第73話 思っていなかったほどの



目の前にあるものは一体何なのだろうか。私がそれを見て最初に思ったことがそうだった。石を乱雑に積み上げてとりあえず崩れないようにしましたよと言わんばかりの補強がされた壁が私の目の前にあるものだ。


「……これって?」

「街を囲う外壁らしいですよ。但し何のための外壁か理解していませんが」


アスタールに問い掛けると信じられない言葉が返ってきた。街を囲う外壁は当然街に魔物が入り込むのを防ぐためのものだ。なのに理解せずに適当に組み上げるなど本来ならあり得ない。というよりあり得てはいけない。


「……じゃあ魔物に対してはどうしてるの?」

「外壁の中に柵がありましてそこで止めるらしいですよ?自警団の類いはありますが壁に常駐はしていません。更に自警団が到着するより前に身体が強いからという理由で一般人が魔物を先に撃破する始末。しかも自慢話の一種として酒場でよく話します」


クラっと来た。はっきり言って街という体裁すらまともになっていない。これではただの大きな集落でしかないではないか。私は痛む頭を押さえながら首を振ると一抹の希望を信じてアスタールを見ると凄く呆れた表情で首を振った。


「……街?」

「らしいです。更にここ以外の集落の亜人族達も五年に一度この街に来て武術大会をするそうです」

「……それが?」

「その武術大会で優勝すると獣国トルモルの国王となります」

「はぁ?」


思わず変な声が出た。アスタールは呆れながら話を続ける。


「最強の亜人族こそが王となるのが当然という理由らしいです。トルモルの国王となりますと国王の種族がかなり優遇されることになります。王を出した種族ということで税なども免除、集落で作られた作物などは高価買い取り、買う際も値引きされます」

「へぇ……じゃあそれ以外の種族は?」

「険悪な関係であればかなり下に見られます。逆に友好的であれば多少優遇され特に何もなければ冷遇も優遇もされません」

「何というか……自分達で人種差別しちゃってるのかぁ。これは人族だけを責めれなくなっちゃったかな?」


そこでふと疑問に思った。アルフ達やハルテイア達のような亜人族が居るのにこのような馬鹿な状況を見過ごすだろうかと。


「ねぇ、もしかして獣国の外に居る亜人族って」

「はい。この国に嫌気が差して抜け出した亜人族が大半だと思われます。亜人族で最も有名なエルフのクライオンが言った言葉として有名なのが獣国の外に居る亜人族は賢人七割、中に居るのは愚者が二割に被害者一割だそうです」

「何それ?」

「つまり外に逃げ出したものはある程度知恵がある亜人族であり中に居るのは知恵がない愚者か怯えた者だけだというものです。最初聞いたときは私も言い過ぎではと感じたのですが獣国に入り良く理解できました。外に出た亜人族の大半もこの言葉を良く理解しているでしょう」


アスタールがうんうんと一人頷いている。確かに外壁だけでも見た感じアルフ達程知恵があるとは到底思えないがどれだけ酷いと言うのだろうか。ほんの少しだけ期待の中に不安が混じり始めたのは否めない。

外壁を越えても兵士の姿も見当たらない。それどころか街並みすらまだない。あるのは割と頑強に作られた石や木の柵が無秩序に置かれた光景だけだ。しかも落とし穴を作っているのかそこかしこに立て札が置かれていて穴の上に人が居て落ちそうになっているという絵だけ描かれている。尚全て違う人が描いたようで少し違ったりする。


「…………あの」

「落とし穴ですね。旅人が通らないように立て札が置かれています」


私が聞くより前にアスタールが答える。その答えは見たままの光景だ。頭を押さえながら周りを見渡すと良く見ると柵の一部はしっかり地面に固定されておらず試しにそっと触るとそのまま倒れた。


「………………これ」

「柵の理解もあまり出来ていないようです」


あまりに酷すぎる光景に私は思わずその場に座り込んだ。座り込む前にアスタールが自分の指輪から厚めの布を出して地面に敷いてくれた。


「……………………ごめん。暫く動かなくていい?」

「はい。獣国に来た真面目な人族は大抵こうなりますのでお気になさらずに」


アスタールの言葉に甘えてそのまま座り込んだまま考えを巡らせる。この光景は酷い。確かに獣国に現れる魔物は比較的弱い。その理由は簡単で元々この場に大陸など存在していないからだ。元から生まれる可能性がなかった所に大陸が出現したから海から来た魔物や空から来た魔物の一部が移り住んできた程度でしかない。移り住む魔物は大抵縄張り争いに負けた弱い魔物なので多少戦えるなら然程問題にはならない。

