第119話 将棋の駒のようにはいかない
「抜き出しは出来た。後はこれを貴様が取り込むだけだ」
ヴェインさんが暫く頭の中を……まああれしてズボッと抜き出した手の中には鈍いような光り輝いているようなどちらとも付かない光を放つ結晶体があった。結晶体って言ったけど形は少し不定形なようで菱形にも見えるし正方形にも見える。
「これはそれほど安定した技ではない。早めに取り込んでくれ。取り込み方は取り込むと認識しながら握れば良い」
そう言われて見てみると確かに少し光が淡くなりかけている。ヴェインさんの手の中にあるその結晶体を右手で握り締める。するとまるで溶け込むかのように糸状に解けて指に絡み付くようにしがみ付くようにして消えていく。何というか……見た目がイソギンチャクに手を突っ込んでるように見える。
気にしないようにしていると光が薄れてシュルっと私の手の中に吸い込まれていった。その瞬間ゆっくりとだが頭の中に異物が入ったことを理解した。それを確認すると知識や技術が詰まっていることを理解した。なるほど、これは便利かな。ただ使えるのも使われるのも魔族限定だけど。それ以外だったらギリギリ竜族?
その知識から知り得た情報で私も知識を抜き出していく。私の知っているスイの情報となると地球での生活ぐらいしか知らないんだけど教えても大丈夫だろうか。今更だけどこっちの世界でのスイの事をあんまり知らないなぁ。まあ異世界産の知識は厳選しながら教えればそこまで影響は無いかな?無いと信じたい。
集中して抜き出した物は私の目の前でくるくる回転している。うん、これボールだね。あれ〜?結晶体想像した筈だよね?
とりあえずボールをポイっと渡すとゴムボールみたいな感じだったのか受け取ろうとしたヴェインさんの手で跳ねて地面に落ちる。ボンッボンッポンポンポン…
ボールじゃん!?めっちゃ跳ねてるんだけど!?受け取り損ねたヴェインさんも何とも言えない表情で立っちゃってるじゃん!シェティスは喜ばないで!居た堪れないから!
「えっと、どうぞ?」
「あ、あぁ」
ボールを掴みにくいのか両手で掴むヴェインさん。うん、そこそこでかいんだよ。小学生のドッジボールに使う大きさよりほんの一回り分小さい程度って言ったら分かるかな?つまり片手で握れないんだよ!声の感じからそこそこ歳が高めの男の人が両手でドッジボールのボール持ってるみたいなのは凄く変な感じがするんだよ!
ボールにしか見えないが取り込む際は一緒なのか糸状に解けてヴェインさんに取り込まれていく。そして取り込みきった瞬間凄まじい表情で振り返って私を睨み付け吠えるように斬り掛かって来る。その気迫は恐ろしく轟音を立てて振りかぶられたその大剣はシェティスが間に入って止めようとした瞬間急激に勢いが無くなり止まる。
「貴様!!我に……我に何をした!!」
「ん〜?スイの邪魔になりそうだったから止めた?というかあの子に会うつもりなの?それとも会わずに陰から手助けするの?それってすっごく邪魔。会ったらきっと殺したくなるし陰から手助けなんてされたら邪魔だよ?あの子の行う事は基本的に綿密に練られてるんだよ?少しの不確定要素も要らないんだよ。というか私が嫌。だから血の誓約だっけ?あれを解読して改良した術式を貴方の身体の中に打ち込んであげた?みたいな感じだよ」
「貴様……っ!!」
ああ、もう睨むしか出来ないもんね。凄いなぁ。自分より圧倒的に強くてその剣の一振りで私なんて消し飛ばせるだろうその人がもう睨むしか出来ないなんて凄くゾクゾクする。
「記交術だっけ?もう完成した術式だから何か術式を打ち込めないなんて思っちゃいけないよ?頑張ればその場で解読して作り直して打ち込める人だって世の中にはきっと居るんだしさ。私がそうだし?ボールになっちゃったから気付かれるかもって思ったけど気付かれなくて良かったよ。ありがとっ!」
私が笑顔でお礼を言うと呪殺でもしかねないほど睨んでいる。まあこんな小娘の言いなりになるしかないなんて屈辱的だよね。まあでもドンマイ?
