第22話 意外な事実



「とりあえず分かってんのは……嬢ちゃんが魔族だってことだよな?」


そう告げたジェイルは先程までの雰囲気から一転。剣を構え油断なくスイを見つめる。その言葉に真っ先に反応したのはアルフ。その右手にコルガを握りしめ抱き付いてきているスイをゆっくり離し向かい合うように構える。当然それに驚いたジェイルだったがすぐに気を引き締める。


「どういうつもりだって訊いても仕方ねぇか。お前知ってたんだな?」


その問い掛けにアルフはスイを守るように剣を構えることで応える。そして先程まで気を失っていたがカレッド達によって意識を取り戻したフェリノ達もまたふらつきながらもジェイルの前に立ちはだかる。


「んゆ……」


そしてそんな緊迫した雰囲気をぶち壊したのはスイの眠そうな声。スイは欠伸をしてフェリノの尻尾に抱き付く。


「ぴゃっ!?」


抱き付かれたフェリノは変な声を上げてスイを見る。スイは瞼をとろんとさせて今にも寝そうな状況だ。そしてフェリノの顔を見るとにぱっと花が咲いたかのような笑顔を見せる。さっきまでのどこか嗜虐的な要素が含まれていた笑みではなく純粋な笑みだ。その笑顔はフェリノの心にズキュンと刺さった気がした。

アルフ達もまたこの状況をどうするのかスイに注目していたこともありその笑顔を目撃する。全員に多少の差はあれどズキュンと何か刺さったようだ。

当の本人は抱き付いたままフェリノを引き寄せて抱き締める。そしてそのまますぅっと寝息を立ててしまう。


「………………」


これに困ったのはジェイル。当然だろう。戦いになるかもと本気で思っていたのにその相手は可愛らしい表情でフェリノに抱き付きながら眠ってしまったのだから。そしてどうしていいのか分からなくなったジェイルはとりあえずカレッド達に声を掛ける。


「おい。お前らは嬢ちゃんが魔族ってのは知ってたのか?」


その言葉に少し考えてカレッドが答える。なおこういう場面でリーダーの筈のデイドが喋ることはない。苦手だからと言って大体面倒なものはカレッドに任せているのだ。カレッドもそれが分かっているため何も言わない。


「ああ、知っていた。だが聞いてくれ。彼女は他の魔族とは違う。決して敵対は……余程じゃないとしないと……思う。思いたい」


途中から自信がなくなったのは仕方無いだろう。何故ならノスタークを出る際ガリアとジールにスイのことについて話されていたからだ。カレッドの脳裏にその時のことが思い出される。



スイが街を出ると決めて準備をしている中でギルドの二階、スイが錬成の話と魔族であると明かした部屋で七人の人間がいた。ガリアとジール、そしてそれに向き合うのが竜牙の五人だった。


「今回の依頼を受けてくれたことに感謝する」


最初に口を開いたのはガリア。竜牙の五人に向けて頭を下げる。その態度に驚くなというのは無理な話だろう。そもそもギルドマスターともあろう者があくまでも一介の冒険者達にすぎない……というにはBランクパーティーであるのは少し無理があるが、それでも別に竜牙はSランクのパーティーというわけでもましてや受けた依頼はただの護衛依頼だ。頭を下げられるようなものではない。まあ対象が普通ではないため仕方ないのだろうが。


「一応聞く。本当に受けてくれるんだな?いや今断られても困るんだが」

「まあな。俺らにもちょっと考えがあるからな」


そう答えたのはデイド。流石にギルドマスターとサブギルドマスターの前でカレッドに任せるようなことはしない。というしてしまうとカレッドにリーダーの座を明け渡すはめになってもおかしくない。


「そうか。その考えは分からないが助かる。さて早速だが本題に入ろうか。お前達をここに呼んだ理由だが……護衛対象のスイ。こいつのことだ」


その言葉に全員が何かしらの反応をする。デイドは興味深そうに、カレッド、モルテは真剣に、ウォルやレフェアは少し表情を強張らせる。


「お前達も知っての通りあいつは……だ。思うところはあるだろう。だが、あいつに限っては他の……とは違うとはっきり言える。勇者の居た世界からの転生らしいからな。だからあいつに敵対だけはするな」


血の誓約のせいだろう。スイが魔族であると明言できなくなってしまっているようだ。だが殆ど分かるように言えているのはあの時の血の誓約に使われたのが実は劣化品で不完全なものだからだ。それを知られないために紙に書かれた不完全な魔法陣を見えないようにしていたのだった。スイは血の誓約がどのようなものかをはっきりとは知らないため気付かなかった。