だがだからといってこの光景はあまりに酷すぎるだろう。例え弱かろうと魔物は魔物だし戦えない子供もいるだろう。魔物の中には弱くても夜中ならばかなり厄介な魔物もいるしこうまで適当だと街中に忍び込み放題の筈だ。野盗の類いは居ないのかもしれないが人族の奴隷商等は無断で入り拐っていっているだろう。危機意識があまりに低すぎる。


「……ふぅ、とりあえず外壁でも作ってあげようか」

「亜人族の為に力を尽くすおつもりですか?」

「ん、このままだと私が気になる」

「……差し出がましいでしょうがそれはお止めになられた方が良いかと思います」


アスタールが真剣な顔で私を引き留める。その表情にふざけた様子が一切無いため私は続きを促した。


「亜人族の中にはプライドが高い者もおります。その者等は外壁が以前より頑強になったとしても癇癪を起こすことでしょう。もしかしたら崩してしまうかもしれません。例えそうならずともここの亜人族は外の亜人族と比べてあまりにも愚かです。スイ様の力をより使えと迫る者も確実に出るでしょう。スイ様の美しさに見惚れて妾にしようとする者も出ます。はっきり言って人族の貴族もあまり大差がありませんが此処では全ての民がそれだと思った方が良いです。しかもそれがおかしいことだと感じていません。彼等は自分達の種族しか見えていませんから」


アスタールのあまりの言葉に真意を問うが本気でそう言っていることが良く分かった。それほどまで亜人族達は自分達を貶めてしまったのかと少し悲しくなった。この大陸は父様が亜人族が暮らしやすくするためにわざわざ作った物だ。それが千年という期間で貶められ自分達しか見えない者等に言いように使われることになるとは。


「……アスタール、付いてきなさい」


私が涙を堪えながらアスタールに話し掛けると立ち上がる。アスタールはさっと布を回収すると先導し始めた。


「……亜人族を見極めるよ」


そう囁いた言葉は風に掻き消され誰の耳に届くこともなかった。



――ある獣達と魔族少女と異界の勇者――

「えっと……少し話がしたいんだが良いかな?」


私達に話し掛けてきたのは勇者だと思われる男だった。男は柔和な表情を浮かべているがほんの少しだけ警戒の色がある。あの子と話していると自然と付いた顔色読みだ。やはり男は私達を疑っているか既に確定した情報を持っている。


「あら、何かしら?私達と貴方に関係性はない筈だけど?」


ローレアさんが警戒する。男はその言葉に柔和な表情を浮かべたまま話を続ける。


「いえいえ、先程はご迷惑をお掛けしたでしょう?是非お詫びがしたいなと思いまして」

「要らないわ。私達は降りかかった火の粉を払っただけよ」


私がそう言うと男は私達に分からないように少し考えた後更に言葉を続ける。


「そう言わないで。綺麗な美女と可愛い少女と少しお近付きになりたいと思う男の心をご理解下さい。お詫びというのは間違いではありませんがそこからと考えてしまう男の性なのです」


どう答えを返そうかと思ってローレアさんを見るとローレアさんは少し考えてから男に顔を向ける。


「ふぅ、まあ良いわ。少しだけよ?」


ローレアさんが許可を出したことに少し驚いたが何か考えがあるのだろうと大人しく事態を見守ることにした。


「それは良かった。まだ食事はされていませんか?されていないのなら美味しいお店を発見したのでご紹介したいのですが」


私達は食べていないので首を振る。男は少し喜び歩き出す。喜んだ振りだろうが。何故なら少し身体が緊張で固まっているようだからだ。ローレアさんは気付いているだろうが何も言わない。

案内された場所は王味亭と呼ばれる宿屋だ。その一階には食事処が置かれていてかなり美味しいらしい。メンバーはタンド達勇者一行と私とローレアさんだ。タンドさん以外の勇者一行は見るからに緊張している。いやこれは警戒だろう。ほんの少し睨まれてすらいる。

ローレアさんは短距離間限定で使える念話テレパスという魔法を使って私にこの宿があの子が泊まっていた場所だと聞いた。わざわざこの宿を狙って来たのだろうか。

人が少ない方の壁際のテーブルに付きタンドが食事を頼む。私達も各々食事を頼む。他のお店より多少高めではあったが運ばれてきた食事は美味しかった。最初は警戒しながら食べていたが途中からは少し笑みが出る程度には話をしていた。食べ終えるとタンドが少し居住まいを正してから私達に話し掛ける。


「スイの事について話がしたい」


此処からどうなるかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る