第23話 凶獣



「ん~、これどうしよっかな?」


スイがぽつりと呟いて周りを見渡す。自分の衝動によって半壊した馬車が二台、馬もまた気絶してから未だ目覚めてはいない。


「棄てよっかこの馬車」


少し考えてからスイはそう言って馬車に近付き指輪の中に収納する。


「……どうして皆少し離れてるの?」


そう疑問を口にしたスイに心の中でさっきの笑顔?が怖いからとは言えないアルフ達はどう答えようかと必死に考える。それを見てスイは少し首を傾げてから些細なことだとすぐに割り切る。


「この辺りに大きめの村か街は無いかな?馬車をまた手に入れないと」

「そうだな。この辺りだとイルナ村か少し遠いがハジットの街だな。イルナ村にも一応馬車はあった筈だからさっさと手に入れるならそっちだな。ここからなら一日ちょいも歩けば行けると思う」

「一日かぁ……じゃ鍛練も兼ねて走っていこうか」

「えっ……あ、あぁ、ジョギング程度…だよな?」


何気無く言ったスイの言葉にアルフが希望を込めて言う。するとスイは一瞬きょとんとした顔をしてすぐに否定する。


「勿論全力疾走だよ。少しでも走るのが緩くなったら蹴飛ばすから死ぬ気で走ってね」


そう口にしたスイにアルフ達はこの世の終わりを見たとでも言わん限りに顔を青ざめさせる。


「おい、まさか俺達もか?」


デイドが顔をひきつらせながら問い掛ける。


「ん~、デイドさん達は一応護衛なんだよね……じゃあ一緒にお願いします。流石に蹴飛ばしたりはしないので安心してください」

「マジかよ……」


ジェイルが物凄く嫌そうな顔をする。


「あっ、でも全力疾走だとステラやディーンが置いていかれちゃうか。ん~、ステラをアルフが背負ってフェリノがディーンを背負おうか。走ってる最中は全力の魔闘術を使ってステラとディーンは二人に魔力供給だよ。やり方は前教えたから大丈夫だよね?でもそれだけだとステラとディーンの負担が少ないからステラはその間ヴァルトを十……いや最大の二十本制御してディーンは私達全員を夢幻で見えなくするように、あっ、ちゃんと全身見えなくするんだよ?出来なかったらその場で蹴飛ばす。これでいこっか」


そう言いきったスイを悪魔でも見るような表情に全員がなったのは仕方無いだろう。



その日イルナ村に不可思議な一行がやって来た。前を走る二人の男女、その背には人影がある。門番は最初魔物に襲われて辛うじて逃げ帰ってきたのだと思ったのだが次の瞬間に混乱することになる。

鬼気迫る表情で走る男女のうち少女の方が村が見えたために少し気が緩んだのか動きが遅くなったと思うと同時に少女の前方に小さな影が躍り出て少女を村から離れるようにおよそ二十メートルは蹴飛ばす。そしてその小さな影はそのまま男の方の人影に手を伸ばし引き剥がすと先程蹴飛ばした少女の方へ問答無用で同じ様に蹴飛ばす。

門番は新手の魔物に男女が襲われていると判断しすぐさま飛び出そうとしたが男女の後ろから明らかに冒険者のパーティーと思われる者達が走ってきたためにすぐに方向転換し門へと向かう。ちなみにこの世界ではどれだけ規模が小さい村であろうと壁があり門がある。


「おい!門のすぐ近くで新手の魔物に襲われてる男女を見付けた!見た目からして初心者だ!すぐに受け入れ準備を!」


門番は開門の要請をすると再び門へと向かう。すると男女がまたしても蹴り飛ばされたのか先程よりも少し遠ざかっている。冒険者のパーティーはその近くで何もせず息を整えている。


「おい!何で助けてやらない!」


少し怒気を含ませながら門番は冒険者のパーティーに向かって声を張り上げる。門番の仕事が無ければすぐにでも飛び出しそうだ。その言葉に対して冒険者のパーティーは苦笑いで応える。男女がイルナ村に到着したのはそれから二十分後のことだった。



