閑話 事件
厄介な事件を回された。最初に思ったのはそれだ。休日に呼び出されたと思ったら渡された一件の事件。世間を今賑やかせている一家心中事件だ。親に子供が殺されたみたいな心中なら捜査も程々で終わったのだろう。だが今回のは心中と言って良いのかも良く分からなかった。
両親と娘、息子の四人家族。親は同じ会社で働いていて共に三十七歳。社内恋愛で結ばれ一年後に娘が生まれる。そのまた一年後に息子だ。育児のために五年ほど母親が職場を離れ祖父母に育児を任せて職場に復帰する。母親は随分と慕われていたようだな。
その後も特に問題が起こるわけでもなく幸せな家庭を築いていく。しかしある日事件が起こる。下請けの工場に二人が向かい工場内の見学をしていると火事が発生。風向きが悪かったのか火の回りがかなり早く逃げ遅れて工場の人間が十三人、両親も二人とも死亡する。死因は言うまでもなく焼死だ。これだけならば不幸な事故だ。だがその後の展開によってこの事件が誰かによって引き起こされたものではないかと思われた。
地元の中学校に通っていた中学二年の娘と中学一年の息子が両親の死を知ったその日の晩に海に向かい身投げする。息子の死体は未だ見付からず娘の死体は海岸線に打ち上げられていた。これ単独ならば世を儚んでの自殺だといえる。だがその死体の首、手首、腹に包丁のようなもので傷が付いているとなったら話が変わる。
手首には五回以上切りつけられた傷に頸動脈にも一回、腹部にも一回だがこちらは抉られている。明らかな殺意をもっての犯行だ。
飛び降りたと思われる場所に夥しい量の血痕が発見されたが自殺だと判断することは難しかった。まだ十四歳と十三歳、自殺するためにそこまでやるとは流石に思えなかった。少なくとも二人以上の血痕があったためもう一つは息子の方の血液だと思われる。そして凶器は未だ発見されていない。
「はぁ……調べれば調べるほど物凄い事件だな」
「どうするんですか?」
「まずは聞き込みだな。正直それ位しか俺もやれそうなことが見付からん」
「そうですね。ならまずは何処から?」
「近所の人間からだな。そのあとは祖父母の方、学校の方だな。最近不審な人物が居なかったか家族の評判とか過去に何かあったか調べるぞ」
「分かりました。では車持ってきます」
一緒に捜査することになったあいつには悪いがこの事件、いや事件なのかも分からないがろくな結果に終わる気がしないな。若いあいつには気分の悪さだけ植え付けるはめになりかねんな。ったく、本当厄介なものを回されたもんだ。
――近所に住む交流のあった女性(52歳)――
「あの人達が亡くなるなんて人生何が起こるか分からないものねぇ。まだ若いのに」
「えぇ、本当にそう思います」
「それで不審な人物でしたか?そういうのは居なかったと思います。他の人に訊いても多分一緒だと思います刑事さん。何せこの辺りは皆知り合いばかりですから知らない人が入ってきたらすぐに話題に昇りますもの」
「そうですか。一応仕事なので他の人にも聞いてみたいと思います。それとその家族について評判等も聞いてみたいのですがどういった人達だったのでしょうか?」
「評判…そうですねぇ。二人とも恨みを買うような人物ではなかったと思います。朝も会えば明るく挨拶するような人達でしたし。家族仲なんかも良かったですよ。良く笑い声が聞こえてきたり家族で旅行にも何回か行っていたみたい」
「そうですか。ありがとうございます。他の人にも訊いてみま…」
「あっ…でも」
「どうしましたか?」
「あの女の子はちょっと変な子でしたね。綺麗で可愛い子なんですけどいつも笑わなくて周りの人達が……勿論私は違いますが、あの子のことを人形姫とか呼んでいましたね。元は子供達が言っていたのですが凄く的を射ている感じがしました」
「人形姫…ですか?」
「えぇ、本当に人っぽくないんですよ。こう言うと悪口みたいですけど。何だか機械とかみたいな温かみがないみたいな声で喋るし小さい頃から凄く大人びていて人形とか機械みたいな女の子でした。勉強も運動も出来たから余計にですね」
「そうですか。あぁ、そろそろ移動します。情報提供ありがとうございます。ご協力に感謝します」
「いえいえ捜査頑張ってください」
――母方の祖父母(62歳、63歳)――
