第268話 宝魔殿
「小国家達の纏め役。侵略国ギゾールね」
白髪の少女の前に立つのは武器を持った兵士達とその中で異彩を放つ一人の武人とでもいう雰囲気の男性だ。
「貴様が我が国の民達を殺して回っている化け物か。なるほど、こうして対峙して分かる。貴様は正しく化け物だ」
「あら、失礼な人。こんな可愛らしい私を見てそんな台詞を吐くなんて」
白髪の少女はそう言いつつも口角は上がり瞳には面白そうな色が浮かんでいる。そんな少女の格好は酷いものだった。至る所が赤黒く染まり元の色を判別することすら出来ない服に少女が握っている物を落とすと大量の指がボロボロと落ちる。
「気味の悪い女だなおい。人の指なんざどうしてそんなに持ってんだか」
「あぁ、これ?特に理由は無いよ?握り心地が良かったから持ってただけだし」
男性の問いに少女はにっこりと笑いながら答える。男性はそれを聞いて顔を顰めると自らの腰から愛剣を取り出す。煌めく銀の輝きに少女は目を眩しそうに細める。
「アーティファクトかな?真実の剣っぽいけど色が違うし何だろ?私の知らないアーティファクトだからここ千年の間に作られた物だよね?凄いなぁ。何年前のものか分からないけどこんな小国にアーティファクトを作れる人居たんだね」
少女が少し驚いたように目を見開く。その言葉を聞いて機嫌を良くしたのか男性がニヤリと笑う。
「俺だよ作ったのは。真実の剣をモチーフに作った断罪の剣バルガだ。切りつけたものの罪に応じてそいつを消し飛ばす。そんなアーティファクトでな。お前ぐらいなら丸ごと消し飛ばせると思うぜ」
「そう?試してみる?」
男性がそう言った瞬間に少女は男性の目の前、それこそ手を伸ばせば触れられる位置に立っていた。男性は咄嗟にその剣を振り抜き……少女の身体に触れたタイミングで動きが止まった。まるで硬いものを殴りつけたかのような振動と反動が男性の腕に響く。
「切りつけられなかったら意味が無いね。効果があろうと
少女の言葉が終わるか終わらないかといった所で男性の腕が飛び、足がひしゃげ、腹に穴が開く。驚いたような表情をした男性の首に少女が腕を伸ばすとその首を引きちぎった。
「ん、所詮小国の武人か…面白くなかったね」
少女はつまらなさそうに男性の手からアーティファクトを回収すると周りを取り囲んでいる兵士達へとその視線を寄越す。一様に恐怖の表情を浮かべた兵士達はそれでも責務を果たそうとしているのかはたまた逃げられないだけなのか武器を握ったまま動こうとしない。
「この国の人はそんなに面白くないなぁ」
少女は一言そう呟くと歩き始める。進行先に居た兵士が体を動かそうとしても自らの身体が倒れていることに気付く。倒れた視界には誰かの下半身があり同じように同僚達が倒れている。それを見た兵士は悟った。全員真っ二つにされたのだろうと。そしてこうも思った。せめて痛みなく死ねることを幸いとしようと。
白髪の少女は少し不機嫌そうに歩いて森の中の塔へと入る。その塔の中に居た男は横に居た少女を下げると対応する。
「どうした」
「面白くない。屑達を殺すのは楽しいと言えば楽しいんだけどね。私の楽しみ方じゃないんだよね」
「お前の楽しみ方は知らねぇけどよ。それならそう動きゃ良いじゃねぇか」
「屑に?やだよ。何でそんなのに優しくしてやらないといけないの。ねぇ、宗二。貴方で遊ばせてよ。大丈夫、殺したりしないし後遺症も残さないから」
宗二は嫌そうな表情で白髪の少女を見る。
「その屑達の国でそういう対象を見つけりゃ良い話だろ。俺やアネリを巻き込まないで欲しいんだが?」
「居ないんだもん」
「そもそもお前の楽しみ方ってどんなのだよ?それが出来そうな相手が居たら言ってやるけど」
「いじめて壊して治して癒して私だけを見詰めて喜ぶようにする?えっと、私依存症に陥らせるみたいな感じだと思えば良いよ」
「人格破壊からの飴で根底に自分を植え付けるって事か。ん?それなら別に誰でも良くね?」
「どうせなら可愛い子や格好良い子に依存して欲しいよね。あと友達になれるような子がいいな」
「友達…ね。なら……っと、いたいた。人災とかでも大丈夫か?」
「人災?ルゥイかな?」