「何ていう紛らわしいやつらだ。阿呆なのか」


門番は呆れ果てた顔で到着した男女と冒険者のパーティーに向かって声を掛ける。掛けられたアルフ達は苦笑いだ。スイだけは変わらず無表情だったが。


「すみません。良い機会だと思って少しふざけすぎました」


そう言って頭を下げたスイ。アルフ達は何度も蹴り飛ばされたのか服以外ボロボロだ。何度も蹴り飛ばされたのに服がボロボロでないのはスイによって作られた一級品の服だからとしか言えない。一見普通の服だがタウラススパイダーの糸を錬成することによってかなり丈夫に編んでいる。しかもスイはその服に自身の服と同じ様に魔法を編み込ませたために半魔導具化している。そこらの服とは圧倒的に性能が違うのだ。


「まああんたらの鍛練の方針なんだろうしとやかく言いはしないがな。出来たら門から見えないとこでやってくれ。新手の魔物かと思ったぞ」


新手の魔物扱いされたスイだったが紛らわしいことをしたのは自分のため何も言わない。


「しかし、住んでる俺が言うのもなんだがここには何もないぞ?何の用事で来たんだ?別に討伐してほしい魔物もいないし」

「馬車を手に入れたくてここまで来ました。ハジットは少々遠いので。私としてはハジットまで走っても良かったのだけどアルフ達が嫌がったし護衛の人達を巻き込むのもどうかと思ったので」


真顔で――常に真顔だが――言ったスイに門番は心の中で頭おかしいんじゃないのかと凄く失礼なことを考える。というかハジットまでイルナ村から行くとなれば軽く馬車で四日はかかる。そこまで全力疾走させようとしたスイがこの場合おかしいのだ。


「そういえばこの道でもイルミアまでは行けるんだよね。城塞都市を挟もうかと思ったけど」

「あぁ、そうだな。城塞都市方面の方が距離的には短いけどこの道でも然程変わらないな。変わるとしても一週間かそこらだろう」


スイの言葉にカレッドが反応する。何気に今息切れしていないのはジェイルとデイド、カレッド、そしてスイだけだ。魔族であるスイと仮にもSランク冒険者となるジェイルは当然として竜牙のパーティーランクはBだが個人で見ればデイドはAランク。カレッドはBランクだ。やはり鍛え方が違うのだろう。

Cランクであるウォルはまだまだである。レフェアとモルテを比較するのは流石に可哀想だろう。アルフ達は実力こそかなり高くなってはいるが体力などは流石に鍛えきれてはいない。この辺りは重点的に鍛えるべきだろうか。


「ん、じゃあこの道の方で良いか。とりあえず宿を探そう。門番さんお騒がせしました」


門番へ頭を下げスイは中へと入る。ちなみにちゃんと話しながらもギルドカードを見せているため何かを言われることはない。


「……変な子だったなぁ」


ただし変人扱いは受けた。



イルナ村は自然を多く残した由緒正しき田舎と言った風情の村だった。周りを壁で囲っているために風景を楽しめないのが残念ではあったが。まあ田舎に行ったことはないので実際には良く分かってはいない。


「なぁ、ここでも依頼は受けた方がいいんだよな?」


多少景色を楽しんでいるとアルフがスイに問う。


「ん、だけど……ギルドあるのかな?」


スイが見る限りそれらしき建物はない。もしかしたら出張所のような形であるのかもしれないが今のところはない。


「いやイルナ村にはギルドはないな。この辺りに魔物が来ないから」


その疑問に答えたのはジェイル。それに更に疑問を投げるアルフ。


「魔物が来ない?どうして?」

「さあな?何でかこの辺りじゃ弱い魔物すら全然見ないんだよ。だから俺達もここに来るまで一回も襲われなかっただろ?決していない訳じゃないんだがかなり少ない。理由までは知らん。そんなのは学者の領分だ」


堂々と知らないと言い放ったジェイルをスイはあからさまに溜め息をつく。なおどれだけ呆れ果てていても表情が変わらないのがスイなためこの表情は演技である。というか演技してまでわざわざ溜め息をつく辺りなかなか酷い。


