第71話 忠誠と出会い
「スイ様この後はどうなされるのですか?」
アスタールが泣き始めて一時間程するとアスタールが復活した。しかしアスタールのスイ様呼びに正直引いてしまいつい身を引く。
「何故身を引かれたのでしょう?」
「えっと?何だか気持ち悪かったから?」
素直に言うとアスタールがショックを受けた表情で顔を右手で覆う。無駄に顔が良いのでやたら様になっている。
「とりあえず何でいきなり様呼びになったの?」
「私は眷属になったのでしょう?ならばスイ様は私の主人です。様付けは当然でしょう?」
アスタールは何を疑問に思っているのかと言わんばかりの表情で私を見る。
「ん、そうかもしれないけど何か気持ち悪いからやめて」
私がそう言うとアスタールはまたショックを受けた表情で顔を抑えたので私はとりあえず腕を曲げておいた。
「痛ぁ!?何するんですか!?」
「何かこう……苛つくから?後苛めたくなるオーラみたいなの出してるから」
「そんなオーラ出してませんよ!?」
何だか性格が変わったみたいな感じがするが私の眷属になったからなのかそれとも元からこんな感じの性格だったのか分からない。なのでアスタールの記憶を見させてもらうことにした。
「記憶を?スイ様はそんなことまで出来るのですか。それは……凄いですね」
「やったことないから人体実験の意味もあるけどね」
「えぇっ?大丈夫なんですかそれ?」
「さあ?でもアスタールの身体は既に人じゃないし大丈夫だよ……多分」
「多分ですか。まあ良いです。元々あのままではいつか死んでいたでしょうしこの身はスイ様のもの。幾らでもお使いください」
無駄に高い忠誠心みたいなものをアスタールが抱いてるようだがスイからしたら自由に使える人体実験用の素体扱いでしかない。なので少々居心地が悪い。
「……まあ良いや。じゃあ
スイがアスタールの頭を鷲掴みにすると魔法を発動させる。するとアスタールの頭の上に平べったい四角い板が幾つも出現する。その板からアスタールの記憶が映像として流れてくる。使った時点で頭の中に記憶が流れ込んでくるので実際に見る必要はないのだが何となく見続ける。
「私の記憶がスイ様に見られているっ……!!」
アスタールが恍惚に表情を変えて気持ち悪いので顔を殴った。ちょっと本気で殴ったから顔が陥没したが既に人じゃないせいかすぐに治る。そのほぼ再生に近い治癒にアスタールが驚く。
「人じゃないと証明された感じがしますね」
「まあ人じゃないけど私の眷属とも言いづらいんだよね」
「ん?眷属になったのではないのですか?」
「眷属だけど受肉しているから私の身体の中に直せないんだよね。それに死んでいたならまだしも生きている人に使ったから不思議なことになってるんだよ」
「スイ様の身体の中?」
「ん、ケルベロスおいで」
私がそう内側に呼び掛けると三つの頭を持った犬が出現する。出てくると真っ先に私に駆け寄り頭を下げる。なのでその三つの頭を順番に撫でる。
「……なるほど。魔法の眷属ですか。理解できました」
アスタールはそれなりに頭が良いのかすぐに納得したようで頷いている。創命魔法を原理まで理解できたわけではないだろうが。
「まあそんな感じだよ。だからアスタールは眷属であって眷属じゃないみたいな事になっていて私も扱い方が良く分からない」
私が正直に言うとアスタールは少し考えた後跪いた。
「ならば眷属として扱っては貰えないでしょうか?私はスイ様に絶望より救われました。この恩を返させて貰いたいのです」
「その絶望が私によって引き起こされたものでも?」
「歪み命に関しては私の自業自得というものです。スイ様は全く関係ありません。スイ様がしなくてもいずれ同様の事が起きていたのは間違いありませんから。むしろスイ様にしてもらったお陰でこうして今普通に過ごせているのです。であればスイ様を恨んだりするなどお門違いにも程があります」
アスタールは本気でそう思っているようで嘘などを付いている様子がまるで見当たらない。
「……ん、まあ好きにしたら良いよ」