「いや違う。むしろ逆みたいなやつだな。上手く行けばいけんじゃねぇかな。人族でありながら六百年生きる化け物。宝魔殿、アルシェ・エストフィールド。城塞都市オルディンに滞在中だ」
「オルディンかぁ。私顔を見られちゃってるんだよねぇ。流石に?元の人格に戻った時に破茶滅茶な事してたら怒られちゃうよねぇ。ギゾール国やエルン国みたいに国ごと滅ぼしたりするなら証言者居ないし良いんだけど」
オルディンが見える位置で立ち止まった白髪の少女は城塞都市と呼ばれるだけあって堅牢な壁に囲まれたその街を見つめる。
「そもそも宝魔殿って男性って聞いてたしお爺ちゃんって話をルゥイから聞いたんだけどなぁ?六百年を生きてる女の子ねぇ。宗二の情報網結構侮れないね。私も知らなかったし。そう思わない?」
「思うの。我の姿を知る者などそう多くは無いのじゃがなぁ?」
「というか私の事に気付いてくれるなんて嬉しいな。私達友達になれるかな?」
「分からんの。それにあれだけ熱心に我に対して殺気を叩き付けといてよう言うわ。気付けんかったらお主に首をねじ切られて終わりそうじゃの」
「ねじ切っても死にそうに無いのに?」
「かもしれぬが痛いのは間違いないじゃろうな。ねじ切られた事などこれまで一度たりとて無いから知らぬが」
白髪の少女の背後に立つのは少女とそれ程変わらぬ年齢の少女…に見える。だが実際はその見た目とは違い六百年を生きた存在だ。
「人工的に身体を作り変えていって魔族の身体になったって感じかな?」
「そうじゃな。流石に心の臓や脳を作り変えるときは戦々恐々としたものじゃ。じゃが案外どうとでもなるものじゃの」
「そんな簡単じゃないんだけどね」
白髪の少女が苦笑を浮かべるとそれもそうだと少女、いや宝魔殿のアルシェ・エストフィールドは笑う。
「まあの。我は天才じゃからな。お主の事を見越して見張っておって正解じゃな」
アルシェの言葉に白髪の少女が首を傾げる。
「分からずとも仕方あるまい。あの時お主は本調子とは程遠かったからの」
そう言ってアルシェが取り出したお守りを見て少女が笑みを深める。
「あぁ、体育祭の時の酒場に居たお爺さん三人組か。あれ貴女だったんだね。幽霊だと思ってたけど実在する人で良かったよ」
「あまり驚かんの?」
「まああの時アルフに怖いって抱き付いてたけど魔法なことぐらいは分かってたからね。いくら何でもそれに気付かないほど弱ってはないよ。敵対する予定もされる予定もなかったから放置しただけだよ」
「じゃが現にこうして向かい合ってるのはどう思う?」
「ん〜、変な魔族が居たせいだからなぁ。本来ならこうして会うことも無かっただろうから何とも言えないね」
「変な魔族?」
「魔族を暴走させる魔族。流石にそんなのが居るとは思ってなかったからね。イレギュラーにも程があるよ。自滅したからいいけど生きてたらさぞ面倒だったろうね」
白髪の少女とアルシェはそう話し合いながら向かい合わせのまま互いの隙を探り合う。
「それは面倒じゃの。本来ならそんなに厄介では無いのだろうがお主にとっては天敵にも等しいということか」
「私にというよりは私以外の魔族にだね。 現に私は対処自体は出来てるから」
「それでこれか。対処とは何じゃったかの?」
「……さあ?分かんないや」
「雑じゃのう。まあお主にも一応最低限のラインがあるみたいじゃし?対処出来ていないとも言い難いの」
「まあ、私が元に戻るまで多分一月は掛からないと思うけどどれくらいの強度で暴走させられてるかだよね。早ければ明日…は無理にしても明後日くらいには長ければ三週間とか?」
「至る所で国が滅びそうじゃの。お主を縛り付けておけば良いのかの?」
「出来るかな?」
「出来ずとも鋭意努力しよう」
二人はそこで会話を止めると一気にお互いに向けて走り始めた。
「
「
互いの魔力がぶつかり合い相殺され消える。二人はそれを見て笑みを浮かべると互いが互いを殺すためその命を懸けて戦い始めた。その激しい閃光は遠く居たその者らの目に止まった。
「……魔族か」
「くはっ、殺しに行くしかねぇよなぁ」
「無論だ。行くぞ壊拳(かいけん)の」
「おうさ、槍聖」
「「魔族は全て殺す」」
二つの影が新たに戦場へと向かったのだった。
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