ赤にして今にも蹲りそうだ。ディーンを見たら少しだけ落ち着いた。


「お風呂入ろう」

「ん?おう?分かった」


皆で作ったばかりのお風呂に向かう。男女で別れているけど私はアルフの腕を抱き抱えるように掴むと皆が驚くよりも前にさっと女湯に入っていく。


「お、おい!?こっちは女湯だぞ!?」

「分かってる。結界は張ったから私達以外には入ってこないよ」

「いや、そういうことじゃない!?」

「中に人が居ないことも確認してるから大丈夫」

「だから!?」

「それとも……アルフは私と一緒に入るのは嫌?」

「うぐっ……いや、じゃないけど……で、でも」


私は少しだけ服を脱ぐ。それを見て明らかに動揺したアルフを見て更に服を脱ぐ。私の服はそれ程枚数が無いのでもう上半身は完全に裸だ。流石に少し恥ずかしくなってきた。


「アルフ……」

「ぐっ……で、でもステラやフェリノも居るんだぞ?」

「ステラはディーンと一緒に男湯に入ってる筈。フェリノはここに呼ぶ時に実は知らせてるから入ってこないよ」

「なっ!?」


アルフが狼狽しているうちに一気に服を脱ぐ。もうこれで私の身体には布一枚も無い状態だ。恥ずかしい。けれどもしかしたらこれでアルフも覚悟を決めてくれるかもしれない。


「……あぁ!くっそ!分かったよ!」


アルフが顔を真っ赤にしながらも服を脱ぐ。若干もたつきながらも少しして全裸となる。私はそんなアルフの逞しい腕に抱き着く。胸を押し付けるようにするとアルフが顔を背けてぷるぷる震える。


「入ろ……」


私の顔も熱いけどアルフも熱いみたいだ。ふふ、どっちの我慢比べが凄いか試そうか。私は今日アルフと更に仲を進展してみせる!その前に私が恥ずかしさで倒れないかちょっと心配だけどね。でも……うん。この後何したらいいんだろうね?とりあえず洗いっこでもしたら良いのかなあ?

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