第21話 衝動
手が真っ赤に染まっている。
熱くて振り払いたくなる程の熱を感じて手を振るが一向に熱は冷めない。
良く見ると手だけではなくその赤は自分の至るところを染めている。
その赤が一番濃いのが右手、鈍色に光る刃がある。その輝きも赤に染まっている。
正面には弱々しく微笑む弟。
私はそれにこれ以上無いくらいの笑顔で応える。
「姉さん……ずっと一緒だよ……」
弟が私に抱き付きながらそう呟く。
「ん、ずっと一緒に……ね」
私もそう呟く。
二人してそのまま落ちる、どこまでも深くどこまでも青いあの場所へ。
けど、私には全てが赤く見えた。
ああ……何だか喉が乾いてきたなあ……
「変な夢見た……気持ち悪い」
宿で起きた私は吐き気を感じて思わず呟く。けどそれに答える声はない。ホレスに来たときノスタークと同じように一緒の部屋でアルフ達も寝かせようとしてたらカレッド達に止められたのだ。まあ当たり前といえばそうなのだが、ノスタークではずっとそうしてきていたので考えたこともなかった。
なので今は一応私が主人なので一部屋、カレッド達とアルフ達は男女に別れて二部屋取っている。三部屋も空いていることなどそうそうないらしいのだが、元々商隊が泊まるような宿であり、私達が来た日に団体客が出ていったために空いていた。
さっきまで着ていた寝間着を脱ぎ、指輪から青のドレスを出して着替えていく。毎回思うのだがドレスというのはなかなか一人で着るのが難しい。少し手間取っているといきなりノックもなく部屋が開く。
「お~い、そろそろスイちゃん起こしに……行く…」
入ってきたのはカレッド。どうやら発言的に部屋を間違えたようだ。似たような部屋しかないし部屋に番号札が掛かっていないという面倒な宿屋のため仕方無いのだが。それよりも今はスイが着替えている最中(半裸)であり、艶かしさすら感じられる白い背中と小振りな尻をドア側に向けているということだ。
「…………………………」
何も言わずスイは右手に極悪なほどの魔力を集めていく。カレッドはすぐに目を逸らしつつバックしてドアの外へと出ていき閉める。
「…………可能なら死なないように頼む」
カレッドの声がドアの外から聞こえてくる。スイはその言葉に見えないだろうが頷き
「
ウラノリアの部下グルムスによって作られた拷問用魔法を発動させる。効果は死なないが強烈な電撃で身体中を痛め付けるという極悪なもの。威力はかなり抑えたがそれでもかなりのものなようでドアの外でカレッドが悶絶している声が宿に響くことになった。
「うぐぅ、未だに身体中が痛い」
「自業自得だ。馬鹿だねぇ」
カレッドは宿の一階でモルテに治癒魔法を掛けて貰っていた。何故二階の部屋じゃないかというと廊下で悶絶していた声が余りに大きかったために店主から出ていくように頼まれたからだ。まあ廊下で叫ばれたりしたら迷惑極まりないであろうしある意味仕方無い。ちなみにノスタークの王味亭には二階に宿があったがホレスの王味亭には残念なことに無かったため全く関係ない宿に泊まっている。
「そうなんだけどな。というか何だよあの魔法めちゃくちゃ痛かったぞ」
「悪魔の雷雨だって?聞いたこと無いねぇ。スイちゃんのオリジナル魔法だと思うけどえげつないもん考えるんだねあの子」
「そんなえげつないのか?」
「聞いた限りの効果的に魔族の持つ魔力量で全力出力だと普通に人族は死ぬだろうね。亜人族でも魔法に対する抵抗力が余程高くないと同じく死ぬだろうねぇ。だってこの魔法あんたに使われた電撃の二十倍以上が通常だろうし。ショック死しなかっただけマシじゃないか」
「そんなもん使われたのか俺……」
「スイちゃんのことだから死なないように加減はされてると思うけどね。うら若き乙女の肌を見たんだからそれ位で済んで良かったと感謝しな」
「と言ってもな」
「なんだい?」
「何を見たか覚えてないんだよな」
「……記憶吹き飛ばす程度にはやられたみたいだね」
「…………」