「それに関しちゃ分かってるさ。というより分かってたからこの依頼を受けたんだからな」

「そうか。とりあえずだ。俺が言えるのは敵対だけは絶対にするなってことだ。あいつ間違いなく殺しに来るぞ」


そう断言したガリアの言葉に冗談でも誇張でもなく単に事実を言っているだけなのだと気付いたカレッド達は顔をひきつらせる。そのカレッド達を見ながらガリアは更に続ける。


「あいつに不用意に接触するのもやめとけよ。何が琴線に触れたのかは分からないが……ほんの少しだけキレたあいつを見たことがある。来たばっかりの冒険者だったんだが絡んであいつに手足折られてるのを遠目から見た。そのあとその冒険者は何事もなくギルドに来たから訊いてみたんだが何も覚えてなかった。ただスイのことは不自然なぐらい避けるようになってたな。そんなことがあったからな気を付けろ。色々とな」


そう言ったガリアの言葉にカレッド達は顔をひきつらせながらも頷く。


「僕から言うとしたら彼女の正体は可能な限り隠すこと、バレても味方になってほしいってことかな?」


ジールがそう言いガリアが続ける。


「俺達はあいつに期待している。いつかあいつがヴェルデニアを倒して平和にすることを。だけど今はまだ無理だ。だから味方してやってほしい。あいつは危ういからな。支えてやる味方が必要だ。だから頼む」


そう言うとガリアとジールは再び頭を下げる。二人が真剣に未来を見据えていることを再確認させられたカレッド達は力強く頷くのであった。



「ん……?」


カレッドがジェイルを説得しようとしていると横から寝惚け眼でスイが起きる。暫く状況が理解できなかったのかスイはぼーっと身体だけを起こした状態で周りを見渡す。そして状況を思い出してきたのか少しずつ意識をはっきりさせていく。


「…………」


少し考えるかのように顔を俯かせると次の瞬間ジェイルに飛び掛かる。ジェイルは咄嗟に反応するが元々かなりの実力差があるために成す術もなくスイに押し倒される。スイがジェイルに馬乗りになる形で見下ろす。


「…………殺すのか俺を?」


抵抗しようとしたが触れあったことでどう足掻いても勝つことは不可能と見てスイをただ見つめる。見つめられたスイは何も言わずジェイルを見つめ返す。この時のスイの頭の中は珍しいことにかなり焦っていた。


「……(どうしよう。思わず押し倒しちゃったけどこれじゃ敵対しちゃう。でもかといって何もしなかったらしなかったで万が一逃げられたりしたら魔族であることがばれちゃう。例え逃げられても追い付けるとは思うけど万が一転移魔法とかそれが出来る魔導具を使われたりしたら?いや今はどうするかを考えなくちゃ)」


ジェイルは問い掛けに対し反応を示さないスイを見て今は殺すつもりがないと判断する。もし間違えていたとしてもこの状況ではろくな抵抗も出来ない。その辺りを考えるだけ無駄だとして質問を続けることにする。


「お前は魔族なんだよな?どうして亜人族の奴隷がいたり人族の冒険者と一緒に居るんだ?」

「……(えっとどうしようかな。このまま押さえ付けていても仕方無いし説明しようか。でも裏切らないとは言い切れない……ってそうか。血の誓約使えば良かったんだ。というかアルフにそう説明したのに忘れてたなんて私も結構動揺してたんだ)」

「だんまりか。じゃあこれだけ教えてくれ。お前は魔族のフォーハってやつを知ってるか?」


考えている最中に突如飛び出した名前にスイは驚く。


「えっ……」

「知ってるのか。そいつとは敵か?味方か?」


スイは動揺する。フォーハという人物は魔王ウラノリアが作った魔軍、その総大将の筈だ。フォーハが信頼できる人物であるのは間違いない。何故ならスイの事を確実に知っている人物だからだ。敵であれば自分が生まれることも無かったであろう。


「味方……だと思う」

「そうか。良かった。なら俺にお前と敵対する理由はねぇってことだな。フォーハからの伝言だ。『我等は貴女様の味方です。魔軍の九割は掌握していますのでご安心ください。その他の魔族に関しましても貴女様の味方が多数存在しております。ですので貴女様がやるべきことを先に優先してください』だとよ」


