第120話 ある男の
油断した。その一言に尽きる。
魔の大陸を治め三種族全てから好意的に受け取られ世界を一つにしようと、争いを無くそうと動き続けた男の遺した希望。希望を抱えていたのは腹心達のみでその内会えたのはフォスター、悪魔族で交渉事には毎回参加していた男だ。
フォスターから出された条件はただ一つ。決して裏切ってはいけない。それだけだ。その時には既に九凶星として過ごしていた我にはそれすら出来なかった。しかしそれでもフォスターは我にその条件を出した。ならば応えようと、せめて今からは裏切らずにいようとそう考えていた。しかしそれは残酷な運命の輪で潰えてしまった。
ある日九凶星の一人ルルと一緒に帝都を攻めよという命令が下った。落とすなら無理でも攻めるだけならば振りだけでもいける。そう考えた我は自らの
《天鏡》を切り離したことで弱体化は免れないが帝都には確かウラノリアの妻とグルムスが居たはずだ。しっかり使ってくれることだろう。我が使わずともヴェルデニアを殺せるならば儲け物だ。
そう思い送り出した先で見た相手はかつてのライバルであり今は亡き男の娘だった。息子が居る事は知っていた。しかしまさかの娘が出てきた。その娘は我の姿を見ると激高した。それで理解した。あの娘はウラノリアの記憶を持つ正統なる後継者なのだと。フォスターと約束したそれすら我は再び反故にしてしまったのだと気付いてしまった。
それからは悲惨だった。娘は泣きながら我の身体を貫いた。我は裏切ってしまった事を思い涙した。申し訳ないと何度も呟きながらその場を後にした。グルムスがその後を追ってきたが本気で逃げた。もう我には顔を合わせる資格すらない。
せめてこの命を費やしてでもあの娘を守るために力を使おうと思った。妻が既に亡くなった事を知ったのも原因の一つだ。素因は奴が吸収したと聞いた。その報告をした吸血鬼族の女性は涙を流していた。きっと妻は最後まで奴に屈しなかったのであろう。それなのに我は奴に屈してしまった。悔しくて仕方がなかった。
何か力を、道具を、情報を、奴を殺せるだけの策が必要だ。奴は基本的に何処かに引き籠もっている。ウラノリアが残した
引き籠もっている現状が一番厄介だが出て来て魔王達を殺しに行かれても危険だ。一番良いのは魔王達が合流して協力して殺す、だがそれは出来ない。何故なら魔王の一人は領地から動けないしもう一人も魔軍によって動きを制限されている。合流そのものが危険だ。何より危ないのがヴェルデニアの動向が一切掴めないことだ。不意に戦闘に発展する可能性がある。
どうにかして合流させるしかないのだがさせてもそこにヴェルデニアが居なければ意味が無い。それに魔王達は合流する気もなさそうだ。恐らくはあの娘に何かを期待している。正直に言って意味が分からない。技術は未熟、感情に流されやすい行動とヴェルデニアと相対しても勝てるとは到底思えない。しかしそれでも何かあるのかもしれない。無いのかもしれない。
あの娘の動向を把握してみよう。恐らくは帝都で発生したわけではない。あれだけの力が発生したのならば波動で分かる筈だ。それが無かったという事は波動が発生しない場所かそれを制御する事が出来る魔導具がある。しかし発生を促そうとすれば相当量の魔力が必要になる。ならば異界だ。ウラノリアが亡き後突如として発生した異界、そこにある。
あの娘の軌跡を辿って着いたのは迷いの森。広がり続ける広大な森とその中心に聳え立つ塔。森の中には強大な魔物が数多く生息し恐らくは《断裂剣グライス》によってぐちゃぐちゃに裂かれた道が不自然に途切れたり逆に繋がっていたりと摩訶不思議な光景が広がる。当たりだろう。手間がかなり込んでいる。
塔の中も張り巡らされた魔法陣によって決して上階に辿り着けないようになっている。正確には上がっても下の階にいつのまにか行くと言った感じで上階と認識させて下階で満足させて帰らせる形だ。それは恐らく上階にあの娘が存在したからだろう。あの娘が発生し外に出るまで誰にも辿り着けないようになっていた。下階には資料が置いてあったのであれを見て娘の味方になるようにも仕向けてあるのが流石だ。
上階には濃密な魔力が漂っていたので此処にアーティファクトを置き素因発生装置の代わりにしていたのか。凄まじく緻密な計算によって成り立つ巨大な魔法陣。濃密な魔力を集めるために迷いの森は広大になり未だ広がり続けているのだろう。
外に出てノスタークを見て回ろうとしたが急遽変更してやめた。何故中に凶獣が居るのか理解出来ないがあれは駄目だ。普通に殺される。凶獣の中で最強の一角。ラグランドビースト、イルナ。あれに勝てるのは最早三神のみだろう。ヴェルデニアですら容易く食い殺される筈だ。《魔神王》より強い《頂の王》だ。まあその三神によってイルナと残り二体の凶獣は制限を掛けられていて自由に力を振るえないそうだが。いや振るわれても困るんだがな。
仕方が無いので遠くから見て確認していく。どうやらイルナと魔族の少女が関係しているようだ。もう一体凶獣が居るが若い個体なのかそれほど強くは感じない。この千年の間に生まれた個体なのだろう。それでも人族の街ならばあの一体だけで滅ぼせるだろう。
魔族の少女の方は良く分からない。どうやら発生して殆ど時間が経っていないらしく自らの素因も理解していないようだ。力はそれほど感じないから素因を理解してもそこまで強大になることはないだろう。何故あの少女とイルナが行動を共にしているのだろうか?
イルナが空高く飛び一目散に向かう。あれは現竜王か?何故こんな場所に居るのかは理解出来ないが恐らく移動することだろう。ならば先回りしてあの少女に話し掛けることにしよう。あの娘の事を多少は知っているようだしイルナにさえ気付かれなければ問題は無い。
そう考えたのがいけなかったのだろうか。まさかあの少女に一杯食わされることになるとは想像すらしていなかった。一緒に付いてきた凶獣もイルナより弱い上少女自身も強くない。イルナも少し離れていてかつ気付いていない。万が一戦闘に発展したとしても切り抜けるだけならば簡単な筈だった。
あの少女は目の前で辿々しくしているように見せかけながら堂々と改竄し私を意のままに扱えるように傀儡とした。あれ程まで狡猾な少女であったとは思わなかった。
そして理解した。なるほど、少女は確かに悪魔族らしい。可愛らしい見た目に騙されたのかもしれない。言葉に悪意や敵意が見付からなかったからかもしれない。しかしそれでも誰よりも悪魔らしい。
こんなものは見たことがない。聞いたこともない。恐らく世界で唯一つの素因。いや素因自体はきっと前からあった。けどそれが魔族となる事などあり得ない筈だった。ならばあり得させた存在がいる。何故弱いなどと思ったのか理解した。理解しても分からないからだ。本能が理解を拒否したのだ。
そういう事なのですか?魔族の神クヴァレ様。
あの少女は……《悪魔》なのですね?
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