第26話 勇者?



洞窟に戻ってきたスイを迎えたのは夥しい程の血の匂い(流石に美味しそうとは感じない)と住み処にしようとしたのか入ってきた小さなダンゴムシのような魔物だ。ダンゴムシ?はスイが入ってきたのを確認すると身体を丸め息を潜め始めた。当然入ってきてから丸まったのでばれているのだがその妙なお馬鹿さ加減にスイは無視することにした。魔物だから人を襲うのだろうがこの魔物に人がやられる未来が全く想像できなかった。この魔物は一体どうやって過酷であろう環境で生きているのだろうか?

ダンゴムシを無視してやたら広い洞窟を奥へと進むと牢屋のようなものが見え始める。魔法で何でも出来るのだからあり得ないわけではないのだろうがやはり壁と床に完全にくっついている何かの金属で格子が作られているのを見ると異世界だなぁと感じざるをえない。かなり昔に錬成で作られた牢屋のようだ。もしくはそういう魔導具かだ。

格子の中を覗くと誰もいない。ただし一部の格子が力任せに内側から壊されているため魔法で破壊したと思われる。というか魔法じゃないならかなりの馬鹿力だ。捕まった理由の方が知りたくなる。

スイが内側に居たであろう人達をまだ近くにいるかもと捜そうとした瞬間にスイの背後から何かが迫ってきた。スイは慌てずに回盾シールドの魔法を発動して背後へと目を向ける。襲い掛かってきたのは長大な剣を持った女性だった。見た感じは冒険者だ。

回盾に防がれた女性は少し下がると再び振り上げ勢い良く剣を叩き付けると回盾に罅を入れる。それを見てスイは更に回盾を発動すると女性にぶつける。


「ぐっ、強い」

「誰?」


スイが問い掛けると女性は睨みながら剣を振りかぶる。


「魔族に名乗る名前などない!ここで倒れろぉ!」


降り下ろされた剣を右手で掴む。一瞬勢いに負けて倒れそうになるが耐える。掴んだそのまま左手を剣の平に押し当て魔力を叩き付ける。膨大な魔力を叩き付けられた剣は罅が入るとそのまま崩れ去るように消えていく。


「なっ!?私の剣が!?」

「もう一回訊くね。誰?」

火炎嵐舞ファイヤーストーム!」


再度問い掛けたスイに返ってきたのは身を隠していたらしい少女がこちらに向けて撃った炎の魔法だった。


「洞窟の中で炎とか馬鹿なの?」


スイは水の魔法で消そうとしたがスイ自身の魔力量を考えると洞窟が崩落しかける可能性を思い、無理矢理魔力だけで消し飛ばす。それでもかなり洞窟に罅が入ったのだが。


「やり過ぎた……ん~、面倒だなぁ」


消えた炎の向こう側からこちらに駆けてくる青年とその青年に補助魔法を掛けているらしい女性を見てスイはふぅっと息を吐くと詠唱ありで魔法を唱える。スイの知る限り魔王ウラノリアのみが使えた固有魔法だ。

使わなければやばいというわけではないしそもそも単に殴りかかるだけで倒せると思うのだが使っておいてここらで"挨拶"しておいても良いかと思ったのだ。というか今ぐらいじゃないとなかなか使えない。


「"は地を駆け天を駆けるごくの獣"」


詠唱中にこちらに到達した青年が振りかぶってきた光輝く剣をすり抜けると腹に小さな足で蹴りを入れる。その足から想像も出来ないほど凶悪な一撃を受けた青年は身体をくの字に丸めながら元来た道を戻っていく。


「レア!」

「勇者様!」


女剣士と補助魔法を掛けていた修道女?が蹴り飛ばされた青年、勇者?らしいレアと呼ばれた青年へと向かう。魔法使いの少女は向かわず炎の壁を作りこちらに押しやって来た。


「"数多のと死を作り、数多の聖と生を踏み躙る獄の獣"」


炎の壁はゆっくり来ているため少し下がりながら更に詠唱する。


「"獄より地に来たりて望みを断て"」


詠唱を終えるとかなり近くまで炎の壁が来ていたので近くに襲い掛かってきた青年達が居ないのを確認すると洞窟ごと吹き飛ばす。吹き飛ばした先には青年達がまだ居たらしく修道女が結界で飛んできた岩などを防いでいた。


