第241話 人形姫と人形



「……ん、何時まで付いてくるの?」


剣国から飛んで行って出たら後ろからずっと付いてくる存在が居たので振り返らずにそう問い掛ける。


「魔族をそのままのうのうと通す訳には行かないのですよ」


そう言って返事をしたのは初老の男性。最強の人災、武聖イーグだ。だが今のスイにとってはそれ程の脅威ではない。イルミアで王騎士と呼ばれるリードと戦った時とはスイの力が違いすぎる。あの時のスイの実力など本来の十分の一も出せていない。常に身体が重く魔力も使えない。自分の意識通りに身体が追い付かない、そんな状況で仮にも技術を磨いた存在と戦って勝てる訳が無いのだ。意地で負けもしなかったが。

そして今のスイは身体が全快しており魔力も十全。身体能力的にも魔力的にも負ける要素の方がない。リードやルゥイと言った人災の技術も覚えた。イーグがどれだけ強かろうとも傷一つ負うこともないだろう。過信しているのではなく事実としてそうだろうと認識している。

イーグは恐らくスイの実力を読み切れてはいないだろう。わざと拙い動きを混ぜたりしていたのだからこれで見抜けるとしたら相当自分の事を知っていないと無理だろう。拓なら行けるかな等と考えていたらイーグが何も言う事無く拳を握り締めて殴り掛かってきた。素手だからといって油断はしない。スイの素手なら軽く建物位なら吹き飛ばせるのだ。イーグが出来ないとは思わない。


「……?」


イーグを殺すつもりは無いので回避に徹していたらふと何か違和感を感じた。魔力を感じたとかではなくイーグ自身に変な違和感、いや既視感を感じたのだ。


「何処かで会ったことある?」


問い掛けた後にそれは無いなと頭の中で否定する。イーグの様な存在を忘れるとは思わず首を傾げる。


「これ程の強者でもヴェルデニアの支配からは抜け出せませんか」


問い掛けを無視する形でイーグは呟く。その内容からスイが反応しようとした瞬間にイーグから強烈な殺気が放たれる。


「此処で仕留めさせてもらいます」


拳を構えるイーグの指には指輪が嵌っている。以前ルゥイから聞いた話では武聖イーグは得意な武器を持たず逆に苦手な武器も無いと聞いた事がある。つまりあの指輪からは武器が飛び出すと見て構わないだろう。


「話を聞いて欲し……い。ん〜?」


声をかけようとしたスイを既視感が邪魔をする。こんな表情を何処かで見た事がある様な……。


「……あぁ、八城やしろ君の表情に似てるんだ。スッキリした」


前世で最近遊んであげた男の子の表情、時折向ける殺意を漲らせた様な表情に似ているのだ。そしてその度に壊してあげたなぁとスイが納得していると突然目の前のイーグが震え始める。どうしたのかと不思議に思っているとイーグの表情はどんどん青ざめてくる。


「……嘘だ……アイツが居る訳無い。こっちの世界に来てる訳が……」


イーグの呟きからもしかしてと思いスイは笑みを浮かべる。


「……八城啓太けいた君?」


名前で呼び掛けるとイーグの表情が崩れる。その表情は壊された時の表情にあまりにそっくり過ぎて……。


「あは、あはははは!!本当に?本当に八城君なの?嘘じゃないよね?あぁ……本当に今日は良い日。イルゥやグルムスが死んだ時は何て最悪な日だなんて思っていたけれどまさかそれを塗り潰すように良い事が起こるなんて考えも付かなかったよ」

「に、人形姫……!何で!何でお前までこっちに来てんだよ!!お前は……お前は俺より先に死んだろうが!なのに!くそっ!お前は生きてたら駄目だ。お前みたいなのが生きてたら世界の為にならない。お前は殺す!此処で!必ず!」

「あはははははははは!!!異世界間での移動に時間なんて些細な問題だと思うよ?ズレて当然。けどそこまで言えるまで治っちゃったんだね。ふふ、また壊してもあそんでも良いよね?だって貴方は私の玩具の人形なかよしのおともだちだよね?」


予期せぬ再会にスイは笑みを浮かべイーグは憎悪に身を焦がす。そして次の瞬間にお互いが交差してぶつかり始めた。決着はそれほど掛からない。




僕にとっての姉さんは強くて脆い、そんな存在だ。見たり聞いたりしただけで泳ぐ事以外は覚える。寧ろ何故未だに泳げないのかはさっぱり分からない。足の着く場所でもぷるぷるしているのだ。可愛いからこのまま覚えなくても良いかななんて考えながら泳ぎの練習に付き合ったこともある。結局出来なかったけど。

