第25話 覚悟



俺は必死で走っていた。奴に追い付かれる前に街に入る。そうしたら奴も流石に諦めるだろう。街には衛兵もいるし冒険者もいる。俺は捕まるかもしれないが奴に殺されることだけは避けられる。

俺と一緒にいたあいつらは奴に殺された。奴が身動ぎしたと思ったら目の前から消えて次の瞬間には仲間が弾け飛ぶ。捻れたり粉々になったり意味が分からない。

俺は他の奴らが奴に蹂躙されてる中死にたくなくて必死で逃げ出した。後ろから仲間達の声が聞こえたが振り返らなかった。振り向いたら奴に殺されるような気がしたからだ。

俺は盗賊だ。だからいつか死ぬかもしれないとは思っていたし特段それを気にしたこともなかった。人なんていつか死ぬのだから。だけどあれは嫌だ。あんな死に方は嫌だ。奴は恐怖を与えるためか仲間達を意図的に酷く殺しているようにも見えた。

死ぬのは一瞬のようだったし痛くは無いかもしれない。だけどそれとこれとは別だ。俺だって死に方ぐらいは選びたい。今まで泣き叫んだ女や子供も殺したり奴隷にしたりした俺達が言うことじゃないのかもしれないけどよ。

必死で走っていると目の前に堅牢な壁が見え始めた。ははっ、付いてるな。奴に見付からずにここまで来れるなんて俺は生き残れるかもしれない。生き残れたらもう盗賊なんてやめよう。街で大人しく一生を過ごしてこの事は忘れよう。

そんなことを考えたからだろうか。奴から逃げて一直線に走ったのにいつ追い抜かれたのだろう。奴は目の前に居て十メートルも離れない位置で凄惨な笑みを浮かべて俺を待っていた。ははっ……笑えねぇ。俺はひきつった笑みを浮かべてそこに立ち止まっちまった。だって仕方ないだろう?どうやっても生き残ることなんて出来ないって分かっちまったんだからさ。あぁ、来世があるとしたら盗賊なんて絶対なるんじゃねぇぞ。笑えない結末が待ってるからな。

目の前に奴がいた。俺はいつの間にか死んでいた。あぁ、死に方か?挽き肉ミンチだったよ。



ドパンと大きなシャボン玉が割れたような音を立てて目の前の男が爆ぜる。本気で拳を振り抜いただけだったのだけどまるで趣味の悪い悪夢のように弾けていった。こういうのを見ると元人間としては多少は気分が悪くなったりするのかもしれないけど私はそんなことはない。拓が教えてくれた転生する話とかではこういうことで苦悩したりしなかったりするらしいけど。


「ん、とりあえず逃げたのは今ので最後かな?」


何人かは手足を折って動けなくしたあと馬車付近で放置してきたのでそこに戻ることにする。

戻ってくるとアルフ達は少し気分が悪くなったのか顔が青い。まあわざと酷く殺したから仕方ないかもしれない。カレッドさん達も周りの状況を確認しつつも死体の方は見ない。余程な死に方させてしまったみたい。


「カレッドさん」


呼び掛けると顔は青いままだがこちらに振り向く。


「皆さんは盗賊の拠点が分かったらここに待機しててくれますか?街に入ってくれても良いけど一応護衛の依頼を受けてることになってるので」


少し声を潜めて話し掛けるとカレッドさんも声を潜めて返事を返してくる。


「どうしてだ?盗賊の拠点を襲うってのは今ので分かったけど」

「カレッドさん達が通った道をアルフ達にも経験させておきたいんです。これから必要になるかもしれないしならないかもしれない。勿論無理強いはしませんけど」


そう言うとカレッドさんは理解したのかそれ以上は訊くことは無かった。


「とりあえず拠点の場所を吐かさないとですね。私がやるのでカレッドさん達は適当に魔物の警戒をしてください。出来たらアルフ達にも教えてくれたら嬉しいです。流石に私も知らないことがあるので」

「分かった。スイちゃんでも知らないことがあるんだな。意外だよ」

「当たり前です。私は結構色んな事が出来るとは思ってますけど全能じゃないですし知らないことは知らないです。それに前世では魔物なんて居なかったですし争いそのものも少なかったですから」

