第37話 後始末



屋敷を放火した後は宿へと戻ることにする。途中の壁では一応ティルをマントのようにして顔を見えにくくしてから出ていき一気に駆けて宿まで戻る。戻る最中に火に気付いたのか衛兵達が貴族街?に向かって走っていく。それを見てスイはふと使用人達が火を付けたことになるんじゃないかと考えてすぐに戻った。助けたのに捕まって殺されたりしたら流石に可哀想だ。

到着した時にはまだ衛兵は裏に放り出された使用人達に気付いていなかったので全員を縄で縛っておいた。こうすれば少なくとも襲撃者と勘違いされることはないだろう。

作業中に衛兵が来たがすぐに気絶させて記憶を混乱させる魔法を使っておく。その後は作業が終わるまで偽装魔法を掛けて終わったらさっさと戻った。ちなみに途中の壁は乗り越えた。


「……ん?」


宿に戻ってくると何故かハルテイア達が外にいてイルゥを抱えたまま男と言い争っている。まさか子爵の部下がまだ居たのかと思って近寄っていくとどうも違うようだ。


「どうしたの?」


スイがそう訊くと男がスイに答える。どうやら和み亭の主人のようだ。


「困りますぜ。お嬢様。奴隷を部屋に入れたりしたらもう使って貰えなくなるじゃないですか。奴隷が泊まった部屋なんて知られたらどうしてくれるんですか?」

「もう何日か泊まってるのにどうしていきなり?」

「はい?何言ってんですか?適当なこと仰らんでください。そう言って泊まろうとしてるんでしょうがそうはいきませんよ」

「???」

「どうしても近くに置いときたいならそこの小屋使ってください」

「……良く分からないけど泊まれないなら良い。ハルテイア、イルゥを渡してあげて」

「はい」

「はぁ?ですからお嬢様?奴隷は入れないで頂きたいんですが?」

「イルゥは貴方達の娘じゃ?」

「その奴隷がうちの娘?そんなわけないでしょう。意味が分からない人だな」


訳が分からない男の言葉にスイは理解できない。呆然としていると男は宿に入っていく。


「えっ?イルゥは?どういうこと……?」


少しの間スイは一切動けなかった。



「……イルゥが奴隷?娘じゃないの?でも、だとしても何で今更あんな態度を?意味が分からない」


スイは先程の理解できないやり取りに混乱しながらもイルゥを抱えていた。イルゥはハッグによってかなり痛め付けられていたため衰弱しており治癒魔法で回復させ続けていた。

治癒魔法は一気に回復するが体力などは減ったままな上過剰な回復は逆に身体を壊す可能性が高い。なので瞬間的な回復ではなくじわじわと回復するようにしているのだ。


「スイ様」


考えているとトリアーナが声を掛けてきた。どうやら宿は何処も取れなかったらしい。理由はやはり奴隷を泊めたくないというもの。取れなかったことでトリアーナが少し落ち込んでいたので慰めるために頭を撫でる。


「……ん、予想はしてたから良い。じゃあ街を出ちゃおうか。もう遅いから野宿になっちゃうけど。それに……」


スイは気付かれないように周りを確認するとちらちらとこちらを見る男達が居る。見た限りでは浮浪者に見えるので宿が無いからと言って路上で寝たりすれば襲われるだろう。あの程度ならば特に何もされずに追い払えるがわざわざ面倒事を起こす必要もない。それに街の外であっても近場ならば特に魔物もいないので危険も少ない。

イルゥに関しては宿に残していき自分達だけで外に出るのが良かったのだがこうなってしまったら仕方ないので一緒に連れて出ることにする。起きたあと戻りたがったならば連れて戻るが。

スイは竜牙の皆とアルフ達と合流するために魔力を解放して街の全域に張り巡らせる。途中で天の瞳に気付いたので破壊しておく。残しておいたら面倒そうだからだ。その後魔力をゆっくりと回収していく。これで大体の居場所は分かるだろう。そうして暫く待つと竜牙の皆とアルフ達が走ってやってきた。


「スイ!」

「ん、皆襲われたりしなかった?」

「襲われ?いや?まさか誰かに襲われたのか!?」


アルフが首を振ってからスイの肩を掴む。


「襲われたけどその大元は殺したから大丈夫だよ。それより街の外に出るよ。宿追い出されちゃったから」


スイがそう言うと全員困惑したがとりあえず付いていくことにしたのだろう。何も言わず先導するスイに付いてきた。

門に着くと閉門前だったらしく出ていくことに渋られたが結局は何もなくそのまま街の外に出ることが出来た。街の外は中と違い街灯等無いためかなり暗かったがスイが浮かべた光球の魔法で暫く歩いて街道から少し離れた所にテントを張ることにした。テントを張り終えるとスイに全員が寄ってきた。


