第155話 体育祭の準備……の話
何処か浮き立った生徒達の声が放課後の教室に響く。どうやら何処のクラスも似たような感じらしくそこかしこで楽しげな声が聞こえてくる。そしてその中で聞こえてきた言葉にスイは反応する。
「え、体育祭って二週間も続くの?」
「そうだよ?何で今更?」
ジアに思わず問い掛けると何を当然な事をとばかりに平然と返された。
「二週間も……何するの?体育祭だよね?」
「何って……体育祭の競技は六十以上あるから一日じゃまず終われないよ?複数日使う競技もあるし」
「は?六十?そんなにあるの?」
六十も身体を使った競技を思い浮かばない。スイはこの時点で体育祭というより四年に一度開催される大型競技群を思い浮かべた。
「ん、あれ、でもそれだと私は六十以上の競技を二週間も掛けて行う体力馬鹿だとアルフに思われてたの?ねぇ?アルフ?ちょっとお話ししよっか?」
ふと気付いたそれに近くに居たアルフが咄嗟に逃げようとしたので先回りで裾を握って引っ張った。
「い、いや、違うぞ?別にそんな風に思ってたわけじゃない。ただ純粋にやらないのかなって思っただけで」
アルフの裾を握って更に近付ける。逃げようと抵抗するが服が千切れそうになったのを見て抵抗をやめる。私はにっこり笑ってアルフの耳に口を付ける。そしてふぅっと息を吐くとゾクゾクしたのかプルプルしているアルフ。それを見てちょっと満足したので裾を離す。別に本気で怒ってるわけじゃないからこれで構わない。後でもう一回くらいやりたいが。
「まあ良いや。体育祭って何時頃やるの?」
「三週間ぐらい後だよ。色々と準備があるから皆そわそわしてるんだよ。準備が始まるのは二週間前だからちょっと気が早いんだけどね」
「まあ仕方ないにゃ。今年入学した一年生からしたら初めての体育祭にゃ。高揚するのも仕方ないにゃ」
「ん、メリティ用事は終わったの?」
「終わったにゃ。当直って本当面倒にゃ。何で生徒が自主的にプリント集めないといけないにゃ?先生が戻る前にやれば良いだけの話にゃのに」
確かにその通りだけど何とも言えない。当直のシステムってほぼ間違いなく創設者であったであろうスイの同郷の者の仕業だからだ。
「先生達も忙しいから出来るだけ面倒で自分達じゃなくても出来る仕事は別の人に振りたいんだよ」
「その通りかもしれないけど身も蓋もないにゃ」
でも実際そうとしか言えないしそれ以外の理由が思い付かないのだから仕方ない。
「まあ良いにゃ。とりあえずそろそろ誰がどれに出るか決めないといけないにゃ。何に出るかは決めてるにゃ?」
「私はまだ。そもそも六十もあるとか今さっき知った」
「そうにゃ?話だけなら結構前からあったにゃよ?」
「私聞いてない」
「アルフ達から何も聞いてないにゃ?」
「ん、聞いてない」
「あー。悪い。知ってると思ってたんだ。学園に入ったのもスイが入るってなってからだったからてっきり知ってると」
「大丈夫。別に怒ってないよ。ある事を想定してなかった私の間違いだから」
学園の創設者が転移者か転生者かのどちらかだと分かった時点で想定しておくべきだったのだ。幸い直前に分かったわけではないので別に怒ってはいない。これが当日とか前日だったら怒ったかもしれないが。
「でも体育祭の準備って何をするの?演習場に白線でも引くの?」
「森に入って異界から魔物を持ってくるんだよ」
「ちょっと何言ってるか分からない」
何で体育祭の話で異界の話が出たのだろうか。いや異界じゃなくても森に入る用事がある時点でおかしいが。
「競技の幾つかは魔物を使うからかな。調教だったり試合だったり見世物としてのものもあるね」
流石異世界というしかない。元の世界の常識など一瞬で覆す。普通生徒に危険がないように動くものではないのだろうか。何で準備段階で死の危険があるのだろうか。
