第27話 表と裏、混在する街
今スイはハジットの街の外側、外壁の側で少し迷っていた。既に朝と言っても過言ではないほど明るくなっている。それなのにスイが街に入っていない理由は簡単だ。あの勇者もとい聖騎士が言った魔導具、天の瞳だ。どういう原理で魔族を見付けているのかが分からないために対策が打てないのだ。
「うぅ、どういうやつか訊いとけば良かったかも」
スイが困り果てた挙げ句に辿り着いた答えは……。
「認識偽装、五感幻惑、幻影、魔力波長同調、視線誘導・無機物、隠蔽、認識阻害、記憶保持不可魔力展開……」
とりあえずありとあらゆる阻害系魔法を展開するといった膨大な魔力に任せた強引なやり方だった。だがその甲斐あったのかスイが誰も見ていないのを確認して壁を乗り越えた際には特に問題は発生しなかった。もしかしたら分かるだけで何処に居るのかどんな人物なのかまでは分からないのかもしれない、と考えた上で即座に否定した。
「(何処に居るか分からなければレアに会わなかっただろうし見た瞬間に私を魔族だと認識してたから人物像は分かってた筈。有り得ない。ならハジットに入るのは危険かな?でもアルフ達を置いていけないし……いやカレッドさん達に皆を任せて私は外で待つのもありかな?そうしよう。入っちゃったけどすぐに出て次の街からは偽装しまくってから入ろう。今私は補足されてると見てもいい。だったら……天の瞳を見付けて壊してその後でカレッドさん達に伝えよう)」
ハジットの街はノスタークの雑然とした雰囲気とホレスの整然とした街並みを足したような街だ。きっちりとした街並みに所狭しと並ぶ屋台の群れを見ているとほんの少し気分が浮き立つ。
「次来る時は絶対偽装しまくってから楽しんでやる」
そう決意するとスイは自分にかけていた偽装を全て解く。するとどこからか見られた感覚を感じる。そちらに向けて指向性の強烈な魔力をぶつける。何かで一瞬守られたがそれすら打ち抜くと街の中心の真上に一瞬だけ巨大な瞳が表れてすぐに消える。あまりに短い時間だったため気付いた者は居なかったようだ。
「……(びっくりしたぁ。まさか天の瞳がそのままの意味だとは思わなかったよ。大きな目玉が飛んでるとか流石異世界)」
何も言わなかったが内心では物凄く焦ったスイ。周りにもしかしたら誰か居るかもしれないし建物の中には人が居るのは間違いないので声をあげなかったがもしも誰も居なければ年相応に可愛らしい悲鳴位は出していたかもしれない。というか二十メートルはありそうな巨大な目玉がぎょろっと街中を見渡す光景はトラウマものだ。どう見ても人間を品定めして食べようとする化け物の図にしか見えない。
「とにかく早く伝えにいこう。まだ宿に居ると良いけど」
呟くとスイは足早にそこを去った。
「えっと……護衛の依頼は?」
宿に向かうとカレッドが一階に居たため用件を伝える。するとカレッドの当然の疑問で早速問題が出た。
「あっ……そっか。護衛されてる気がしてなかったから忘れてました。それに今考えたら暗黙のやつも…いやそれは最悪無視しても良いかな……?それに入って早々私が居なくなると怪しまれる?でもばれてるだろうし……ああ、どうしよう……天の瞳の記録を完全に削除してしまおうかな?それに記憶の処理もしなきゃ……体内電気を操って一部の記憶を消せばいけるかな?でも誰が知ってるか分からないし……」
「ちょっと待とうかスイちゃん、何しに行こうとしてるんだ」
冷静に止められスイは焦っていたことに気付く。
「それに……とりあえず彼等に説明するところから始めた方が良いと思うよ?」
そう言ってカレッドが二階に繋がる階段の方を見るとこちらへ目を向けていたアルフ達と目があった。
「あっ……」
「何処行ってたんだスイ?」
「……えっと、あの洞窟に」
「どうして?」
何故だろう。アルフやフェリノの質問がチクチクと刺さる感じがする。
「捕まってた人忘れてたから」
「……そっか。でも何で俺達を置いていったんだ?」
「……何だか忘れてたのが恥ずかしかった……から」
正直にスイが伝えるとアルフが近付いてきてスイの頭を軽くぽんと撫でる。