「まあ、理由は分かってるから良いんだけど……人族って色々能力下がってるね……」


そう口にしたスイに全員驚く。


「えっ、理由を知ってるのか!?」


アルフの疑問にスイは頷く。


「知ってるよ。この辺りが馬鹿みたいに強い魔物のテリトリーだからだよ」


そう言ったスイにアルフ達が再度驚く。スイの強さはかなりのものなのにそのスイが馬鹿みたいに強い等と口にしたのだ。しかも内容がかなりやばい。


「魔物の……テリトリー?」

「ん、正確に言うなら《凶獣ラグラントビースト》のテリトリー。魔王より強いこの世界で最強の一角。決して手出ししてはいけない滅びの獣。そんな風に言われてるね。私も敵対したくない。というかしたら間違いなく死ぬ」

「えっ……」

「あぁ、私後で会いに行くから付いてこないでね。皆が行ける場所じゃないけど」


そんなことをさらっと言いながら宿へと到着する。宿の中は至ってシンプルで一階が食堂、二階が宿となっている。この世界の宿は大体がこの形なのかもしれない。ホレスにあった王味亭は宿がなかったがそもそも王味亭はその名の通り食堂がメインである。宿があったノスタークの方がおかしいようだった。


「いらっしゃい!大所帯だねぇ!泊まりかい?」


食堂の奥の方から中年の女性がやってくる。


「ん、大部屋残ってますか?」

「うちの部屋は基本二人か三人ぐらいしか泊まれないんだよ。悪いね嬢ちゃん」

「いいえ、それなら……私とステラとフェリノ、モルテさんで一部屋。アルフとディーン、カレッドさんで一部屋、デイドさんとジェイルさんで一部屋、ウォルさんとレフェアさんで一部屋かな?詰めたら入ると思う」

「ちょっと待ってスイちゃん、何で私はウォルと一緒なの?」

「ん?恋人なんでしょ?なら二人っきりで楽しんだら良いんじゃないかな?なんなら静寂の箱サイレントボックスぐらいなら使うよ?」


抗議したレフェアにスイは二人でアレな行為に勤しめば?と遠回し?に勧める。勿論スイに悪意はない。むしろ二人の仲が進み親になったら良いなと思っている。スイにとっての≪親≫というものはどんなものよりも優先すべきものであり、機会さえあれば≪親≫にしようと周りに勧めるのがスイなのだ。

勧められたレフェアは顔を真っ赤にして宿から飛び出す。それを見てスイがウォルを見るとポカンとしていたので思いっきり宿から蹴飛ばして追い掛けさせることになった。



「お初にお目にかかります。イルナ様」


スイが宿――悠久の草原という名前だった――からアルフ達に出掛けると声を掛け出ていき、そのままイルナ村からも出ると一直線に草原を走る。そうして辿り着いた場所は洞窟だ。その洞窟の外でスイは片膝をつき礼をする。その姿は普段からは考えられないほどに緊張している。


『礼は不要。名を述べよ』

「はい。私の名前はスイと申します。千年ほど前に消失した魔族、魔王ウラノリアの娘にして北の魔王ウルドゥアの娘でもあります。以後見知っておいていただけると幸いです」

『あの男の娘か……どれ、少し顔を挙げよ』


スイがその声だけで人を消せそうな程の威圧感を秘めた声に頷きゆっくりと顔を上げる。むしろ勢い良く上げられないという方が正しいか。スイの小さな両手には先程から汗が止まらず今すぐ逃げ出したくなる程の恐怖に身体中が苛まれているのだ。だがそれでも上げるように言われたので必死に上げる。

そして上げた先には意外にも小さな狼がいた。小さなと言っても二メートルはある。黒と銀が混じった毛を全身に纏いその紅い目でスイを見下ろす。それを見たスイは心臓が壊れそうなほど高鳴っているのを感じた。


『ほう?あの男の娘にしては胆が据わっているな?我が姿を見て死にかけたやつよりかは幾分マシか』

「……可愛い……」

『ん?今何と言った?少々聞こえんかった』

「ふわふわ……もふもふ……わんこだぁ」

『…………我が姿を見てわんこ……』


さっきまでの恐怖はどこへ行ったのかスイは目の前にいる≪凶獣ラグラントビースト≫またの名をイルナに向かってじりっと近寄る。本能的に危険でも感じたのかイルナは少し下がる。近寄る。下がる。その繰り返しに焦れたのかスイがイルナに声を掛ける。


