第247話 呪詛
「ん……んぅ?」
目を開けると見慣れない天井が視界に入る。ゆっくり身体を起こして指輪に魔力を通して服を取り出す。何となく赤色な気分だったのでそれを基調にした服だ。毎度思うのだがゴシックドレスというのはかなり着にくい。スイもこの世界に来てからはずっと着ている為多少手間取りはするが一人で着る事は出来る。とはいってもやはり時々は時間が掛かることもある。
「んぅ……着づらいなぁ」
これが何年も着ているならば流石に覚えただろうがスイが着始めたのは数ヶ月前の話だ。しかも最初の方はフェリノやステラに任せていた事もあり自分自身で着た回数はそう多くない。結果として少し慣れない手付きで着替えるという事になっていた。
「……姫?」
ノックの音と共にナイトメアの声が聞こえてくる。その声はかなり中性的かつ鎧に遮られているせいか男女の区別が付かない。恐らく起きた気配を察知したが中々出て来ないから気になったのだろうと思い声を掛ける。
「着替え中だから待ってて」
「……そうでしたか。失礼しました」
ナイトメアの謝罪を軽く流す。その後少しして着替え終えたので外に出るとナイトメアが直立不動な状態で廊下に立っていた。
「……ナイトメア、ちゃんと部屋で休んだよね?」
「……はい。姫のご命令だったので休ませて頂きました。体力を無駄に消耗するのもどうかと思いましたし」
その言葉通り休んだのだろう。特に何か違和感も無かったのでナイトメアを連れて一階へと降りる。どこの宿もそうだったが基本的に一階が食事のための酒場で二階以上が全て客室となっている。そして小春日和亭の客室は六つしか存在せず少ない。だがあまり客が来ないのかスイ達以外で泊まっている者は居ないようだ。
そして一階に降りるとどうやって見付けたのかイーグが食事をしていた。まあ普通に考えれば誰かに訊いただけだろう。但し何故かその横にグウィズが居てこちらも同じく食事をしていた。
「……良く場所が分かったね」
そうスイが呼び掛けると降りて来ていたのを見ていたイーグがすぐに返事を返す。
「自分の見た目がどれ位目立つか考えてくれ」
まあ確かにかなり目立つのは理解している。居ないでは無いがかなり少ない白という髪色にこれでもかと貴族っぽさを表に出すやたら綺麗なドレスに自分の見た目が整っている事も自覚している。更に言えばナイトメアという目立つ黒い騎士も居るのだ。少し誰かに訊けばすぐに見付かる事だろう。
「それもそうだね。それでどうしてその人が居るの?」
「それに関しては私から言おう。単刀直入に言おう。貴女の知り合いにアマンガドの海というものを知っている者はいないか?」
「……アマンガド?」
グウィズから出た言葉に首を傾げる。
「あぁ、陸地に存在する海と言われている。最も気高き存在達が住まう場所だ」
「それは三神って事?」
「いやこの場合は地上で生まれた気高き存在だ。死した後三神達によって連れて行かれるとも言われているな。そして貴女の持つ剣、それを作り上げた存在ならば間違い無くそこに連れて行かれたと思うのだ」
グウィズが言っている意味が分からず首を傾げる。
「ん、少なくとも私は知らない。これを作った人もかなりの大昔の人物だよ」
そう言うと見るからに落ち込むグウィズ。
「そもそもアマンガドの海に行きたいって事なら死ねば良いんじゃない?今の話だとそういう事になるけど」
「む、死にたい訳では無いのだ。そこの海の水に用があるのだ」
「水に?」
「あぁ、アマンガドの海は全ての異常を元に戻す力があると言う。その力を使いある人を助けたい。その為に遠方であるこの地まで私は旅をしてきたのだ」
「異常を戻す?」
「そうだ。この地では何と呼ばれているか知らぬがアスケーダという魔物が存在する。その瞳より放たれる光は人を容易に殺すという恐ろしき魔物だ」
「アスケーダ……聞いた事無いなぁ。どんな見た目の魔物なの?」
「そうだな……一言で言えば目だ。眼球のみが無数に浮かび一つの瞳と化すそんな姿をしているな」
「……ゲイザー?いや無数にだから……あぁ、進化体のレギオンゲイザーか。なるほど。死の間際の呪詛を掛けられたのか」
スイがそう言うとグウィズは驚いた顔をしてイーグは知らない魔物だったからか首を捻る。但しゲイザーという名前からどんな魔物なのかは分かったのだろう。少し嫌そうな表情をしている。
「あんなに面倒臭い魔物を絶滅させておかないなんて何してるの?レギオンゲイザーって事はまだかなりの数が残ってるよね?」
