第267話 一つの国の滅び方
「〜♪〜〜♪〜〜♪」
機嫌良く通りを歩く白髪の少女は人の目を独り占めしている。けれどそれは決してほのぼのとした雰囲気でもましてや美しいからと見惚れている訳でもない。人々の表情は全て共通して恐怖の表情だ。白髪の少女のその綺麗であったであろう色鮮やかな赤のドレスは更に赤黒い何かで彩られており少女の右手には何かが握られている。
「〜♪〜〜♪〜〜♪」
少女が右手に握っていたそれを適当に放り投げる。それは建物の壁にぶつかりグチャっと耳障りの悪い音を響かせ辺りに脳漿をぶちまける。少女はそれを見て無邪気な笑みを浮かべる。次の瞬間にはぶちまけられたそれの近くにいた男性の首にしがみつく。
「あはっ♪」
骨の折れる音を辺りに鳴らしながら男性の首がねじ曲がり一回転する。二回転、三回転、四回転目には男性の首はミチっと嫌な音を響かせねじ切れる。それまでにどれ程の苦痛を味わったのか想像も付かないような苦悶の表情を浮かべた男性の首を愛おしげに抱き締めると再び先程と同じように右手にそれを握った。
「〜♪〜〜♪〜〜♪」
少女の鼻歌だけが通りに響きそれ以外の者は決して音を鳴らさない。それは息を潜めているようにも見えるしもう音を出せないだけとも言える。人の目を集めていたのは間違いない。ただそれが動いていたかは別の話というだけである。
「エルン国。最近王族を廃して国を乗っ取った国だな」
「そこが酷いの?」
「酷いなんてものじゃない。いや正確には酷いとは思ってなかったんだろうな」
宗二が語ったのはエルン国の内情だ。簡単に言えば既に亡くなった王が重税を課し人々の生活が苦しくなったのと、そしてその税で兵士を集めて隣国に攻め入ろうとしているという噂が原因だという。だがこれはあくまで噂であって確証があったものではないらしい。
「それで?貴族達からの反乱だったの?」
「いや?貴族達は王の味方さ。だが当然私兵なんかよりも民の方が数が多いんだ。噂では化け物みたいに強い冒険者も何人か民側に付いていたみたいだし押し負けたんだろ」
そして王側が負け王族は全員処刑。貴族達も敵対していた側は全て処刑されたのだという。エルン国自体はそれ程大きな国では無いので領地等は殆ど無く貴族達が死んでも国としてすぐに崩れる事はない。
「でも民側が悪かったのでしょう?」
「ああ、そもそも重税ですらなかったからな」
宗二が言ったエルン国の内情はあまりに身勝手過ぎて逆に呆れてしまう。元々の税は約一割という凄まじい安さでありそれが原因で国庫は少しずつ痩せ細り兵士達への給金も少ない為兵士になる人も居なくなっていく。
そんな馬鹿げた税率にしたのは二代前の王でその当時はエルン国が大規模な飢饉に陥ったのだという。それの対策として暫くの間税率を下げるという話だったのに当時の王がその後すぐに死亡、受け継いだ王があまりに無能でありそのまま継続してしまう。というよりただ自分の父親の動きをそのまま真似したという感じか。その結果割を食ったのはその息子。
元に戻そうと税率を三割に戻した。しかし長いこと一割の税で過ごしてきた民達はそれを受け入れられなかった。結果として暴動が各地で起き、それらが集結、王族への反乱となり現在のエルン国になっているのだそうだ。エルン国といえばクドとヒナの祖国だ。クドは自分の父親のしていたことを知っているのでそれを受け継いでやろうとしていた。その為兵士達からその身を狙われたのだろう。ヒナは分からないがクドよりはマシとでも思ったのかもしれない。
「自分勝手ね……人の醜さが良く分かるわ」
「だがそれだけだと勘違いによる反乱だからクソとは言い難いよな。だからそこでこれを言ってやる」
宗二は少し勿体ぶった言い方で声を潜めて話す。
「民達は勘違いじゃないと分かっていたみたいだぞ」
「なんて酷い国なんだろう。ああ、王族や貴族達は真面目だったのに。民はその苦労も知らず殺し奪って笑い合う。そこらで笑顔が溢れて何事も無かったかのように過ごす。いつもと変わらぬ日常を。ふふ、あはは、あははははは!!そんな事私が許すと思う?」
