第70話 アスタールとの意外な決着
「何で生きて……?」
私の目の前に立つ教授ことアスタールを見て私は呟く。その呟きが聞こえたのかアスタールは薄ら笑いを浮かべる。
「何故って簡単じゃないか。僕が死んでいないからだよ」
「そんな筈無い……と言いたいけど今こうして生きているんだもんね。肉片から蘇生するなんて思ってなかったけど」
「ふふっ、驚いただろう?実は僕は死なないんだよ」
アスタールがそう言って手を広げる。その瞬間私はアスタールの目の前まで駆けると全力で拳を振り抜いた。狙い違わずアスタールの腹部に当たり中身をぶちまける。
「なら今度は肉片も残さないでおくよ」
私はぐちゃぐちゃになった肉片に獄炎を当てて燃やし尽くしていく。
「ふふっ、痛いじゃあないか」
私の真後ろでアスタールの声が響いた。咄嗟に前に跳んだが一瞬遅く私の右腕に剣閃が走る。鋭い痛みが私の顔を無意識に歪める。
「……」
「おや、意外にそういう顔も良いね。たまにはその顔を見るのもありかもしれない」
「変態が」
「ふふっ、私は"教授"だよ?元より似たようなことを言われているから大して罵倒にはならないよ」
私は飄々としているアスタールを睨む。どうして死んでいないのか理解出来ない。魔族なら基幹素因が無事なら身体が吹き飛ばされても数年後にはまた生き返る。しかしアスタールは人族だ。そういった特殊な能力は持っていない筈。
私は素因から送られてくる魔力を斬られた右腕に当てる。すると少し光ったあとに右腕が元に戻る。元に戻るというより再生に近いため斬られた右腕自体は未だ地面の上だ。
「へぇ、魔族というのは器用だねぇ。なかなかこれは面白い」
アスタールが興味深そうに見つめてくる。私はそれに対して右腕をアスタールに向けて魔法を放つ。
「獄炎」
「おっと、焼かれるのは痛いから回避させてもらおうかな」
アスタールは大袈裟な位飛び退く。その反応から何故死なないのか何となく分かった。
「……死んだ時点で細胞が残れば蘇るアーティファクト?」
「あらら、知られてしまったか。いやむしろ知っていたのかな?流石は魔族だ」
私は正体を知った瞬間攻撃の手をやめる。
「ん?どうしたんだい?」
「……どうせ死ぬ相手を殺しても仕方無いなって思ったんだよ」
「死ぬ?僕が?ははっ、面白い冗談だね。死なない僕がどうやって死ぬのかな?」
「指輪……それがアーティファクトでしょう?」
私はアスタールの右手の中指に付いた指輪を指差す。
「そうだねぇ。けれどこれは外せないよ。身体から離せば良いって問題じゃないんだからさ」
「逆、それ今外せるの?」
「そうやって外させようとしているのかな?」
「下らない。理由が分かった以上貴方を殺す必要がないもの。貴方は勝手に自滅するんだから」
私のその言葉にアスタールは訳が分からないといった表情を浮かべる。それを見て私はアーティファクト<
「アーティファクト<歪み命>。作成者は人族の男性。作られた経緯は愛する妻を亡くした男の再び妻を見たいという願いのため」
「ふむ、まあそこまでは僕も知っているよ。でもそれ以上は知らないなぁ。知っているのかい?」
「アーティファクト作成開始時に妻は亡くなって数年経っていた。身体に存在する魔力も極微少。そのためアーティファクトには少ない魔力で発動するようにかなり効率の良い魔法を組み込む必要があった。だから幾ら死んでも数分もあれば殆ど自己回復する程度の魔力しか使われない」
「ふむ。その人族は凄いね。生きていたら大天才じゃないか」
「効果は指輪を付けた相手の死亡が確認された時点で極微少の魔力を自動で使用して死ぬ前に戻す……だけどこれは正確じゃない」
私の言葉にアスタールが反応する。
「死ぬ前に戻すのではなく再生する。およそ人一人分になるように再生」
「再生……?」
私はアスタールの身体を細かく擦り傷程度に切る。アスタールは突然の攻撃に驚いたのか下がる。アスタールの傷が治っていくのを見て私は攻撃をやめる。
