第245話 火の街
リュノスという街に入ってきた。剣国から二つ程街を挟んだ場所にある街でナイトメアが尋常じゃない速度で進んだ事だけは良く分かった。リュノスは通称火の街と呼ばれているらしい。理由は裏通りからやたらと響く鍛治の音で何となく分かる。
「でもなんでこの街は鍛治が発展したの?」
「ここの近くに異界があるんだけどそこから上質な鉱石が採れるからかな。勿論それだけじゃないんだろうが一番の理由はそれだな。人形姫も潜ってみたりするか?」
「
「何だそれ?聞いた事ないな」
「なら良いや。普通の鉱石って事なら要らない。その程度なら創れるし」
「鉱石すら創れるのかよ……人形姫が出来ない事があるのか気になってきたわ」
「……流石です姫」
「あっ、そうだ。私程度の腕で良いならだけどイーグの武器も作ってあげようか?」
「人形姫の作った武器か。どういう性能になるか分からないけど欲しい」
「……」
「ナイトメアも欲しいなら作るけど」
「……いえ私にはこの剣がありますから」
そう言ってナイトメアは腰に提げた黒い剣を手で軽く叩く。だけどナイトメアが欲しがっているのは見て分かったので適当に短剣でも作って渡そうと思う。二人とそんな会話をしながら歩いていたら右の店の扉が空いたと思った瞬間人が吹き飛んできた。
「てめぇみたいな奴に作ってやる武器はねぇ!帰りやがれ!」
吹き飛んできた人は丁度私の目の前で回転が止まり見下ろした私と顔が合う。服装はどう見ても貴族かそれに準ずる階級の物でかなり面倒臭そうな雰囲気しか無い。しかもその人は私の顔を見るなり動きを止めて明らかに見惚れていた。なのでそっと離れて通り抜けようとしたら足を掴まれた。
「……女の子の足を無粋に握るなんて何を考えてるの?」
「す、すまない。つい反射的に掴んでしまった」
そう言って掴んだ手をすぐに離して身体を起こす貴族風の男性。年齢は二十代前半といった所だろうか。くすんだ金髪に殆ど同色の瞳、少し気弱そうではあるが吹き飛んできたにも関わらず身体に傷一つ無い事を考えるとそれなりの腕前の持ち主なのだろう。
「……姫、この者を」
「駄目だよ」
ナイトメアが殺気を迸らせていて何を言おうとしたのか分かったので先んじて止めておく。イーグは事の成り行きを見守るつもりなのか少し離れた場所で見ている。
「何か用事でも?」
「あっ、いや用事というものは特に無くって……その……あの」
口篭っている男性が照れ臭そうに頭を搔く。面倒臭そうな雰囲気を出しているのが分かったのだろう。男性は少し慌てたと思った瞬間自分目掛けて飛んできた金槌を懐から出した短剣で切り裂く。その技量を見てイーグも少し驚いたように此方を見ている。
「まだいやがったのか!さっさと帰れって言っただろうが!!」
店の中から金槌を投げてきた五十代程の筋骨隆々の男性はその厳つい顔を険しげに顰めながら貴族風の男性を睨む。それに対して男性は一切怯むこと無く見返す。
「悪いがそれは出来ない。この街で最も腕のあるらしい貴方に武器を作って欲しいのだ」
「そう言いながらてめぇはなんて言った?」
「恐らく貴方では私の求めている剣には程遠い物となるだろうが一時的に使う分にはと」
その言葉を聞いたスイがうわぁっという顔をする。かなり喧嘩を売っている。だけどそれを口にはしない。実際業物にも見えない何処にでも売ってそうな短剣で投げ付けられた金属製の金槌を両断する腕前の持ち主だ。生半可な武器でも暫く持たせられる程度には技量があるのだろうが何れ何処かで折れるのは目に見えて分かる。
そしてそれを聞いた店主は怒りに顔を真っ赤にしている。当たり前といえば当たり前の反応にスイは頷く。男性は店主にそう言って興味を無くしたのかスイの方へとまた顔を向ける。
