第244話 真っ黒な騎士



「……何か言うことは?」

「ちょっとふざけすぎた。ごめんね?」


アルゴドルと戦うまでは良かったのだけど戦い始めて十分が経過する頃には辺り一帯が更地になった挙げ句に凸凹になっていたようだ。知らずにというか気にしていなくて戦って更に十五分が経過してようやくアルゴドルを屈服させた所で周りを見たらイーグが吹き飛ばされて凸凹の地面に半ば埋まる形で見付けた。

慌てて助け出したら凄いジト目で見つめて先程の言葉だ。巻き込まれないようにとは言ったけど結界を使う暇が無かったのだから仕方ないと思う。ちなみにアルゴドルはミニ豚を一匹残して去っていった。味は変わらないらしいから別に良いのだけど不思議な感じだ。


「フゴッ」

「あれだけの戦闘をして手に入れたのがこの小さい豚か……この豚何か出来るのか?」

「食材になるよ」

「フゴッ」

「……あれだけ強いのに?」

「アルゴドルは屈服の際にしか戦ってくれないよ?それ以外だと全力で逃げるから」


だからこそアルゴドルの姿を見付けるだけでも奇跡に近いのだ。その奇跡を見付けられたのは凄く嬉しい。


「そっか。まあ良いけどさ。これは豚だよな?牛とか鶏とかそういうのも存在したりするのか?」

「居るけど絶対に会えないよ?牛は空を飛んでるし鶏は海の底だし」

「……牛と鶏?」

「牛と鶏だよ?雲の上に乗って浮遊する牛と無酸素で生き続ける鶏」

「もうそれは別種の化け物じゃねぇかなぁ?」


イーグが呆れたようにそう言うけど私は肩に乗っていたミニ豚を摘みあげる。


「この子は地中に埋まってたよ?」

「そういやそうだったわ。しかし何でそんなものを神様達は作ったんだ?」

「イーグは魔族達の心臓とも言える素因っていうのを知ってる?」

「あぁ、何回かは見た事がある」

「それの概念素因で豚とか牛とか鶏とかが壊されないようにだよ。壊れるようなことがあったら世界から消えてしまうからね」


まあそれなら不死だけ付けとけば良いのだけど強くしたのは趣味かな?囲われないようにするためかもしれないけど。


「なるほど。理解したわ。まあそれは良いとしてそろそろ移動しないか?街は近くないとはいえ調査の為の人が来る可能性はある。あれだけ暴れたしな」


私はそれに頷くとさっさと移動を開始した。更地と凸凹になった地面から目を逸らすように。うん、ちょっとやり過ぎたかな?大丈夫だよね?



暫く歩いていくとイーグが疲れを滲ませ始めた。何だかんだずっと歩き続けていたからここらで休憩する事にした。アルゴドルの所で休憩したのに結局疲れたからね。


「悪い。歳を取ると疲れるのも早いな」


イーグは口調こそ若返ったみたいだけどその肉体は初老の男性だ。流石に若い時のようには行かないのだろう。技の冴え等は今の方が良いのだろうけど。


「ん、馬車はあるけど馬が居ないから意味が無い……ん〜、私が馬代わりに引いてあげようか?」

「悪目立ちすぎるし俺としても居心地が悪いから止めてくれ」


冗談ではあったけどそうなると久し振りにやってみようかな。


「イーグ私今からふらっと倒れるから支えてくれる?」

「事前に倒れるって宣言されたのは初めてだな」


そう言いつつも支える為に近くに寄ってくるイーグ。それを見ながら私は魔力を練っていく。


「"其は空を地を戦場を駆けていく一陣の黒風"」


イーグが使われ始めた魔力量にビクッとしたけど離れはしなかった。いや離れられても困るのだけど。


「"数多の死を束ねて数多の終末を与える者"」

「……何だこれは」

「"その剣は死を与えその盾は生命を護る"」


イーグが息を呑む音が妙に響いた。


「来て。黒き騎士ナイトメア」


私がそう呟くと一瞬空が黒くなったかのような錯覚の後一人の騎士と馬が居た。黒い鎧を着け黒い剣を携えた真っ黒な騎士、そしてそれに付き従うように黒い馬がこちらを見ている。