カレッドとモルテは二人して無言になってしまった。
「……イ。……スイ!」
自分を呼ぶ声にスイは意識をはっきりさせる。
「どうしたんだスイ?気分悪いのか?」
アルフとの鍛練中に意識が少し朦朧としていたみたいで目の前には心配そうにこちらを見るアルフの姿がある。
「ん、大丈夫」
「そうか?それなら良いんだけどさ。何かあるならすぐに言えよ?」
そう告げ再び剣を持って向かい合う。アルフは当然コルガを、スイはグライスではなく冒険者ギルドの鍛練場で貸し出される長剣を持っている。コルガが幾ら強力な武器であろうと不朽不壊という特性を持つアーティファクトと打ち合えるわけがないからだ。そしてまた鍛練を再開しようとした時にスイに声がかかる。
「スイ~ガリアさんから連絡が来たよ~」
少し離れた所でフェリノが右手にノスタークで作ってもらった未だ開発中の通信用魔導具を持ち声を張り上げている。
「ん、それなら少し休憩かな?」
「分かった」
一旦休憩としフェリノのもとへと向かう。右手に持っている魔導具は震えていてまるで獣のような音を響かせている。初めて聴いたその着信音?にスイが思わず引く。
「えぇ……何この音……」
そう言いながらスイはフェリノから魔導具を受け取り魔力を流す。
『…………おっ?繋がったか?』
「ガリアさんこんにちは」
『おう、スイが居ないのに耳元で声が聞こえるってのは不思議だな』
「……使いたかっただけですか?」
『それもある。それよりお前達今どの辺にいる?早ければそろそろ城塞都市辺りまでなら着いてると思うんだが』
「ホレスですね」
『隣街じゃねぇか!何でまだそこにいる!?』
いきなり叫ばれたので耳元から少し魔導具を離す。
「えっと駄目ですか?」
そう問い掛けたスイに溜め息をつきながら答える。
『駄目だ。今ノスタークにオルディンからの使者というか騎士団が来てるんだよ』
その言葉だけで何となく察したスイ。間違いなく大暴走について話しているのだろう。可能な限り離れていてほしいということは良く分かったためスイはフェリノに向かって言う。
「フェリノ、皆に伝えて荷物をまとめて。昼にはこの街出るよ」
その言葉にフェリノは頷いて走り出す。
『おう、決断が早くて助かる。お前のことは出来る限り濁すがあいつら魔導具まで持ち出してきててな』
「どんな魔導具を?」
『真実を告げさせる魔導具だ』
「何でそんなものを……」
『多分元から怪しまれていたんだろうな。いや怪しまれていたというよりは……無理矢理その事実を作るつもりか?』
「さあ?その辺りの理由は分かりませんがノスタークは商業の街。多分お金も高額な魔導具もそれなりに多いでしょうしそれを誰かが欲しがったんでしょう。なら隠さなくて良いですよ。私の存在を名前と容姿以外を伝えてオルディン方面に行ったといえば慌てて帰るでしょう。血の誓約を無理矢理交わされて伝えられる情報が少ないと言えば魔導具も強制はされないかと」
『この一瞬で酷い対策考えるお前に呆れるわ』
「誉め言葉だと取っておきますね」
『……まあ良い。とりあえずお前の言った通りにしてみるとしよう。だからそっちも早めに移動しておいてくれ。万が一があるかもしれないからな』
「はい。ガリアさんありがとうございます」
『こういう時のための通信手段だからな。気にするな。じゃあ俺は話し合いをしてくるから切るぞ』
「はい。頑張って騙してください」
『任せろ』
その言葉と共に通信が切れる。
「ん、鍛練が半端になっちゃったけど帝都に行くまでに何とかある程度までは鍛えようか……より厳しくしよう」
そう呟いたスイの言葉を誰かが聞いていたら止めただろうが残念なことにこの場にはスイ以外は居なかったのであった。
草原を二台の馬車が走っている。片方はスイ達が乗る馬車、もう一方は竜牙のメンバーが乗る馬車でジェイルも同席している。ジェイルの体格が良すぎるためにモルテとレフェアはスイ達の馬車に乗っている。