「……アーティファクト<歪み命>には起動条件が死亡時と確定されているけれど実は止まるタイミングが設定されていない。これは効率の良い魔力使用を設定するときにそのリソースが無かったがために入れられなかった。けれどそれは間違いだった。どれだけ厳しくてもやらなければいけなかったんだ」
そこで私は言葉を区切るとアスタールを見る。いやアスタールだったものを見る。私の目の前にはぐじゅぐじゅになった肉塊が唸り声を上げながら近寄ってくる。
「何度か死ぬと止まらない再生がその人間を逆に殺すんだよ。そのアーティファクトは魔族達の間では自殺用アーティファクトなんて呼ばれているぐらい所有者を危険な目に合わせるものなんだよ。しかもそのアーティファクト外れないからね。アーティファクトは正常に戻せないと分かったらようやく止まるように緊急時の設定でされてる。可哀想だよね。作った物によって愛する妻を更に亡くした挙げ句異形にしてしまった男は悲嘆にくれて指輪を自分に付けて妻の横で異形として死んだらしいよ」
私はそこまで言うと異形になったアスタールが聞き取れない声で何かを言う。
「……まあ殺してあげたりはしないけれどね」
私がそう答えるとアスタールだったものは何かを叫んで暴れる。私はそれを置いて離れた商人達の元へと歩いていった。後ろで悲嘆にくれた異形の声が響いた気がした。
「あれが教授だっていうのか」
「正確にはああなったというのが正しいかな」
商人達は私の後ろを見る。そこには異形の何かが自分を殺そうと頭や胸に触手のようになった腕を突き刺している。しかし指輪が外せないのかそれとも外すのが怖いのか付けたままなので再び再生が始まり更なる異形へと姿を変えていく。
それを見て商人が下がる。私はあれがもう動くことも出来ないと知っているから何も動かないがやはり見た目的には下がりたい。しかし万が一生き残れば面倒ではある。仮にもアーティファクトである指輪は壊せないので再生が止まるまで放置するしかないのだが動けないというのは面倒だ。
「すみません。私ここから動けないので先に集落に向かっておいてもらって良いですか?」
「それは構わないが……」
「万が一亜人族の人が来て攻撃しようものならまた再生するので暫く攻撃当てたくないんですよね」
理由が気になっていたようなので言うと納得したようで商人達は動き出した。集落に行けないのは残念だが放置は出来ない。
「アスタール死にたいなら自傷行為もやめてね。最悪何もかも残さずに消滅させるしかなくなる」
混沌を使えば死体すら残さずに消せるだろう。しかし混沌の波動とでも呼ぶべきものは広範囲に広がる。それでヴェルデニアが釣られてきたりしたら最悪だ。なので使いたくない。
アスタールは暫くモゾモゾ動いていたが少しして動かなくなった。完全に諦めたようだ。確かに指輪が外せて尚且つ高位の治癒魔法を使えば治せるかもしれない。しかしまず指輪を付けた指を落としたところで再生するしそもそも治癒魔法は効かない。何故ならあくまでこれは攻撃によってなったわけではなく再生という治癒によって引き起こされたものだからだ。
アスタールが動かなくなって二時間もの間再生が止まることはなく終わったときには小山ほどに膨れ上がった元アスタールがいた。
「……終わったみたいだね」
私が言うとくぐもって言葉として成り立っていないような言葉でアスタールが喜色の声をあげる。私はその声を聞きながらアスタールに近付く。指輪は肉の山に埋もれていて取り出すのがしんどかったが何とか引き抜く。引き抜くとアスタールが何かを言っている。
「言葉が聞き取れないから何とも言えないんだけど貴方はその姿から戻れないよ」
私がそうはっきり言うとアスタールはぺたっと地面に伏せた。
「……まあそこまでなったんだから殺したりはしないよ。死にたいなら殺してあげるけれど」
アスタールはくぐもった声で何かを言う。聞こえなかったけれど私には確かに生きたいと言った気がした。なので私はその場を離れることにした。私が歩き出すともそっとアスタールも後ろから付いてきた。振り向くとぺたっと地面に伏せる。また歩き出すともそっと……。
「何?」
私が聞くとプルプルといった感じに首?を振る。なので歩き出すともそっと動き出し振り向くとぺたっと地面に伏せた。
