第72話 勇者は思う



「はぁ、やっぱり絡まれましたね」


ガリアさんにテーブル等の修理代として銀貨数枚を払った男に犬耳の少年が話し掛けている。


「いやでもなぁ?俺が悪いのか?」

「まあタンドさんは絡まれるのがお仕事みたいなところがありますから」

「何だそれ。そんな仕事嫌だわ」

「でもタンドさん絡まれた時何だかんだ言ってちょっとテンション高いですよ?」

「えっ、マジか……トラブルを喜んでるのか俺?」


ショックを受けた男はテーブルに顔を付けて唸る。それを横目で見ながら私は彼等を観察していた。話を聞く限りでは先程突っ伏した男は勇者タンド、犬耳の少年がアウル、横でご飯を食べてる栗鼠?耳の少年がクレン、白い羽を生やした姉妹で背が高い方が妹のチュニュ、低い方が姉のチャニィらしい。この五人がシャーリーさんの言っていた勇者一行だそうだ。

しかし勇者は少年だとガリアさんは聞いているらしい。間違っても三十代後半か四十代前半に見えるおじさんではない。しかもあの四人に共通点が無さすぎる。それにそもそも亜人族に鳥系種族が存在しないのだ。その時点で違和感だらけである。


「……あの人達誰なんだろう?」

「……さあね。でも明らかに彼等は私達を認識しているわよ」


私に話し掛けてきたのはこの世界におけるあの子の母親のローレアさんだ。そう私達は酔っ払い事件の後にすぐにギルドを出ようとしたのだが彼等が移動しようとする雰囲気を感じて咄嗟にギルドに併設されている食事処に移動したのだ。


「……人目があるところでは仕掛けないみたいだけどギルドから出たら攻撃される可能性もあるわね。どうしましょうか」

「あの時降りない方が良かったですかね?」

「降りなくても絡まれていたと思うわ。降りなかったら上がってきただけじゃないかしら」

「どうしてですか?」

「酔っ払いを倒すのをわざわざ待っていたからよ。それに私達に魔法が飛んできた時の不自然な位置取り。それらから考えられるのは何処かで私達の存在を知って監視しに来たってところじゃないかしら」

「監視……ですか」


少なくとも私達の存在を誰かに言った記憶はガリアさん達以外には無い。それでも存在を知られているということは魔族かそうでないかを判別出来る何かがあると言うことだ。


「でも剣国の勇者じゃ無さそうなんですよね?」

「それは間違いないわね。貴女と同じくらいの男の子よ。遠くからだけど少しだけ見たからそれは断言できるわ」


恐らくこの場合の「遠く」は何キロも先からだろう。私ですらかなり遠い所が詳細に見えるのだから私より強いローレアさんならより遠くから見えるだろう。素因が増えると出力が増えるからそうなるらしいが私の素因は一つで何の素因か分からない。

理由は簡単で私が自分の素因を把握していないからだ。自分が把握しない限り素因は確定しないらしいのだ。実際は確定しているのだが把握しない限り他の人に理解出来ないと言うのが正しいか。しかし自分の素因は把握がかなり厳しいらしい。例え名前が分かったとしても全容を把握していないためやはりまともに使えない。

私の素因の話は置いといて……ローレアさんの話を聞くとローレアさんの素因は十を超える魔王らしい。つまり私の十倍以上の出力を誇るのだ。単純に考えても数キロ先の人間ぐらいなら見れるだろう。


「というか私と同じくらいって小さいですね。十三~四歳ってことでしょう?」

「えっ?……ごめんなさい。十一~二歳だと思ってたわ」

「……私は十四歳ですよ。その子って黒髪でした?」

「そうね。黒い髪だったわ。それが何かしら?」

「いえ、私達の住んでた国の人なら黒い髪が多いんですよ。金髪とか茶髪とかもたまに居ますけど」

「そうなのね」

「はい。それで黒髪だったなら日本人で間違いないと思います。だったら十三~四歳ですかね。日本人は若く見られるみたいなので」

「なるほど。そうなのね……そういえば貴女はあの子の前の姿を知っているのよね?どんな感じの子だったのかしら?」

「あの子ですか?凄く可愛くて綺麗な人形のような女の子ですかね?凄くモテていましたし告白も私が知る限りじゃ十回以上はされていましたね。勉強では毎回トップに立つし体力とかはなかったけれど運動神経は高かったかな」

「……凄いわね。そんな子がどうして……その亡くなったの?」


聞きづらそうにローレアさんが私に問い掛けてくる。


「聞いてないんですか?自殺ですよ」


私が言った言葉にローレアさんが止まる。何か変なことを言ったかな?