「来て。獄の獣ケルベロス」


発動したのはスイが使える魔法の中でかなりの魔力を使う魔法、創命そうめい魔法。かつてウラノリアが作り出し未だ尚誰にも使えない、というか恐らく混沌の持ち主以外は使えない。自身の魔力を一度切り離し擬似的な生命を創り出し自身の血に住まわせるというとんでもない魔法だ。

創り出された生命はその時の使用された魔力量で強さが変わる。今回スイは自身の持てるほぼ最大の魔力を使ったため創り出される生命もまたとてつもない力を誇る。

しかしこの魔法の最大の利点は一度魔力を切り離しているということだ。使ったあとは暫く魔力の回復に努めなければいけないが回復が終われば事実上二倍の魔力を使えることになる。創り出した生命は血の中で住むことになるので最悪潰せばその瞬間の火力はとてつもないものになる。

創り出せる生命の数に限りはない。ただし創りすぎて管理できなくなる可能性はある。現にウラノリアは七十以上の生命を創り出していたが覚えていなければ出せないためそのうち半数以上がお蔵入りのようになっていた。ちなみに創り出された生命はあくまで魔法の類いなのでウラノリアが死んだ際に全て消失している。

そしてスイによって創り出されたのは三つの頭を持つ三メートルほどの犬だ。イメージは当然有名な番犬だ。ゲームなどでもたまに出てきたりするのでイメージが簡単であった。とはいえスイ自体はあまりゲームを嗜まない。そのゲームは弟の拓也がやっていたRPGだ。

ケルベロスは創り出されてすぐにそのまま伏せた。というか伏せないと洞窟の天井にぶつかる。意外につぶらな瞳でスイに抗議するケルベロスにスイは思わずもふった。

というか最初に創り出した生命が大きな犬というだけでどれだけスイがもふもふが好きなのか何となく分かる。ただし目の前で明らかに強いケルベロスを創り出された勇者?パーティは動揺している。


「ケルベロス、とりあえずあの人達を洞窟の外まで追い出してくれる?」

「わん!」


唸り声とか出しそうな巨体で小型犬かと思う鳴き声に思わずもふりそうになったスイだが流石に自重した。


「来るぞ!」


勇者?が警戒を促す。けどその瞬間にはケルベロスは頭を伏せるという不安定な状態で駆け抜けていき勇者?の目の前で腕を振り上げる。辛うじてそれには気付いたようだが防御も間に合わず張ってあった結界が抵抗すら許されず霧散し地面に叩き付けられた腕の衝撃だけで勇者?パーティが洞窟の外まで弾き飛ばされる。

思っていた以上に強いケルベロスに喜べば良いのか逆に弱すぎる勇者?パーティに失望すれば良いのか分からないがそれ以上にスイが思うのはあれだけ飛ばされたけど大丈夫なのかなと安否が気になる。


「生きてるよね……?」


洞窟の外に出ると勇者?パーティは生きていた。ただしかなりボロボロだが。


「くっ、上位魔族だったのか。あんなに強い魔物なんて見たことがない。まさか……貴族なのか?」


驚愕しながらもこちらに剣を向ける勇者?パーティ。しかしスイが気になるのは今言った言葉だ。


「上位?貴族?何のこと?それにケルベロスは魔物じゃない。大事なもふ……じゃない魔法だよ」


一瞬もふもふとか呼びそうになったがやめておいた。


「まさか……下位魔族だっていうのか?そんな……それじゃアルドゥスで戦ってる魔族達は手を抜いてるっていうのか!?」

「質問に答えてほしいんだけど……まあ良いや。それよりこの洞窟の中に多分女性達が居たと思うんだけど何か知ってる?」

「お前への貢ぎ物だったのか!」

「違う」

「信じるものか!レインいくぞ!ターニャは魔法で援護を!アーリアは防御結界を!」

「分かった!」「任せて」「はい!」


女剣士がレイン、魔法使いがターニャ、修道女がアーリアのようだ。勇者らしいレアの言葉に反応する。


「信じてほしいんだけど」


呟いたスイに向かって上段から降り下ろされたレアの一撃にスイは後ろに下がって避ける。それと入れ替わりにケルベロスがレアに向かって腕を叩き付けるがアーリアが張ったらしい防御結界に阻まれる。まあ数秒しか持たなかったが。