「そうなのか。魔物が居ない世界か。そんな世界があるんだな。ん?ならスイちゃんは一体どうして死んだんだ?」


純粋な疑問だったのだろう。結構繊細な話なのだがつい訊いてしまったといった感じでカレッドが問い掛ける。問い掛けてすぐにしまったといった顔をしたが。


「さあ?どうして死んだと思います?」


スイは薄く笑いカレッドから離れる。何故かカレッドは少しだけ顔を赤くしながらも考え込む。しかしすぐに考えるのをやめると首を振る。


「分からないけど気にすることじゃなかったな。死因なんて訊くもんじゃない」

「ま、言っても良いんですけどね」

「いや訊かないよ」

「そうですか?なら言いません」


スイはそう言いながら少し歩き馬車からほんの五メートル程離れた場所に土壁ウォールを使い箱のような形にする。捕まえた五人ほどの盗賊をその箱の中に放り投げると感応石を取り出して光源ライトを使い反応させると同じように放り投げる。


「じゃあこれから尋問しますので後はよろしくお願いしますね。長くても一時間で一回出ますので」


そう告げてスイも箱の中に入ると完全に密閉する。中ではぼんやりと感応石が光っていてあまり見えなかったので追加で感応石を足して見えるようにする。勿論スイからしたら真っ暗闇であろうが見通せるが今回は盗賊に自分の姿をしっかり見せたいので顔がしっかり見えるようになるまで追加する。

盗賊達は思いっきり手加減をしたお陰で死んでこそいないがそれでもかなり危険な状態だ。このままだと喋る前に死にそうなのでほんの少しだけ回復させることにする。


劣癒フリール

スイの手から淡い光が飛び出していき盗賊達を癒していく。危険な状態から脱したら止める。そのあとに水玉ウォーターボールを出して顔にぶつける。


「起きろ」


呻き声をあげながら盗賊達が起きる。


「お前達の拠点を教えろ」


敢えて少し高圧的な態度と口調を演技する。スイの演技は演技だと見抜くことが出来ないほどの完成度なので盗賊達も騙されたようだ。盗賊の一人は腕の立つ者を選んで残した。その一人がスイを見て話す。


「教えたら俺達をどうするんだ」

「殺す」

「はっ、なら仲間は売れないな」

「じゃあ殺そう」


そう言うとスイは五人の内一人を無造作に選び箱の端に投げる。投げられた盗賊は噎せる。死ぬ勢いで投げた訳じゃないから当たり前だ。スイはその盗賊に近付くと土壁でアイアンメイデンのようなものを作る。その中に無理矢理押し込むと錬成で中の構造を変えていく。


「あぎゃあぁぁぐっぴぇあぁぁ!!!???」


中から盗賊の断末魔が響く。その途中でスイは錬成を止める。中からはまだ断末魔が響いている。スイは酷薄な笑みを浮かべると中の盗賊に回復魔法をかける。


神癒コールヒール


そのあと更に錬成して構造を変えていく。既にアイアンメイデンは元の形を保っておらず上半身に当たる部分は背中側を向いており下半身に当たる部分も上向きに曲がっている。それでも死なないのはここが異世界で魔法があるからだろうか。声が小さくなってくると回復魔法をかける。また錬成する。声が小さくなると……を繰り返していると回復の限界でも迎えたのか途中で死んだようだ。

アイアンメイデンを潰すと中から何か分からないほどにぐちゃぐちゃになった肉塊と溢れんばかりの血が落ちる。スイはその血を少し勿体無いと思ったが飲むのはやめておいた。盗賊の血を飲みたくなかったのと地面に落ちているからだ。


「ん、じゃあもう一回聞こうかな。拠点の場所を教えてくれる?」


そう訊いたスイに盗賊が口を割るのは存外早かった。



スイが盗賊の首を折るという単純な死をむしろ救いだとでも思ったのか残った四人は訊いてもいないことまで話した。腕の立つ者は少し粘るかと思っていたが真っ先にその盗賊が裏切っていた。人というものは分からないものだ。まあ五人全員が裏切らず死んでいたとしてもやりようはあったので別に尋問する必要すら無かったのだが。