別にモルテとレフェアは乗ろうと思えば出来るのだが…まあ乗りたいと思うかは別だということだ。そのため片方は二人の男子以外は美女、美少女が乗っているのに対し、もう一方は強面の男達が乗る若干怖い馬車となっていた。
馬車に揺られながらスイは手元から目を離さない。スイの手元にはノスタークで大量に手に入ったタウラススパイダーの毛玉がある。その毛玉に魔力を通せばかなり細かい作業まで出来るのだがあくまで暇潰しのためかスイはわざわざ手作業で――それでもかなり細かい――手袋を編んでいた。その器用な作業に御者をしているステラを除く女性陣が食い付いて見ていた。
「凄いわねぇ……どうやったらこんな細かく編めるのよ?私もこういうのをウォルに贈ったら喜んでくれるのかしら?」
レフェアがそんなことを呟く。その言葉にスイはレフェアへと視線を向ける。目を逸らしてもその手は止まらなかったが。
「レフェアさんってウォルさんと恋人とかだったんですか?」
「え?えぇ、そういえば言ってなかったわね。そうよ。私のウォルに手を出さないでね?」
「手を?殺すつもりなんてないですが?」
そう真顔で答えた――無表情なので常に真顔とも言えるが――スイにレフェアは残念そうな目を向ける。
「何ですかその目」
「……いえ、何でもないわよ」
「……ねぇねぇスイ?私も出来るかな?」
横からずっと見ていたフェリノが話し掛けてくる。
「出来るよ。教えてあげようか?」
「ほんと!?教えて教えて!」
スイの方が小さいのだがまるでスイの方が姉でフェリノが妹のようなやり取りに周りの女性陣がほっこりする。しかし、スイがフェリノの手を取り教えている最中突然スイの声が聞こえなくなる。
「……スイ?」
当然間近で教えて貰っていたフェリノが真っ先に気付く。そしてフェリノが後ろにいたスイの方へと向くとまるでそれに合わせるかのようにスイが倒れ込む。
「スイ!?」
その声を聞き馬車の中に居た全員がスイを見る。
「あ……つ…!!あつ……熱い熱い!!」
スイが自らを抱き締めるかのようにしながら叫ぶ。普段とは考えられないほどの大声にアルフがまさかと顔を青ざめさせる。
「嘘だろおい!兆候なんか無かったじゃねぇか!」
アルフが口にした言葉に全員が事態を理解する。吸血衝動が出てきたのだと。本来吸血衝動は何らかの前兆が存在する。水を飲んだのに喉が乾く、軽い動悸、息切れ等分かりやすい変化があるのだ。しかも前兆が起きたとしても数時間は猶予があるのが普通だ。
だが今スイはあまりに唐突に衝動が発生した。基本的に衝動とは起きる前に解消しなければ周りに被害を及ぼす。そして吸血衝動には幾つかパターンが存在する。破壊衝動、発情、食欲の増大等だ。発情や食欲が周りに及ぼす被害とは余り無さそうだがそんなことはない。
発情すると異性も同姓も構わず魅了するようになりその者が物理的に枯れ果てるまで求めることになる。食欲も同様に周りのものを全て食いつくし果てには人も食べるようになる。吸血を一週間、たったそれだけの期間しなかっただけでそれだけの被害を及ぼすのだ。破壊衝動などは言わずとも分かるだろう。
そして現在のスイは間違いなく衝動が発生した後だった。アルフが顔を青ざめさせるのも無理はない。衝動を途中で止める方法は勿論ある。だがそれにはとんでもない量の血液が必要となる。到底一人で賄いきれる量などではない。
「熱い熱い熱い!!いっ……ぁああぁぁぁ!!??」
スイが一際大きく叫ぶとその小柄な身体から考えられないほどの膨大な魔力を周りへと放つ。指向性など何一つない壁のような魔力に全員が馬車から弾き飛ばされる。この時幸いだったのはステラがスイの変化に気付き馬車の速度を緩めていたことだろう。でなければ弾き飛ばされた時点で大怪我を負っていたのは間違いない。そして横を並走していたカレッド達が乗る馬車にもその魔力の壁が押し寄せたのだろう。馬車が横転していく。完全に倒れるよりも前にカレッド達は全員が飛び出していた。
「おい!何だこれは!」