「あの娘は本当に親不孝な子だな全く」
「親より先に死んじゃうなんて……天国に行ったら怒ってあげないといけないわね」
「ご冥福をお祈り申し上げます」
「ありがとう」
「それで訊きたいことがあるんでしたよね。刑事さん娘達は誰かに殺されたり?」
「いえ…まだ分かりません。お孫さんも亡くなられたのでもしかしたらと疑って行動しているだけでして現状は事故という感じです」
「そうですか。あの子達も亡くなったのですよね。あの子達はいったいどうして?」
「男の子の方は未だ発見されていないため亡くなったと判断するのは早いかもしれませんが……血痕が発見されました。それもかなりの量です。手は尽くしますがあまり期待はしないでください」
「っ…分かりました」
「女の子の方は…」
「遺体が発見されています……」
「……っ」
「心中お察しします」
「すみません……少し席を外させてもらいます」
涙を浮かべたまま居間から出ていく祖母を見て罪悪感が浮かぶ。わざわざ悲しみを引っ張りあげるような警察という仕事はなかなかに辛い。だが誰かがやらなければいけないのだ。
「彼女達は自殺と思われます。しかしそう思うにはあまりに酷い死に方でして」
「酷い死に方ですか」
「はい。……写真がありますが見ますか?」
「お願いします」
「覚悟はしてください」
そう言って俺は写真を見せる。いつ見ても痛々しい。なまじ可愛いから余計に際立って目立つ。
「……」
目元を押さえて泣くのを堪える姿は酷く心にくる。暫くそうしてから目元から手を離す。強い人だと思う。
「私達は娘達が結婚してからはあまり知りません。孫のこの子達を育てていたことぐらいしか話せませんが大丈夫ですか?」
「はい。今はとにかくどんな情報でも欲しいので辛いでしょうがよろしくお願いします」
「分かりました。そうですね。何から話せば良いのか……○○が五歳、拓也が四歳の時から暫く私達は育てていました。拓也は○○のことが大好きなようでいつも側に居ました。○○も拓也の事を大事にしているのは良く分かりました」
「姉弟仲は良好だったと」
「はい。最も○○は親である娘達のことを酷く大切に思っているようでした。正直に言えば引くほどに」
「引く?」
「えぇ、○○は親である娘達のことに関してはかなり暴走気味でした。娘達に頼まれたら人を殺すこともするのではないかと思うほどに」
「そんなことが……」
「冗談だと思っているようですね?」
「いえ……」
「いえいえ冗談に思われるのも仕方無いです。私も近くで見なければ信じなかったでしょうから」
「何かがあったのですか?」
「今回の事件に関わりがあるかと言えば無いと思いますけどね。あれは○○が六歳の頃でした。娘達の帰宅時間を覚えたのか私達の手から離れて玄関に座り込んだのです。私が抱き抱えて居間に戻そうとしますと激しく怒りまして宥めている最中に娘達が帰ってきたのです。そうしたら顔を私でも分かるぐらいに青ざめさせましてすぐに玄関に飛び出していったのです。そして玄関で泣きながら娘の足に抱き付いていたのです。まるで許しを乞うように。虐待でもされてるのかと一瞬思いはしたのですけどね。私を見る○○の目が親の仇でも見るかのように憎悪に彩られていまして……そこから○○は私と話そうともしなくなりました」
「それは……」
「似たような事なら何度もありましたよ。私以外の者相手ですが。○○にとって娘達が世界の中心にある、そんな気がしました。だから私としては殺されたというより後を追った……そっちの方がしっくり来てしまうんです。おかしいですよね」
「……」
「だから刑事さん結末がどうであれ気にしないであげてください。よろしくお願いします」
「……分かりました。ご協力に感謝します」
――中学一年生男子(13歳)――
「拓也死んだのか……そっか。警察のおっちゃん拓也のこと何とかして見付けてやって」
「ああ、最善を尽くそう」
「お願いします。じゃないと拓也が可哀想だからさ。姉ちゃんと一緒に居たいだろうし」
「……(ん?)」
「あいつ姉ちゃんと、あっ姉ちゃんってのは人形姫のことだよ。ちょっと怖い感じのする。その姉ちゃんと一緒に死ぬのが夢って言ってたからきっとあいつ望んで死んだ筈なんだ。なのに一緒にいれないってなったら幽霊になって出てきちゃうよ」
