第246話 小春日和亭での一件
グウィズを撒いた後は大通りにあるこじんまりとした雰囲気の良さそうな小春日和亭という名の宿に泊まることになった。まあ雰囲気というか漂ってくる美味しそうな匂いに釣られただけなんだけど。けどナイトメアは五感が鋭過ぎるのか少し嫌そうだった。後で五感の調整ぐらいはしてあげようと思う。
入った宿は家族での経営なのかかなり小さい。部屋数も六つと宿としては規模が小さい。その分安いみたいだけど。早速とばかりに十代後半の恐らく娘さんに食事を頼んだ。
「ん、お腹減ったからいっぱい下さい」
「食事の用意ですね。お部屋に運びますか?それとも一階で摂られますか?」
「一階で食べる」
「……姫」
ナイトメアとしては部屋で食べて欲しかったのだろうけどこういうのはやっぱり部屋で食べるのは違うと思ってしまう。後美味しそうな匂いを部屋に染み込ませるのもどうかなと思ったのもある。
「分かりました。食事を追加する場合は別途料金が掛かりますのでよろしくお願いします」
娘さんは笑顔でそう案内すると厨房の方へと向かっていく。待つ為一階の幾つかあるテーブル席に着く。背後でナイトメアが立ったままなのでかなり威圧感があるのか他の食事客が居心地悪そうにしている。
「ナイトメア、座るか
そう聞くとナイトメアは不服そうに席に着く。それを見て他の食事客も少しマシになったのか少しずつ話し声が聞こえ始めた。
「ナイトメア、鎧は?」
「……姫、それは」
「脱がないの?」
「騎士として何時いかなる時も」
「兜は脱がないと流石に食べられないと思うけど?」
「ですが……」
ナイトメアの兜へと手を伸ばすと逆らおうとするが席に着いているという事と人目があるからか抵抗しようとして失敗する。そのまま兜に手を掛けるとナイトメアが諦めたのかキュッと手を握って緊張しているのが分かる。流石にそれを見ると無理矢理取るのは違うと思ったので兜から手を離す。
「……姫?」
「ん、良いや。ナイトメアが見せても良いと思ったら見せて欲しい。それまでは脱がなくて良いよ」
確かに兜の下は気にはなるけれどナイトメアが本気で嫌がっていると分かったので流石にやろうとは思わない。というか何故こんなにも嫌がるのだろうか?もしかしたら人外になってしまっているのかもしれない。
その場合ナイトメア、悪夢と名付けた私が悪いと言うことになるのだが。もしそうなら謝り倒す事にしよう。
そんな話をしていたら娘さんが食事を持ってきた。黒パンにお肉がごろごろと入ってるシチューらしきものに新鮮な野菜のサラダ、果実を絞ったジュース、小さな木の実。美味しそうではあるけどそれ以上に最後の木の実に目を見開いた。
「……この木の実」
「あっ、分かりますか?それなりに貴重な代物なんですけど最近定期的に手に入れる目処が立ちましてこうやってお客さんに提供してるんです。暫くしたらお金を貰い始めますけど今は宿の食事代だけで大丈夫な試供時間なんです」
「……バレドの
「え?」
「これが何の木の実か分かってるの?」
「えっと、ごめんなさい。私は分からないです。お父さんに聞いてきましょうか?」
「要らない」
私はこの木の実を掴むと握り潰す。すると常人には聞こえないであろう小さな悲鳴が聞こえる。その悲鳴の発生源は握り潰した木の実だ。五感が鋭いナイトメアは気付いたのだろう。驚いたのか剣に手を掛けそうになっている。
「今すぐこの木の実の栽培は辞めた方が良いよ。死にたくないならね」
バレドの目掻種とはバレドと呼ばれる樹木に寄生する蔓の魔物の子供なのだ。この蔓の魔物は一切の攻撃をせず尚且つ攻撃されても何かやり返す事も無い。だけど発見次第燃やしてしまう事を推奨される危険な魔物だ。
この魔物は成長すると地下にその根を広げ疫病を広げるのだ。そして目掻種と呼ばれる寄生用の子供を産み始めたならかなり危険だ。目掻種はバレド以外の樹木にも寄生する上に人が食べると人に寄生しようとするのだ。そんな簡単に寄生したりはしないが何度も食べるとその身体に根付いてその人を樹木のようにしてしまうのだ。厄介なのは魔物に見えない事とこの木の実がかなり美味しいのだ。なので獣等はかなりの高確率で食べて身体を樹木のようにされて養分とされるのだ。
そんな目掻種の量産に成功したと言うなら間違いなくバレドに寄生させて栽培しているのだろう。ちなみにバレドという樹木には高確率でこの魔物が居るのでセットに数えられていたりもする。
「いや良いや。私から言うよ。店主さんに挨拶したいな。ここで栽培してないなら栽培している人に挨拶させて欲しい」
「えっと、わ、分かりました」
