第100話 狂神アレイシア



「まず最初に聞きたいのは……どうして、人族の神アレイシア様が此処にいらっしゃるのですか?」

「ふむ……それに答える意味はあるのかな?」


スイの緊張を帯びたその声にアレイシアはのんびりと菓子を口にしながら答える。


「私が此処に居る理由を聞くのは構わないが君には何ら価値の無い情報じゃないかい?もっと有意義な質問をすると良い。まだこの菓子の売っている店を聞かれた方が余程良いよ」


その答えにまともに答えるつもりはないという考えを見てスイは先程の嘘偽りなくのくだりは何だったのかと本気で問いかけたい気持ちになるがぐっと堪えた。


「勘違いしているようだから言うが私は本気で思っているのだ。私が封印から解放され此処でこうして生きている、その理由は君の目的に必要な情報かい?私がどうやって解放されたかもしくは解放したのは誰かを問いかけるならまだしも理由など必要ないだろう?そもそも私があの封印を自力で解けるわけがないだろう?仮にもあのドルグレイとクヴァレが施した封印だ。私だけでは不可能だよ」


そう言って肩を竦めるアレイシア。成る程、確かにそういう意味なら居る理由自体は必要ない。どうしてこの国に居るのかを聞く必要はあるかもしれないが今必要かと言われればそれに対して頷けはしない。


「ふむ……別にどう伝わっていようが私にとってはどうでも良いのだが君は神代の時代に起きた戦争について詳しく知っているかな?」

「えっと、アレイシア様が人族の身勝手な思いで狂ってドルグレイ様やクヴァレ様に喧嘩を売った……だったかな?」


突然の話題に戸惑いはしたがスイは自らの知る内容を答えていく。それに対してアレイシアは溜息を吐く。


「やはりその程度か。その内容では正確ではないね。そしてそれが私が此処に居る理由でもある」


そう告げるとアレイシアは紅茶を飲み椅子に深く座り直す。


「さてと、何から話したものかな。ふむ、一からつまり私が誰によって封印から解放されたかを話すところから始めるとしようか」


その言葉にスイもまた椅子に座り直す。それを見てアレイシアは少し笑みを深くすると語り始める。


「まず私が封印から解放されたのはおよそ八百年ほど前だ。正確には八百十七年と二月ほど前だ。解放したのは君も知っている者だよ」


スイが知る者でアレイシアに施された強固であったであろう封印を解ける可能性を持った者といえば思い浮かぶのはそう多くない。そしてその中から選ぶとすればただ一人だけだろう。


「グルムス」

「正解だ。魔導王グルムス、彼が私の封印を解いたのだよ。理由は分かるかい?」


スイは少し考えた後に答える。


「……父様の蘇生」

「素晴らしい。正にその通りだよ。彼は私に失った命を再びこの世に戻す術を聞くためにわざわざ狂った神と呼ばれた私を呼び戻してみせたのだよ」

「残りの二神に聞かなかったのは」

「当然だがあったとしても答えることはないと判断したからだろうね」

「その言い方だと無いんだね」

「無い。いや例えあったとしても私達が全力を尽くしてそれを妨害するだろう。最悪この世界を滅ぼしてでも」


そう答えたアレイシアは真剣な表情でそれを許すことはないとはっきりと語っていた。


「まあという訳で彼の望んだ答えは渡せなかったが代わりに私は彼に我が名を騙る権利を与えてあげたのだよ。まあ仮にも神の名を騙るのだ。多少の条件は出させて貰ったが」

「条件?」

「そこで私がこの場に居る理由に繋がる。私が出した条件というのはただ一つ、ドルグレイとクヴァレに私は喧嘩を売ったりはしていないという事を広く伝えて欲しいというものだ。彼等は私を止めるために力を尽くしただけだ。それを人族達は改変したようでね。少し辛抱ならなかった。故に正しき内容を歴史に刻んでもらおうと思ってね。私が悪し様に書かれるならまだしも彼等を悪し様に書く事など許さない」


