第125話 授けられたのは天災



「勇者様!お怪我はありませんか?」


拓也に話し掛けているのは剣国アルドゥスの騎士団長さんだ。名前は聞いてないから知らない。その厳つい顔で心配の声をあげても恫喝しているようにしか見えないのはある意味損だと思う。


「大丈夫だよ。あの程度の雑兵なら傷は負わない。問題はこれ以上強くなると兵士達が耐えられないってことかな。今ですらギリギリ……いや負けてるかな。これだけ死ぬんだから作戦も考え直さないとね。遺族には手厚い保護を受けさせて」


冷静に考える拓也。本当に十三歳なのか気になる。私が十三歳の時はもう少し自由に生きてた気がする。それともそうならざるを得ないほど過酷な人生だったのだろうか。


「僕のことじっと見てどうしたの?」


ぼうっとそんな事を考えながら拓也を見ていたら話し掛けられた。


「ううん、何でもない」

「そう?なら良いけどさ。戦いは終わってるとはいえここはまだ戦場なんだから気を付けてね」


そう言って拓也は兵士達に指示を出しに行った。私と拓也の実力は拓也の方が高い。とはいえまだ小さな男の子に心配されるなんて私もまだまだだ。少し気合いを入れ直して辺りを見渡す。治癒魔法の必要性は無い。何故なら怪我=死だからだ。怪我をすれば助ける前に殺される。相手はこれでも魔族の中で最底辺に近い敵対勢力らしい。それなのに既に兵士達は付いていけていない。実力の差がありすぎるのだ。

私や拓也、晃さんは何とか戦える。だけどそれ以外が戦えない。恐らく私達抜きで戦えば一時間も持たずに戦線が崩壊するだろう。個々の実力が完全に人族を上回っているのにそれが連携して襲い掛かってくるのだ。唯一戦えそうなのは亜人族の部隊だ。現在帝国の方で奴隷制が出来てしまっているせいで獣国に引き籠るか隠れ潜んで生活しているので数は少ない。けど少数でありながら怪我こそしているものの身体能力がほぼ互角なので誰一人欠けていない。

亜人族の本格的な援護を受けられれば戦線を保てるかもしれない。この部隊にいる亜人族は戦闘種族では無い。それで最底辺の魔族相手とはいえ戦えるのだから地上戦最強と言われる白狼族、亜人族最強種の竜族、海上戦最強の人魚族。この三種族が加わるだけでかなり押し返せると思う。

現在の戦闘位置は比較的海に近い。というより魔族は上陸出来ないように港に陣を構えているというのが正しい。逆に言えば私達も上陸してからの逆侵攻が出来ない。まあ出来たとしても周囲から圧殺されてすぐに壊滅しそうだけど。そのため晃さんが呼ばれた時からここでずっと戦線は膠着状態になっているようだ。魔族の一部しか来ていないっていうのも原因の一つかな。

何の気無しに空を見上げると目が合った。何とかは分からないけど透明で空を飛ぶ何かだ。目だけが爛々と輝いていて見えてしまった。私もそれも一瞬身体の動きを止める。そのすぐ後に私は武器を構えようとしてそれに睨まれて動けなくなった。


(見えるとは中々勘が良いな小娘よ。だが俺が見たいのはお前ではない。何も言わずに疾く失せよ)


身体が震える。その目が見つめる先に居るのは小さな男の子。駄目だ。此処で戦った所で勝ち目は無い。勝負にすらならないだろう。だけど此処で引いたらきっと一生後悔する。身体の震えを何とか抑える。そしてゆっくりと睨み返す。するとその目は私をじっと見つめる。


(ふむ、まだ厳しそうではあるか。小娘よ。震えながらも俺を睨み返したその気持ちの強さに敬意を表して授けてやろう)


そんな事を頭の中で囁かれたと思ったら目の前に剣が浮かび上がっていた。周りを良く見たら皆の動きが止まっている。というより時間が止まっている?時間さえ止める相手を睨み付けたという事実にぞっとする。これは本当に人のみで何とかなる存在なのだろうか。

受け取るように促されたので手を伸ばす。罠という可能性は考えなかった。だってこれほどの力を持つならゴリ押しで消し飛ばせるだろう。小細工が必要だとは思わない。

剣を握ると一瞬だけピリッときた。しかしすぐにそれも無くなり妙に握り心地がいい上まるで羽を持っているかのような軽さになった。明らかに一瞬感じた重さが無くなった。持ち主に応じて持ちやすくするという事はアーティファクトなのだろう。


