第36話 醜悪なる人、堕落した獣、殺戮する魔
適当に壊しながら進んでいき邪魔をする者はとりあえず壁に埋まるぐらいの力で殴り飛ばして進んでいくと妙な違和感を感じそちらの方に足を向ける。進んだ先は部屋になっていて壊れた壁から見えた限り他の部屋より少し小さくなっている。
何の違和感を感じたのかが良く分からなく少し立ち止まって考えていると、微かにしかし確実に声が聞こえた。
「……お………ち………」
声は壁に埋め込まれた本棚から聞こえた。本来は順序や仕掛けをクリアしなければ開かないのだろうがスイは無造作に棚に向かって回し蹴りを放つ。棚は粉々に砕けその後ろに扉が出現する。その扉をスイは回し蹴りをした勢いのまま左腕を叩き付ける。轟音が響き扉が吹き飛んでいく。
「……呼んだ?」
そう問い掛けながらスイは現れた階段を降りていくと血を吐き明らかに致命傷を負っているイルゥに跨がって自分のものを取り出した執事風の男ハッグがいた。ハッグは慌ててズボンを履き即座に懐から短剣を取り出す。
「驚きましたよ。まさかこの地下室を見付けるとは……しかしここでは貴女の自慢の魔法は使えませんよ」
どうやらハッグはスイが魔法で轟音を鳴り響かせていたと思っているようだ。まあスイの華奢な身体で殴ったり蹴ったりしただけで壁が崩れたりするとは思えないだろう。
「……イルゥ、貴方はイルゥに何をしたの。どうして血を吐いているの。どうして動かないの。どうしてどうしてどうしてどうしてどうして!!!!」
スイはハッグの後ろでピクリとも動かないイルゥを見て叫ぶ。その姿は普段とはまるで変わり憎悪や怒りに満ち溢れた悪鬼のようになっている。地下室に刻まれた魔力の霧散という術式がなければ溢れ出した魔力で致命傷どころか屋敷が崩壊していてもおかしくない。
「……イルゥ?あぁ、この娘ですか。この娘は貴女を呼ぶ人質でして。貴女が来る前に少し楽しもうと思っていたのですが残念です。まあ貴女を捕らえた後ゆっくり楽しめば良いのですがね。ちなみに貴女で楽しむのは私ではなく私の主人が楽しむことになるでしょう。何故そんな事を教えるか分かりますか?」
スイはハッグをちらりと見ると無造作に近付く。すると地下室に設置された罠が発動する。壁から槍が突き出て雷撃が飛び出し返しが付いた網が降り注ぐ。スイはそれらを全て受け、その上でハッグに近付き一瞬で加速すると腹を貫く。
「ぐふっ」
ハッグはその状態でスイの右手を斬り付けるとスイの右手が切り落とされる。スイは自分の切り落とされた右手を見てハッグを見る。ハッグの姿は先程までの姿の執事風の男から執事風の熊に変わり始めていた。
「……亜人」
「えぇ」
「……どうして?」
スイの言葉は少なかったがそれで伝わったのだろう。ハッグは殆ど熊に変わった顔を器用に歪ませ笑みを浮かべる。
「私の主人と私の趣味が一致したから…ですかね?」
「そう……つまり私の敵だね」
スイは一歩踏み出そうとして身体が痺れるような感覚に一瞬硬直する。
「あっはっはっはっ!効き始めたようですね。思った以上に丈夫で驚きましたよ。実はこの地下室には身体を痺れさせる色々なものが置かれているのですよ。流石に一つでは耐性があった時に効きませんからねぇ。わざわざ貴女のために幾つも用意したのですよ?中には感度を良くするものも入れていますので充分に楽しみましょう」
ハッグが高笑いをするのを見るとスイは静かに自分の膨大な魔力を放出していく。地下室に刻まれた魔力の霧散は魔法を使う上ではかなり邪魔になるだろう。だが使えないというわけではない。通常使う魔力の数十倍にも及ぶ魔力が込められればそんなものは意味がない。
「……
スイの全身から無色無臭の気体の毒が発生し始める。その毒は指向性を持ち目の前で笑うハッグに向かう。ハッグは亜人ならではの感覚に従い逃げようとしたが既に遅い。ハッグは何が起きたかも分からずに膝をつく。
