第363話 戦争の幕開け



「チッ、こういう時だけ私は運が悪いんだから!」


糸目の男性の屋敷に向かったは良いものの残念な事に屋敷には執事さんしか居なかった。呪いにかかっていたあの女の子は居るだろうが未だ治っている訳でもないあの子にそんな負担を掛ける訳にも行かない。呪いは精神的に参ると進行が早まる事もあるのだ。

仕方ないので執事さんにエルフ達が攻めてくるかもしれないとだけ伝えて私は街の外へと向かって駆け出していた。既に私が感知している中だとエルフ達はもうすぐそこまで来ている。戦闘が起きるまで秒読み段階だ。


「最初から向かっておくべきだったかな……いやでも、万が一違った場合はこの街が危うい立場になりかねないし……いや、急げばまだ間に合うはず……間に合って!」


私は最短距離を進む為に屋根の上に登り街の外に向けて走った。街の外まで約十分といった所だがエルフ達は既に壁に到着している。


「これが私の杞憂で何処かの街からの避難民とかだったら良いんだけど!」


しかしその願いは叶わなかったようだ。魔力が高まる気配を感じるとその瞬間に門が破壊される。エルフ達は一斉に武器を手に中へと入り込んできた。そしてスイの優秀な目が門の傍らに二人の門番が殺されているのを確認した。また街壁の上に立っていたはずの兵士達も軒並み殺されており何人かは街の外に無造作に落ちていた。

歯ぎしりするのを抑えられない。スイは兵士達に目線のみで黙祷を捧げると翻ってエルフ達の方へと走った。エルフ達はとにかく人を殺す事を優先しているようでその場に留まらず走り抜けながら攻撃しているようだ。


「ふざけるなぁぁ!!兵士を殺すのはまだしも一般人まで殺して回って何のつもりだお前らぁ!!」


スイの目の前に居たエルフの男にスイが吠える。それに対してその男はチラッと見たあと鼻で笑った。


「劣等種如きが我等と同等であるなどと宣うのだ。天罰を授けてやらねばならんだろう?」

「は?」

「言葉も理解出来んか劣等種。これだから困るのだ」

「……そうか。排斥主張派ってやつか。昔から居たヤツらだ。まさかまだ生き残ってるとは思っていなかったけど」


排斥主張派、別にエルフに限った存在では無いが他種族をまるで認めない派閥で他種族を殺して回ろうとする過激派だ。とはいえそれは昔の大戦の余波みたいなもので今では鳴りを潜めていると思っていたのだがこの大陸では未だ燻り続けていたようだ。ちなみにこれに所属していた種族には人族や亜人族の一部も居るので一概にエルフだけが悪いとは言えない。今攻めてきているエルフ達は悪いのは間違いないが。


「ふ、ふふ、あはははは!なら遠慮無く殺してやる!決して許さない!お前達の里に居る者達も例外なく殺し尽くしてやる!」

「劣等種が、吠えるな。貴様は今この私の手で殺されるのだから」


エルフの男は他のエルフ達に先に行くよう目線で促してから私に向き合い剣を向ける。私は身体の中に眠る子達に指示を出す。


「お前が私を殺す?寝言は寝てから言え。お前程度がこの魔王である私を止められると思うな」


私は身体から他の娘達を出しながら魔力を解放していく。周囲が私の魔力の圧に耐えきれずに地面が凹む。エルフの男が思わずと言った感じで後ろに下がる。


「大丈夫。すぐには殺さない。貴方には色々聞きたいからね」


指示を出していたことからそれなりに立場が上の者だろう。こいつからは色々と情報を搾り取らなければいけない。それが終わり用済みになればその時に殺そう。


「私が……下がる?馬鹿な!こんな劣等種の子供程度に!?有り得ん!」


エルフの男は癇癪を起こした後私を血走った目で見るとその剣を振りかぶりながら襲いかかってくる。私はそれに対してグライスを振り上げその剣を斬った。ただの金属の剣程度ではグライスと打ち合うことすら許されない。男が動揺した隙をついてその腹を殴る。ボキッという音が三回程鳴り響く。男が殴られた衝撃で吹き飛び、そしてそのまま悶える。骨が折れた時の感触からして内臓の幾つかに骨が刺さったからだろう。血を吐き悶える男の腹を踏み潰す。更に骨の折れた音と内臓への深いダメージを確認した所で死なない程度に回復させてやる。


