第98話 再会しました



港町イブルフ、それが法国セイリオスに存在する唯一の港町の名前だ。唯一なのはこの不思議過ぎる海のせいだ。何故かこの港の一定の範囲から出た船は出航して五分も経たずに大破するか陸に押し返されるらしい。

まあこれの理由をスイは知っているため海のせいではないと分かるが。答えは単純に海に棲む凶獣との約束事があるからだ。何故そんな約束をしたのかまでは記憶をそこまで深く探ってなかった為に良く分からないが確か海をあまり侵犯させないためだったか何だかだと思う。まあその辺りはスイにとってはどうでも良い。

問題は今港に見えている集団だろうか。どう見ても一般人ではない。明らかに武装した兵士が港からこちらを睨んでいるのだ。一般人は遠ざけられたのか見渡す限りでは見えない。


「ん、どういうこと?」


スイが隣で喋っていたティーに問い掛ける。するとティーは申し訳無さそうな表情を浮かべる。


「……まあ良いけどね」


スイは興味無さそうに呟く。その視線の先には武器を構えて決死の覚悟を決めている兵士達。背後には申し訳無さそうにしつつも武器を隠している船乗りの格好をした兵士。困惑を浮かべている船乗りの格好をした兵士。どうやら船の中で微妙に思惑が違っていたようだ。一部の船乗り達の暴走といった感じか。


「スイ、逃げろ。魔族といえど幾ら何でもあの数は無理な筈だ」


ユルドが険しい顔をして話し掛ける。ユルドは恐らく知らなかったのだろう。幾らスイの素因が全回復していないとはいえ正直あの程度の兵士ではせいぜい時間稼ぎにしかならないだろう。ちなみに魔法でドカンとする場合は時間稼ぎにもならない。


「ん、嬉しいけど別に大丈夫だよ。あの程度じゃ私は止められない」

「なら立ち向かうんすか?あの数相手に?」


恐らく知っていた、いや知らせたと思われるティーの方を向く。スイは人を見る目がある方だと思っていたがティーに関しては全く分からなかった。

それは今瞳に浮かべている暗い目のせいか。ティーはかなり後ろ暗い道を進んできているのだろう。本心を隠すなど当たり前と言うわけだ。流石に本職相手にはスイの見る目も負ける。というか十四年ごく普通に過ごしてきた一般の少女が裏の道を突き進んできたであろう人物を見分けられたらそれはそれで驚きだろう。


「立ち向かう?そもそも勝負にすらならないよ。私がちょっとここから魔法を撃つだけで全員と言わずとも半壊させられるよ。それをしないのは私に敵対する意思が無いからだよ」


スイの言葉に嘘偽りはない。何人か魔法が得意な人物がいるようだがスイの極炎ゲヘナを魔力自体は少なめに入れたとはいえ相殺したジール程の者が居るとは思えない。というより人族でありながらスイの魔力を相殺したジールがおかしいだけだがそれをスイは知らない。

まあつまりここから少し多めに魔力を込めて天雷ケラウノスでも撃ち込めばそれだけであの部隊は終わるということだ。まあ天雷だとスイ達の乗る船にまで影響があるのだが。

スイは少し考えた後頷くと徐に両手を差し出す。


「何すか?」

「捕らえたらどう?多分捕まえられたとしても私の身体能力には敵わないと思うしそれなら見た目にも敵対意思がないって思ってくれた方が楽かなって」


スイが本気で言っているのが分かったのかティーは不思議そうな顔をした後すぐに顔を振ると恐らく指輪かそれに類似した魔導具から鎖を取り出す。その鎖を見た瞬間スイは感心した。


「へぇ、《吸魔の鎖》か。珍しい物を持ってるね。もう無くなったかと思ってたよ」

「やっぱり知ってるっすか」

「ん、魔族殺しのアーティファクト。その特性上かなりの数が作られた人族専用アーティファクトだね。でも神代の時代にかなりの数が壊されたって聞いたけどまだ現存して……いや、違うなそれ。アーティファクトじゃない」


スイは感心していたが突如としてじっと見るとその違和感に気付いた。


「素材が違う。幽金ゆうきんじゃない。これは金かな?」

「ゆうきん?」

「ん?あぁ、製法が失われたのか。じゃあ良いや」


スイは聞きたそうにしているティーを無視して両手を差し出す。答える気が無いと分かったのかティーは何も言わずにその白く華奢な手首から肩までぐるぐると鎖を巻き付けていく。何処か背徳的な光景が出来上がったがスイは気にもせずに港を見る。