レアが下がると後ろからレインが斬りかかってくる。持っている武器は先程壊した剣より一段階は弱そうだ。スイはこの程度なら避ける必要もないと無視をする。スイに当たった剣は当たったその勢いのまま半ばから折れる。


「なっ!?確かに当たった筈なのに!?」

「下がって……っ!激炎流バーンフレア!」


ターニャが発動した魔法は溶岩流の魔法だ。レインが下がりスイに直撃する。その瞬間ケルベロスが三つの頭を溶岩流の中に突っ込むと飲み干していく。


「!?私の魔法を飲んでる!?」


みるみるうちに溶岩流はなくなりついには完全に飲み干される。スイがいつの間にかケルベロスの頭の上に横座りして見ていることにも動揺しているようだ。


「とりあえず話を聞いてほしいんだけど」

「うぉぉぉ!!喰らえ!光輪剣シャインセイバー!」


レアがその光輝く剣を更にピカピカ光らせながら斬りかかってくる。それに流石に苛ついたスイがケルベロスから降りレアの前に移動すると死なない程度に加減しながらレアの顔を殴る。


「人の話を聞くっ!」


レアは殴られて木にぶつかりぐったりする。そしてスイは三人の前にも移動すると腹パンを喰らわせる。蹲った三人をレアに向かって投げる。


「ん……これで…………あとどうしよ」


やってしまった後に後悔したスイだった。



「うっ……ここは?」

「やっと起きたね。次斬りかかってきたら殺すから」


レアが起きたことに気付いて先に先制するスイ。まあ武器は奪ってあるし身体は縛ってあるので大丈夫だと思うが。魔法に関しては大した威力もなかったので放置だ。

そもそもスイにダメージを負わせられる魔法となるとここら一帯を丸ごと吹き飛ばすレベルじゃないと与えられない。とはいってもある程度強い魔族になるとそれくらいは出来てしまうのだが。そもそも根本的に人族が魔族に勝つのはほぼ不可能なのだ。それくらいの力の差がある。例外は勇者かアーティファクトを持った者くらいである。


「魔族!?くっ!俺達をどうするつもりだ!」

「どうもしないよ。自意識過剰にも程がある」


暴れこそしなかったが言動に苛つくので対応はやや酷くなっている。だが仕方ないであろう。そもそもスイはこの者達のことを何一つ知らないのに相手から敵対されて問答無用で殺しにかかってこられたのだ。友好的に接することの方が難しい。


「何もしない……?そうだ!仲間達はどうした!」

「いちいち叫ばないで。うるさい。そこで寝てるよ」


そう言ってレアの後ろを指差す。彼女たちもまた縛って放置だ。スイからしたらこのまま放置してもよかったのではあるが魔物に襲われて死んだら面倒なので起きるまで待っていたのだ。お陰で既に夜が明け始めている。ハジットの街にいるアルフ達には内緒で出掛けたので早めに戻らないといけない。