娘さんは困惑しながらも了承したので私は食事を冷めないように指輪の中に入れて木の実だけ持って厨房の方へと歩いていく。
厨房では四十代程の男性が忙しなく料理を作っている。入ってきた音で気付いたのだろう。料理が一段落したのを見て此方を怪訝そうに見ている。
「ラシャ、その子は誰だ?厨房にはあまり人を入れて欲しくないんだが」
「お父さんごめんね。この子が話があるみたいで」
「バレドの目掻種の事を知って栽培してるかどうか聞きたいんだけど。まあ知らないよね」
話している最中に首を傾げているのを見て結論を出す。
「単刀直入に言うとこの木の実の栽培をやめて。止めてもするというのなら最悪此処で貴方は殺す。これが成長しきるとこの辺り一帯は全部死んじゃうからね」
「何の話を……馬鹿な事を言うんじゃない。ラシャ、出て行かせなさい。訳の分からない妄言に付き合う程私は暇じゃない」
男性はそう言ってスイから目を離す。完全に子供の妄言だと思っているのだろう。バレドの目掻種が最初は特に何の異常も発生させないというのもそれに拍車をかけている。
スイはまあそうなるだろうなと思い勝手に移動するとバレドの目掻種が入ったボウルを見付けたのでボウルを傾けて地面に落とす。流石にその音で振り向いた男性はスイの所業を見て怒りの表情を浮かべる。
「おい!何してる!」
男性の怒りの声にも反応せずスイは無表情に、いや何時でも無表情なのだがより無表情に足で目掻種を踏み潰していく。その度にスイとナイトメアにしか聞こえない小さ過ぎる悲鳴が聞こえてくる。
「やめろ!」
男性がスイに手を伸ばした瞬間ナイトメアによってその手を止められる。
「やめてくれ……それを使って宿を立ち直らせるつもりだったんだ……それが無くなったら宿は……」
男性が泣きそうな表情を浮かべるがスイは努めて無表情に種を全て踏み砕く。その後魔力を薄く広げて他にもあったバレドの目掻種も全て踏み潰していく。その後はバレドの目掻種らしきものが見付からなかったので一安心をする。
「良かった。ナイトメアありがと」
「……いえ、当然の事をしたまでです」
男性は潰された目掻種を見てショックを受けている。仕方ないのでスイ自体に配られた木の実を使う事にする。
「いい、見てて」
スイは魔力を広げた際に庭の方に居た小さな鼠を捕まえて男性の目の前に置く。魔力によって囲われているせいで逃げる事も出来ない。
「鼠には少し悪いけれどね」
鼠に目掻種を無理矢理食わせていく。身体が小さいからか二つ程食べさせた瞬間鼠が苦しみ始める。それを見て男性も目を見開く。ゆっくりと鼠の身体の中から蔓が這い出てくると鼠自体の身体もまるで枯れ木のように灰色に変わっていく。十分にも満たない時間で鼠の原型は既に無くそこには朽ち果てて落ちてきたと思われる蔓の絡まった枯れ木があった。
「何だ……これは」
「これがバレドの目掻種。貴方が栽培していた魔物だよ」
スイの言葉に驚愕の表情を浮かべる男性。しかし目の前で見た景色が忘れられないのだろう。スイの言葉を疑うような事は無かった。
「俺はこんな危険なものを……?」
「大丈夫。バレドの目掻種が人に寄生しようとするにはそれこそ百単位で食べないとなりはしない。それだって短期間に食えばそうなるだけだから。今ならまだ間に合う。すぐに栽培をやめてバレドごと燃やす事をお勧めするよ。誰かを殺したい訳じゃないでしょう?」
「勿論だ!俺は宿を!」
「分かってる。私のお願いを聞いてくれたらこれをあげる」
そう言って指輪から幾つかある宝石を十ほど出す。
「全部あげるから必ずバレドの目掻種とバレドは全て燃やしてね。私はこの地を燃やし尽くすなんてしたくないから」
スイの言葉に男性が首を振るがその目はスイの出した宝石に向けられていた。なので娘さんにも目を向けると必死に頷いていた。娘さんは事態の深刻さが理解出来たのだろう。娘さんがしっかりしてそうだし任せる事にした。燃やしたくないとは言ったがそれは面倒だからであり別にこの地が汚染されようが正直どうでもいいのだ。未然に防げたならそれで良しというだけでしかない。
「ん、任せるね」
スイの言葉に娘さんは再度頷く。何故かその表情に恐怖があったのが気になるがもしかしたら燃やし尽くす発言に怯えてしまったのかもしれない。申し訳なく思ったのでさっさと厨房から出ると部屋で食事を摂って寝る事にした。ベッドに料理の匂いが若干付いて寝づらかったのは愛嬌というものだろう。
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