「えっと、自殺?」

「はい。あの子は自殺しました。ちなみに私もですね。拓也、あっあの子の弟です。拓也も行方不明ってなってましたけど海に流されたんですかね?多分一緒に自殺したんだと思います。まあ拓也はドンマイって感じですね」


そう私が少し笑いながら言うとローレアさんが止まったまま動かない。どうしてだろう?自殺した程度で思考停止するとは思わなかった。私がそんなことを思っていると痺れを切らしたのか男達が動き出した。それに気付いてローレアさんも復帰する。


「えっと……少し話がしたいんだが良いかな?」


男達との会話が始まる。私は少し緊張して身体が強張ったのを理解されないように表情を取り繕うのに必死だった。さて、どうなるかな?



――剣国の勇者――

「さてと、僕はこの後どうしようかな~」


僕は今レクトの屋敷の客室のベッドで横になっている。夜も遅いから泊まっていってって言われたから泊まらせてもらったのだ。

そして横になりながら僕は今後の行動をどうしようか迷っていた。勇者として行動するのは無い。はっきり言って勇者という生き方は嫌だ。アーシュには少しだけ申し訳なく思いはするけれどあの王様はあんまり好きじゃない。

王として自国、ひいては世界中の人族亜人族を守るために異世界の民を巻き込むというのはどうかなと思う。あの王より前から勇者召喚自体は行われていたみたいだがそれに倣って行動するのはちょっと……。

まあ良いや。どうでも良い。この世界を見て回るのも良いかな。けれど今のままじゃ魔族が邪魔だな。かといって排除するのも何か違う気がして仕方がない。

元々魔族とは戦っていた訳じゃないらしい。千年以上前の話だから分からないけど上手く共存していたのは間違いない。なら何故今それが出来ないのか。恨みがありすぎてお互いに引けなくなっている?でも戦争自体は現在散発的に行われている。なら余計におかしいだろう。

千年前に発生した大きな事件は魔国ハーディスを治めていた魔王ウラノリアの死だ。その後を継ぐのはヴェルデニア。このヴェルデニアが全ての原因なんだろう。ならこのヴェルデニアを倒せたらもしかしたら戦争が終わるのかもしれない。


「……ん~、ここまでは皆考えたはずだよね。じゃないとヴェルデニアを倒すために僕を呼ばない。でも何かこう……見失ってる」


ヴェルデニアが全ての原因なのは間違いない。だがそれだけでは無い。というよりウラノリアは本当に何も出来ずに亡くなったのだろうか?ヴェルデニアに襲われてから殺される迄に期間がある。その期間に何かしている可能性はないだろうか。勿論死ぬわけがないとたかをくくって何もしなかった可能性もある。けどそんな愚者ならそもそも魔王としてやれないと思う。


「魔王ウラノリア……調べてみようか」


僕は今後の動きを少し定めてから眠りについた。姉さんの姿を脳内で浮かべながら。



起きるとすぐに服を着替える。レクトに挨拶するとさっさと引き留めるのを振り切って屋敷から出る。


「よ~し、じゃあ早速行動しようか。向かう先は獣国かな?」


そして僕は歩き出した。暫く歩いて港まで行ってそこで気付いた。獣国に向かう船がないということに。僕はすぐにつまずき踵を返して剣国に戻ることにした。恥ずかしくて顔が赤くなったのを隠しながら。



――スイ――

「……迷った」

「迷いましたね。ちなみにどこに向かっていたのでしょう?」

「熊人族の集落?」

「なるほど。私が知る限りこの辺りには集落はありませんね」


私はアスタールに腹パンをする。呻きながら少し喜んでいるのが気持ち悪い。


「じゃあ貴方が案内して。考えてみたら私この辺りの地理に詳しくない」

「なら何故先頭に……いえ、分かりました。なら一番大きな街に行きましょうか。行商人らしいあの者等も最後には必ず向かうでしょう」

「そんなのがあるんだ。名前は?」

「街としての名前はありません。強いて言うなら首都でしょうか?」

「無い?どうして?」

「この辺りというか獣国には街がその一つしかないので首都か都、街。それで意味が通じてしまうのですよ。元々人族の街を参考にしたらしいのですが適当なので街として何とか体裁を保っている程度でしかありません。なのでそこまで期待してはいけませんよ。法ですら適当なので」

「……逆に見たくなったよそれ」


私が少しだけ獣国の首都が気になったのが分かったのかアスタールが少し頭を下げてから先導し始めた。

まあそのまま六時間近く歩くことになるとは思わなくて着いたその時にアスタールを蹴飛ばすことになるとはこの時の私は知らなかった。

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