伝えられた言葉はフォーハという人物を知識の中だけとはいえ知っているスイからしたら確かに言いそうだと納得できる内容だった。


「どうしてフォーハさんのことをジェイルさんが知っているの?」


そう言いながらスイはジェイルより降りる。


「それより押さえ付けてなくて良いのか?俺が嘘を言ってるとは思わないのか?」

「ん……?大丈夫。話してたら大体分かるから」

「何が分かるんだ?」

「嘘をついてるかとかどんな気持ちで話してるかとかかな?人って言葉以外にも表情とか仕草で分かるものだから」


そう簡単そうに告げるスイ。当たり前だがそんなことは簡単に出来るわけがない。変なところで凄い特技を披露するスイだった。


「そ、そうか。俺がフォーハのことを知っているのは以前アルドゥスに居たからだよ。というか俺はあそこ出身でな。そこで冒険者になってBランクになった時位に魔族との戦争が起こってな。というか頻繁に起きてはいるんだがその時はかなり大規模だったんだ。それで俺が魔族との戦いの時に不意を付かれて死にかけたのを隠すように助けてくれたのがフォーハだったんだよ」


その言葉でアルドゥスの現状を大体理解するスイ。


「もしかしてアルドゥスと魔族の戦争は示し合わせて行われているの?」

「良く分かったな。そうらしい。アルドゥスの王と一部のやつしか知らないらしいが」


その言葉に驚いたのはカレッド達、逆に納得したのがアルフ達だ。カレッド達は示し合わせて行われていることや一部しか知らないのにそれが出来ているということに驚き、アルフ達もまた示し合わせて行われていることに驚いたが、スイの力を身をもって体験しているために一部しか知らなくても魔族側が合わせているのだろうと理解する。


「そっか。フォーハさんはそれで敵対してる魔族を消してるんだね。納得した」


そこまで言ってからスイはジェイルを見つめる。


「ん……とりあえず血の誓約は必要じゃなさそうだからしないけどどうしよっか?ジェイルさんは私に協力してくれる?」

「ああ、協力が何をしたら良いのかまでは分からないがやれる範囲で協力するぜ。フォーハには結局命を助けてもらった借りが返せてないからな。ところで訊きたいんだがお前はフォーハとどういう関係なんだ?」

「ん?知らないの?」

「ああ」

「そっか。なら名乗ろうかな。私はスイ。魔王ウラノリアの娘だよ。フォーハさんは私とは直接の関係はないけど父様の部下で魔軍の総大将だね」

「……思ってた以上に大物だな」

「そうかな?」

「いやだって魔王ウラノリアの娘ってことは一応お姫様ってことだろ?しかもヴェルデニアと戦いになったら旗頭にされるぐらいの超が付くぐらいの重要人物じゃねぇか」


ジェイルのその言葉に一瞬きょとんとしたスイはぽつりと呟く。


「……私お姫様だったんだ」


その言葉に全員がぽかんとしてしまう。


「気付いてなかったのか?」

「ん。そっか。父様が建国してるんだもんね。その娘だったらお姫様になるのか。そういえば国は残ってるのかな?」

「魔国ハーディスなら残ってるぜ。ヴェルデニアは国には興味がないみたいだ。ヴェルデニアが一応王だが実質は部下に全部任せてるみたいだぜ」


ジェイルのその言葉にスイはほんの一瞬とはいえ顔を歪め憎悪を滲ませる。


「ん……その部下って誰?」


憎悪に当てられて一瞬硬直したジェイルだったがすぐに言葉を返す。


「あ、あぁ。確か九凶星クルーエルとか言われてるヴェルデニア信者らしいぞ。魔軍より上位に位置してるみたいだ」

「ふ~ん……そっか。そっか。じゃあそいつらは確実に殺そうか」

「やれるのか?相当強いみたいだぞ?」


そう普通に訊いたつもりだったジェイルだったがそれは過ちだった。


「何を言ってるの?やれるのか?何でそんなこと訊くの?訊かなくても分かるよね?父様よりヴェルデニアを選んだんだよ?そんなの要らないよね?強いとか弱いとかじゃないよ。殺すの。確実に必ず絶対に殺すの。要らないものは消さないと。殺さないといけないんだよ。だって父様や母様の敵だもの。だから殺す。私がこの手で殺すんだ。分かった?」


ジェイルに詰め寄るように言葉にしながら近付き最後に囁く。ジェイルは顔を青ざめさせながら頷く。それを見たスイはにっこり微笑みながら離れる。


「とりあえず九凶星だね。分かったよ。そいつらとヴェルデニアが私の敵ってことだね」


そう呟いたスイは狂気に満ちた表情で嗤っていた。

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