「なぁ、どういうことなんだ?」

「ん、とりあえず最初から伝えていくよ」


スイは謎の影に襲われたこと、追いかけていくと人質にイルゥが拐われていたこと、領主である子爵とその夫人、ハッグの殺害をしたこと等を全て喋ると全員が黙った。


「貴族殺しか。誰かに気付かれたら最悪だな。良くて死刑、悪けりゃどうなるか分からん。ろくなことにはならないとは思うが」


デイドが真剣な顔で悩む。


「ん?どうせ分からないから気にしなくても良いと思うよ。屋敷の中の魔導具は全部壊れてるし天の瞳も粉々にしといたから」


スイがそう言うとデイドが首を振る。


「いや、真実を見抜く魔導具ってのがあってな。それを使われたら嘘が付けないんだよ」

「それってガリアさんに使われそうになった魔導具かな?なら皆の記憶を無くしてみようか?」


スイがそう訊くと呆然とした。


「は?記憶を無くすとか出来るのか?」

「無くすとは少し違うけど封印みたいな感じかな?」

「いやいやそれでも凄いぞ。どうやって記憶なんていう曖昧なもんに魔法が使えるんだ」

「単に脳に働きかけて記憶を奥深くに閉じ込めるイメージだよ。そんなに難しくないと思う」

「脳?脳ってのは何だ?」


デイドが言った一言にスイは納得した。恐らくこの世界では内臓があることは何となく分かっていてもその内臓にどんな機能があるかは全くと言って良いほど分かっていないのではないだろうか。

考えてみたら死体を放置したりしたらアンデッド化するらしいものを解剖したりすることはないだろう。すぐに燃やしてしまうか埋めてしまうようだし。


「……説明が面倒だからやらない。脳の機能は未だに分かりきってはいないし」

「そうか。まあ良いけどよ」

「とりあえず記憶を封印するだけなら出来る。どうする?」

「あ~、まあその時が来たらしてもらいたいんだが良いか?」

「ん、大丈夫。デイドさん達がノスタークに戻ることになった時も使うね」

「分かった。覚えといても危険なだけだからな」


全員が頷いたところでスイは話は終わりと言わんばかりにテントの中に入っていった。マイペースなスイにデイドやカレッドは苦笑して自分達の仕事として見張りをし始めた。



スイはテントの中に寝かせたイルゥの前に立っていた。イルゥの身体からは既に傷は消えている。いつ起きてもおかしくないのに起きる気配すらない。


「イルゥ……大丈夫かな」


スイが心配そうにイルゥの顔を覗き込む。苦しげな表情を浮かべたりはしていない。しかしどこか生命を感じさせないのだ。それが心配で何か出来ないかとスイは治癒魔法を掛けたり魔力をあげたりした。

スイがそれに気付いたのは偶然だった。医者の真似事のように聴診器のようなものを作って心音を確認したのだ。


「えっ……音が聞こえない?」


心音が一切確認できなかったのだ。急いでスイは治癒魔法を掛ける。しかしそこで急にスイは止まった。


「……息をしてる」


心音は聞こえない。脈なども感じられない。しかし呼吸は繰り返している。スイはそれに気付くとすぐに離れた。


「……イルゥ起きてるなら今すぐ起きて。じゃないと攻撃するかも」


スイがそう言ってもイルゥは微動だにしない。それでスイは確実に気を失っていると判断すると再び近寄っていく。そしてスイが今度は手でスイの幼い胸に手を当てる。するとその内側から何かを感じられた。


「そう……全く気付かなかったよ。イルゥ」


スイが感じられたそれは素因。心音が無く脈もない、しかしまるで人族のように生活する者。スイはそれに心当たりがありすぎた。当たり前だ。まさに自分がそうなのだから。


「魔族だったんだね」


だがそれならば何故気付かなかったのか。いくら弱い魔族であってもトリアーナ達には気付いたので何かがイルゥにある筈だ。だがそれが分からない。ならばイルゥの素因自体が気付かせない何かかはたまたそれを使って分からないように工作出来る素因だろう。


「私だけじゃ起こすのは怖いなぁ。トリアーナ達を呼んでこよう」


イルゥが魔族ならば起こし方は分かった。イルゥの身体的特徴で吸血鬼であることは分かったのだ。恐らく少量の血で生活していたところを襲われて血を流したことが原因による血液の不足だろう。ただし今の状態でアルフ達の血を飲ませるのは危険だ。どれだけ飲むか見当が付かない。

スイがテントの外に出るとグラフが焚き火の近くで座っていたのでトリアーナとアルフ達を呼ぶように伝えた。すぐにトリアーナは来たがアルフ達は少し経ってから呼ぶように言ったのでまだ来ない。トリアーナに付いてくるように言ってから再びテントの中に入っていく。イルゥは出た時と変わらない状態だ。