「あ、あの!触っても良いですか!?」

『……(本当に胆が据わっているなこいつ)』

「駄目なのかな……」


しょぼんとしたスイを見て少し罪悪感が芽生えるイルナ。


『乱暴にせぬのならば触れても良い』


そう声を掛けるとスイはぱあっと花が咲くかのような笑顔でイルナにとてとてと近寄る。普段無表情な彼女からは考えられないほどコロコロと表情を変える。


「ふあぁぁ~ふわふわもふもふだぁ。えへへ」


本当に凄い変わりようである。もしかしたらアルフ達の同行を拒否したのもこれが理由の一端を担っていたのかもしれない。


『ふむ……時には少しのんびりするのも良いかもしれんな』


イルナもまたスイの指先のテクニックで籠絡されかけていた。世界最強の一角と魔王は暫し草原で戯れていたのであった。



『んん、スイよ。そろそろ離れよ』


至福の一時を堪能していたスイであったがイルナに言われ名残惜しみながらも離れる。


『さて、スイよ。魔王ウラノリアの最期を知っているか?』


突然の問い掛けにスイは横に首を振る。


『であろうな。だから我が教えてやろう。やつはヴェルデニアとの戦いの際自らの基幹素因にある魔法を使った。その魔法は二つ。一つは効果が分かるか?』

「多分……死んだあと私の元へ素因を送る魔法」

『正確には条件を満たした時に送る魔法だな。条件は発動時に決められる。やつは愛の贈り物ギフトと呼んでいた。そしてもう一つだが』

「ん、これも多分だけど自壊魔法だと思ってる」

『ほう?良く分かったものだ。その通りやつは自らの基幹素因、つまりスイの中にある混沌を自壊させた。分かりやすく言ったら凶悪な自爆だ。何せ混沌の力は消滅だからな。厳密には違うが』

「ん、混沌は全ての属性を持つ。それが故に全てと相反して消滅する……だったっけ。無効化エネルギーみたいなものだよね。魔族にとっては天敵過ぎるけど」

『身体が魔力で構築された魔族は当たれば即死または瀕死の究極の力だからな。だがそれのせいでやつは他の属性が一切使えなかった。スイは裏技を使ってるみたいだな?』

「ん、父様のは混沌に他の属性が吸収されてたけど私は混沌も他の属性も≪制御≫することで分離してるから使えるんだ。その代わりに父様ほど混沌を使えないし他の素因も傷付いて治るまで本気を出せないけど」


そうスイは発生時に素因を傷付けてしまっていた。そのせいで現在は本気を出せていない。それでもかなりの強さなのだが。だが相手が魔族であれば一方的にやられるのはスイである。混沌が幾ら強かろうが当たらなければ意味はないのだから。


『そうか。スイよ。我が力を貸してやろうか?』


そう問い掛けたイルナにスイは首を振る。


「良い。私は私の力だけで頑張るから。それに……イルナ様に食われるのは勘弁して欲しいから」


そうスイは返す。


『くっくっくっ、やはり知っておったか』


そうスイがもしもイルナの力を借りようとしていればすぐに八つ裂きにされていたことであろう。イルナは自らの力が他者のために奮われることを嫌がっている。知識があったためにスイは回避したが、もしも無ければ助力を請いそのまま人知れず死んでいたであろう。


「ん、父様から教えられていたので。とりあえず今日のところは戻りたいと思います。心配してる人がいると思うから」

『ふむ……良かろう。ではまた後で来ると良い。その時はその者らも連れてきて良いぞ?』

「いえ、あの子達はまだまだイルナ様に会わせられるような者ではありませんので」

『そうか。残念だな。スイよ。ヴェルデニアは確実をもって消せ。我が友を消したあやつは決して許すな』


突然会話が飛ぶのはイルナの特徴なのかもしれない。


「大丈夫です。イルナ様。ヴェルデニアは私が確実に念入りに消し去ります。少しばかり時間を掛けることになると思いますが絶対に消し去ります。なのでご安心を」


そう言ったスイの笑顔は満面の笑みでありながらどこか暗く澱んでいた。

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