「そうだよなぁ……スイってまだ若いもんな。何となく恥ずかしくなったりすることだってあるよなぁ。でもなスイ?それならそれでせめて俺達に出掛けるってことぐらいは言ってほしかったかな。凄い心配したんだぞ?俺も心配したしフェリノもステラもディーンも竜牙の人達も心配したんだ。スイが俺達を全員相手にしても楽々と倒せるくらい強いのは知ってる。でもそういうことじゃないんだ。分かってくれるか?」
そう告げたアルフの目は寝ていないのが分かるくらい隈が出来ていてきっと一晩中探し回ったのだと分かった。それを見てスイは自分が自己勝手に動いたことを心底反省した。
「あっ……ごめん…なさい」
スイが謝るとアルフが撫でている手をわしゃわしゃと動かして髪をグシャグシャにする。
「よし、じゃあもうこれで良いや。次はちゃんと声を掛けてくれよ」
アルフがそう言って離れると今度はフェリノが近付いてくる。
「置いてけぼりにされたかと思った……」
「ごめん」
「誰かに襲われたのかとも思った……」
「フェリノ……」
「スイ……良かった」
そう言ってフェリノがスイに抱き付く。スイは驚いたがすぐに抱き返す。
「ごめんね。今度は心配させないようにするから」
「絶対だよ?」
「うん。絶対」
スイが約束するとフェリノはほんの少し涙を滲ませながら笑う。その後ろからステラとディーンがやってくる。
「戻ってきて良かったわ」
「心配させないでよスイ姉さん」
ステラは安堵の笑みをディーンは少しむくれた振りをしながら笑っている。
「ん、二人にも心配かけちゃった。ごめんね」
スイが謝るとステラはグシャグシャになったスイの髪を壊れ物を扱うかのように丁寧に手櫛で直す。ディーンはスイに一瞬近付こうとしたが離れないフェリノを見て下がる。なのでスイが手で招いて近寄ってきたディーンの頭を撫でる。ディーンは驚いたようだがすぐに身を委ねて撫でられるに任せている。
「あぁ~、それで少し話したいんだけど良いかな?」
困り顔のカレッドがスイに話し掛けてくる。
「天の瞳って何?」
カレッドが問い掛けてくる。
「何って訊かれても私にも良く分かってません。魔族を見付ける魔導具で街の中心の上で浮いている目玉としか」
「聞いたことないなぁ。多分かなりの機密情報じゃないかな。スイちゃんが離れていた時の出来事を全員と話し合いたいと思うんだけど良いかな?」
スイが頷くとカレッドが二階に上がる。それを追い掛けて宿の一室に入るとモルテとレフェアを除く男性陣が全員居た。カレッドがモルテとレフェアを呼びに行っている最中にスイは
「天の瞳か。聞いたことがある。何でも魔族を捕まえて研究したことで出来た魔導具だったか。魔族の魔力波長は特徴的だからその波長を捉えることで魔族を判別するって話だ」
ジェイルが言った言葉にスイは反応する。
「魔族を捕まえた?人族が?」
「ああ、人災の連中が関わってるみたいだ」
「人災……人族の強い人達だよね。魔族を捕まえることが出来る程度には強いんだ」
「ああ、相当強い。アルドゥスにも人災の武神が居るが桁違いだぞ。魔族との戦いは見たことがないが対等に戦えるかもしれない位には強い」
「へぇ……武神か。そこまで言われてるなら仲間にしてみたいね。期待外れじゃなければ良いけど……ってそうじゃない。人災の話はまた後で良いや。それより現状をどうしたら良いかな?」
「そんなもの簡単だろう?」
「簡単?」
スイが疑問に思って皆を見ると全員理解しているようだ。
「ああ、天の瞳は壊したんだろう?なら入る時に使った偽装魔法を使っていれば良いんじゃないか?相手は見分ける術がそれしかないんだし仮にすぐに直せたとしてももう偽装してるんだからばれることもない。壊されてるから内部の情報も多分ぐちゃぐちゃだしな。そういうのは結構な期間を空けてから内部の情報を取り出すから発見されてから一日程度なら取り出したりもしてないだろ。それにここの領主がそんな職務に真面目だとは思えないしな」
ジェイルが言った言葉にスイはきょとんとする。
