第243話 豚!豚!豚!



「はぁ……はぁ……はぁ……そろ…そろ…降りてくれないか!?」


イーグの肩に乗って走らせていたけど流石に八時間近い全力疾走は応えたようでイーグがそう叫ぶ。


「私は軽いでしょ?大丈夫だよ」

「それもう何回も聞いた!流石に限界だって言ってるんだよ!」


そう言うと同時にイーグが足を縺れさせて倒れ込む。地面に倒れさせるのも可哀想なので肩からふわっと降りるとイーグの身体を支える。


「もう……軟弱だなぁ」

「人形姫が体力お化けなのはその身体になったからだろ!?何でそんな偉そうなんだ!?」

「私だから。それよりイーグ凄く話し方が雑というか元の身体にかなり引っ張られてない?」

「うん?あぁ、いや違う違う。元々こういう話し方だったんだけど陛下、アレイドに仕える形になっただろ?だから流石に言葉遣いは改めた方が良いってことで意識的に切り替えてたんだ。でも人形姫の前でそんな話し方すんのも嫌だしそっちも嫌だろ?」

「ん、良く分かってるね。でも一応私もお姫様らしいんだよね」

「……は?えぇ〜、無いわぁ」

「私もそうは思うけど実際に声に出して言われると凄く腹が立つね。とりあえず髪の毛毟ってもいい?」

「謝るから是非ともやめてくれ」


イーグとじゃれ合っていたら休憩の為に寄った木から小さい動物が現れた。それはイーグの頭の上にちょこんと乗る。


「……何か乗ってるんだけど何が来た?」


頭の上のせいか見えないイーグが私に問い掛ける。それに答えずに私はそっと手を伸ばすとそれは私の掌に乗ってきた。


「小さい……何だそれ?」

「多分……豚?」


疑問形になるのは仕方ないと思う。私にも良く分からないし。だって掌サイズの豚が木から降りてきたとか意味分からないし何よりこの動物を父様の記憶を探ったが全く知らないのだ。


「……フゴッ」

「あっ、そこは豚なんだね。ちょっと安心した」


その豚?は私の掌で安心したのか一声鳴いた後寝始めた。魔力の一切も感じられないので魔物では無いのは間違いないのだがこんな奇妙な豚が居るとは思わなかった。


「フゴッ」

「人形姫助けてくれ……なんかいっぱい来た」


イーグの声と鳴き声にそちらに目を向けるとイーグの頭の上に五匹ほど掌サイズの豚が居た。思わず手の中の豚を見るがこちらは寝ている。そして改めてイーグの方を見ると七匹になった豚が?


「増えた?」

「というか木から降りてきた」


イーグの言葉に顔を上に向けると葉っぱの至る所に豚が無数に居た。そしてそれらの豚がゆっくりと木から降りてくるとイーグの頭の上を仲介して私達の足元や手にしがみついて来る。


「こういう攻撃方法だったりしないよな?圧殺みたいな」

「普通の人なら充分それが出来るだろうけど多分違うね。そもそも圧殺したいならもっと一気に降りてこないと意味が無い」


豚の数は既に数えるのも面倒な程になっている。百は超えているのは間違いないが。そしてそれらの豚達は私に群がる。


「何でこっちに来るんだろ?」

「さあなぁ。というか毎回俺の頭の上を仲介しないで欲しいんだが。地味に首が痛いんだよ」


豚達がフゴフゴ鳴きながら頭を擦り付けて来る。どう扱っていいのか分からず首を傾げているといきなり地面が揺れた。イーグは木にもたれ掛かる形で座っていたから特に何も無かったが私は足元を豚達で囲まれていたので座れず立っていたのが災いして倒れる。豚達は瞬時に逃げていたけど。


「痛い」


膝を擦りむいたのが痛い。血が出たりする程柔な身体では無いが転んだら当然少しは痛い。ましてや地面はそれなりに石などがあったりするので余計だ。


「ん!?えっ、あっ、待って。駄目!」


倒れた私に向かって豚達が再度群がるが今回は四つん這いの状態になっていたからか豚達は私の身体をよじ登ってくる。木登り出来る程度には訳の分からない生物なのでよじ登れるのは然程可笑しくは無い。いや十分おかしいがそこは置いておくとしてそれよりも私の服はゴシックドレス、つまり足の部分はフワフワした物になっているのだ。何が言いたいかと言うとドレスの中に豚が入り込んできたのだ。


「やっ、駄目!」


不安定な体勢で豚を押し退けようとするが豚達はそれに構わず突撃してくる。しかも前からも突撃してきたので胸元にも豚達がやってくる。


「イーグ!見てないで助けて!」


イーグに声を掛けるが返事が無い。パッと見たら豚達に押し倒されていた。恐らくすぐに立ち上がって向かおうとしたのだろうが私へ突撃する豚達に背後から押されてそのまま押し倒されたと言った感じか。掌サイズとはいってもそれなりの重さがあるから身体全体に乗られているイーグは起き上がることも難しいだろう。幸い口が地面に押し付けられている訳では無いので息が出来ずに死ぬということは無さそうだ。そうしていたら胸や……股間に豚が突撃してぶつかってきた。