「は?」
スイはゆっくりとハッグに近付いていく。歩いている最中に切り落とされた右手を掴み切断面に合わせると自然に繋がる。床を全力で踏み砕き術式を破壊するとハッグの目の前に来る。
「何故動けるのですか?何故私の身体が動かないのですか?来るな。来るなぁ!」
「黙れ。
ハッグを無理矢理寝かせて悪夢を見させるとすぐにイルゥの元へと向かう。
「……お……姉ちゃ……ん?」
「ん、もう大丈夫だから。ごめん。本当にごめんね」
スイは傷を治していく。痛みを感じないように痛覚は麻痺させている。治療の最中に安心したのかイルゥは目を閉じた。呼吸は安定したので危険な状態は脱したと見ていいだろう。
「……まずはイルゥを移動させようか」
そう呟いてスイはイルゥを抱えると屋敷を出て行く。
「アトラム」
呼ぶとアトラムがすぐに走ってくる。
「イルゥを宿まで連れていって。それとトリアーナ達も呼んで屋敷を囲ませておいて」
「分かった」
アトラムは了承するとお姫様だっこでイルゥを抱えて走っていく。スイはそれを見届けると再び屋敷へと入っていく。
スイは屋敷内を歩き回りながら時折見付けた執事やメイドらしき人も抵抗する人は全て殴り倒して気を失わせる。抵抗しない者は今のところ居ない。殺さないのは情けなどではない。ただ単に殺して回るより一ヶ所に集めて殺せば楽だからだ。気を失っていれば魔法で後から幾らでも運べる。別に出会う度に殺していっても良いのだが、万が一何も知らない者が居た時は可哀想かなとも思ったのはある。
「ハッグはまだ起きないから先にブルノー子爵かな」
そう一人呟いて部屋を探し回っていく。そして三階の一番奥、寝室でスイは見付けた。轟音を響かせていたからか起きていたその男の右手には装飾が沢山付いた剣が握られている。ただ身体が太っているせいでまともに振れそうには見えない。
「……みつけた」
「貴様は誰だ!私が誰か分かっているのか!」
「ブルノー子爵」
「な、分かっていて私を襲撃するというのか!?正気か貴様!?私が襲われたとなればイルミア帝国が黙ってはおらんぞ!」
「……誰が襲ったか分からなければ大丈夫だよね?」
「何?」
「だから……全部殺しちゃえば分からないよね?」
スイはゆっくり歩いていくとブルノーが剣を振り下ろしてくる。スイはそれを掴むと指輪にそのまま入れる。
「何だと!?」
「とりあえず貴方には色々な事をするね。イルゥに手を出したことを後悔させてあげる」
スイは逃げようとしたブルノーを蹴り飛ばして転がすと後ろから首を掴み持ち上げる。
「はっ、離せ!私はイルミア帝国の貴族だぞ!分かっているのか!」
「うるさい。もう貴方はただ死ぬだけなんだから喚くな囀ずるな」
スイはそういうと寝室に土壁を作り整形していく。その形は徐々にある動物の姿を作り出した。
「上手く出来たかなぁ。まあ出来てなくてもいっか」
その動物の姿は雄牛。スイが知っている有名な拷問器具ファラリスの雄牛をイメージして作り上げたのだ。スイは真鍮にしようか迷ったが錬成で感応石にした。熱くなるものであればいけるだろうと思ったのでわざわざ真鍮にする必要もないと考えたのだ。見た目的に感応石だと色が薄くて微妙な気分だったので一応金色には変えた。
そして胴体の部分を開くと掴んだブルノーを中に入れる。出られないように錬成で扉は消して雄牛の下を灼火岩にする。すると中で動いたのか灼火岩がすぐに火を出した。直接当たっているわけではないので火がブルノーに当たることはないが感応石が火に反応し徐々に熱くなってくる。スイはそれを見ると雄牛の口に水を出す術式を刻んでおく。
「きっと熱くなるだろうから水が出るようにしてあげたよ。感謝してね?」
