閑話 神の戦争
「ドルグレイ、クヴァレ。話があるんだ」
私の言葉に反応して大きな身体を揺らしてドルグレイが走ってきた。静かな湖畔を思わせる青の瞳を持ち美しく輝く黄金の龍の身体を持つドルグレイに一見私と変わらない姿でありながら揺らめき時折別人に変わる雌雄が分からないクヴァレ。この二人と私は同格の神だ。
この世界アルーシアで生まれた所謂家族でもある。そんな私達はこの世界で思い思いに過ごしていた。しかし基本的には三人で遊ぶ毎日だ。遠い世界で身体を使った遊びを見てはそれらを工夫して遊ぶ。腹が減れば木に実った果実を食べ眠くなれば暖かな日差しが差す草原で横になる。
そんな毎日に嫌気が差した訳ではないが変化を求めた私は二人を呼び寄せた。
「どうしたのだアレイシアよ」
「話とは何かな?」
「うむ、私は神として仕事でもしてみようと思ってな。そろそろ本分を果たした方が良いかと思い君達にも」
「いや、みなまで言わなくて良い。変化が欲しいだけだろう?」
どうやら私の考えはお見通しであったらしい。まあ既に何万という時を共に過ごしたのだ。当たり前かもしれない。私は苦笑しながら頷く。
「であれば俺も生み出してみよう。一種族だけでは面倒になりそうだろう?」
どうだと言ったばかりの顔でドルグレイが言うが要は私を退屈させないためだろう。有難い話だ。しかしクヴァレが少々退屈そうな表情をしている。
「君らは良いよな。生み出そうと思えばすぐに生み出せる。私は概念が満ちてからでなければ出来ないというのに」
「なあに、すぐに生み出せるようになるであろう。生み出した者達がすぐに成長して満たしてくれるであろうよ」
ドルグレイがそう言うとクヴァレは不満そうではあるが頷いた。
「では、早速生み出してみよう」
私の言葉に二人が頷く。さて、どのような変化を齎らしてくれるかな?
人族と名付けた。捻りがないと言われたが仕方ないだろう。思い浮かばなかったのだから。ドルグレイは私への揶揄いのつもりか亜人族と名付けた。クヴァレは生み出せるようになれば魔族と名付けるらしい。センスが似通ってしまっているな。これも長く一緒にいたが故の弊害、いや違うか。
私達は生み出した者達の願いを聞き入れたり要望を叶えてやったりしてあげた。クヴァレからはやり過ぎだと何度か注意されたがドルグレイも似たようなものではないか。
この時に私達は変わるべきだったのであろうな。結果は変わらないので今更な話ではあるが。
突如として人族達や亜人族達が急激に増加した。それによって私とドルグレイは三人で遊ぶことは殆ど無くなった。元々寝る必要は無かったが寝る暇は一切無くなった。常に何処かから願いが要望が想いがひっきりなしにやってくる。ドルグレイも同じ様で苛つきながらも対応している。一人のんびりと過ごすクヴァレが正直憎らしい。
心配してくれているのは分かるが頼むから横からそっと果物を口に運ばないでくれ。しかもそういう時に限って何故女性体なんだ。人族達が微妙ににやついているのが非常に苛立つ。
遂に毎日願いを叶える日々になってきた。クヴァレが差し出す果物にすら大して気をやれない。ドルグレイも全く同じ状況だ。弱音を吐くことすら出来ない。正直辛い。
ああ、やめたい。こんな変化は要らない。
【美味しい物が食べたい】
【金がもっと欲しい】
【あいつの彼女を奪ってやりたい】
【あの店を潰して欲しい】
【あいつを殺したい!】
【あの人が欲しい】【あいつを】【殺】【欲し】【死ね】【奪いた】【もっと】【】【】【】【】
【】【】あぁ【】【】ぁぁ【】【】ぁぁぁぁぁ!【】!【】【】!!!???【】【】??
もう……嫌だ。
そうだ。こいつらが居なくなればこの生活も終わる。終わらせよう。そして再び三人で……
私の目の前に佇む少年は涙を流しながらも動こうとはしない。
「どうして……このような真似をしたのですか神様」
「もう、疲れたからかもしれない」
そう私が言うと少年は項垂れた。
「そう……ですか。きっと私などでは考えもつかないほど疲れてしまったのでしょうね。お疲れ様でした。私は皆の元に向かわせてもらいます」
少年はあの時どんな表情だったのであろうか。未だに思い出せない。
「アレイシアァァァ!!お前何してやがんだボケェ!!」
ドルグレイが怒り狂いながら私に吼える。
「何とは?私は掃除しているだけだ」
「お前ぇ……何を掃除してるんだよ」
私の下で蠢いている肉の塊か、はたまた返り血がついた我が身か。私にも何を掃除しているのか分からない。ただ言えるのはドルグレイに今邪魔されたら面倒だという事だけだ。
「ドルグレイ、三人でまた遊ぼう。遊びもかなり増えた。今度はきっと変化などいらない。三人で…いつまでも」
「アレイシア……悪い、気付いてやれなくて。だがよ、お前をここで野放しにしたらきっと後悔する。俺も、お前も!だから止めさせてもらうぞアレイシアァ!!」
吼える吼える。二人で吼える。止めたい一人と止めて欲しくない一人が争う、争う何処までも。
それに気付いたのは何時だっただろうか。良く覚えていない。しかし確実に私もドルグレイも望まぬ方向へと向かっていったのは分かった。
【人族の神アレイシア様が私達人族を守るため亜人族の神ドルグレイ様と争いを続けている。これは聖戦である!我等を脅かす者に正義の鉄槌を!亜人族を滅ぼしアレイシア様を援護するのだ!】
【人族は亜人族の神ドルグレイ様がお守りになっているというのにそれを信じず我等亜人族を滅ぼさんとやってきた。阿呆な人族共に真実を叩き付けてやれ!】
人族が叫び亜人族も叫ぶ。でもこれで私の目的が達成されるならまだ良いかもしれない。
「いや、そうはさせないよ。遅くなった。ごめんね」
クヴァレがやってきた。
【我等この世に産み落とされし魔、戦乱を鎮めるためより強い暴力で薙ぎ払わん】
何だこれは……
海が割れ山が裂け空を刻み地を砕く。人族は弱さを補うため道具を生み出した。亜人族は複数の種族が居る事を幸いに得意分野で対抗していった。最後の種族魔族は獣じみた動きで誰よりも強いその力で戦場を駆けていった。
何処までも続くと思った争いは私の敗北で終止符が打たれた。最後の一撃は私の胸に刺さったクヴァレの腕だった。
「今はもう眠れ。起きたら叱ってやるから」
どうしてだろうな。今は凄く穏やかなんだ。もしかしたら三人で過ごしていたからか?だとしたら私は本当にどうしようもないな。けれど分かった。今は眠ろう。起きた時にいっぱい怒ってくれ。
私の瞼が落ちていく。その時に見えた光景は一生忘れはしないだろう。
人族がいつの間にか戦争をやめ亜人族や魔族と話し合っている。これは未来だろうか。だとしたらそうだな。こうなれば良かったのだろう。私は抱え込みすぎたのだろうな。三人で仲良く解決すれば良かったのだ。それが今更になって分かるとは何とも愚かだ。次は違えはしない。
さてそろそろきつそうだ。だから泣かないでくれ。私が間違えそれを君達が正してくれただけなのだから。
「暫しの別れだ。元気でいてくれドルグレイ、クヴァレ」
「ああ、お前こそしっかり治してこい。でないとまた頭殴ってやる」
「おやすみアレイシア」
ああ、おやすみなさい。
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