「一緒に……何だって?」
「?だから一緒に死ぬのが夢だって。あいつ姉ちゃんのこと大好きなんだよ。皆知ってるよ」
「一緒に…死ぬ」
「だからお願いします。警察のおっちゃん。拓也のこと見付けてやって一緒の墓に入れてあげて」
「あ、あぁ分かった。情報ありがとう」
――中学二年生女子複数(14歳)――
「うぅ……○○が死んじゃうなんてどうして」
「あんな大人しい子なのに」
「大人しい……?結構テンション高めだったよ?」
「はぁ?逆でしょ。あの子ほどテンション低めの子なんて居ないわよ」
「普通の子だったでしょ。テンション高いも低いもなかったわよ」
「そんなわけ……!」
「ごめんね。話を聞かせてくれるかな?」
「あっ、すみません。刑事さん」
「私達に話せることなら」
「彼女はどんな子だったかな?」
「どんな子って大人しい感じの……」
「割とテンション高くて明るい感じ」
「基本的にだらっとしてる」
「どこにでもいる普通の……」
「……?どんな子なのかな?」
何故か印象が一致しない。近所の人間からは無表情の人形姫、祖父母からは親中心の少し変わった子、弟のクラスメイトからは近寄りがたい高嶺の花扱い、同級生からは統一されない印象。もしかして彼女は幼くして仮面を使い分けているのか?
「あっ、でもあの子なら知ってるかも」
「私達に聞くよりかは知ってると思う」
「それは誰かな?」
「あそこの……お~い。湊~!刑事さんが話聞きたいって」
「……はぁ。面倒臭いなぁ。私用事があるんで手短にお願いします」
そう言いながら来たのは真っ黒な髪を肩の辺りで切り揃えている美少女だ。身長は高めなせいか少し大人びた印象を受ける。彼女の幼馴染のようだ。
――湊――
「あの子の最期、どんな感じか教えてくれませんか?」
「写真ならあるが気分を悪くするよ?」
「良いんです。見せてくれませんか?」
引く気が無さそうなので前置きを入れてから見せる。湊は食い入るように見つめてから徐に写真を返してくる。
「ありがとうございました。あの子自殺でしょ。何が訊きたいんですか?」
「自殺と判断するのは……」
「まだ早い……ですか?あの子が自分で手首を切って首を切って最後にお腹に刺して抉って海に落ちた。これ以外何かあります?」
「いやだから……」
「あぁ、拓也君?あの子に付いていって一緒に刺されて落ちた。それだけでしょ。訊きたいことありますか?」
「えっと不審な……」
「居ません」
「……評判とかはどんな感じ?」
「色々ありますね。あの子相手する人次第で喋り方変えたりしますから一概には言えないです」
「喋り方を変えるって?」
「えぇ、演技ですよ。あの子人形姫とか呼ばれ始めてから本当の顔を見せなくなりましたね。というかそんなことが訊きたかったんですか?なら私忙しいのでこれで終わりにしても良いですか?」
「えっ、あぁ、はい。分かりました。ご協力に感謝します」
「はい。拓也君見付けてあげてくださいね。では」
意味が分からん。聞き込みをした結果思ったのはそれだ。自殺する訳がないと思っているのが半数。逆にするだろうなと思っているのが半数。
しかも岩場に凶器を発見。柄に付いた少女の指紋から自殺と断定。少女自体の指の爪からも弟の血液が採取された。
捜査の結果は両親が亡くなったことで精神が不安定になった少女が弟を刺殺、自らも切り刻み共に海に落ちたというあまりにも無茶苦茶な顛末だった。決定的だったのは海に向かう最中に少女が弟を連れて訪れた店で凶器となった包丁を買っていたのが監視カメラに映っていたこと。
十四歳と十三歳、あまりにも若い。世の中に絶望するには早すぎる。それほどまでに両親のことを愛していたのか。共に天国に向かおうとする程度には。だがこの事件は最後に爆弾を落として胸糞の悪い結末を迎える。
「……何でだ」
「止めることが出来たんでしょうか」
「分からん」
少女の同級生、
決まっている。少女の親友○○と一緒だよ。
忙しそうにしていたのは遺書を書いていただけだった。遺書と言っても簡潔なもので誰かに伝える気を感じないようなものだ。
『○○が死んだので一緒に向かいます』
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