第142話 放課後



「アルフ……」

「どうした、スイ」

「何でもない」


えへっとだらしのない顔を見せるスイと愛おしそうにそんなスイを撫でるアルフ。見ている者が軽く苛付く程甘々な雰囲気を二人が作り上げていると背後からごほんっと咳払いが聞こえる。


「二人とも二人の世界に入るのは良いけど流石に長い。もう授業終わったわよ」


中庭でずっとイチャイチャしていた二人は呼び掛けられた方を見るとルーレが呆れたような表情で立っている。その後ろではフェリノ達も居てフェリノは愕然とステラは微笑みをディーンは苦い顔をしていた。見られていたと分かった二人はようやく二人の世界から戻ってくる。


「ん、授業終わったってことは今は放課後?」

「そうよ、というか分かってたけど表情一瞬で冷めすぎでしょう。スイがそういう子なのは知ってるけど驚くわね」


にこにこしていた笑顔からすんっと音が鳴りそうな程表情が消え人形のようになる。別に意図してやっているわけではないのだが落差が激し過ぎるようだ。


「とりあえずジアの所に行こうか」

「そういえば何で向かうんだ?」

「ジアの両親は知ってる?」

「父親が軍関係ってことしか聞いてないな」

「その父親実は人災の一人で王騎士って言うらしいんだよね。それとジアの話を本気にするなら母親が魔族。しかも私の知っている魔族の可能性が高い」


その話をすると意外だったのか全員驚いた表情をする。


「ただ本人か分からない。だってこの学園にあった素因、あれの持ち主なんだもの。基幹素因を外して生きているなんて何かの間違いとしか思えない。同名の別人の可能性もある。むしろ騙って誘っている可能性も否めない。ジアは多分そんなつもりはないだろうけど」


スイがそう言うとステラが少し考え込んだ末に口を開く。


「それって素因の効果によっては出来るんじゃないかしら?私には素因がどういうものかいまいち分からないけれど概念で良いなら複製とか。力を測る魔導具は幾つもあるわ。その触れ込みでやっているならそれが複製された素因という可能性は?」

「充分にあるよ。ただ私が手に入れたこれは確実に本物の素因なんだ。複製がどれほど強力な素因であったとしても素因を丸々作り出すなんてことは絶対に出来ない。例え出力が多くて力としては充分でも決して出来ない。何故ならこれが把握という概念そのものだから。概念はたった一つのみ、二個も三個も存在するものじゃない」


アルフは頭を働かせてみるが良い案が浮かばなかったのか頭を掻いている。可愛い。


「……魔力の塊なんだよね、スイ姉」


ディーンが呟いたその言葉に肯く。


「イルゥも確か魔力の塊、素因もどきを作っていた。それを基幹素因にしている可能性は?」

「ある。ただそれを実現させる方法が思い浮かばない」

「……実際はまだ繋がっているとか?」


実際はまだ繋がっているとしたらどう繋げている?そんな事が出来るものなんてあるわけが……。


「あった……グライス。断裂した空間同士を繋げているのか」


私はそう呟くと腰に差していたグライスを抜き放つ。それを肯定する様に刀身が薄く青く光る。


〈……肯定。……個体名テスタリカ……現在の素因無し……再接続により生命維持を実施……解除?〉

「しなくて良い。分かってて言わないで」


少し調子に乗ったグライスを割と本気の力で小突く。ほんの少しの力ではグライスに痛みを与える事が出来ないからだが不思議な光景である。


「まあ良いや。少なくともテスタリカが間違いなく生きていると分かっただけでも収穫だね。後は本人かどうかだけど見てから考えるしかないかな」


出来たら本人であってほしいがこればかりは分からない。テスタリカの名前は魔族の中ではかなり有名であり偽名として簡単に使えてしまうからだ。まあ使ってもあまり意味は無いけれども。

そして話が終わったあと教室で待っていたジアとメリティを迎えに行く。ジアとメリティの関係はお互いの素性が分かった後も大した変化は無くいつも通りの友人関係を築いていたみたいだ。二人で笑ってる姿を見て少しほっとする。