盗賊の拠点について訊いたことをまとめるとこうだ。

拠点の場所はハジットの街から大体二日ほど離れた場所にある洞窟にある。自分達は稼ぐために少し遠出して街に近い場所で待ち伏せていた。拠点には後々売るために女や子供を拐って置いている。それなりの金目のものも別に置いている等だ。

あわよくば生き残れるかもしれないとでも思っていた可能性もあるが最初に殺すと言ったスイからしたら哀れにしか思えなかった。まあそれで殺すのを躊躇うことはないが。


「場所は分かったし行こうか。カレッドさん後はお願いしますね」


そう声を掛けてからアルフ達を呼ぶ。


「どうした?」

「ん、これから盗賊達の拠点に行くよ」


アルフの問いに簡潔にそう答えると指輪からロープを取り出すとアルフ達を縛る。


「へっ?」

「舌、噛まないようにね」


そう言うとアルフ達を担いでスイは走る。その速度は四人も抱えているというのにまるで重さを感じていないかのようで尋常ではない。馬車の何倍の速度で進んでいるかは分からないが一瞬目を離した瞬間に違う景色が広がるといえばその速度が分かるだろうか。

走り始めて十五分程経過してスイは止まる。スイの驚異的な視力には木々に隠れるようにして洞窟があるのを捉えている。アルフ達を降ろすとスイは少し待つように言ってから洞窟へと向かう。


「ん?おぉ、なかなかの上玉じゃねぇか。こりゃ良いなぁ。味見したいもんだ」

「馬鹿。そんなことしたらお頭に殺されんぞ」

「分かってるよ。でも一人位は良いと思わねぇか?」


スイが近寄ると見張りらしき男達が近寄ってきてそんなことを言い始める。スイは無造作に近付いて二人の男の足を粉々にする。骨がではなく足をだ。文字通り足そのものがまるで飴細工のように崩れたため二人の男は転ぶ。自分達の足を見て顔をひきつらせたあとに遅れて痛みが来たのか二人は叫ぶ。


「うぎゃあぁぁ!?お、俺の足がぁぁ!?」

「いてぇぇ!?あぁぁ!?」


スイは二人の首を掴むとずるずると洞窟に向かって引き摺る。当然足が粉々になっているのだ。二人は叫ぶがスイは無視して歩く。その手に回復魔法を微量だけ流して二人の意識を保つことだけはしていたが。


「なんだ!?」

「敵襲だ!お前ら!出てこい!」


中から二人の男が更に出てきて仲間を呼ぶ。


「ん……五十、いや六十か。一人十五人か。ピッタリで丁度良いね」


そうスイは呟くと二人の男を手放す。二人の男の頭が地面に当たるよりも早く目の前にいた男達に接近しやはり足を吹き飛ばす。ちなみに吹き飛ばし方は簡単だ。スイが死なない程度に加減したキックをすれば良い。それだけで足が吹き飛ぶのだ。これは人族が脆いのではなくスイが強すぎるのだ。


「さてと……一応捕まってる人も助けようかな」


そう呟いて少し早足で向かうスイはまるで年相応の子供であるように見える。だがその異質さはどこまでも化け物じみていた。



洞窟から暫くの間は怒号が響いていたが最後辺りはずっと悲鳴しか聞こえなくなっていた。その悲鳴すら聞こえなくなったあとにスイが洞窟から出てくる。


「皆おいで」


ちょいちょいと手招きするスイは傷どころか返り血すら付いていない。それだけ隔絶した実力があるということなのだがそれよりも際立つのがやはりそのいつもと変わらない態度だろうか。とは言ってもアルフ達もそれに対して特に何も思わないのだが。

アルフ達がスイに付いていくと中は悲惨なことになっていた。盗賊達が食事をしていたらしい机などは砕けたり魔法が使われたのか凍っていたり燃えていたりする。そこかしこには夥しい量の血が水溜まりのようになっている。そしてその部屋の中心に集められたのは手や足が無い盗賊達だ。中には女性もいるが問答無用で足を吹き飛ばしている。盗賊達はロープでめちゃくちゃに縛られていて動けないようだ。