「大丈夫か!」

「暫くはまだ起きないよ。ちょっと魔法で眠ってもらったから」

「彼女達が人質ってことか……!」

「敵対するのは勝手だけど話を聞かないなら貴方達全員に眠ってもらって生きながら魔物に食わせてあげようか?私話聞かない人って嫌い」


そう脅すとようやく表面上は敵対するのを止める。


「とりあえず最初の質問、あの洞窟に居たと思う人達の行方は知ってる?」

「………………」

「…………答えないなら本当殺すよ?私貴方達を生かす理由なんて殆ど無いんだから」

「……分かった。答えよう」

「簡潔に答えだけ言って。さっきから貴方の話し方がいちいち勘に障る。余計なことも要らないことも言ったら最後。分かった?」


流石に苛ついてきた上に時間があまりないので急かす。そこまで言われたらレアも少しだけ顔を青くする。


「分かった」

「なら答えて」

「ああ。あの洞窟にはレインが捕らわれていたんだ。あとはハジットの街に向かう途中だったらしい商人の妻と娘だ。その人達は既にハジットに送り届けた」

「どうしてレインは捕まったの?」


スイにとって年上ではあるが話を聞かない、命を狙ってくる、微妙に偉そうというのが地味にイライラしたので呼び捨てで通すことにする。


「レインは冒険者だ。依頼で護衛をしていたらしい。だけど一緒に護衛をした冒険者が実は盗賊で不意を付かれたらしい」

「ということは貴方達はついさっき出会ったの?」

「そうだ。セイリオスの首都、聖都からイルミアの帝都に向かう最中盗賊の話を聞いてここに来たんだ。大体の位置はギルドの方で把握されてたみたいだからすぐに来れた。洞窟の中は強力な魔物が入ったみたいで何もなかった。そこで出会ったんだ。そんなに強い魔物がまだ居たら危険だから俺達は送り届けた後再度来たんだ」

「ん、セイリオスからどうしてイルミアに?」

「それは……流石に言えない。機密情報なんだ。言えばこの場で殺されなくても向こうで殺される」

「なら良いや。勇者様とか言ってたけど勇者召喚された人なの?」

「違う。俺はセイリオスを守護する騎士だ。人族の神グルムス様によって力を授けられたってのはあるが」

「げほっ、ごほっごほっ」


スイが話を聞きながら指輪から果実を絞ったというジュースを飲んでたら思わぬ名を聞いて流石に蒸せる。


「えっ?あえ?グルムス?」

「あ、あぁ。というか大丈夫か?」

「だいじょぶ。……大丈夫」


グルムス……魔王ウラノリアの側近で数少ない気を許せる友人でもある。そんなグルムスが何故人族の神扱いを受けているのか。いや同名の別人の可能性もある。


「ん、ということは勇者様って呼ばれてるだけで勇者じゃないんだね」

「ああ、アーリアからは命を助けたからか聖騎士なのに勇者扱いを受けているが」

「そっか。確かに勇者様って言ってたのはあの人だけだっけ。まあ良いや。じゃあ次、下位魔族とか上位魔族とか貴族とかって何?」

「何って……?お前達魔族のランクだろう?」

「……初めて聞いたんだけど?」

「こちらが勝手に付けただけだからな。知らなくて当たり前だ」


まるで常識のように言うレアにいらっとしたのでとりあえず水玉を顔にぶつけておく。


「何をする!ごぼぼぉ……!」

「叫ばないで」


金髪碧眼という如何にもなイケメンなレアだがどうもこう……嗜虐趣味をそそられるというか何かしたくなる。スイがSだからというのもあるが。


「最後に……どうして魔族だと分かったの?」


これがスイが一番訊きたいことだった。スイの見た目は人族と何ら変わらない。並んで見ても全く分からないだろう。吸血鬼の見た目の特徴なんて鋭く尖った八重歯位しかないのだから。


「天の瞳という魔導具だ。これは主要な街には設置されている。魔族かどうかを見極めるものでハジットの街にもある。それを受けて私達は来たんだ」

「そっか……ん?さっきと言ってることが微妙に違う。盗賊の話でこっちに来たんじゃ?」

「あっ……」

「………………殴っていい?」

「いや……あのその」

「……はぁ。さっきまでの話で嘘はそこだけ?それ以上にあるなら私も考えがある」

「それだけだ」


即答したレアを見てスイは嘘はないと判断する。


「……(脅したら大丈夫だと思って顔色見てなかったけど今度から見よう。嘘付いてたの気付かなかったの地味に傷付いた)」


地味なショックを受けながらスイは立ち上がる。


「ん、訊きたいことは訊けたしもう良いや。じゃあねレア」

「殺さないのか……?」

「殺さないよ。あぁ、でも……」

「なんだ?」

「嘘付いてたし殴らせて」


返答を聞く前にレアの顔を殴りもう一度木にぶつける。気を失ったのを確認するとレイン達に掛けていた魔法を解き起こす。起き始めたのを確認するともうあとは振り返ることなくハジットの街に向けて駆けていった。

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