黒い騎士と黒い馬はこちらを見ると今にも倒れそうになっている私の顔色に気付く。黒い騎士はそっと手を伸ばして私の身体を支えるとゆっくりと身体を横たえさせた。しっかりと地面に接する前に何か敷いたのか柔らかい感触に包まれる。


「……俺の役目取られた」


イーグがボソッと何か言った気がしたけど気のせいだと思う。


「ナイトメアは喋れるのかな?」

「……はい」


かなり小声で尚且つ鎧越しの為か殆ど聞こえなかったけど喋った事は分かった。


「ん、宜しくねナイトメア」

「……不肖の身ですが……命ある限り……貴女をお守りします」

「……ブルルッ」


馬も膝を折って私に頭を下げる。手を伸ばして頭を撫でてあげると気持ち良さげに目を細める。ナイトメアは全身鎧で撫でるのが難しかったので身体に抱き着いた。ひんやりとしていながら妙に熱い不思議な温度の鎧だった。


「人形姫」


イーグが私に声を掛けようとした瞬間ナイトメアがその首に剣を突き付ける。というより刺しかけた。気付いた私が手を止めていなければ間違いなく刺していたと断言出来るそんな速度だった。


「ナイトメア、その人は味方だよ。やらなくていい」

「……申し訳ありません」

「怖いなおい」


イーグが冷や汗を拭う。まあ完全に反応出来ていなかったし止めなかったら首がポロってなっていたからね。イーグが戦闘態勢だったのならば反応出来たのだろうが味方だと思って油断していたからね。


「イーグどうしたの?」

「いや、というか今その騎士と馬を生み出した?んだよな?そんな魔法聞いた事ないぞ?」

「創命魔法だよ。魔王ウラノリアと私しか多分使えない物だからね。知らないのも当然だと思う」


私がそう言うとイーグは納得したのか特に何も言わない。というか実際あまり気にしていないのかもしれない。私のする事だからで納得している感じがする。


「……不敬な」

「イーグはこういう口調だから気にしないで。堅苦しいのはあまり好きじゃない」

「……御意」

「それより気になるんだけど」

「……何でしょうか?」

「ナイトメアは男?女?特に意識していなかったからどうなったのか分からないんだよね」


そう問い掛けるとナイトメアはガシャッと大きな音を立てて下がる。その音に興味無さそうにしていたイーグも思わず振り向く。


「……どちらでも私のやる事に変わりはないかと」


ナイトメアの言葉が妙に気になったので兜に手を伸ばして無理矢理見ようとしたら止められた。


「……私はナイトメア。……男でも女でもありません」


魔力を大量に消費した倦怠感から動けなかったのでその言葉で諦めた。その後はナイトメアに馬車を運んでもらうように頼んでから馬車の中に入って寝始めた。イーグとナイトメアの相性が悪そうに見えたけど大丈夫だと思いたい。




「人形姫助けてくれ」

「……処分の許可を」


起きたら何故か馬車が止まっていて外を見たら地面に正座で座っているイーグとその首に剣を突き付けているナイトメアという状況を目撃した。


「……何してるの?」

「あぁ、説明したいんだけどとりあえず剣退けてくれないかな?」

「ナイトメア下がって」

「……はい」


ナイトメアが渋々と言った感じで下がる。


「次の街に近付いてきたからどういう設定で入るって話になったんだけどな。とりあえず俺と人形姫が親戚で人形姫の格好的に騎士としてナイトメアが居るって事にしようって話だったんだがそれを嫌がってな」

「……おかしい所はそれほど無いと思うけどナイトメアは何が嫌なの?」

「……この男と姫が身内という設定です。……姫は既に帝都のローレア様と身内という物があります。……このような場所の情報が流れるとは思いませんが万が一を考えると許可出来ません」


その言葉に驚く。ナイトメアはどうやら私が体験した事を理解しているようだ。そして人型として生まれたからかケルベロスやヒークとは違い最初からある程度自己で判断出来るようだ。


「ローレア様と身内って人形姫は何をやったらそうなるんだ?」


イーグが疑問を口にするけど反応しない。


「そうだね……仕方ない。イーグは顔も知られているし一緒に行動していない方が良いかも。入る時だけ離れようか」


その言葉にイーグも少し考えた後に頷く。ナイトメアもそれに不服は無いようで頷く。とりあえず丸く?収まって良かったと思おう。ただ街に入るだけで衝突する二人は相性最悪だなとは思った。緩衝材になる人が欲しい。切実にそう思った。

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