唯一事情を知らないジェイルが叫ぶ。その視線の先にはもう一つの馬車が内側から破裂したかのようになっていて馬も気絶している。その馬車にはスイが一人だけ乗っていて受け身を取れなかったのかステラやディーン、モルテが意識を失っている。アルフ、フェリノ、レフェアの三人はなんとか受け身を取ったようだが間近にいたせいかフェリノは起き上がれないようで次に近かったレフェアもまた立ってこそいれど激しく動けるかといったら否だ。唯一離れて座っていたアルフは武器も構えスイへと向けている。
「何でてめえらの主に剣を向けてんだ…?」
ジェイルが困惑していると馬車に一人乗っていたスイが突如として飛び跳ねるかのように起き上がりアルフを見つめる。そして何かを嗅ぐかのような仕草をしたあと再びアルフへと向き直りその美しい顔を満面の笑みに変える。
「アルフ♪あっそび~ましょっ♪」
そう言った瞬間アルフへととてつもない速度で迫り右の貫手で貫かんとする。アルフは咄嗟に横へ飛ぶ。しかし避けきれずに左の脇腹を浅く裂かれる。それを見て呆けている場合ではないとジェイルがスイへと迫る。どういう状況かは分からないが間違いなく今スイはアルフを殺す一撃を放っていたからだ。
「おらあ!」
ジェイルは自慢の愛剣をアルネアの指輪から取り出し振るう。剣の平で当てて気絶させようとしたのだがスイはちらっと見ると先程も見たとてつもない速度で後ろに下がり避ける。それを見てジェイルは思わず舌打ちする。自分の愛剣には触れたものに与えた衝撃の増幅という効果があるからだ。上手くいけば今の一撃で気絶させれたのだがスイは見てから下がったことを考えると効果を見抜かれたかは定かではないが何らかの効果があることは分かったのであろう。
「…………?だあれ?どうして邪魔するの?鬱陶しいなぁ……殺すよ? 私は今アルフと遊びたいの。だから邪魔するな。動いたら……全員殺すよ?」
それを聞いたジェイルは剣を再び向けようとして横からアルフに体当たりされる。
「何考えてる!」
「黙れおっさん!今は動くんじゃねぇ!」
思わず怒鳴ったジェイルにアルフもまた怒鳴り返す。それに対して再び言おうとした瞬間ジェイルの目の前にスイがしゃがみこんでいてこちらを見ている。
「なっ!?何時の間に!?」
「アルフに免じて許してあげるね…?でも次動いたら……今度こそ殺すからね?」
そう言ったスイはジェイルの腕をつかみ思いっきり飛ばす。まともに受け身が取れずジェイルは思わず蒸せる。その間カレッド達は歯噛みしながらも自分達に出来ることはないとモルテ達の元へ向かっていた。
「スイ……」
「アルフ……遊ぼ?」
アルフはその言葉とスイの表情から察する。
「スイも抗っているんだな?」
その言葉にスイは答えずただ見つめる。
「分かった。<魔闘術>!<コルガ>!」
アルフは肉体強化を施しスイへと向かう。スイはそれを見てにっこりと微笑む。
「<魔闘術><
スイは自らを強化してアルフの一撃を掴んで止める。そしてそのままアルフを引き寄せ抱き締めるかのように倒す。
「なっ!?」
あまりの実力差ですぐ捕まったことに驚いたアルフは咄嗟に離れようとするがスイの力が余りに強すぎるせいで全く身動きが取れない。
「大丈夫だよ……私に身を任せて……」
スイがアルフの耳元で囁く。そしてアルフを捕まえている状態で小さな風を生み出しアルフの指先だけを傷付ける。それを見てアルフが困惑しているとスイがその指先へと口を近付け舌で血を舐め取る。舌先で血を転がしたり時に吸い付き出てこなくなれば牙で傷付けより深くする。
そうして十分ほど舐めたり吸ったりを続けて満足したのかスイが離れる。離れた際の舌から伸びる唾液が指と絡まりアルフはドキッとする。
「…あぁ~、えっと、どういうことだこれ?」
ポツリと呟かれたジェイルの一言がこの場を満たす変な空気に響くことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます