第269話 得体の知れない怪物
「天雷(ケラウノス)」
「
白髪の少女が放った雷撃は地面に落ちるより前に枝分かれし、その威力を大幅に減らして落ちてからの反転する雷撃が発動せずに終わる。それを見て笑みを深めた白髪の少女に対しアルシェは理不尽さを感じつつもそれを表には出さない。
「……(無茶苦茶な威力じゃの。今ので消えずに地面にぶつかりおるか)」
アルシェが放った魔法は本来ならば雷撃そのものを消し去るだけの威力があったのだ。しかし雷撃に込められた魔力が文字通り桁違いすぎて散らすのが精一杯だった。勿論アルシェの魔力量も馬鹿げた量があるので消し去るだけの威力を放つ事も出来る。だが目の前に立つ白髪の少女レベルの魔力を使い続ければ直ぐに尽きてしまう。
アルシェの身体は魔族のように物理的な肉体は持っていないが魔族ではないのだから素因の類は持っていない。無尽蔵な魔力と言っても構わないような白髪の少女や高位の魔族と比べれば赤子と大人位の差があるのだ。
「……(だからと言って負けてはやらんがの)」
これでも宝魔殿として名を馳せるだけの力は持ち合わせている。魔法戦において負けてやる訳には行かないしそもそも負ければ幾つかの街と自らの命は失われるのだ。負けられる訳が無い。
「ねえ?さっきから私の攻撃を防ぐばかりで攻撃してこないけどどうして?もっと抗ってよ。もっと楽しませてよ。もっともっともっと……私を蕩けさせて、私を愛して、愛されてよ」
白髪の少女が顔を手で覆った後に呟きながらゆっくりとその手を下ろしてアルシェを見た瞬間アルシェは自らに走る悪寒に従い全方位への結界と自分を魔力で包み転移する。
「
その悪寒の正体を転移によって少し離れた場所でアルシェが見ると凄まじい爆炎によってほんの一瞬のみ耐えた結界を粉々に砕いて爆砕する圧倒的な魔力の塊だった。
「何じゃと……」
アルシェの保有する魔力の半分近くを使用して行われたその暴虐に戦慄する。しかもそれを使った白髪の少女は既にこちらを捕捉しており魔力もほんの少し減っただけでそれさえも素因からの魔力供給によって帳消しにされてしまった。白髪の少女はアルシェを見て少し驚いているがそれは恐らくアルシェが咄嗟に使った転移の魔法に驚いているのだろう。
「……面白いね」
白髪の少女の笑みは更に深まりどれだけ逃げたとしても彼女がアルシェを逃がすことは無いだろうと十分に予想出来た。アルシェはそれに対して怯えそうになる足を少し
「……あはっ!あはははは!」
白髪の少女は
「私を怖がってる。だけどそれを抑えてこうして睨み付けてくる人は何人か見たよ。けど貴方程湊ちゃんに似ている人も居なかったな」
白髪の少女が誰かの名前を上げたがアルシェは少し疑問に思うだけで流す。
「うん、きっと私達は良い友達になれるよ。だからいっぱい遊ぼう。遊んで疲れたら一緒に寝よう。きっと湊ちゃんとも仲良くなれるよ。だから貴女は生かして
言葉の意味を理解するのは出来ない。明らかに言葉通りでは無い事は分かりきっている。冷や汗を流すアルシェを白髪の少女はにこにこと笑うだけでその心意を測らせはしない。
アルシェが弱気になりかけた自分を心中で叱咤すると同時に自らが作れる最大威力の魔法を白髪の少女へと叩き込む。
「
空間を歪ませ中に居る全てを捩じ切る魔法だ。白髪の少女がそれから離れようとして突如飛来した槍に戻される。その槍にアルシェは驚きながらもそのまま魔法を行使する。白髪の少女の表情に少し焦りが見えた瞬間その胴体が真っ二つにされる。この魔法に抵抗することは出来ない。それだけの強大な魔法なのだ。いくら白髪の少女が強かろうと抗う術は持たない筈。
アルシェは気を抜きそうになるがすぐに思い直し白髪の少女を見る。白髪の少女は痛そうに切断された胴体を見つめている。
「恐ろしいの……」
白髪の少女と切断された胴体の距離はそれなりにあるので辿り着くよりも前にアルシェが先に近寄れる。
「ふ、ふふ、あははははは!中々の魔法だね。凄い凄い凄いよ!私を真っ二つなんて人族が出来るとは思わなかった!あはははは!」