スイの言葉に喜色を表してアスタールはスイの腕を取り手の甲にキスをしようとする。触れそうになる瞬間にスイは手を引っこ抜く。
「スイ様?」
「そういうのは駄目。そういうことをして良いのは恋人とか旦那様とかしかしちゃいけないの」
「……それは失礼しました。申し訳ありません」
アスタールは謝罪したがその心中ではスイの意外なほどの貞操観念にこれがギャップ萌えというものかと一人悶えていた。そしてこの可愛らしい命の恩人であり主人にもなった少女を助けるために手を尽くそうと考えたのであった。
――ある獣達と魔族少女と異界の勇者――
「勇者一行だと?それは間違いないのか?」
「彼らが虚言の類いを言っていない限りは間違いないと思いますよ~。少なくとも彼らは自分達が勇者一行であるとは思っているのは間違いなさそうです~」
シャーリーさんはそう断言した。勇者といえば現在は剣国アルドゥスという魔族達との戦争の最前線に居るのではなかったのか。そう疑問に思ったのが分かったのかガリアさんが今はセイリオスの首都に居る筈だと伝えてくれた。
「セイリオスの首都?セイリオスってこの国の事でしたよね?何でこの国に?」
「法都ヘラム……あ~っと、セイリオスの首都がヘラムって言うんだがそこの中央神殿っていう王家みたいな所の主が変わったか何かで呼ばれたんだよ。普通なら最前線から離れるとかあり得ないが今は魔族達との戦争も散発的に行われてるからな」
法都……言葉だけ見るなら宗教国家とかを思い浮かべるのだがこの街はそんな面影が一切ない。商人が作った街だからだろうか。であれば違う街に行けばすぐに違いが見つかるのかもしれない。あの子と合流して色々と片付けたら世界中を見て回るのも楽しいかもしれないな。
「それで~勇者一行はどうしますか~?放置?」
シャーリーさんがさらっと放置しようみたいな事を言い始める。でも放置というのも良いかもしれない。勇者がどんな人間かは分からないがここには私やローレアさんもいる。そうそうやられるとは思えないが逃げられるかは分からないし放置して居なくなるのを待つというのも選択肢の一つとしてはありだろう。
「そう……だな。一旦放置するぞ」
ガリアさんが放置すると言った瞬間一階で何やら大きな物音が響き渡る。私達は顔を見合わせてガリアさんが立ち上がる。
「ったく、何があったんだ」
嫌そうな顔を隠しもせずにガリアさんが下に降りていく。シャーリーさんは関わりたくないからか紅茶でも淹れてきますねといって部屋から出ていった。
「ねぇ?ルーレちゃんだったかしら。スイとはどんな関係なの?」
部屋に二人きりになるとローレアさんが私に問い掛ける。
「えっと、前世での幼馴染みでしょうか?」
私は普通に答えたがローレアさんにとっては納得いかなかったのか顔をしかめる。
「あの?」
「あの子と何もない?」
何もないとは何の話だろうか?良く分からないので首を傾げるとローレアさんが少しだけ声を荒げて問い掛けてきた。
「つまりあの子と男女の関係みたいな感じじゃないの?いいえ、女の子同士だから……何て言えば良いのかしら」
「は?いやいや違いますよ!?あの子と私は普通の幼馴染みです!そんな関係じゃないですから!」
何という勘違いをしているのか。確かにあの子を追い掛けて自殺した私が言うのもなんだけど断じてそんな関係ではない。あの子も私もノーマルである。拓也だけはちょっとアブノーマルではあったが。
私が否定したことで安心したのかローレアさんはふぅっと息を吐いてソファーに身を沈める。
「それより私からしたらローレアさんがあの子の何なのかが気になるんですけど。後……あの子この世界に産まれてから何年経ってるのかも知ってたら教えてほしいです」
「私はあの子の母親よ。血縁関係ではないし発生にも携わってはいないけれどね。あと発生してからまだ一年も経ってないわよ」
母親だったのか。発生に携わっていないと言うのが良く分からないが。それと一年も経ってないということに少し緊張が緩む。もしもあの子が産まれてから何百年も経っていたりしたら電話の時に忘れているけど私に合わせて会話していただけという可能性もあったので安心した。