「偽装魔法使っていれば良いんだ……それに職務に真面目じゃないんだ」
スイからしたら問題があった(この場合魔族を見付けた)にも関わらず放置されているかもしれないというのは考えたこともなかった。まさかレア達を送り込んだだけで充分だと考えているとは思ってもみなかったのだ。
考えてみればずっと補足していたのならば天の瞳は偽装魔法を使っていようが街の外で使われた魔力波長くらいは見抜いていただろう。街中でようやく見付けるということは完全に見る対象から外れていたということだ。納得したスイはもう一つ疑問に思ったことを問う。
「領主とか居たの?」
スイからしたら街に領主どころか貴族という存在も王族とちょっとした高位貴族位しか居ないと思っている。そう思った理由は簡単でそもそも国土はあれど人類が生存している域がそれほど大きくない、貴族が多数存在するならその分領地が狭くなる、そもそも街どころか村しかない土地も多いという事だ。
それなのに領主が居るということは高位貴族が治めているかその代官が居るということになる。ホレスやノスタークにはそのような存在が居るということは聞いていないしここハジットはそれほど大きい街ではないので驚いたのだ。
「居るぞ。オルタン男爵がな」
「男爵……」
「ああ、痩せ細った眼鏡野郎だよ。金こそ至上ってやつだから職務に真面目だとは到底思えないな。次の街のブルノー子爵よりかはマシだろうが」
「そっか。まあ貴族の人とはあまり関わる気はないし無視で。とりあえず偽装魔法掛けておく」
スイは興味なさそうにしながら偽装魔法を掛けていく。その非常識な魔法の数々に全員唖然としていた。ステラに至っては魔法が得意な種族ということもあってスイとの間に広がる絶望的なまでの差に打ちのめされていた。
「ん、終わり。じゃあ街の中見て回っても良いかな?」
スイが訊くとジェイルが大丈夫だと頷く。
「ああ、アルフとステラは適当な依頼を見てきな」
「分かった」
「あっ、アルフお金渡しておくね」
「依頼の報酬あるから大丈夫だぞ?」
「買いたいのがあったときに足りなかったら困るだろうから」
そう言ってスイはアルフの手に銀貨を握らせようとして手を引っ込められた。
「むぅ」
「いや多いって。何に使うんだよそんな大金」
スイがアルフに銅貨を十…いや二十枚ほど渡す。直前で金額を釣り上げられてアルフは苦笑する。同じ金額をフェリノ、ステラ、ディーンにそれぞれ渡す。三人もまた困っていたがスイがほんの少しではあるが口元を緩ませていたことに気付いたために何も言わなかった。気分の良い主にわざわざ水を差すこともあるまいと考えたのだ。
ちなみにお小遣い感覚で銅貨を二十枚も渡すことは基本的に有り得ない上それが主人から奴隷に贈られるなどもっと有り得ないことなのだがスイはそんなことは知らない。
「じゃあちょっと散歩にでも行ってくるね」
スイが護衛の筈のカレッド達をおいてさっさと出ていく。慌てて追い掛けたがどれだけ楽しみにしていたのか目に見える範囲に居なくなっていた。カレッド達はスイを再び探し回ることになったのだった。
「ん?」
スイが屋台を見て回り美味しそうなものは片っ端から大量に買って指輪の中に保存していると妙なものを発見する。屋台と屋台の間にぽっかりと空いた謎の空間があり黄色い布だけが敷かれているのだ。それだけなら小物でも置けば雑貨屋にでもなりそうだが何も置かれていない。それなのに周りの客は妙に興奮ぎみで中には財布代わりらしい布袋を握り締めている者まで居る。
「何これ……?」
気になって少し見ていると店主らしきものが来たらしく客のテンションが上がっている。スイの疑問はすぐに晴れた。だが気分は最悪に落ち込んだ。
「さあて!お待ちかねの奴隷オークションの始まりです!皆様奮ってご参加ください!今回の奴隷も極上の者達ばかりで御座います!金の用意は出来ましたか?出来ていなくても後悔はしないでください!では始まりです!」
店主いや奴隷商によるオークション会場だったのだ。
「殺してやろうか……」
