第141話 関係



「スイ……何がどうなったらジアの家に向かうって話になるんだ?」


ジアとメリティと話した後授業終了の鐘が鳴ったので仕方無く教室に戻って放課後ジアの家に行く事になったことを戻ってきたアルフ達に伝えたらそう返されたのだ。


「ん、色々と事情があるんだよ。一応ジアの両親に挨拶に行かないといけないし」


スイにとってはジアの父親は王騎士と呼ばれる人災のようだし母親に至ってはもしかしたら知っている人物かもしれない。そういう意味で発した発言だったのだがそれを聞いたアルフは愕然としていた。


「アルフ?」

「えっ……あ、あぁ、そうか」


不自然な態度であったがアルフが何も言わなさそうなのでスイは今は聞かないでおこうと話を止める。ちなみにこの会話を聞いていたフェリノ達も複雑な顔をしていた。フェリノはおろおろするかのような態度でステラは困ったような表情を、ディーンは可哀想なものを見るような目でアルフを見ていた。皆の表情の理由が分からず首を傾げるが何かあれば言うだろうとスイは反応しない事にした。


「……(そうだよな、ジアは良いやつだ。頭も良いし強さだってそこらのやつじゃ手出しできない。地位もあるし性格も良い。初対面でスイと掛け合いが出来る程度にはノリだって良い。顔も良い。それに比べて俺があいつに勝てるところなんて無い。こうなってもおかしくなかったじゃないか)」


聞かないでおこうとしたがアルフが何故か思い詰めている雰囲気だったのでスイは仕方無く立ち上がりアルフの前に立つ。そしてアルフの頬をその小さな両手で挟む。


「……何を思い詰めてるのか知らないけど何かあるなら私に相談して。私に話し辛いとかどうでもいい。一人で抱え込まないで。アルフは私のものなんだから私の言う事を聞きなさい」


慰めのつもりの発言にしては変だがそこに込められた意味が読み取れない程ではない。アルフは感謝の言葉を言おうとして身体が微妙に動かないことに気付いた。いやそれどころか口が勝手に動こうとしている。まさか最後の命令で勝手に動こうとしているのだろうか。スイはそれに気付いているのかどうかって気付いているに決まっている。奴隷への命令は従わせる意図がなければ発動しない。


「ス、スイ、せめて人が居ない所に」


何とか絞り出すように発したアルフにスイは頷くとフェリノ達をそこに留まるよう言ってから教室を抜ける。現在は授業開始前の休み時間だからこそ出来る事だ。二人は階段の踊り場まで移動して結界を張る。


「それで何を思い詰めてるの?」


正直に言って言いたくないが命令してまで聞き出そうとしているので無駄だろう。スイがここまで頑なな理由も良く分からないが。


「……あんま言いたくないんだけど」

「言って」

「……はぁ、分かった。いや分かりたくないけど分かった。あの、な。スイがジアの両親に挨拶に行くって言っただろ?それで二人がそういう関係なんだって思って……」

「……それで悔しく思ったりしたの?」


アルフの勘違いに気付いてスイの顔がほんの少し赤味を増す。それに気付いていないのかアルフは小さく頷く。


「ジアは良いやつだと思う。性格や顔も良いし地位だってそれなりにある。力も頭もあるし俺じゃ勝ち目がないなって思った」


命令のせいかアルフは自分が思った事をそのまま正確に喋ってしまう。アルフは顔を赤らめながら話しているので傍目から見たら赤面した二人組のカップルにしか見えない。


「アルフ……勝ち目がないってどういう事?教えて」


こんな聞き出し方は反則だとは思う。スイは駄目だと思いながらもアルフの口から聞きたかった。ローレアには自分の気持ちは伝えないなどと言ったがはっきり言って難しいと言わざるを得ない。スイにとっては初恋なのだ。しかも相手が間違えていなければ両思いの可能性がある。そんな簡単に諦められるものではない。


「それは……俺がスイのこと」


ゴーンといきなり鳴り始めたその鐘の音にスイはビクッとする。そしてそれと同時にスイが今アルフにさせていたことを思い咄嗟に止める。


「駄目……それ以上は……」


もう殆ど手遅れにしか思えないがスイはアルフの言葉を遮ってその場から逃げ出す。スイの顔は今までに無かったほど顔が真っ赤で教室に戻れず適当な道を走り回る。


「あれ?スイどうしたの?」


走り回った先には何故かルーレちゃんが居た。どうやら授業のない時間帯なのだろう。中庭に飛び出してきたみたいでルーレちゃん以外にも複数の人が居る。


「って顔真っ赤じゃない。何かあったの?」


そこからルーレちゃんに聞き出されるのは物凄く早かった。こういったことには凄まじく反応が早いので為すがままだった。


「なるほどね。あのスイがそんな可愛い事情を抱えるようになるとは人生何が起こるか分からないわね」

「もう、ルーレちゃん茶化さないで」

「ごめんごめん。でもどうしてそこでいかないのよ」

「アルフ達を私の事情に最後まで巻き込ませるわけにはいかない。それに」

「寿命の問題ね。眷属にするにも本来かなり危険な術式らしいわね。失敗したら死ぬってやつだっけ?しかも施した魔族が死んでも死ぬ……まあ二の足を踏みそうな事柄よね。でも私は例えそうであっても今を疎かになんてしたくないわ。眷属になってくれなくても、最後まで事情に付き合わせなくても良いじゃない。今貴女はどうしたいの?一時の感情と侮るんじゃないわよ。きっとそれで行動しなかったらいずれ後悔するわ。断言出来る。貴女は貴女の心の赴くままに生きるのよ」