(それは災禍の剣メッドという。アーティファクト最強の五振りが一。上手く使えよ)


メッド!?それ聞いたことあるんだけど!?物凄いやばいものをさらっと渡さないで欲しい!えぇ、これ私使えるかなぁ。

災禍の剣メッド。それはありとあらゆる災禍を詰め込んだと言われる剣だ。空に掲げれば稲妻が響き渡り振り下ろせば地が割れる。横に薙げば業火が吹き荒び突けば嵐が舞い起こる。つまり天災の剣だ。落雷に地割れ、火事かな?に横向き竜巻。他にも色々とあるようだが良く言われるのはその四つだ。まあその四つだけで十分過ぎるほど脅威が分かるからね。

握った瞬間から使い方は分かった。分かったけれど使いたくない。アーティファクトはそれぞれに固有の使い方がある。剣は基本的に何らかの詠唱を入れて発動させるのが普通だ。けどそれが厨二病全開だと言いたくなくなる。落雷を引き起こすものは「天の怒りを我が代行する!執行せよエクスキュート神罰ルキウスの光よ!」って何!?誰よルキウスって!?そんな神居ないでしょ!?後何で代行する筈なのに執行せよって命じてんのよ!意味分かんない!

他の詠唱も大体そんな感じだ。もしこれで威力がそこまで無ければ泣く。間違いなく捨てて何処かに埋めることだろう。だがメッドのたちの悪さは最強の五振りと言われるだけあって破壊力だけは他の追随を許さないことだろう。威力だけはかなりのものなのだ。所持者の精神もガリガリ削っていくけども。

かつての神代の時代の戦いでは地形さえ崩壊させる化け物達相手に最初の所持者である人族は何と三日三晩戦い続け勝利して帰ってきたらしい。そんな逸話さえある程の究極の剣なのだ。拓也に渡してはいけないでしょうか。あっ、首振られた。


(では俺は離れる事としよう。再会はまた後の機会にしておこうか。ではな、小娘よ)


目が離れていく、というより消えた。そしてその瞬間に時間が舞い戻ってくる。一瞬白昼夢でも見ていたのかと思ったが私の手の中で自己主張をする無駄に手に馴染んだ剣があれが現実だったのだと否応なく分からせる。

少し疲れたが力を授けてもらうイベントだと思えば何とかなる…かも…いや…うん、分かんないや。ふぅっと息を吐いてから私は顔を上げる。そしてとりあえず忘れる事にした。少しの間だけで良いからちょっと忘れさせて?駄目?

とりあえず歩き回る。魔族達の死体は無い。死ねば身体が光の粒に変わり消えていくのは不思議な光景だ。

見た目は人族と一緒でも根本から別の存在なのだと理解する。変わりに残されるのは兵士達の死体だ。数は数えたくないが数百単位だろう。今回の襲撃はかなり大規模だったから。

死体の中には私と話していた兵士が何人も混ざる。悪態を吐いていたけど優しかった人、まるで我が子のように接してくれた人、元気いっぱいで他の兵士達に良く揉みくちゃにされていた人。色んな人がそこら中に倒れている。この世界に蘇生魔法は無い。だからこの人達はもう一生動かない。そう分かっているけどふとした拍子に動かないかなと思って一人一人見ていく。一人一人見ていく。少し視界が滲んで前が見えなくなる。目元をごしごしと擦って見ていく。後ろに付いてくる私の側近の人も涙を浮かべている。


「どうしてこの世界はこんなに残酷なんだろうね?」


私の問い掛けに誰も答えない。答えられない。私は一人一人見ていく。その人の死を、生を確認していく。こんなものは自己満足に過ぎない。重圧にわざと押し潰されようとしている作業に近い。けど私は見ていく。貴方達の事は忘れないと、心に刻むとそう誓いながら見ていく。拓也の方を見るとこっちを見ていた。少し優しげでいながら困った表情で不思議に思っていると近寄ってくる。


「はぁ、そんなに心を痛め付けても辛いだけだよ。せめて一人で苦しむんじゃなくて誰かと一緒に辛くなりなよ」


そんな事を言いながら拓也は私の頭を抱きかかえる。頭を撫でるその手に私は縋り付くように泣いてしまった。あぁ、本当私は不甲斐ないなぁ……。

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