第240話 混乱



「ん、やっぱりかぁ。そりゃ誤魔化しきれないよね」


明らかに疑われているのが分かったし逃げるように店?壊れてるから残骸かな?を出てきたのにイーグは騙されてはくれなかったようだ。恐らくはあそこに居た護衛の誰かに言ったのだろうけど三人程スイの跡をつけてくる者が居る。


「だからと言って一緒に居たら城に行く事になりそうだったし流石にそうなったら顔を隠すのは難しいよね。アーシュに出会えたのは良かったけどそれ以外は最悪かなぁ。しかも……はぁ、面倒臭いなぁ」


スイが街の門から外へと出ようと歩みを進めていたら前方でどう見ても騒ぎが起こっている。兵士達が出動していて今の状況を考えると自ずと何が起こっているのかは分かる。

何があったのか吹き飛ばされてきた兵士を抱き留めて勢いを殺してその場に転がす。全身金属鎧の兵士などまともに受け止めたらこちらが怪我を負いかねない。

数人受け止めた瞬間にこちらに向かって魔法が飛んできた。どうやらスイの存在に相手も気付いたのだろう。ここまで近くに来てからようやく気付いた辺りあまり強い魔族ではないのかもしれない。魔族基準での弱いでしかないので人族ではかなり強い方に分類されるだろうが。

飛んで来た炎の玉を魔力を纏わせた腕で振り払う。スイならば別に魔力を使わなくても本気で振り払えば容易に消せただろうが流石にそれは目立ち過ぎる。護衛の人達が見ている以上下手な事は出来ない。護衛の人達も前に出て戦いたがっているのだろうが疑われている私の前に出られないのだろう。


「あぁ、本当に苛つく」


スイが人族の味方であると思ってくれたら一番だがやたらと強い魔族が味方の振りをしていると思われる可能性も高い。


「まあ、完全に人族の味方という訳でもないし何とも言えないけれどね」

「ヒッ」


一人呟きながら歩いて行くと目の前に魔族の男性が現れた。遠くからでは分からなかっただろうが流石に間近に来たら私の素因の数等が分かってしまったのだろう。顔を引き攣らせて後退りしている。


「逃げないでね。私の為に死んで欲しい。大丈夫。痛くはしないから」

「ぅ、あぁぁ!!!」


逃げられないと悟ったのか決死の覚悟で突撃してくる男性。スイはそれを見ながら貫手で瞬時に基幹素因を貫く。一瞬にして砕け散った素因の崩壊に巻き込まれるように男性の身体が剥がれ落ちるように空気に溶けて消えた。


「基幹素因のみの弱い魔族だね。どうやって入り込んだんだろう?流石にこの程度に負けて抜かれる程剣国の防衛網は弱くないと思うけど」


そもそもどうやって侵入したのかも分からない。良く分からないが何か魔族側がしたのだろう。もしかしたらアルマが持っていた転移の魔導具が量産体制に入ったのかもしれない。


「だとしたら厄介だけど……まあ考えるだけ無駄か。今更過ぎるし」


スイはそれをどうでもいい事だと割り切ると門に向かって歩き始める。しかし門に到着すると同時に後ろから声を掛けられた。


「すみませんがそこをお通しすることは出来ません」


振り返ると護衛の男性が立っていた。そしてその言葉と同時に周囲から兵士達が囲むように出て来る。スイの感知網に引っ掛からなかった事を考えると何かの魔導具を使っていたのだろう。


「どうしても?」

「はい」

「ちなみに何故?」

「貴女の実力を見て、です」


予想と違った答えにスイの頭が混乱する。てっきり魔族であるとバレたのかと思っていたのに返ってきた答えは意味が分からない。


「……じゃあ、なんで囲むの?」

「こうでもしないと逃げるだろうと思いましたので」

「……頭固いってよく言われない?」

「何故分かったのですか?」


これはこれで面倒臭い。正直に言って行きたくない。城に行けば身体検査ぐらいはされるだろうし城内じゃなくても兵士の集まる場所に向かう事だろう。そうなると逃げるのも面倒だしそもそも敵対したい訳でもない。


「……はぁ、分かった」


行きたくないけど行かないという選択肢を取れば疑われる事は間違いない。というかイーグは疑っていた訳ではなく私の実力を測るためにわざわざ護衛の人を割いたのかと思うと頭の中が筋肉か何かで出来ているのかと思う。アーシュが嫌うのも良く分かる。年齢相応には考えるのだろうが基本的に脳筋なのだろう。

そんな益体もないことを考えながら兵士に付いて行くとやはりと言うべきか練兵場に連れてこられた。というか部外者であり尚且つ不審者な私を連れて来るとか馬鹿なのではないだろうか?まさか魔族を一人仕留めたから味方だわーいという訳でもないだろう。

練兵場は広く中学校のグラウンドが大体で三つほど入る程度か。端から端までに行くのにそれなりに時間が掛かりそうだ。一部の強者であれば十秒も掛からずに走破する距離だとは思うが。ちなみにスイも本気で走れば恐らくその程度で走破すると思う。目立ち過ぎるのでやらないが。

練兵場には兵士達の数が少ない。まあ街で起きている事を思えばそちらに数が割かれるのも当然だろう。寧ろこの状況で私を連れて来る為に兵士の一部を割いていることに頭が痛くなる。