思わず呟いたがやめておく。ここで全員を殺害するのは容易だ。だがそれには自分が魔族だとばれる可能性が高い。そんなことになれば目的を達成するのが困難になる。
「一時凌ぎにしかならないけど……私が買おうか」
スイが近付いていくと最初の一人目の紹介からだった。熊らしい獣人の男の子だ。年齢はアルフとあまり変わらないくらいだろう。説明は聞き流して買うことにする。
「銀貨三十枚で買わせて貰いますわ」
「銀貨三十五枚だ!」
「あらぁ、やめてほしいわねぇ、銀貨五十枚よ!」
貴族か豪商の妻らしい三十代の女性と四十代の筋肉が凄い男性が張り合っているようだ。
「金貨一枚」
スイがそう言うと一瞬辺りが静かになる。
「何?」
スイが問うと奴隷商がスイに優しげに声を掛ける。
「お嬢さん、金貨というのは凄く高いんだ。払えないものは言ってはいけないよ?」
「払えるから気にしないで」
「払えなかったら身体で返さなきゃ……」
「鬱陶しい。払えるって言ってる。それより誰も何も言わないならあの子は私のものって事で良いの?」
スイがそう問うと女性が張り合ってくる。男性の方は諦めたようだ。
「金貨二枚よ!」
「……鬱陶しいなぁ。さっさと諦めてほしいんだけど。金貨五枚」
「ご、五枚!?」
「き、金貨十枚よ!これなら払えないでしょう?」
勝ち誇った顔をした女性にスイは呆れる。
「貴女こそ払えないよね?良くてさっきの二枚が限界じゃないの?」
スイがそう問い返すと女性は顔を赤くする。
「まあ良いや。ねえ奴隷商さん?今連れてきている奴隷全員を見せてくれないかな?」
「えっ?」
「全員を買ってあげるから連れてきてって言ってるんだよ。それともこんな有象無象の端金目当てで稼げる機会を逃すの?」
スイはそう言ったが信用問題などもあるため全員を連れて来ることはないだろうなぁと思っていたのだが奴隷商の男は走って行くと馬車ごと持ってきた。スイは流石に呆れる。
「本当に全員を買うんでしょうね?」
奴隷商は疑わしそうに問い掛けてくる。
「買わないと思ったのなら連れてきていないでしょう?それよりそれで全員?」
「……オークションに出していないのも数人」
「そう。なら後で見に行く」
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!そんな小娘が大金を持ってると本気で思っているの!」
「この娘が着ている服が全てシープドラゴンの毛で出来ていて魔導具になっていなければ持っていないと判断したんですがねぇ」
奴隷商の言葉にスイが驚く。
「へぇ、分かるんだ。目利きは良いみたいだね」
「まあ粗悪品を掴まされたら堪ったものじゃないですから人を見る目だけは鍛えてるんですよ」
「そう。奴隷は……十五人、いやあそこの子も含めて十六人か。なら白金貨二枚とかでどうかな?」
「白金貨二枚ですか……一応最上のものばかりを連れてきて……」
「白金貨三枚」
「三……」
「四枚……仕方無いなぁ。五枚ならどう?」
スイはそう言いながらファルの袋から白金貨を五枚取り出して男に握らせる。男が更に値段を釣り上げようとする前にスイが更に言葉を紡ぐ。
「まだ残ってる奴隷も同じ金額で買ってあげる。だから妥協しなさい」
「同じ金額で……分かりました」
奴隷商がそう言うと当然だが周りに集まってた客が文句を言い始める。
「黙れ!金の用意が出来ている者が買うってのは最初から分かっていたでしょう!今回は縁が無かったのです。諦めなさい!」
奴隷商が怒鳴ると客達が恨めしげにスイを見つめて去っていく。しかし数人スイを見つめたまま動かない者も居る。スイは面倒なことになりそうだなと思っているとスイの元に一人の男性がやって来る。
「お嬢さん、頼む。奴隷の中に俺達の仲間が居るんだ。金なら渡す。譲ってくれないか?」
スイはその男の嘘を全て見抜いた。仲間はいない、金も渡さない、そう判断したスイは呆れる。
「この街……最悪だなぁ」
スイは誰にも聞こえない位の声で呟くのだった。
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