少女が自らを止める門番にそう笑い掛ける。宗二から話を聞いた少女はその足でエルン国へとやってきた。そこで入ろうとしたら通行税として金貨が要求されたのだ。少女はそれを無視して入ろうとして門番に槍で止められた。そこでこの台詞である。
門番は気味の悪さを感じているのか少女から目を離さずに槍を突きつける。少女はそれを指先で掴むと一気に門番ごと引っ張ると槍が突き刺さるのも気にせずに手を伸ばして門番の顔を掴む。
「でも、私からしたら嬉しいかも。だって遠慮も手加減も無くいっぱい遊べる玩具があるもの」
掴んだそれに力を加えるとパンとまるで風船が割れる音のようなものが鳴り門番の顔が潰れる。それを少し離れた位置で見ていたもう一人の門番はえっと疑問の声を上げた瞬間笑みを浮かべた少女にその身体を引き裂かれた。
「ふふふ、あはははははは」
腹を抱えて笑う少女の身体は二人分の血を浴びて既に真っ赤だ。服の至る所に臓物も張り付かせケタケタと笑う。狂った少女は笑い過ぎて涙を浮かべた瞳から血だらけになった指先で涙を拭い門の中へと入っていく。門が閉じたときこの世界からエルン国という存在が消えた。
「〜♪〜〜♪〜〜♪」
目に付く全てを殺していく。忙しそうに動き回る大工、洗濯物を干している主婦、巡回中の兵士、呼び込みをしている店主、走り回る子供、その全てを殺していく。だけど見境無く殺している訳では無い。少女の瞳には罪を見抜く魔法が掛けられており犯罪を犯したものだけを殺しているのだ。ちなみに罪を見抜く魔法等は無いためオリジナルで作ったものだ。
大工は殺人、強姦。主婦は強盗、殺人、兵士は強盗、殺人、強姦。店主は殺人、子供は強盗と大抵の人が殺人があった。兵士達を殺したものだろうか。それ以前の罪かもしれないがその辺りはどうでもいい。
見るもの全てに罪があるのだ。ならば躊躇する理由も無い。
「〜♪〜〜♪〜〜♪」
多少殺し方にアレンジを加えたりすぐに殺さずに遊んだりもするがどうせこの国にいるような存在では少女から逃げることもまた立ち向かうことも出来はしない。ゆっくりとじっくり殺していく。少女はその快感に身を悶えさせながらも通り掛かるその全てからその命を摘み取っていく。
ゴキッ、グシャッ、ブシュッ、ブチッ、グチュッと様々な音を鳴らせるそれはまるで楽器のようだ。些か汚い音かもしれないが少女にとってはまさに天上の楽団の音楽といってもいい。
その音を鳴らす度恍惚とした表情を浮かべる少女は遠目から見ただけならば人の目を惹き付けて止まない。実態は近付けば最後。その身を引き裂かれねじ切られ無惨な姿を晒す事になるだろう。
「〜♪〜〜♪〜〜♪」
少女の鼻歌が聞こえる度身を潜めた人々は震え上がる。少しずつ近寄るそれは死神の足音にしか聞こえない。そしてふと聞こえなくなったならば隠れている所を覗き込む少女の美しいあどけない笑みが見えるのだ。
「みーつけた♪」
手を伸ばすその白い腕は雪のように白くこんな状況でなければ喜んで取ったのにと玉座の後ろに隠れていた男はまるで誘われるかのようにその腕に手を伸ばし触れるよりも前にその意識を暗闇に落とした。
少女の視界に移るものは赤色。まるで燃えているかのように至る所に赤色でペイントされたそれらは夕焼けに良く映える。喧騒のない静かなその国は美しい光景を少女の目に焼きつける。
「綺麗……」
少女がうっとりとしてその手に付いた血を拭いもせず頬を触る。もう片方の手でドレスに付いた誰かのどこかの臓物を指先で摘む。ピンク色のそれをその手で爪を立て傷を付ける。既に時間がかなり経っていたのかそれからは血が流れ出ない。
「ざんねん」
少女はそう言ってそれを投げ捨てる。残念と言いながらもその表情に残念がるものはなくむしろ楽しそうに笑みを浮かべていた。
「次は何処に行こっかなぁ」
少女が正気に戻るまでまだ時は長い。
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