「待った?」

「あぁ、スイか。いやそんなに待ってないから大丈夫だよ。メリティも居たしね」

「スイ様行きますか?」

「まあ行くけどメリティその話し方やめて。何か嫌。最初の頃みたいに話して」

「うっ、しかし」


スイがじっと見ると諦めたのか分かりましたと呟く。にゃを付けようか真剣に迷っていたのであえて何も言わずにジアの家に向かう事にする。歩いている最中すっと右にアルフが出て来る。私はそっと手を差し出すとアルフが気付いて握る。それだけで幸せな気持ちが溢れ出す。


「おい!お前!」


その幸せな気持ちを打ち壊すような声が響く。呼び掛けたのはあの丸っこいティモ君だ。トラン伯爵の馬鹿息子……の振りをしていると思われる子だ。ただ私は見た瞬間に首を傾げてしまった。

声は少し通るようになっているが間違いなくティモ君だった。なのに目の前にいるのは小柄であるが十分に美少年といえる男の子が立っていた。童顔のようなので見方によっては美少女にも見える。そういう子はディーンでお腹いっぱいなのだが。


「……誰?」

「ふっ、やはり見間違える程に僕の姿は美しくなったという事だな。スイよ。僕は馬鹿な振りはやめたのだ。これで誰か分かるだろう?」

「丸っ子……」

「お前僕の事そんな風に思ってたのか!?」


冗談としか思えない。私が居ない一月の間にティモ君に何が起こったというのだ。私が愕然としていると美少年化したティモ君がぶすっとした顔で睨む。そんな表情も似合っていて何故か無性に腹が立つ。


「豚みた……丸っ……ティモ・トラン?」

「そうだけどその前の発言が物凄く気にかかるんだが?豚って言わなかったかお前」

「……随分と痩せたね」


体型がまるで別人のように変わり声も聞き取りづらいものから普通の可愛い感じの声になり最初会った際の嫌らしい目もわざとだったのか今は鳴りを潜めている。ついでに二回の遭遇でずっと一緒に居た取り巻き達が居なくなっている。


「取り巻きはどうしたの?」

「ん?ああ、あいつらか?粛清されたよ」


サラッと発言した内容に驚く。粛清されたというのにティモ君はあっさりとした態度だ。


「それっていつ?」

「一週間くらい前だな。親の貴族ごとばっさりとな」


広く知られた内容なのかアルフ達に驚いた様子は無い。というか取り巻き達とは大した付き合いでも無かったのかティモ君は特に何も思っていなさそうだ。


「それでお前に謝罪がしたくてな。あの時絡んで悪かった」


そう言ってティモ君は頭を下げるどころか地面に膝を付けて頭を下げる。いわば土下座の状態だ。


「謝らなくても良いけど……ティモ君馬鹿な振りはやめたって言ってたよね。あれって何でしてたの?」


スイの問い掛けに立ち上がって少し考えた後ティモ君は口を開く。


「ん〜、まあもう終わった話だし良いか。僕はトラン伯爵の息子としてそこそこ品行方正で通してたんだがある日陛下にお会いしてな。その際に馬鹿な貴族共を一網打尽とするため二人で策を考え父上と母上と相談して馬鹿息子として世間に知られるように動きまくったんだ。仮にも伯爵の息子だ。そういった阿呆は使いやすかったであろうよ。まんまと引っかかった貴族達はこぞって俺に縁談やら取り巻きを付けてきたんだ」

「あぁ、なるほど。そこで貴方が取り巻き達から情報を貰ったり有益に見せかけた情報を流したんだ。それで動いた貴族を粛清したと」

「そうだ。父上はその為にわざわざ養子まで迎え入れて情報を流したりな。ちなみに養子ではあるが実はその子は侯爵の娘だ。そして私の婚約者でもある。だからこそあの時絡んで悪かった。今はこうして迷惑を掛けた者達に事情を説明して謝罪して回っているのだ。貴族連中には父上や陛下が、お前のような一般の者には私が直接な。流石に一月も居なくなるとは思っていなかったから焦ったがな。謝罪はお前で最後だ。受けてくれるか?」


ティモ君は真剣な表情で見つめる。成る程、悪くない。私は少し笑みを浮かべると小さく手でバツを作った。


「そうか。何を私はすれば良い?出来る事なら幾らでもしよう」

「なら友達になってくれる?」


私はにっこり笑ってそう言うと一瞬面食らった後にティモ君は人好きのしそうな笑みを浮かべる。その笑みはとても澄んだ笑みだった。

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