兵士達の顔一つ一つが認識出来るほど近くになると全員の表情が緊張に彩られているのが分かる。スイはそれを見るとにこりと微笑んだ。ただ微笑んだだけなのに戦慄の表情を浮かべた隊長さんらしき男性。兵士達の数人は見惚れたようで少し顔を赤くしている。

スイは少し屈むとほんの少しの屈伸運動で港まで飛び上がる。しっかりと魔法でスカートの中身は見えないようにしながら港に着地するとその瞬間に剣を向けられる。本物の吸魔の鎖ならば魔法など使えないが素材が幽金じゃないせいか魔力の吸収が甘い。この程度ならば万全でなくとも簡単な魔法ならば幾らでも使える。

スイは兵士達に対して動じることもなく指輪からレクトから貰った銀の杯が描かれたコインを取り出す。それを指のスナップだけで隊長さんらしき男性に投げるとそのコインを見た男性は一瞬呆然とする。しかしすぐに兵士を何処かに行かせる。かなりの数を行かせたのでもしかしたらレクトが襲われていると思ったのかもしれない。勘違いなのだが別にわざわざ訂正する必要もないしそもそもすぐに行かせたのでもう遅い。


「貴様、レクト様に何をなさった!」

「何も?」

「嘘をつくな!先程のコインはレクト様が持つ物だ!盗むことなど不可能、であれば何かなさったのだろう!答えよ!魔族!」


隊長らしき男性はかなりの大音量で話すのでそろそろスイの耳が痛い。それに顔を顰めて男性を睨む。


「うるさい。あんまりうるさいと口を無くすよ?私うるさい人とか話を聞かない人って大嫌い」


スイがそう言うと男性が顔を赤くして怒鳴ろうとした為スイは男性の目の前にさっと詰め寄ると口に指を当てる。恋人がやったりすると照れそうになる様な行動だがスイはそれを冷めた目で見つめながら小さく「縫うぞ」と呟く。男性は顔を青褪めさせると頷く。

スイの動きが見えた者が居なかったのだろう。先程より兵士達が死の恐怖を幻視して何も言わずに……というより数人は既に気絶している。不機嫌になった時に間違って威圧でもしてしまったのかもしれない。

ちなみに船は既に停泊しているが誰も降りてこない。まあ降りてきて欲しいというわけでもないので構わないのだが。

そうしてお互いに何も動かずに暫く過ごしていると兵士達が帰ってくる。誰もスイに近寄らずに遠巻きに剣や槍を向けるだけなので正直やりにくい。スイも下手に動けば刺激するだけだと分かっているので全く動けずに多少苛ついてしまう。


「レクト様が此方にやって来るそうです。聖騎士達も連れて来るそうです」


それを聞いた隊長さんらしき男性がハッと鼻でスイのことを笑う。聖騎士がそれだけ強いということなのかもしれないがこれ程他人の力を当てにして人を小馬鹿にする者も初めて見た。

凄いなぁと思いながらスイが話を聞いていると兵士達の後方が俄かにざわつく。どうやらやって来たようだ。さてレクトは一体どれ程の高位の貴族だったのだろうか。スイはむしろそれが気になって仕方がない。


「スイ!無事だったのですね!」

「うげっ!」


喜色満面のレクトと聖騎士達のリーダーなのであろうレアを見てスイは楽しげな表情を隠そうともしなかった。


「久しぶりだね、レクト。馬車は大事にしてる?レアは……うん、他の仲間達と仲良くしてるみたいだね?」


レアの後ろにはあの時居たレイン、ターニャ、アーリアの姿が見える。レインは聖騎士達と同じ装いでターニャはいつか見た如何にもな魔法使いの格好、アーリアもまた修道女の様な格好だ。


「久しぶりですね。スイが居なくなったと風の噂で聞いて心配していたのですがその様子だと無事のようですね。本当に良かった」


どうやって知ったのかは知らないがレクトには心配を掛けていたようなので大丈夫だと頷く。レアは何とも言えない表情でこちらを見ている。今だから分かるがレアがハジットの街に居たのはレクトを迎えに行くためか。聖都から帝都に向かうと言っていたので間違いなくそうだろう。レクトは自力で帰り始めていたようだが。


「ん、心配掛けた。ごめん。私は大丈夫。それより今の状況を変えて欲しいかな。前に言ったお礼を出来たら今返して」


そう言ってスイは少し困ったような表情を浮かべたのであった。

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