「きっちり六十居たから皆十五人選んで殺して?」


スイが言った言葉をアルフとステラは理解した。フェリノとディーンは何を言われたのか分からないと言った感じだ。


「アルフ達って私と一緒に行きたいんだよね?私は帝都に着いたら皆を解放して行きたいところに送り届けるつもりだったけど。私と一緒に行きたいなら躊躇わずに殺して。殺せないなら連れていかない。別に絶対殺せなんて言わないから少し考えてね。殺すか殺さないかを」


そう告げるとスイは奇跡的に壊れずにあった椅子に腰掛ける。するとアルフが一歩前に進みスイの作った破断剣コルガを振りかぶり目の前にいた女性の頭を叩き潰す。動くのはもう少し後だと思っていたのでスイは驚く。


「殺せば付いていっても良いんだな。分かった。俺はとっくに覚悟を決めてるから」


その言葉を言い切るよりも早くコルガで別の男の頭を横向きに薙いでぐちゃっと壁の染みと一体化させる。


「助け……!」「いやっ……!」「やめてく…!」


次々と頭を叩き潰しぐちゃぐちゃにしていく。十五人の頭を破裂させたアルフはステラ達を見る。フェリノは自分の兄の所業が信じられないような顔を一瞬したがすぐに頭を振り、一歩前に進むと男に向けて穿光剣フィーアで心臓を貫く。ごぼっと溢れた血がフィーアの刀身を赤く染めていく。引き抜くとどばっと血が更に出てきて床に血溜まりを作る。

その血の匂いにフェリノが顔をしかめてすぐにフィーアで次の男の脳天から股下まで切り開く。あえて酷い死に方をさせることで自分の中の弱い自分を鍛えるのだ。


「なんなんだよ!お前ら!」「死にたくない死にたくない死にたくない!」


フェリノが腕を振るう度に周りを赤く染めていく。


「ふぅ、先を越されちゃったわね」


ステラが黒紋剣ヴァルトを右手に持つと残りのヴァルトは使わずその一本で胸を刺す。一回で死ななければ二回、二回で死ななければ三回と刺す。ステラの腕が真っ赤に染まっていくがステラは振るうのを止めない。何度も何度もいっそしつこいくらいに刺し確実に仕留めていく。

そして最後にディーンが残る。


「どうする?」


スイが問い掛ける。けど訊く必要はなかったかもしれない。何故ならディーンが一歩前に進み飽毒爪ボラムで十五人の首を一気に裂いていく。万毒を使っていたのか裂かれた者達は身体を青紫色にしてやたらと長く苦しんだあとに腐り落ちて死んでいく。


「大丈夫だよ。僕も覚悟を決めてる。それにスイ姉さんに助けてもらってばかりだ。いつか恩を返すためにも僕は付いていく。そう決めてるんだ。だからよろしくお願いします」

「殺すということを軽く思ってるってわけじゃないみたいだね。ん、これは私が悪かった。試すようなことしてごめんね」


スイがアルフ達の顔を見る。四人とも恐らくはノスタークに居た頃辺りから既に覚悟を決めていたのだろう。四人は流石に自分の手で殺したためか気分が悪そうにはしている。だけどそこに殺したことへの後悔のようなものだけはない。


「じゃあ皆の覚悟も見れたことだし戻ろうか。ハジットの街で美味しいもの食べよう」


そう言うとアルフ達は気分が悪そうではあるが確かに喜んだ。洞窟から出ると血の匂いが幾分マシになり気分が良くなる。スイも吸血鬼になったせいか血の匂いが甘く美味しそうな匂いに感じるようになったがそれでも甘ったるい匂いに包まれているような感じなのだ。それはそれで気分が悪くなる。


「じゃあ皆行こうか」


そうしてスイはカレッド達のもとに戻る。戻ったのだが……


「捕まえられてる人のこと忘れてた」


夜中に洞窟へこそっと戻ってきた少女がいたことは誰も知らない。

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