そんな会話をしていたらシャーリーさんが紅茶とクッキーを持ってきてくれた。お礼を言ってから紅茶を飲んでクッキーを食べる。サクサクしていて凄く美味しい。果物を使っているのか少し特徴的な甘さが口の中に広がりもう一枚とつい手を伸ばしてしまう。幾つかのクッキーが混じっているようで二枚目に取ったクッキーはサクサクしているのは間違いないがほろほろと崩れそうな感じでバターの風味が広がる。しかしくどくはなく思わず頬が緩む。
「それファナさんが作ったんですよ~。美味しいですよね~」
シャーリーさんがそう言って自分でもクッキーを摘まんでかじる。ファナさんというのは少し眼光が鋭い女性だ。その眼光とは裏腹に凄く女性らしい人だ。
例えば家事関係はほぼ完璧にこなせるらしいしなかなか見せないが笑顔はとても可愛らしい。ギルドの受付嬢用に寮があるらしいのだがそこで洗濯や料理を手伝ってくれることもあるようだ。
ちなみに寮の居場所は不明。前に教えた冒険者が寮に忍び込もうとしたことがあるらしい。まあその冒険者は受付嬢にぼこぼこにされたようだが。受付嬢の大半は元冒険者らしくシャーリーさんは元Bランク冒険者でファナさんに至っては元Aランク冒険者らしい。冒険者は乱暴な人間が多いから自然と冒険者が受付嬢になっていったらしい。
そんな事を思いながらクッキーを食べているとまた一階の方で轟音が鳴る。流石に気になる。チラッと見るとローレアさんは少し考えた後に降りることにしたようだ。私も一緒に付いて降りていく。クッキーを抱えたまま。いや美味しいしシャーリーさんに持って帰って良いか訊いたら良いですよ~ってニコニコ言われたから持っていくことにした。指輪もあるし抱える必要はないのだが今は食いたいので直さない。
クッキーをかじりながら降りていくと私達が降りてきた階段に向けて人が二人ほど吹き飛んできた。ローレアさんは飛んできた人を手で払うようにして横に飛ばし私は両手が塞がっているから右足をあげて軽く蹴飛ばす。
「大人しく死にやがれ!」
「無茶苦茶なこと言うなぁこいつら流石酔っ払いだ」
声のした方を見ると剣を抜いて男に斬りかかる酔っ払いと三十代後半か四十代前半に見える男が呆れながら振られる剣を余裕を持って逃げている。
ガリアさんは何をしているのかと周りを見たら酔っ払いの味方らしい男達を縛っていた。どうやら参戦する必要はないと見たらしい。いやでも普通は止めるだろうに。
酔っ払いが大振りの剣を振りかぶった瞬間魔導具だったのか魔法が発動する。私達に向かって。直線上にいたから飛んできたのだ。ローレアさんはスッと私を見たので私は飛んできた風の魔法と思われるものを魔力を帯びさせた足でその勢いのまま逆方向に蹴飛ばす。私が編み出した魔法「反逆」だ。効果は簡単。発動者にそのまま返すだけだ。ただし私の魔法の威力を追加して返す。
返ってきた魔法は誰にも当たらずに酔っ払いの剣に当たり剣を弾く。その瞬間男は近寄ると腹に掌打を当てて気絶させる。
「ふぅ、少し疲れた。本当絡まれやすい体質だな俺」
少しげんなりした表情で男が呟く。
「えっと、さっきの魔法ありがとな」
男が私に向けて礼を言う。それに体して私は首を横に振る。別に礼がされたくてしたわけではなく単に飛んできたから返しただけだ。なので礼を言われる覚えもない。
「良し、酔っ払い共は全部捕まえたし悪かったな」
男にガリアさんがそう言うと苦笑いをする。当然だろう。降りてきたから助けるかと思ったらそのまま捕縛作業に移ったのだから。
「まあ今回の飯代ぐらいは出してやる」
ガリアさんの言葉に男が喜ぶ。しかし続いた言葉に顔をひきつらせる。
「まあお前が壊したテーブルとか壁とかの修繕代金は出してもらうからな」
男が少しだけ可哀想に思ったのは多分私だけじゃないだろう。
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