「そう言えば名前を名乗っていなかった。グウィズ・ゴルナーフだ。ゴルナーフ伯爵家の四男となる。とは言っても既に継承権などとうに捨てているが」
この状況で自己紹介を始めるグウィズに呆れた表情を向ける。勿論表情が変わらないスイのその呆れた表情は誰にも分からなかったが。そんなグウィズの態度に遂にブチ切れた店主が店の中に入って行ったと思ったらその手に無骨な剣を握り締めて戻ってきた。
その剣は確かにかなり優秀ではあるのだろう。その曇りの一片もない輝きは使い手次第では金属鎧であろうが真っ二つに出来そうではある。だがそこまでだ。超が十は付いてもなお表せない程の鍛冶師兼魔導具師である宝王トナフの作品であるグライスを持っているスイからしたら物足りない武器ではあった。そしてそれはグウィズもそうだったのだろう。どこか冷めた表情でそれを見ている。
「この剣が!そんなに悪いってのか!ああん!」
斬りかかってくるかと思った店主が剣を差し出してそう叫ぶ。そしてそれに対してグウィズは問答無用と言わんばかりに頷く。グウィズにその態度に心が折られたのだろう店主が地面に両手を付いて泣いている。むさ苦しい。それと何で私はこんな訳の分からない茶番劇に参加しなければ行けないのだろうか。
「……離れていい?」
「えっ、あっ、待ってくれ」
グウィズは私の言葉を聞くと慌てて近くに寄ろうとして一瞬にして抜き放たれたナイトメアの剣を即座に反転して逃げる。ただしナイトメアは逃げさせる向きを調整したのかグウィズは飛び退った後に背後の店の壁に頭を打っていた。
「……姫」
ナイトメアの一言だけで何が言いたいのか分かったので頷く。イーグは離れようとしているのが分かったのか近くに寄ってきた。それを見ると頭を撫でているグウィズを放って離れていく。慌てて付いてこようとしたのでナイトメアに身体を抱えさせて走って貰った。イーグは敢えて走らずにグウィズが走り出そうとした瞬間に前に出て動きを止めていた。
「……いっそこのままあの者も置いて行けばいいのでは?」
サラッとイーグを置いてけぼりにしようとしたナイトメアの頭を軽くピシッと叩く。
「ナイトメアがイーグの事を好きじゃないのは分かったけどあんまり嫌がらせしない様にね。あの子は私の大事な
「……御意」
私の言葉に少し不服そうではあるが頷くナイトメア。感情がかなり豊かなナイトメアに本当に自分が創った命なのかと疑う。けどすぐにケルベロスやヒークも最終的には普通に感情豊かな存在になっていた事を思い出す。この辺りは環境や生まれ持った性質によるのだろう。どういう条件かはさっぱり分からないが。
「グウィズか……」
妙に強かった男の姿を思い浮かべてすぐに首を振る。
「……どうされましたか姫」
「多分だけどね。あのグウィズって男。この大陸の人じゃないなって思っただけ」
「……?この大陸以外だと天の大陸、魔の大陸、獣国位しか無いと思いますがその何れかの出身ということですか?」
「違うよ。恐らくまだ未知の大陸の人だろうなって思っただけ。どうやって此処まで来たのかは分からないけれど」
そう言いながらスイは人災と同程度かそれ以上の強さを感じたグウィズの事を一旦頭から締め出す。恐らく誘ったとしてもグウィズがヴェルデニアとスイの戦いに参加する事は無いだろう。
「ナイトメア、世界って広いね」
「……?そうですね姫」
もしかしたらこの世界を旅して回ればヴェルデニアより強い化け物も存在するのかもしれない。そう考えると改めてこの世界の広さを感じた。
「本当に広いなぁ」
スイはそう呟きながらも心の中ではこう考えていた。
(だけど最後に頂に立つのは私だ。それは誰も覆せない)
傲慢なその言葉は口に出される事は無かった為に誰にも伝わることは無かったのであった。
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