「トリアーナ、イルゥを押さえていて欲しいの」

「押さえるのですか?気を失っているのに?」

「ん、イルゥが吸血鬼だから血を分けて起こしてあげるの。その時に暴れたら困るからね」

「吸血鬼!?そんな……気付かなかった」

「仕方無いよ。多分素因自体がそういうものなんだ。私も気付かなかったから」

「そんな……本当に起こすのですか?」

「味方か敵かは分からないけど起こすよ。多分味方になってくれるとは思うけどね」


スイがそう言うとトリアーナは頷きイルゥの身体を押さえ始めた。そしてスイはイルゥの小さな口を開けるとそこにある牙を見付ける。

スイは少しだけ躊躇ってからイルゥの唇に口付ける。そしてイルゥの牙にスイは自分の牙を当てる。なかなか当てづらかったので五分以上頑張って当てるとスイは自分の牙に血を滲ませていく。スイの牙から漏れ出てきた血がイルゥの牙に当たるとじわっと染み込んでいく。

一分ほどそのままの状態でいるとイルゥの目がゆっくりと開く。真っ先にキスをしているスイの姿に驚いたようだが血の味を感じるとすぐにとろんとした目でより牙を当てる。スイの唇に吸い付くように必死で飲む姿は母乳を飲もうとする赤ん坊のようだ。見た目は少女と幼女のキスという中々刺激的な光景だが。

現にトリアーナはイルゥの身体を押さえてはいるが間近で行われているその行為に耐えられなくなりひたすら目を逸らしている。


「はぁ……ん……むゅ……はっ」

「んぅ……はぅ……くちゅっ……」


二人が互いに暫く貪るようにキスをしているとイルゥの動きが治まってきた。スイはそれに気付くとイルゥの唇から唇を離す。少し名残惜しげにイルゥはスイを見てそして固まった。


「あっ……あぅ。私、えっと、あう、あの私はその」

「大丈夫。分かったから。イルゥが吸血鬼なことも素因が改竄とかいうやつなのも。イルゥは改竄を使って宿の娘として居座り自分の記憶も改竄したんだね」


スイがそう言うとイルゥは驚いた表情をしたがスイの唇から覗いた牙を見付けてすぐに安堵の表情を浮かべたがすぐにトリアーナに気付いて表情を硬くする。しかしトリアーナがそれに気付き自分の牙を見せたことですぐに柔らかくなった。


「お姉ちゃんも吸血鬼だったのですね。初めて同族に会ったのです。お姉ちゃんの推測通りなのです。ついさっきまでは記憶改竄されていたのですけど気を失ったせいで改竄が消えたみたいなのです」


イルゥがそう言うとスイはゆっくりとイルゥの頭を撫でる。


「お姉ちゃん?」

「……イルゥ」

「何です?」

「イルゥさえ良ければ私がイルゥのお姉ちゃんになりたい。あの街はもう壊れるから一緒に連れていきたい。駄目?」

「むしろ私から一緒に連れて行ってほしいって言うのです。でも何であの街が壊れるです?」


イルゥが問うとスイはにっこり笑うとイルゥを抱えてテントの外に出る。そしてスイは街の方角を見る。イルゥが釣られて見ると理由が良く分かった。

街の上空な四メートルはあるであろう三つ首の巨大な犬がその首から炎を吐き出して街を焼いている。当然迎撃もされているのだがその身に纏う炎によって全て意味を成していない。しかも犬だけではなく他にも居るようだ。遠すぎて影しか分からないが人の姿のように見える。それらが街に向かって炎を放ったり巨大な魔力による衝撃波で建物を薙ぎ払っていく。


「あれは一体何なのです?」

「私の魔法のケルベロスと…何か他にも居るね。あっちは知らない。多分味方だとは思うけど」


スイの言葉に不安そうにするイルゥだがスイが頭を撫でると安心したのか緊張が無くなる。


「そう言えばお姉ちゃんと血の交換をしていたですが良く出来たですね?私の牙は微妙に遠くてやりづらかったと思うですが」

「ん、五分ぐらいかな?牙を当てるのにそれくらい掛かったよ」

「……ならお姉ちゃんと私は二十分以上キスをしていたです?」


イルゥが顔を赤らめながらスイに問うとスイもまた顔を少し赤らめて頷く。


「キスは初めてだったのに凄い激しいのです」

「私もだよ。思った以上に血の交換って激しいね」


その言葉を聞いていたトリアーナが頭を抱える。当たり前だが本来ならあそこまで激しくない。二人が多少我を忘れたからああなっただけである。


「とりあえずイルゥは私達と一緒に行くってことで良いかな?」

「お願いするのです。記憶の改竄がまだ残っていたなら戻りたかったかもですが今はそんなことないのです。むしろ戻りたくないのです。あの宿も適当な人を選んだだけですし」

「そっか。ならこれからよろしくねイルゥ」

「はいです!よろしくですお姉ちゃん!」


そう言って笑ったイルゥの姿にスイは微笑んだ。

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