第242話 人形



「うおぉぉぉぁぁ!!!!」


イーグの繰り出す拳を紙一重の所で避ける。頬を風が切る感触が撫でる。足を潰そうと勢い良く迫る足を避ける。そして一歩ずつイーグに近付いていく。指輪から剣が槍が斧が大量に出てきてはその全てが私の後ろへと弾き飛ばされていく。近付いて近付いて近付いてそして目の前にやってきた。


「うっぐっ!」

「……あはっ」


そっと伸ばした手をイーグが払い除けて後ろへと下がる。形振り構わず下がったせいでイーグの近くには木や岩があって逃げるのにも一苦労しそうな状態だ。


「何で、何で攻撃してこない!?お前なら容易く殺せるだろうにどうして!!」

「殺したりなんてしないよ?」


そう言いながらひと飛びに間合いを詰める。それに驚いたイーグが下がろうとして下がれない事にようやく気付く。そして目の前までやってきた私を見て顔を引き攣らせる。


「また俺を壊すつもりか化け物」

「……そのつもりだったんだけどね」


私がゆっくり手を伸ばしてイーグの頬を撫でる。


「その必要が無さそうかな。時間と共に治ったのかと思ったけど……もしかして私が死んだ後も苦しめられちゃったのかな?だとしたら見たかったなぁ」

「何を言って?」

「気付いてないの?イーグの顔、すっかり壊れちゃってるよ?私に何をされるのかって凄く興奮しちゃってる」

「そんな訳が!」


イーグが反論しようとした所で頬に当てた手をイーグの目へと近付ける。何かを言おうとしてイーグが止まる。


「こっちの世界じゃ欠損程度なら治せるんだよね。どうする?イーグ。目……抉っちゃおっか?」


目に近付けた手をイーグの口元へと持ってくる。


「それとも口を裂いてみる?鼻を削いでも良い?耳を齧っても良い?毛穴ごと髪を抜いても良い?大丈夫。治すよ?傷跡は残したりしない。私とイーグだけがその傷を知っていれば良いから。そうだよね」


私の言葉に顔を引き攣らせるけど抵抗しない。抵抗が無駄だと悟った訳では無い。だってこんなにも期待に満ちた表情を向けられたら頑張らなきゃ行けないなって思う。


「やっぱり貴方は私の玩具ともだちだった。ならいっぱいいっぱい遊ぼ?きっと凄く楽しいよ」


イーグの頭を撫でながら抱き締める。抵抗は無い。イーグは多分とっくに壊れちゃってたんだね。


「ごめんね。ずっとこの世界で生かせてしまって。これからは貴方が死ぬその時まで私がずっと遊んであげるから。一緒に行こ。きっと死ぬ程楽しい時間を過ごせるから」

「俺は……俺は……お前を殺さなきゃ……いけないのに……くそっ、何でだよ……何で涙が出てくるんだよ……壊れてるのか……あぁ、ならもう良いか。壊れたくなかったけど壊れてるならもう……人形姫、//〇◇∥▽ちゃん。おかえり」

「うん。ただいま。ずっと一緒だからね。安心して」


イーグの笑顔は何処か歪であぁ、しっかり壊せていたんだなと何故か酷く安心した。



「ご主人様」

「何だアイリス」

「武聖イーグ様の反応が消失しました」

「は?」

「武聖イーグ様の反応が消失しました」

「……それは死んだということか?」

「いえ、消失の早さから息絶えたというよりは結界等により確認出来なくなったと思われます」

「最後に確認された場所は何処だ」

「向かわれるのは辞めた方が良いとアイリスは忠告します」

「どういう事だ?」


アイリスがそれ程の事を言うなど尋常ではない。そもそもアイリスを連れている私に挑んでもアイリスに殺されるだけだ。それ程強いアイリスが忠告するということはアイリスが勝てない可能性があるという事だ。


「だが行かねばならん。イーグが生きていた場合に向かう事で助けられる可能性があるのならば行く」

「……ではアイリスは勇者を連れて行くことをお勧めします。半端な兵士では殺されるだけかと」

「分かった。すぐに呼べ。そしてその後はイーグが最後に居た場所へ案内しろ」

「畏まりました。ご主人様」


アイリスが一礼をした後城内が一段と賑やかになる。アイリスが忙しなく動き回っているのだろうなとそう思う。俺は壁に立てかけてあった無骨な装飾の一つも無い剣を腰に差す。


「すぐにこちらへとやってきます」

「到着したら即座に出る。用意しろ」

「畏まりました。ご主人様。跳ねる獣エカーテンの起動。待機しておきます」

「……無事でいろ、イーグ」


すぐに助けに向かう。例え助けられずともお前の死は看取る。だからまだ生きていろイーグ。



「拓とは会ってない?どうして?」

「勇者が人形姫の弟だとは知らなかったけどそれなら納得した。勇者は意識を取り戻した瞬間に即座に死のうとしたらしい。その後も幾度も死のうとしたと、そういった経緯から勇者が信用出来ないと判断したアレイドが勇者が万が一乱心した際に抑止力として俺を隠すことにしたらしい」

「ん、そっか。拓らしい」


イーグの肩にちょこんと乗りながら二人で話す。イーグも最初とは違いすっかり壊れたようで私との会話をそれなりに楽しんでいるようだ。そして拓だが想像通りの行動を取っていたようだ。


「拓が復帰したのってアーシュのお陰?」

「ん?良く分かったな。アーシュ様が根気良く話を聞いたからだと言われていたが。実は違うのか?」

「違わないよ。ただアーシュが私に似ているって所も復帰の理由だろうなってだけだよ」

「アーシュ様と人形姫が?無いだろ」

「まあ今はそれはどうでもいいよ。というかアイリスが向かってきてるね。面倒だね。さっさとこの場を離れちゃおうか」

「挨拶くらいはしたかったんだが」

「ほら、行くよ」


私が促すと渋々と言った表情でイーグが私を肩に乗せながら疾走する。魔力による強化も施したからかかなりの速度である。車よりも早い速度で走る初老の男性とその肩に乗る少女。都市伝説並に意味の分からない光景に思わずクスッと笑う。


「良いお土産が出来たし早くアルフ達に会いたいな」


帝都に着くまで後どれくらい掛かるだろうか?



「見付からない……か」

「戦闘の跡がありますが血痕が存在しません」

「つまりどういう事だ?」

「敵は魔族と思われます。そして武聖イーグ様を殺すつもりが無いのかと」

「どういう事だ?」

「ご主人様、魔族の意図を読むのは流石に難しいです」


アイリスが無理難題を言うなと言わんばかりに首を振る。


「……あぁ」


拓也の漏らした声が妙に納得したような声で気になって振り返る。


「どうした?」

「いや?気にしなくていいよ」


拓也はそう言うと興味を無くしたように適当に周囲を見ている。


「……イーグ」


俺の漏らした呟きはアイリスにだけ聞こえたようだがアイリスは何も言わずに俺の顔を見ていた。

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