「……だか……も行……」

「駄………。……められ……」


練兵場の少し遠くで誰かが言い合っている。そちらに意識を向けてその瞬間息を止めた。あれは……そんなまさか……。

だから気付かなかったのだろう。護衛の男性が妙に緊張した様子で私のフードを外そうとしていることにもう少し早く気付けば良かったのだ。けどこの時の私にはその余裕が無かった。だからフードに手が掛かっている事に気付いた時には無理矢理剥がされていた。

そしてその瞬間鳴り響く鐘の音。やはり天の瞳に該当するアーティファクトがあったのだろう。偽装が解けた瞬間に鳴り響く等通常の魔導具であれば反応が早すぎる。


「やはりか!魔族め!どうやって忍び込んだかは分からぬが吐いてもらうぞ!」


気付けば練兵場には兵士達が戻って来ており周りには武器を抜いて牽制する兵士達。魔導士も外側で待機しているようで、いや違う。

即座にその場を飛び退くように離れる。その瞬間降り注ぐ極光と轟音。落雷の魔法なのだろう。速度がかなり早かった。立て続けに放たれるその魔法はかなりの精度で恐らく複数人による連結魔法だと思われる。

けど精度が高過ぎるせいで逆に読みやすい。これがバラける魔法であれば威力は弱くなるだろうが完全に躱すなどは難しかっただろう。まあその場合は魔法で打ち消していただろうが。

そして背後からやって来るその攻撃に思わず戸惑う。この後ろに居たのはあの子の筈。いや、分かっていた筈。今のあの子は……。


「はぁぁぁぁ!!」


振り返ってグライスをその剣、イグナールに合わせる。振り返るまで誰かは分かっていなかったのだろう。勇者の顔が驚愕に彩られる。けれどそんな事よりも私は私にあの子が剣を向けた事に衝撃を受けていた。勿論気付いていなかったからだろう。近くまで来てようやく名前による繋がりも感じたくらいだ。


「……貴方も敵になるの?」


あの子から敵意を向けられた事なんて今までに一度だって無かった。いつだって私には好意しか向けていなくて。だから今回もきっとなんて無茶な事を考えていた。あの子は別に神じゃないのだからそんな事は無理だと分かっていても根拠も無く信じていた。それに私の事以外でも誰かに敵意を向ける事が出来るようになったのは喜ばしい筈だ。


「ち、違、僕はそんなつもりじゃ」

「離れてください!勇者様!」


何かを言おうとしたあの子ごと巻き込もうとした魔法が発動する。私は咄嗟にあの子、拓の身体を押し飛ばす。


「なっ!」


極大の雷撃と炎撃が私の身体を焼き焦がす。凄まじく痛い。流石に無防備に喰らえばダメージは負うか。悲鳴は聞かせない。あの子の前でそんな無様な姿は見せられない。


「止めろ!今すぐ!」

「勇者様!?いかん。ご乱心なされた!取り押さえろ!あの魔族に何かされたに違いない!」


拓が何かしている事は分かるけど雷撃と炎撃の檻が私の身体を離さない。素因が傷付く程度までは威力が無いから魔力切れまで耐えることは出来ると思う。ただ痛いだけだ。

魔力を纏わせて壊そうにも雷撃と炎撃がそれを散らす。無理矢理出力を上げても結果は余り変わらなさそうだ。捕縛用の魔法に近いのかもしれない。流石に魔導士が何人で使ったかも定かじゃない魔法に囚われたら逃げ出すのは難しい。ただそれに拓も巻き込もうとしたのが信じられない。その判断を下したであろう魔導士達の指揮官らしき人を睨む。


「…………」


言葉には出来ない。だけど紡ぐ事は出来る。力ある言葉をこの程度で止められると舐めて貰っては困る。


「…………」


紡ぎ終わると皮膚が焼け爛れながらもにこやかに笑う。拓を殺そうとした者に容赦などするものか。私の最愛の弟を殺すなど万死に値する。死ね。

すると指揮官の頭が押し潰されてバチュンっと弾けた。不思議とその音は練兵場に響いた。ピチャッピチャッと指揮官の頭があった場所から地面に血が落ちてそしてようやく身体が倒れた。その瞬間勢いよく血が噴き出す。


「……」


動揺したのか魔法が緩んだ隙に無理矢理こじ開ける。慌てて直そうとしたけれどここまで来たらもう手遅れだ。強まる魔法を制御下に置く。そして全方位に放った。死なない程度に加減はしたので死んだのは指揮官だけだろう。


「待って!待ってくれ!」


そのまま逃げると思ったのだろう拓が必死に叫んでいる。なので踵を返して拓の元へと飛び込む。その反応は予想外だったのだろう。拓は目を見開いている。兵士達や拓と一緒に居た魔導士風の少女が驚いている。


「ん、分かってる。大丈夫だよ。さっきは驚いちゃったけど良く考えたら良いことなんだよね」


私の言っていることが良く分からないのか拓は首を傾げている。その割にしっかり抱き留めているのは流石と言うべきか。


「大丈夫。きっとまた会える。だって私達また会えたのだもの。だから次に会う時まで頑張ってね。拓。私の最愛の弟」


拓の目がこれ以上無い位まで見開かれる。


「またね」


そう言って拓の額にキスをする。拓の手を躱して空へと飛び上がる。ティルが広がり黒い翼を広げる。そしてそのまま振り返る事無く剣国を抜ける為に飛んで行った。あぁ、今日は本当に良い日だった。

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