第364話 エルフ達の侵攻



「グッ、ギャァァ!?」

「……十三人目」


スイは走りながら街の人達に攻撃を仕掛けているエルフの首を通りすがりに掴むと地面に叩き付ける。エルフ達は魔導具か何かで身体を覆う結界のようなものを張っているらしく即死する事が無い。面倒だが殴るよりも掴んで首をへし折った方が確実なのでそうしているのだが流石にエルフ達も襲われている事に気付いているのか移動速度を早めていて中々追い付けない。勿論最終的には追い付けるが一人一人に時間を掛けさせられている事が酷く苛立つ。


「チッ……」


舌打ちをしながら今回も微妙に死にきらなかったそのエルフの首を踏み抜く。スイの膂力から放たれたその一撃は結界をひしゃげさせてその首を踏み潰す。魔導具自体の耐久力がかなり高いらしくスイの本気の一撃でも一撃目だけはギリギリ耐えるのだ。とはいえ瀕死になるので別に止めを刺す必要はないと言えばないのだが他のエルフに助けられてしまう可能性を考えると放置も出来ない。スイに追われた状態で他のエルフを助ける選択が出来るような存在が居るとは思えないけど。


「エルフ達の数が多いしバラけているせいで追い付けない……」


スイが感知した中だけで最低でも三百以上のエルフが居るはずだが個人で動いているようで中々捕まえられない。


「これが私対策とかなら凄く刺さってるんだけど……」


実際はエルフ一人一人の実力がこの街の兵士を上回っているから纏まって行動する必要が無いだけだろう。エルフは魔力量が亜人族の中でもトップクラスに多いし身体能力も白狼族程ではなくてもそれなりに高い。普通の人族の兵士であれば手玉に取ることが出来るだろう。

この街には亜人族も居るが兵士として活動している人はそれ程多いわけではない。別に亜人族が兵士になれない訳ではなく単純に戦いに向いてない亜人族ばかりというだけだ。


「……十……四人目!」


屋根の上から強襲する形でエルフの男の首に飛び膝蹴りを繰り出す。魔力を多めに込める形で結界ごと叩き潰す。殺したエルフの目の前には既に殺された女性が壁にもたれる形で倒れていた。


「……っ!」


思わず今殺したエルフの顔を蹴り飛ばす。スイの力で放たれた蹴りにより男の首がもげ吹き飛ぶ。


「このままだとエルフを殺し切るまでに時間が掛かりすぎる……どうする?」


スイが全力で追い掛けているにも関わらず未だ十四人しか殺せていない。三百以上のエルフを殺すのにどれだけの時間が掛かるか分かったものでは無い。この街の人もそれなりに抵抗出来るのか死者自体はそれほど多く見ていないが時間が経てば経つほどその数は一方的に増えていくことだろう。


「仕方ない。街への被害が多いからやりたくないけど人命よりかはマシか……出ろ、ムンちゃん」


出てきたのは大人びた妖艶な女性だ。何処か爬虫類じみた印象を抱かせる。そしてその評価は間違えていない。


「我を出しても良いのか?この街が大変な事になりかねんが」

「建物は最悪直せる。命は戻せないから」

「……ふむ。まあ良かろう。ではヘルも出しておく事を提案しておこう。死を司るが故に人の死を認めぬ事も出来よう。とはいえ一時しのぎだろうが」

「成程、その手があったか。助言ありがとう。出ろヘル」


ヘルは元々が人型であるが故かレヴィアタンのように身体が大型化する事は無い。一応ヘルの神話の時の姿も調べたスイだが半身が青くもう半身が人肌の色とか書いてあったり腐敗していたりするなどと書いていたのを見て女神であるヘルがそうなるのは同じ女性として可哀想になったので出てきたヘルはごく普通の女の子だ。

彼女は右手に人の骨で出来た杖を持っていた。ヘルの描写を殆ど消し去ってしまったが故に適当に補完した内容が骨の杖だったのだ。骨杖の先端には女性の頭骨がありそれに蛇と犬が寄り添う形の装飾がされている。骨にどうやってそんな加工をしたのかまでは知らないし興味もない。

そのヘルはにこりと笑ってスイの傍に侍る。ヘルは何故か喋れないのだ。これは本来なら半身が死んでいてもう半身が生きているという歪な存在だからなのかもしれないし女神という生み出すのも難しい存在だからかもしれない。理由は分からないがヘルは話せないし念話なども出来ない。とはいえスイの言葉は理解している。

ヘルがその骨杖を持ち地面をコツコツと二回程叩くと地面が茶色から一気に青白く変化していきその変化に触れた場所から一気に青白い世界が広がっていく。建物も植物も一斉に変化してまるで死者の世界のようだ。いや実際にその通りなのだろう。ヘルが扱うのは死と自らが管理する冥界の権能だ。これは殆どスイが分からない。ぼんやりとしたイメージで作った為にヘルが何が出来るのかいまいち分からないのだ。これも本来なら格が高すぎるが故の弊害と言えるかもしれない。

ヘルの魔力量はスイと同じはずなのに何故か測れないという所からもスイが制御しているとは到底言えない。一応ヘルはスイの事が好きなようで言うことを聞いてくれるのが幸いか。これは他の創命体全員に言える。実はスイが完全制御している創命体は一人も居ない。神話の生物の格が高すぎるのだ。


「私が貴女達を完全に制御出来る日は来るのかな?」


スイのその問いにヘルはただにこりと笑ってスイの腕を取るだけだ。魔力量が測れないのはヘルだけだが他の創命体も本来の神話的な存在としてはまだまだ実力を発揮出来ているとは言えない。道のりは遠そうだ。


「まあ良い。ムンちゃん、大きくなって。エルフ達を殲滅するよ。街の被害は一切考えなくて良い。見付け次第喰らい尽くせ」

「ふむ。分かった。久方振りの食事だ。楽しませて貰おうぞ」


ムンちゃんがニヤリと笑みを浮かべるとその身体が巨大化していく。それと同時にその姿が鱗に覆われほんの少しの後にはそこに蛇が生まれた。スイがその身体の上に乗り動き始めた瞬間その身体がどんどん大きくなり一気に伸びていく。


『あははははは!!さあ!!エルフの肉はどのような味がするのだ!?我に少し喰らわせてみせよ!!』


ヨルムンガンドが動くにあたり建物を薙ぎ払いながらエルフを見付ける度にその口の中にその身を収めていく。ヘルの力により死者は生まれない。だからこその大雑把な行動だ。


「……被害が酷いけどね」


ヨルムンガンドであるムンちゃんが身動ぎする度に建物が吹き飛んでいく。その度に人々の悲鳴が聞こえるがスイはそれは無視した。死なないのだから諦めて欲しい。それにムンちゃんの身体が巨体であるお陰でエルフ達の進行が途中で遮られている。


「とりあえずこれ以上の進行はありえない……ムンちゃんありがとう。しばらくここで通れないように通せんぼしておいて」


ヘルの力で死なないとはいえムンちゃんに動かれて身体が潰されでもしたら蘇らせることも難しくなる。今の移動で潰された人も居るかもしれないがそれは必要最小限の犠牲としておきたい。


「……エルフを殺し尽くす為に他の人を殺す、か。馬鹿みたい」


スイは自虐の声を上げたあと首を振るとムンちゃんの身体から飛び降りる。その身体は怒りにより途方も無いほどの魔力が滾らせていた。


「……せめて今生きている人は全員生かしてみせるから」

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