「そうか、ならばその喜びのまま今暫く封印させてもらいたいのじゃが」
「駄目、駄目だよ。まだ終わってない。終わらないよ。この程度じゃ私は。くふふ、あはははは!」
「……
アルシェの唱えた魔法が白髪の少女を覆い尽くす瞬間その顔に笑みが浮かんだ気がした。そして閉ざされた黒い空間が目の前に生まれる。これで暫くは白髪の少女は出て来れない。しかしどこからともなく飛来してきた槍は誰の物だろうか。落ちている槍は至って普通の槍だ。少なくとも魔導具の類いでは無い。
「ふむ……しかし助かったの。礼を言いたいところじゃが」
アルシェはそう言いながら前方に向かって飛び退く。次の瞬間背後から殴り掛かってきた者の攻撃が地面を破砕する。地面に手が当たっている訳でもないのにその衝撃だけで破砕したのだ。並大抵の者ではない。
「お主、何者じゃ?」
「名乗る必要があんのかい?」
アルシェの問いに答えたのは三十を少し過ぎた辺りの亜人族だ。その頭からは虎の耳が生えており虎人族である事が分かる。そしてその拳には不格好な篭手が付いている。無骨なその鈍色に輝く篭手からは魔力が流れており魔導具かアーティファクトなのが分かった。その他にも身体の至る所から魔力の気配があるので何らかの魔導具で身を固めているのだろう。
「せめて名を知らねば墓に刻めまい?」
「へえ?この俺を見てそんな言葉を吐いた奴は漏れなく全員名無しの墓になったんだよな」
「弱者しか狩れなかったのやもしれぬぞ?」
アルシェの挑発に虎人族の男が苛立ったように眉を
「ぐっ!」
激痛がアルシェを襲うが即座に転移魔法でその場を離脱する。転移によって移動した先から見ると虎人族の男が凄まじい速度でアルシェが立っていた場所を抉りとっていた。その速度は侮れない程でありアルシェは冷や汗を流す。槍を投げた誰かと虎人族の男は恐らくどちらも相当な実力者だ。二人がかりで攻めてこられたらアルシェも押し切られかねない。幸い感知能力はそれほど無いのかアルシェの場所を虎人族の男は見失ったようだ。辺りをキョロキョロしている。
岩場の影に隠れてアルシェが突き刺さった槍を引き抜こうとするとその岩場越しに飛来した槍がアルシェの腹を背後から貫く。岩を砕いて余りある威力がアルシェの小さな身体を吹き飛ばす。
「……っ!?ごふっ、かっ、ぁぁ」
アルシェは理解出来ないそれにほんの少し意識が持っていかれながらすぐに持ち直す。しかしそれは遅かったのだろう。倒れ込むアルシェの近くに虎人族の男が立つと同時にその足が振り抜かれアルシェの身体を空へと吹き飛ばす。めり込んだその足の威力にアルシェは声を上げることも出来ずその身を地面へと落とす。その際に二本の刺さった槍がアルシェの身体を更に深く突き刺したが既にアルシェの意識は朦朧としておりそれを感じることは出来なかった。
「くそ魔族が」
朦朧としながらも虎人族の男が発した言葉で何故襲われたかをようやく理解した。それと同時に感知能力が低い訳ではなく騙していただけということも理解した。
「……(声を発することも出来ぬ。我はここで死ぬのかの。まさか魔族と間違えられてこの生を終えることになるとは思わなかったの)」
アルシェはピクリとも動かぬ自らの身体に諦める。声を発することも出来ないしそもそも人族である事を証明することも出来はしない。それに六百年も生きた存在が純粋な人族とは流石に言えなかった。
「全身ぶち壊せば流石に死ぬよなぁ?」
虎人族の男が近付いてくる。それに対しアルシェはせめて痛みなく死ねることを願って目を瞑る。
「……この子は私のものなんだ。手出ししないでくれる?」
その声が聞こえた瞬間アルシェの身体が硬直する。何故だ。何故その声の主が今出て来ているのだ。間違えても封印は解いていないしアルシェの死後も発動するタイプの封印だ。なのに、何故!
「あはっ♪貴方達は要らないかな?」
白髪の怪物がアルシェの身体を抱きながらそう言い放った。
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