「貴様我に何をさせる気だ」
「ん〜、ヴェルデニアの居場所とか色々と全部教えて?知ってる事全部。取捨選択はこっちでするから宜しくね。で、それが終わったら出来るだけ多くヴェルデニアの拠点やその手先を消していってね。ヴェルデニアに見付かったら逃げ隠れしながら潰して回って。無理そうになったらヴェルデニアに挑んで素因ごと消滅しても良いから傷を負わせてから消えて?倒せるとは思ってないから可能な限り深手を負わせるだけで良いよ。それすら無理なら素因に自爆機能でも付けて自壊してね。それだけでかなりの被害はあるだろうし。宜しくねお馬鹿な鎧さん」
私の言葉に呆然とした鎧さんは先程より遥かに大きな結晶体を作るとこっちを睨みながら何処かに飛んで行く。さようなら?また会う事はないだろうけど生きてたら良いね?
じゃあ私はこの結晶体を取り込んでイルナの元に戻ろうっと。良い手土産が出来た。これであの子にドヤ顔が出来るよ。やったね!
シェティスを肩に乗せて気分良くスキップしながら戻る。シェティスが少し気の毒そうな顔をしているけど駄目だよ?あの鎧さんはスイにどんな事情があるにせよ一度は剣を向けた。二度目が無いなんて言えないしそもそもスイが殺せなかった相手だ。危険過ぎるし何より信用に値しない。だってそれは負けたから下るって言っているのと何が違うのだろうか。世の中は将棋の駒のように取ったからと言って裏切る事なんて許されないんだ。一度の裏切りは一生の敵対なんだよ。
まあ何にせよ危険な不安定因子は排除して情報も得た。上手くいけばかなりの数の拠点や手先が消える筈だ。頑張って欲しいものだ。あの鎧さん。名前何だっけ?
戻ると二人、じゃない。一人と一匹が談笑している。あのイルナが懐かしそうに話しているのは初めて見た。エルさんも祖先を守った凶獣というちょっと凶獣の定義を見直した方が良いんじゃないかと思うイルナと話せて楽しそうだ。
『む?戻ったか。情報収集はしておいたぞ』
「あはは、されてしまいました」
「ありがとー。あっ、エルさんこっちがシェティスだよ。イルナと同じ凶獣だけど感じ的には小動物?」
『小動物じゃないですぅ!シェティスっていうですよぉ。意味は穿ち刻む獣ですぅ。凶獣的に言うならラグランドストームバードって言うですぅ』
穿ち刻む獣って何か格好良いけどシェティスに似合ってない……エルさんもはぁと生返事だ!シェティスは少しムッとしたようだが自分でも薄々思っていたのか何も言わない。
「というかシェティスの名前ってイルナが付けたんだったよね。イルナにもそんな感じの意味があるの?」
『む?シェティスは確かに私が付けたな。力ある言葉で名付けられた者はその意味通りの力に目覚め強くなる。だから一応は付けてやった。こいつに名乗らせると碌なものにならんからな。私の名前にも一応意味はあるが私が付けた訳ではないからな。何とも言えん。
「二種類も?」
『そうだ。力ある言葉というのは言葉自体に意味がない。複雑怪奇であり使うのは誰でも使えるし誰にでも使えない。一字に何十種類もの意味があり一種類も意味がない。そんな不可思議かつ解明不可能な言葉だ。気にするだけ無駄だ。使おうと思えば誰でも使えるから覚える必要はない。まあ使おうと思えば自然と出てくるものだ』
なるほど、全く意味が分からないけど理解出来ないみたいだしもういいや。とりあえず放置されてどうしようか迷ってるエルさんに話し掛けておこう。
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