「……付いてくるつもり?」
元アスタールは暫く動きを止めてもそもそ身体を揺らす。うん。全く意味が分からない。言葉が通じないことを理解しているせいかアクションで伝えようとしてきているのだが流石に分からない。何故なら腕に当たる部分も分からないのでマルバツも出来ないし言葉は通じない。出来るのはもそもそ身体を進ませることとぺたっと地面に伏せることとプルプル首?らしきところを振ることと身体を揺らすこと。分かる訳がない。
「……はぁ、アスタール貴方が人を更に辞めるなら意思疏通ぐらいなら出来るようにしてあげるよ。どうする?その場合私の事実上の眷属になるんだけど」
私が問い掛けるとアスタールは身体を揺らす。
「肯定なら身体を揺らす。否定なら地面に伏せて」
アスタールは身体を揺らした。
「正直要らないんだけど」
そう呟くとアスタールは地面に伏せた。何かアクション自体は可愛いのだが如何せん肉の山がやったところでグロテスクかつホラーでしかない。
私は魔法陣を作り上げる。その上にアスタールを入れると魔法陣を起動させる。
「……ふぅ、二体目が肉の山とか何の嫌がらせなんだろ。まあ良いや。アスタール貴方は今から私の眷属となる。その身は私のため、その心は私のため、その魂を私のために捧げるか否か?」
アスタールは身体を揺らした。
「……分かった。創命魔法改造式
私は自分の記憶の中に存在するアスタールの姿を肉の山に転写する。すると肉の山が解れてその像の中に入っていく。入りきらなかった部分は捨て去る。そうして魔法が終了したときにはアスタールが人の姿で立っていた。
「あっ……」
アスタールが恐怖に打ちのめされていたからかその場に座り込み泣き始める。そして私は私でやっちゃったなぁと面倒に思いその場で少しの間立ち尽くした。
――ある獣達と魔族少女と異界の勇者――
私達があの子からの電話でポカンとしていたのが何分経っていたか分からないけど一番最初に起動したのは私だった。あの子に引っ張り回されるのには慣れているからだろう。あまり嬉しくないけど。
「とりあえずあの子は無事なんですね。良かった」
私がそう言うとガリアさんとローレアさんも動き始めた。
「だな。無事なのは間違いない」
「なら私は早く帝都に戻って伝えて安心させてあげないといけないわね。というか私もあの子からそれを貰っていたことを完全に忘れていたわ」
そう言ってローレアさんはガリアさんが持っているトランシーバーみたいなものを指差す。私も欲しいけれどあれは対となるものがないと駄目みたいなのであの子と連絡は取れない。取れるならきっと毎日連絡を取り合うことになってしまうだろうけど。
私も欲しそうにしていたのが分かったのかガリアさんが後で送っておいてやると約束してくれた。流石渋イケメンだ。今度マッサージでもしてあげよう。
そんなことを考えているとコンコンとノックがされる。ガリアさんが入るように言うと入ってきたのはシャーリーさんだった。そのふわっとした印象とは一転してかなりやり手の受付嬢さんらしい。私もこんな感じになりたいものだ。
「えっと~?」
私やローレアさんがいることに迷ったようで立ち止まる。
「大丈夫だ。何の用だ?」
ガリアさんがそう言うとシャーリーさんはふわっとした印象はそのままにキリッという感じになる。いや分かりづらいかもだけどそうとしか言えないんだもの。
「今ギルド一階の食事処で」
「喧嘩か?」
「いえいえ、そんなことは起きてませんよ~。ただ気になる単語が出てきたので聞いていましたら不思議な会話でしたので伝えようかと~」
「ん?何か犯罪系統の話でもしてたか?」
「いえ~。ただ勇者とかスイにとか聞こえまして~」
「……続けろ」
どういうことだろうか。何故突然そんな話が出てきたのか気になる。
「そうですね。端的に言いますとギルド一階の食事処に今勇者一行が居るそうですよ?」
私達はその言葉に動きを止めるしか出来なかった。
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