「私達の呪術ではどうにも対抗出来ないのだ。当然対応出来る存在は多数居る。だからこそ私達は何とか生き永らえているのだがそれにしたってそれ程広い範囲を守れる訳では無い。そして守れなかった者が……私の恋人なのだ」
「呪術……魔法かな?まあ貴方の事情はどうでも良いかな。あれは治すのも面倒だし好意で治してくれる人を見付けたら良いと思うよ」
昨日の事があったので宿で食事を摂らず外で食べようとグウィズを置いて出ようとしたら腕を掴まれた。ナイトメアが剣に手を掛けて我慢したのを見て少し成長したなあと思いながら振り返る。当然掴んでいるのはグウィズだ。
「治すのが面倒……つまり貴女は治せるのか?」
その言葉を聞いた瞬間スイは内心失敗したと感じた。特に考えずに発した言葉が面倒事を連れて来るとは思っていなかった。
「……嫌だよ。治すのは嫌だ。レギオンゲイザーの呪詛なんて喰らってられない」
「どういう事だ?」
「レギオンゲイザーの呪詛は治せない。正確には掛けられた本人を助ける方法はある。けれどそれは別の依代に移し替えているに過ぎないんだよ。それぐらい強力な呪詛なんだよ。貴方は依代を出せるの?」
「依代……どのような物が必要なのだ?必ず探し出してみせる」
「……アンデットキング、その特殊個体の白き霊王の骨一つ分、陸地を暴走する常走する蛇アザマの鱗五つ、異界の魔城の主ジーラスの血、天を貫く大樹リーファーンの朽ちぬ葉を百枚、これで依代が出来るよ」
スイが口に出した言葉でぎょっとするイーグ。それは当然だろう。スイですら集めたくないと言わざるを得ない化け物達の素材だ。白き霊王は知性ある凶獣であり話せば貰える可能性は高い。それなりに友好的な存在だからだ。だからといって会えるかと言われれば首を傾げなければならないが。
アザマに至ってはかなりの無茶だ。スイなどの上位から数えた方が早い強者なら比較的簡単ではある。ただし逆に言えばそれほどの強者でない限り取れないということでもある。単純に早すぎるのだ。しかもその巨体にぶつかれば挽肉のように潰されてもおかしくない。
リーファーンも登れるならば楽だ。ただし地上から何百どころか何千メートルも登れるならばだが。そしてジーラスに至っては普通に殺しに来る。知性ある凶獣ではあるがジーラスは白き霊王と違い非友好的。つまり人嫌いなのだ。そんな存在が作り上げた異界の魔城に入りあまつさえ血が欲しい等と言えば戦闘になる事は間違いない。ちなみにウラノリアは真っ向から頼み戦闘で打ち勝ち無理矢理奪っていた。だが普通の人がそんな事出来る訳が無い。
「……いや無理だな。私ではどうやってもその内の一つすら手に入れる事は出来ないだろう」
グウィズも冷静に考えてそう結論を出す。というかそこまでしてようやく依代に移せるレギオンゲイザーの呪詛が凶悪過ぎる。勿論程度の低いゲイザーの呪詛ならばもっと簡単な素材でいけるがレギオンゲイザーはSランクの魔物。そんな簡単には解けたりしない。だからこそウラノリア達は真っ先にレギオンゲイザーとその子供であるゲイザーを絶滅させたのだから。余りにも危険過ぎる魔物は数十種類程居たがその全てを絶滅させたウラノリア達には感謝するしかない。ただ今目の前に居るグウィズの住まう場所ではそういった事が行われなかったか行ったが返り討ちにあったかでゲイザーのような魔物が残ってしまったのだろう。
グウィズはどうやっても助けられないと悟ったのか泣きそうな表情で地面へとその視線を落とす。それを見てスイは溜息を吐くとグウィズの顔を優しく持ち上げた。
「その女性は何処?」
「今は宿屋で眠っている。いや殆どずっと寝ていると言った方が良いか」
「呪詛の症状は何処まで進んでいるの?」
「既に半身以上が黒くなっている」
「半分か。ならまだ間に合うかな?グウィズ今から言う事を聞きなさい。そうしたら助けてあげる」
「何でもしよう。彼女を助けてくれるならば」
スイは内心面倒だなと思いながらも助けるならばせめて見返りを得ようと考える。
「貴方達の大陸の話が聞きたい。いずれ行くかもしれないから」
結局こんな事で助けようとする辺りスイは話を聞いて同情してしまったのだろうなと自分で判断した。だけど偶には人助けの為だけに行動するのもありかもしれないと何処かでそう思った。
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