激情に身を包まれているのか肩を揺らして苛立ちを見せるアレイシア。その表情は忌々しいものを見たかのように歪められていて相当腹が立っていることが分かる。

ここまで話していてスイが思ったのは狂っているとは思えないという事だ。狂神と呼ばれ封印されていた筈だがこの場に居るのはごく普通の人…ではないがそうとしか見えない。そんな疑問に気付いたのかアレイシアは微笑む。


「私がごく普通に思考し会話している事に疑問を抱いているようだね?その理由ならば簡単だよ。元から私は狂ってなどいないという答えだ。グルムスも不思議がっていたから君も同じ疑問を抱いたのだろう?」

「狂っていない?」

「その通りだ。私は……いや、そうだな。私がどうして封印されたのか狂神と呼ばれるに至った理由は、この世界における神代の時代。その時代に起きた、いや起こしてしまった戦争で私が最初に思った事が原因となる」


そこで一旦アレイシアは区切ると紅茶を飲む。そして徐にその事実を口にした。


「私はね、全てを戻そうと思ったんだ」

「全てを戻す?それって」

「ああ、何もかも無くそうと、いや正確には私達が生まれた時のようにしようとした。人族も亜人族も消し去ろうとしたんだ。最も最初は人族だけのつもりだったけれどもね」

「アレイシア様は……人族を、貴方がこの世界に生み出した命を消そうとしたのですか?」

「そうだ。何処までも身勝手に自己満足を追い求め他者を虐げ陥れ欲望のままに突き進んでいくあの姿を私は耐えられなかった。あぁ、安心すると良い。今はそんなつもりはないよ。ただその頃の私は思いを受け止めすぎて……そう、それこそ狂っていたようだったからね」


アレイシアは自嘲するように皮肉げに笑う。


「ではその事実が失われた事によってこの世界では事実が改変されてしまっていると?」


スイのその問いにアレイシアは溜息を吐きながら頷く。


「君のように一部の事実を知っている者からしたら私が喧嘩を彼等に売ったことになっているようだが違う。私は人族を消そうとして彼等に止められただけだよ。最終的に頭を冷やすように言われ封印されたけれどね。ちなみにこれだけの長い年月が経ったことについて不満はないよ。私は実際狂っていたかのように精神性がずれてしまっていたからね。修正するのにもかなりの時間を要するからむしろ動けない時間は有り難かった」


そう語るアレイシアに嘘はなさそうで特に思うところが無い事は良く分かった。


「さて、私の事はある程度語っただろう?今度は君の番だよ。君は何を目的にしてどういう方針で動いているんだい?それ次第では力を貸す事も逆に敵に回ることもあるかもしれない。その辺りはしっかり訊いておかないとね」


アレイシアから威圧感が飛んできてスイに冷や汗が浮かぶがスイは毅然とした態度でアレイシアを見る。


「私の目的はまずヴェルデニアを消滅させることです。その後三種族間での友好関係を築きます。魔族の正しい知識や貴方に関する真実を広く伝えていきます。その為に私は自身の人生を掛けます。けれどそれを他者に要求はしません。これでどうですか?」


最後だけ少し自信なさげに問いかけるスイにアレイシアは微笑む。


「良いよ。それならば私も敵に回らずに済みそうだ。彼はあまり好きじゃないから消滅させることに特に何も思いはしないよ。存分にやると良い」


アレイシアの言葉にスイは心の内で安堵する。神の思考というものはかなり読み辛い。地球に居た頃から神に関して書かれた本や小説では人間と思考がずれていたり決定的に違っていたりと不安な要素があったのだがこの調子なら基本的には変わらないようだ。勿論長命…というか寿命があるかも分からないが長く生きる者特有の考え方はあるだろうが。


「じゃあ私との会話はこれでお終いだ。君は君のやり方で目的を達成すると良い。さよならだ、小さき者よ」

「えっ?」


気付いたらアレイシアの姿が薄れていき見えなくなってしまっていた。それに対してスイは一瞬戸惑ってから小さく叫ぶと言う無駄な技術を披露した。


「唐突過ぎるよ!」


スイの言葉に微妙な疲労が含まれていたのは仕方ないことだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る