スイはそう言うとその場から離れた。勿論生かすつもりなどない。水が出るようにしたのは慈悲などでは無い。熱くなって飲んでも火は付きっぱなしだ。熱さから逃れるために水を飲んでもそれ以上の熱さで焼かれる。つまり飲めば飲むほど自分が苦しむ時間が長くなるだけなのだ。いずれ飲む気力もなくなり焼かれて死ぬことになるだろう。まあ先に熱湯になった水で茹でられるかもしれないがどんな死に方だろうと大して興味などない。
「次は夫人かな……あの人と結婚したことを後悔すれば良いよ」
スイから溢れ出した魔力で屋敷内は結界が張られている中ブルノー子爵夫人は必死に逃げていた。自分の夫が何らかの化け物の尾を踏んだことで屋敷が襲撃されたのだ。
夫人は夫に見切りを付け宝石や金を持てるだけ持ち侍女と一緒に逃げていた。夫人に子は居ないため身軽である。あのブルノーの子を生みたくなかったというのが本音だが。
「全くあの人はいったい何をしたの!?どうして襲撃なんてされてるのよ!!」
ヒステリックに叫ぶ夫人を侍女は冷めた目で見ていた。侍女は元々この家に仕えるものではない。冒険者ギルドから派遣されてきた冒険者で臨時の侍女代わりになっているだけだ。夫人が自分を連れてきた理由は単に戦えるからにすぎない。使えなければ盾にして自分だけ逃げるのだろう。
廊下を吠えながら歩いていると侍女は違和感に気付いた。この廊下はこれほど長かったか?あそこに部屋は無かったか?どうして人の声が聞こえない?それに気付いた侍女はそっと夫人から離れた。ヒステリックに叫ぶ夫人は全く気付かないままそのまま去っていった。侍女は小さく呟く。
「私は冒険者です。依頼で居るだけです。殺さないでください。私は冒険者です。依頼で……」
「分かったよ」
答えなど期待していなかった侍女改め冒険者は声のした方を見ることはしなかった。その声の主が屋敷を襲撃した者であることは分かりきっている。顔を見ればもしかしたら口封じに殺されるかもしれない。そう考えた冒険者は壁を向いて座り込んだ。その様子に苦笑したような雰囲気の声の主はそっと近寄って首に優しく手刀を下ろした。冒険者はああ、よかった。助かったと安心した。
スイは目の前で自分の身を最優先にして全力で見ない振りをした冒険者を逞しいなぁと思いながら手刀で気を失わせる。それ以上に依頼第一の筈の冒険者に普通に見捨てられた夫人は子爵と同レベルの人と言うことだろう。スイはそう考えると魔法を編む。夫人を絶望させて殺す拷問じみたホラーな魔法を。
夫人はいつの間にか消えた侍女を考えて屋敷を襲撃した者に殺されたのだろうと考えた。どれだけの力を持つ襲撃者か分からないため気付かれずに殺すことも可能かもしれないと考えたのだ。
「私はこのようなところで死ぬ人間じゃないのよ。殺されてなるものですか」
夫人は後ろを振り返りながら走る。何故か階段が見当たらない。突如後ろで足音が聞こえたので慌てて近くの扉を開く。そして夫人は叫んだ。何故なら開けた扉の内側に自分達に仕えていた執事が張り付けられていたからだ。眼窩は落ち窪み指は全て折れている。口の端は肉が削ぎ落とされていて骨が見え、耳は切り落とされ鼻はなくなっている。そんな状態でも生きているようで口から意味のない呻き声をあげている。
「いやぁぁぁ!?」
夫人は叫び走り出す。廊下を曲がると壁に床に天井にあらゆるところにメイドが執事がいる。その全てが悲惨な目に遭っていて杭のようなもので張り付けられているだけならまだ良い。全身が骨と内臓だけのようになって生きている者もいる。何故生きているか分かるかというと顔だけは殆ど原型通りに残っていて何かを伝えようとしているからだ。
「あっ、あぁぁ!?いや、いやぁぁぁ!?たす、たすけて、誰か助けてぇぇ!!」
後ろには怪物がいる。前にはメイドや執事がいるが助けたりはせず走り抜ける。時折床に埋め込まれるかのようにいる者を踏みつけるがそれすら煩わしいと言わんばかりに踏み抜いてひたすら走る。
