第118話 どうして貴方が!って驚いた方が良いのかもしれないけどそもそも会ったことないし知らないからごめんなさい



「さて、落ち着いたようだしとりあえずは場所を移さないか。ここは血の匂いがきつすぎる」


エルさんがそう言って鼻を少し隠すように手で覆う。確かに結構匂いがきつい。殆どの死体は焼死体のようになっているが良く見ると大半は斬り殺されたりしているので血の匂いはかなり充満している。

血の匂いは本来拡散してすぐに感じなくなるはずだが恐らく街を守る結界に阻まれて中々消えなかったのではないかと思われる。そのため実は街の中というのはかなり匂いや熱が篭りやすい。通常時は一月に一回結界のメンテナンスの為に結界を消しその時に匂いや熱を誘導して外に出すのだ。それが行われなかったために匂いが悪臭となって街に染み付いているのだろう。


「そうだね。イルナ、シェティスを呼んでくるよ。少し離れるね」

『む?我が呼んできた方が早いのではないか?』

「イルナはエルさんと話しておいてよ。情報収集お願いね」


私が話すよりかはイルナとの話の方が口が滑りやすいだろうし何より話し足りなそうだ。旧交……というのもおかしいが温めるのも良いだろう。後単純に先程からイルナに気付かせずに私に対して視線を送って来る相手が気になる。どうも敵対的では無さそうだがどうなるかは分からない。途中でシェティスを拾ってから行くべきだろう。


『うむ、分かった。ということで情報を寄越すのだ。疾くせよ?』

「あはは、期待に応えられるかは判りませんが最善は尽くしましょう」

「じゃあ拾ってくるねー」


私がその場を離れるとすぐさまシェティスが飛んできた。どうやらシェティスも気付いたようだ。探しに行く手間が省けて良かった。


『ルーレ、この先に居る奴は多分私じゃ敵わないですぅ。いざとなったら守りに徹するのですぐに師匠の元に走るですよぉ?』


ちょっと待って欲しい。シェティスが敵わないとなるとこの先にいる存在はかなりやばい存在ということになるのではないだろうか。


「えっ、大丈夫かな?」

『まあ大丈夫だと思いますよぉ?というか今更ですぅ。もう近付いて来てるんですよぉ?』

「大丈夫だ。危害を加えるつもりはない。少し聞きたいだけだ」


近付いて来ていた声の主が話し掛けながらルーレ達の前に現れる。現れたのはかつてスイの目の前に現れ胸を刺し貫かれ消えた筈の黒い鎧。戦魔を名乗り願いを託して死んだ筈の男。九凶星が三、戦魔ヴェインその人だった。



「貴方は?」

「我が名はヴェインという。貴様の名は?」

「ルーレだよ。そしてこっちはシェティス。あっちの方にも連れが居るけど会いたくないみたいだし紹介はしなくても大丈夫?」

「構わぬ。我も知っている者だからな」


我が目の前で軽い調子で話す少女。何処かあの少女に似ている。


「それより聞きたい事って?あまり離れ過ぎてたらもう一人の連れが心配しちゃうんだけど」

「我が聞きたいのはスイのことだ。知っている事を全て話してもらえたら助かる。我から提供するものは貴様の素因の自覚の手助けと未熟な技術の上達、今はもう失われた技術、素材を扱う知識、この三つだ」

「ん〜?スイの敵じゃないなら別に構わないんだけどさ。そもそもそんな時間無いし無理じゃない?一緒に行動してくれるの?」


この少女は魔族同士の情報交換の技術も知らないのか?お互いの記憶を記録にするだけだろうに。


「敵ではない。一度は戦うこととなったが決して敵対したい訳ではないと断言しよう。何なら誓いを立て裏切れぬようにしても構わない。それと記交術きこうじゅつというのがある。記憶や記録を交換する技だ。それを使えば即座に理解出来る。但し一気に理解しようとする事だけはやめた方が良い。最悪人格が壊されもう一人の私になってしまう。耐えられたとしてもかなり痛いからな。あれは死んだ方がマシと思える痛みだ」

「分かった。良いよ?あと誓いは立てて」


……この少女軽いな。信頼されているわけでは無いようだが随分とあっさり信じるものだな。確かにラグランド叡智の魔獣の凶獣が居る以上は逃げるだけの自信はあるのだろう。しかし逃げられるだけだ。追い付かれれば終わりだというのに何故このような態度が取れるのだろうか。


「記交術って同時に知る感じ?」

「いや?どちらか片方が知るだけにも使える。それを利用してかつて戦いの最中に使おうとした者も居たが斬られた。隙が多すぎるからな。そもそも同意なくやろうと思えば相当な力を必要とする。戦いに流用できるわけがない」

「なら私から先で。そのあと渡すよ。どうやって渡すかは知らないけど。後どうやって記憶を選別するのかも分からないけど」

「……その辺りの記憶も渡すことにしよう」


この少女本当に軽いな。軽すぎて心配になる。


「では始めるとしよう」


まあ今はとにかくやろうか。知った後は陰ながら少女を手助けすることにしよう。それが私が出来る唯一の贖罪だ。



ヴェインさんは随分と心配しているようだけどしっかり見極めさせて貰ってから話してるから大丈夫なのにね?やっぱりスイに教えてもらった人の見極め方は流石としか言いようがない。信用出来るか出来ないかの見極め方が凄く簡単だ。

視線、声色、吐息、動き、感情、話し方、ありとあらゆる方向から人を見極める術。視線の動きが不自然であれば隠していることがある、声色から疚しい事がある、吐息から緊張しているか分かる、動きから警戒しているか分かる、感情から嘘か真か分かる、話し方から誠実かそうでないかが分かる、そう言った複数の事柄を一瞬にして総合し纏め上げて理解する。

正直に言うとかなり面倒だししんどい。しても完全に理解出来るわけじゃないし何もかもを抑制する相手には効かない。けど大半の人物にはこれが有効だ。スイはこれを複数人に同時に仕掛けられるからきっとあの子の頭の中は常人の私には理解出来ない世界なのだろう。ちなみに拓也もかなり頭がおかしい部類だがあの子に比べたらまだ常人よりだ。私は更に常人に近いけど。

そしてそんな事をしてヴェインと名乗るこの人を信用した。鎧を着ていて顔が分からなくても視線は見える、声は聞こえる、ならば使える。本当ならこれに顔色や唇の動き等が付け加えられるが私そこまではそんな早く出来ないかな。見極めるのも結構しんどいんだよ?というかぶっちゃけ無理だからね?頭割れちゃうよ。

シェティスは若干警戒しているしヴェインさんは心配そうにしているが私だって考えていない訳じゃない。若干抜けてるあの子と一緒にしないで欲しい。あっ、もしこの人が敵対してたら逃げるしか出来ないしすぐ追い付かれて殺されちゃうね。抜けてたよ。テヘペロ?

下らない事を考えながら目の前の光景から少し目を離す。いやだってヴェインさん自分の頭の中に手を突っ込んでグルグル搔き回してるんだよ?グロ過ぎて直視出来ないよ?私もあれしないと駄目?あっ、必要無い。やらなくても集中したら出来る?じゃあただ人それぞれってことね。いやぁ、グロい!!気持ち悪い!!今ちょっと吐きそう!!

吐いちゃったら色々と乙女としてはどうかと思うので耐える。いや耐えきれてなくてちょっとシェティスをもふって癒される。いやぁ、無理。スイはこれ耐えられるんだろうか?耐えられるならちょっと付いていくのを見送る事になるかもしれない?あんまりこの景色が普通にならないようにしたいものだ。

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