「んん……もう、怒るよ」


流石に苛立ったので殺気を込めて豚達を睨み付ける。豚達は身体を強ばらせると一匹二匹とゆっくりと……死んだ振りをして倒れ始めた。中には泡を吹いて倒れている豚も居て驚く。イーグの所に居た豚も死んだ振りをして倒れていた。その下にイーグを敷いたまま。埃を払いながらイーグに近付いてイーグの上で死んだ振りをしている豚を摘みあげると途端に他の豚はゆっくりとジリジリとイーグの身体から滑り落ちて横で死んだ振りをする。摘みあげた豚は涙で潤んだ瞳で私を見ている。


「あぁ、いってぇ。悪い。助けられなかった」


イーグがそう言って起き上がって私の顔を見て顔を逸らす。


「何?」

「いや、なんでもない」

「……何?」


再度問い掛けるとイーグが決まりが悪そうに頭を掻きながら答える。


「……怒っている顔を見るのは久しぶりだなって思ったのとさっき聞いた声がどうも離れなくて……とはいえ別に人形姫に欲情するとかは絶対無いから安心してくれ」

「それはそれでどうなの?」


首を傾げたけどイーグは苦笑するだけで何も言わない。その間ずっと潤んだ瞳で見つめてくる豚が鬱陶しかったけど敢えて無視をした。


「この豚殺してやろうか」


無視出来なかった。何だか腹が立つんだもの。


「殺すなら手伝うぜ。俺もちょっと失敗したら窒息死させられかけたんだから良いよな?」


その言葉に頷くと同時にまた地面が揺れる。今度は流石に倒れなかったがタイミングが良すぎるそれに思わず地面を見る。


「…………ていっ!」


思いっ切り地面を踏み砕いてみた。凄まじい破砕音と共に巻き上がる粉塵。吹き飛ぶ豚。一撃では届かなかったので二回、三回と踏み砕いていくと四回目で何か地面とは異なる何かを踏み付けた。その瞬間地面が揺れる。いや、暴れ回ると言った方が正しいか。私はイーグを連れてその場を離れる。


「フゴーッ!!??」


私が砕いた場所よりもかなり広い地面を砕きながら現れた巨大な豚は踏み付けられた背中が痛いのか滅茶苦茶に暴れ回る。その豚の姿は普通の豚とは違い大きさは当然だがその背中に複数の木を生やしていた。先程休憩していた木もその内の一本だったようだ。

その豚は怒りに震えながら私を睨み付ける。ミニすぎる豚とは違い巨大豚は明確に私達を敵と看做みなしているようだ。ミニ豚も私を見る目が親の仇でも見るかのように血走っている。


「なんだコイツ。凶獣か?」

「違うよ。あの大きい豚を見て思い出したんだけど地面に潜む魔物の一種で極上の味を持つ最高級豚肉。通称無限の豚肉。正式名称アルゴドル。昔の言葉で永遠の豚」

「何だそれ」

「私も知識でしか知らないんだけどね。あの巨大豚を見付けて屈服させられたら付き従ってくれるらしいよ。あのミニ豚は分身体かな。ミニ豚の数はその豚の生きてきた年数らしいからあのアルゴドルは……ざっと数えて六百歳近い長寿の魔物だね。長く生きれば生きた分美味しいらしいから……絶対に屈服させる」

「……人形姫の目が食欲に染まってやがる。初めて見たわ。まあ娯楽らしいもんがこの世界無いからなぁ。食に走るのも仕方ないか?」


イーグが何か言ってるけれど私の目はアルゴドルにしか向いていない。イーグには確かにこの魔物が凶獣ではないと言ったが凶獣より弱いとは一言も言っていない。頑張って欲しいものだ。

アルゴドルにはある一つの特性がある。それは単純明快でありながら決して他の物には出来ない唯一無二にして絶対の特性。


「イーグ!アルゴドルは全種類の魔法、高い物理耐性、魔法耐性、高い知性に馬鹿みたいに高い運動能力、それと絶対に死なないから気を付けて!」


アルゴドルは世界全体でたった三匹、つまり三神が一匹ずつ作り上げた悪ふざけの塊みたいな存在だ。その強さは丁度私より少し下だろうか?それだけで大半の人が勝てない事は良く分かると思う。何せこの世界において強者であるはずの魔族でも魔王クラスでないと勝てないということなのだから。


「どれぐらい強い?」

「私より少し下。だから生き残ってね」

「何でそんなもんに喧嘩を売ったんだ」

「大丈夫。下手に巻き込まれない限りアルゴドルは誰かを殺したりはしないから。巻き込まれなかったらね」

「二回も注意をありがとよ。生き残ったらあの豚で美味しい料理でも作ってくれ」

「勿論。ただ焼いただけでも美味しいらしいから期待しておくといいよ」


お肉♪お肉♪


「……俺の存在は忘れないでくれよ」


浮かれた私の反応にイーグが引き攣った顔で何かを言っていたけどもう既に私の頭の中ではそんなこと考えていなかった。やっぱり定番は生姜焼き?それとも角煮とかかな?今から楽しみ♪

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