「どっちが劣等種なんだか。実力の差も理解せずただ飛び掛かるだけの猿にも劣る存在が。私は別に排斥主張派という訳では無いけど最も至高の存在として上げるなら神、その次は私達魔族だと思うよ。お前達エルフは私的には上から五番目か六番目くらいかな。だってお前達より竜族の方が強いし白狼族にお前達勝てないし。優等種だとほざくならそれなりの強さを持ってからにしてね」


私の言葉に痛みに悶えながらも男が睨みつける。


「お前のプライドだけは強いと認めてあげる。それだけだけどね。ヴィゾーブニル、こいつを見張っておいて」


私が出したのは無駄に輝いている鶏だ。鶏と言ってもその姿は巨大だ。三メートルに届かんとする程度には大きく妙に立派な尾羽を持っている。ヴィゾーブニルは人型には全くなってくれない存在で私も生み出した最初以外は見ていない。その時は確か気の所為じゃなければ凄く暗い感じの女の子だった気がする。すぐに鶏になっちゃったからあまり深く覚えていないけど。それと大きさも割と自由なようで普通の鶏と変わらないサイズにもなれるようだ。


「コケェ?」

「人型にならない?私鶏の言葉は流石に分からないんだけど」

「……コ、コケェ」


鶏が困ったように鳴く。どうも人型にコンプレックスのようなものがあるのかもしれない。別に暗い感じであっただけでそれなりに可愛い子だったと理解しているのだがこれだけ無駄に輝いている事から暗いというだけで駄目なのかもしれない。とは言っても私は生み出した子達の容姿に関しては全く触っていないのでどうしようもない。


「……まあ良いよ。とりあえずこいつの事宜しくね。あ、助けに来たやつが居たら制圧していいから」

「コケェ!コッコ!」


ヴィゾーブニルが首を勇ましく振ったのを確認してから私はすぐに走り始めた。目的はただ一つ。街に入り込んだエルフ達を根こそぎ殺す。それだけだ。





スイと別れた後私は宿に向かっていた。拓也が宿でゆっくりしているのを感知していたからだ。ちなみに私が近付く頃には拓也もエルフ達を感知していたようで臨戦態勢で宿から飛び出していた。


「拓也!」

「ルーレ、一体どういう状況?」

「スイが言うには今攻めてきているのはエルフ達でこの街と戦争状態じゃないかって」


私がそう言うと拓也は少し考える。


「ルーレは街の反対側まで逃げて。僕はエルフ達と戦う」

「私だけ逃げろって言うの!?」

「ルーレはエルフ達を殺せるっていうの?僕達と似た見た目の人を殺せる?」


拓也の問いに私は即座に答える。


「殺せない訳が無いでしょ。何年貴方達の幼馴染やってると思ってんの。馬鹿にしないで」

「……まあそう言うとは思ってたけど。僕個人的にはルーレには人を殺して欲しくないんだけどな」

「無駄よ。もう決めたから」


私の言葉に拓也は少し困り顔を浮かべる。


「う〜ん、姉さんにどう言おうかな?」

「スイなら私が勝手にしたって言えば納得するわよ」

「……否定出来ないな。まあ良いか。仕方ない。行くよルーレ」

「ええ」


私と拓也は二人ともエルフ達の方へと走っていく。道中でリーリアとリロイを見付けたが彼女達はエルフ達の動向にまるで興味が無いようで私達の方を見て手を振るだけだった。リーリアが強いのは知っているから一緒に付いてきて欲しかったけどこればかりは強制出来ない。


「ねえ……エルフ達は何の為に攻めてきているんだと思う?」

「さあ?けど戦争なんて碌でもない理由からしか発生しないよ。だから理由なんて考えるだけ無駄だと僕は思うよ」


拓也の言葉に私はもう何も言わずに前へと目を向けた。そこでは既に門が破壊されエルフ達がなだれ込んできていた。

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