そんな姉さんも流石に死後の異世界までは来れなかったらしい。そう考えていたのに今日まさかの再会をした。確かに姉さんの事だから何だかんだ居そうだななんて事も考えた。それが現実逃避に近い事も自覚していた。なのにまさか本当に転生しているとは思わなかった。

転生物の物語も幾つか紹介した事もあったけどまさか覚えたのかと少しばかり戦慄する。そんな筈はないけれど姉さんならやりかねないとも思う。

しかも転生先が何の因果か魔王の娘である。こういう世界じゃなければ僕と敵対しそうな立場の存在だ。弟が勇者の魔王の娘って混沌とし過ぎて意味が分からない。

後この世界は他に異世界があるとしたら難易度はベリーハードかエキストラモードレベルに難しいと思う。魔族は全員一撃もしくは二撃必殺レベルの強さを誇るのにこちらはチクチク削っていかなければならない。いや寧ろ何で人族が未だに生き続けられているのか分からない。多分、というかほぼ間違いなく魔族の手加減が原因だとは思うが。

まあそれらは横に置いといても姉さんがスイに転生していたのが僕としては問題だ。あんな可愛くて綺麗で美人だった姉さんが転生するなら確かに可愛くて綺麗な存在になるのは道理だと言えよう。だけどスイの、姉さんの隣には男がいるのだ。あの白狼族の男が!


「……」

「あの、大丈夫ですか?や、やっぱりあの魔族に何かされたのでは……」


思わず無言になる僕を見て心配そうに魔導士の女の子が声を掛けてくる。あっ、この子は勇者パーティの一員らしいよ。未だに何でパーティを組むのか分かってないけど。だって敵地に攻め込むなら確かにパーティが必要かもしれないけど現状攻められたら防衛するしか出来ないこの国でパーティを組む理由が分からない。しかも何でこんな若い子?どう見てもこの国に繋ぎ止める為の子だよね?他の人が騎士団長とSランク冒険者の男性に対してこの子は僕より少し上の十六歳、それと十七歳の女性弓士が僕らのパーティらしい。弓士の子とはまだ一度も会っていないけど。次の人災候補らしいし何かしてるのかもね。


「何でもないよ」


でも……姉さんに額とはいえキスをされた。前世でも時折何か感極まった時とかは額とかにはキスをされたけど今世でもされたのだ。その愛情深さは今でも変わってはいない。という事は多分だけど姉さんが転生してそれ程時間が経っていない。僕と一緒に来たのなら一年も経ってない。気になっていたけどそれならまだ大丈夫かな?もしこれが姉さんがこちらの世界に来て何十年、何百年と経っていたならどうなっていたか分からない。


「姉さんが本気になったら……」


もしもそれ程の年月がこちらの世界で経っていたならきっと姉さんの手加減癖は消えていた事だろう。何でも出来てしまうが故に無意識にリミッターを掛けた姉さんの癖。

姉さんは常に手加減をしている。そうでないと目立ち過ぎるからだ。前世で何でもかんでも突出した存在など格好の的でしかない。それを幼い頃から自覚した姉さんは手加減する事を覚えた。いや本人には手加減している自覚が無いのだから覚えたという表現もおかしいのかもしれない。生まれた時からずっと見てきた僕だからこそ知っている事実と言っても良いと思う。湊と会ったのは四歳の頃だったと思うけどその時には姉さんは手加減し始めていたからね。湊の事だから何となく察しては居ると思うけど。

そして手加減している筈の姉さんに僕は一度も勝てなかったのだ。頭を使う遊びでも身体を使う遊びでも何一つとして惜敗にすらならず全て惨敗である。そんな姉さんが今尚行動を起こさない。つまりヴェルデニアが相当強いと言う事が分かる。手加減していても勝てる相手ではないだろう。ならば本気になる筈だ。


「……姉さんの本気か」


一体どれ程強くなるのか見当も付かない。前世ならともかく今世の姉さんの身体の能力等まともに知らないのだ。深き道では魔物が多すぎてちゃんと見れなかったし。


「……姉さんの格好良いところ見たらきっと惚れる人がいっぱい出てくる。そう言えばレクトは姉さんに夢中だったな……釘刺しに行こうかな」


姉さんに付いて行きたいなら壊れる覚悟をしろって。

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