「管理されてる異界だからそれほど危険はないよ。油断してたら死ぬかもしれないけど一応引率の先生は付いてくるし可能な限り危険は排除してるよ。スイの実力なら異界を単独突破出来そうだからあまり意味はなさそうだけどさ」
「まあ異界なら余程の場所じゃない限り突破出来そうだけども」
ちなみに異界には危険度合いがまるで違うものがある。スイの発生した迷いの森やシャトラが居た深き道等は最高ランクの危険度として認識されている。逆に異界とは名ばかりの魔物が少し多いだけのごく普通の平原にしか見えないものもある。何故そう変わるのかと言われたら簡単だ。最高ランクの危険度として認識されている異界は全てウラノリアが潜伏した場所だ。
そこにはウラノリア達は罠を仕掛けていたり……とかではなくそこで行われていたスイの実験によって限りなく濃い魔力が漂っている。異界化しているので外に出る事もない。その為凄まじい魔力が異界の中で詰まっている。そのせいで魔物達の大半はその濃度が濃い魔力に耐える為適応し進化していったのである。その結果として現在の人族では敵わないレベルの魔物がうようよといる異界となっているのである。
そして元々異界という存在は無かった。ウラノリア達によって作られた安全地帯が概念として顕現してしまい数多の異界が世界中に発生するようになったのである。しかしそれらの異界にウラノリア達は行かなかった上、千年という魔物の進化という点では短い期間のためにそれらの異界は弱いのだ。まあだからといって油断していい訳ではないが今の弱い人族達で管理出来てしまっている時点でやはり相当弱いのだろう。
「異界かぁ。中にどんな魔物が居るのかな?可愛いのが居たら貰おうかな」
現在スイの身体の中に入っている魔物はうさちゃんとヴェルジャルヌガのみだ。ケルベロスとヒークは生み出した存在なのでカウントしない。もし可愛いもふもふ系が居たら同じように眷属にしても良いかもしれない。アルフ達は尻尾や耳がもふもふしているがベースはあくまで人なのでもふもふ度合いは少し少なめだ。
「貰えるのかそれ?一応仮にも魔物だぞ?」
「貰えなかったら後でまた取りに行く。私のもふもふを邪魔するならどんな敵だろうと物理的に粉砕する」
「スイの何がそこまで駆り立てるのか聞きたいにゃ」
もふもふが私を呼んでいるの。きっと……多分……うん、知らないけどさ。
「もふもふねぇ。確か獣型と虫型の二種類が存在する異界だったけど大丈夫?虫型は翅付きのやつだけど」
「ごめん、やめる。行かない。やだ。帰る」
流石に気持ち悪そうな虫が居る場所に行きたくない。蛞蝓や蚯蚓程では無いが虫が得意というわけでもない。いや虫が得意な女子はそう多くないと思う。多分。異世界の女子は物凄く逞しくて虫だろうが関係なく殺せるようだが私は無理。近付きたくもない。
「あぁ、アルフ達が言ってたのはこれか。物凄い拒否反応だね。食い気味に言われたよ」
「獣型のはどんなやつ?」
「それでももふもふ強いなぁ。確か細長い小さな獣だよ。四足歩行ですばしっこいんだ」
細長くて小さな獣?鼬かな?尻尾が凄まじい切れ味を誇るとか言ってるけど五十センチから一メートル位のものってちょっと大きいけど鼬に思える。
「ブレスウィーズルは結構可愛いんだけど凶暴なんだよね。あまり強くないから良いんだけど噛まれると物凄く痛いよ。歯とか口は大きくないから噛まれてもすぐ逃げ出せる」
「噛まれたことあるの?」
「うん。幼生体に一回だけね。凄い痛いよ」
「そっか。噛まれてみたいなぁ」
小さな鼬が必死に噛んでくる姿はきっと凄く可愛いだろう。虫型を完全に排除して無理やり捕まえに行こうかな。殺虫剤とか効くかな?
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