ルーレちゃんは私の事を思って言ってくれているのが分かる。だからこそ良いのかなと思ってしまう。普通に考えれば駄目に決まっている。けどきっとそうしたら後悔すると分かる。どうしたら良いのだろうか。いつしか私は涙を浮かべていた。


「ほら、貴女の王子様がやって来たわよ。頑張りなさい」


ルーレちゃんはそう言ってサッと立ち上がると離れていってしまう。


「スイ」


後ろから呼び掛けられたその声にビクッとしてしまう。何を言われるのだろうか。無理やり想いを聞き出そうとしたことに対しての非難だろうか。あるいは聞こえていたであろう先程までの会話の内容か。


「こっちを見てくれ」


見たくない。けど見たい。そんな矛盾した思いを抱きながら首を振る。いつの間にか鐘は鳴っていたのか中庭に人の気配はない。私とアルフの二人のみだ。


「今の話聞くつもりは無かったけど聞こえたんだ。俺達を最後まで巻き込ませるつもりはないって言ってたよな」


否定出来ないので振り向かずに肯く。するとアルフは呆れたような吐息を吐くと近付いてくる。


「来ないで」

「嫌だ」


来て欲しくないなら命令すれば良かったのにそれもせずにした結果アルフは嫌がり背後に回る。嫌がられるとは思っていなかったので一瞬反応が止まる。その隙にアルフはスイの小柄な身体を抱き締める。抱き締められたことで身体が強張るが力強いその腕に身体が弛緩するのが分かる。


「なあ、スイ。事情に巻き込めないのって弱いからか?だったら俺は強くなる。何があってもお前の前でお前をどんなものからも守れるくらい強くなる。だから一緒に、俺も一緒に連れて行ってくれないか。今はまだお前に守られるくらい弱いかもしれない。でもいつかは隣に立って追い抜いていく。お前を守りたい、いや守らせてくれ」

「どうして……そこまで」

「分からない……いや、分かってるな。うん。最近ようやく自覚した所なんだけどな。お前が好きだ。好きだから一緒にいたい、ずっと」


その言葉にスイは震える。言われたかった言葉ではある。けれど良いのだろうか。こんな私で良いのだろうか。


「私なんかで良いの?きっと私より良い子なんていっぱいいるよ?」

「お前が良いんだ」

「無表情で愛想もないよ?前世だと不気味がられてた位なんだよ?」

「俺の前では無表情や愛想がないなんて嘘だって言えるくらいコロコロ表情を変えさせてやるよ。むしろ前世の姿が分からなくて残念だ。きっとそれでも好きになっただろうよ」

「人を殺しても何とも思わないような狂ったやつだよ?衝動に呑まれたりしたら暴れまわるんだよ?」

「そうだな。狂ってるのかもな。だけどそれなら俺も一緒に狂ってやる。俺だけはお前の味方で居続けてやる。道を外れそうなら手を引っ張って戻してやる。衝動に呑まれても俺の元に必ず戻してやる」

「可愛くなんかないし性格だって良いとは思わないよ?馬鹿なこともするし色々と残念なんだよ?」

「可愛くないって言うのは流石に卑下し過ぎだと思うけどな。性格なら俺もそんな良くはないだろうよ。なんせ奴隷が主人を好きだなんて言って困らせるんだからさ。それに残念だとか馬鹿なこととか言うけどさ、それ含めて纏めて全部好きになったんだ。お前が自分の事を否定するなら俺が全部肯定してやる」

「でも事情がひどいよ?巻き込んだら死んじゃうかも。寿命だって!一緒に居られないんだよ!?」

「それこそ馬鹿な事だな。言っただろ?全部纏めて好きになったんだって。確かに死ぬかもな。けど好きになったことは決して誰にも馬鹿な事だったなんて否定させたりなんかしねぇよ。寿命は、分かんねぇな。ただ眷属だっけ?それになったらいけるんだろ?ならなるよ。お前とずっと一緒にいるのにリスクが必要だってんなら払ってやる。お前の隣にいる権利を勝ち取ってやる」

「でも……でも!」

「何度も言わせるなよ。そんなお前が好きなんだ。変なところで優しいお前が、馬鹿な事をやって笑うお前が。全部好きなんだ。だから一緒に居させてくれ」

「……ずるいよ、アルフ」


スイはゆっくり抱き締めているアルフの方を見る。その瞳は潤んでいて頬は赤く染まっている。


「こんな私でも良いの?一回捕まえたら二度と離さないよ?嫉妬深いんだよ?」

「それは知らなかったな。ってことはまだまだお前のことについて知れるって事だな。それは良かったよ。もっと好きになれる」

「馬鹿」

「あぁ、馬鹿だよ俺は」

「馬鹿馬鹿馬鹿」

「あぁ、大馬鹿だよ俺は。こんなお前が愛しくて仕方ないんだから」

「好き、大好き」

「俺もだよ、スイ」


誰も居ない中庭で二つの人影がほんの少し触れ合った。二つの人影は少し触れ合った後再度触れるのを何度も何度も繰り返していた。

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