どこまで走ってもメイドや執事が張り付けられている。三十分は走ってからようやく屋敷の入り口についた。駆け込みながら扉を開きそして固まった。扉を開いて外に出た筈なのに自分が寝室にいる。恐る恐る振り返り自分が入ってきた扉が消えるのを見た。
寝室には見慣れない金色の雄牛がいる。何故か下から火が出てきていて少し危ない。その雄牛はまるで本物のように鳴いている。しかし夫人が見ている最中に雄牛の身体が徐々に透けてきて、中に自分の夫がいるのを見た瞬間ぺたんと床に尻餅をつき動けなくなった。自分の夫が火で炙られ必死に水を飲んでは熱さとの落差で更に苦しんでいるのが見えたのだ。助けようにも既に雄牛の身体はとてつもない高温になっている。触れば火傷どころか服などが触れた瞬間燃えてもおかしくないほど熱くなっている。
灼火岩を抜くことも出来ない。あまりの熱さにまず近寄ることがまともに出来ないし噴出する火は殆ど爆発に近い。触れたら腕ごと吹き飛ばされるだろう。自分の夫を助ける術はないと言ってもおかしくない。夫人が使える魔法は風系統なのでどうも出来ない。そもそも灼火岩はこの雄牛とどうやってかくっついているため弱い風だと火を強めるだけだ。
「あ、あはは……わ、私もこうなるの?」
「さあ?貴女次第のつもりだったけど……その指輪を見たら気が変わった」
夫人がゆっくり振り向くとそこには少女がいた。白い髪に翠の瞳。歳は十二、三といったところか。かなり美しい少女だ。歳を経れば更に美しくなるだろう。その美しさが少女を更に恐怖の象徴として魅せている。
夫人は自分の指に嵌めていた今まで見たこともないほど豪華な指輪を外すと少女へ渡した。きっと自分は死ぬだろう。どうしようもないほど嫌な人間だったのは自分で分かっている。だからこれは仕方ない結末なのだ。少女は自分が死ぬのを恐れていないのが不思議だったのだろう。少し首を傾げそれでもその手が自分の首を貫くのは止まらなかった。
スイは自分の手に貫かれた夫人を見て微妙そうな表情を浮かべると夫人をベッドに寝かせた。何となくそうしたくなったのだ。ブルノーは未だ焼かれたままだがもうそろそろ死ぬだろう。雄牛の水を満タンになるまで出すと灼火岩を思いっきり蹴る。するととてつもない熱量を発し一瞬で水が沸騰した。
雄牛はそのまま放置して地下室に向かう。地下室で雄牛を作った時のようにアイアンメイデンを作り、その中にハッグを入れて一気に閉めた。すぐに死なないように臓器を傷付けないようにしたためずっと苦しむことだろう。
万が一出てきた時用にギロチンで上半身と下半身が裂かれるようにしておいた。ギロチンは逃げられても面倒なので八個程並べしゃがんでも飛んでも逃げられないようにした。質量はこの屋敷と変わらないくらい凝縮しまくったので受け止めることも出来ない。放置しても勝手に死ぬだろう。
スイは屋敷を歩き回るとメイドや執事を魔法で集めた。その中には冒険者も居たがそれは外に放り出しておいた。メイドや執事に魔法で無理矢理記憶を読み取ると殆どはブルノーやハッグと一緒に悪事に手を染めていたので一息に殺した。拷問するのが面倒だったからだ。脅されて仕方無く悪事に手を染めた者やそもそもしていない者は冒険者と一緒に外に放り出した。
スイは外に出ると屋敷に火を付けた。数ヵ所で火を付けたので消火も出来ないだろう。スイはミティック達を呼びその場を離れた。後に残ったのは燃えた屋敷跡と数人のメイドや執事だけだった。
ちなみにミティックはさりげなく屋敷内の金目の物を持ち出していたらしく数個はメイドや執事に与えて後はスイに渡したらしい。そのお陰でメイドや執事が路頭に迷うことは無かったらしい。それを聞いたスイが良くやったとミティックを誉めたのはその数日後だった。
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