第35話 怒り



夕方頃になり丹戸に冒険者としてやっていくのならば依頼を受けなければいけないことをスイが言うとアウル達を引き連れて丹戸はギルドへと向かった。

アウル達と模擬戦をしたので鍛練を今日は中止にして思い思い過ごすように言ってスイは和み亭で休むことにした。シェアルには見て回るような観光名所のようなものも無い上に街自体の雰囲気も悪いので移動して回ろうと思えないのだ。なのに一週間も宿を取ってしまったので若干後悔している。

スイが適当に宿の横にある小さな公園で微睡んでいるとスイを取り囲むように何かが来る。何かと言ったのは取り囲んでいるのが人じゃないからだ。


「ふあぁ、何?誰かな?」


スイの周りに立っているのは黒い人影でありそれぞれ剣や槍を持っている。どう見ても好意的な存在ではないことは明白だがスイは一応問い掛けた。すると人影はそれぞれが持つ武器で攻撃してくる。スイはそれを見ながら軽く腕を振って弾くとその場で一気に加速し剣を持った人影を貫手で貫く。どろっとした液体の中に手を突っ込んだ感じで気持ちが悪い。

貫かれた人影はそのままの状態でスイを掴もうとしてきたので即座に離れる。ぶちぶちっといった感じで手が引き抜かれる。


「素手で戦うのはやめた方がいいかな?」


スイは腰の剣帯からグライスを取り出し魔力を込めて切り裂く。グライスの攻撃は有効なのだろうが人影はすぐに離脱してしまい完全に切り裂くことが出来なかった。暫く待つと切り裂かれた場所も回復するようで意外に面倒くさい。


「こいつらの戦い方どっかで見たことあるんだよね」


スイは変な違和感を感じる。対峙する人影の動き方や武器に既視感があるのだ。スイは自分の記憶や知識を参照してそして歯を食い縛った。


「ああ、ああ、思い出した。そうか。貴方達は、父様の部下の……」


スイの知識の中に存在する魔王ウラノリアの記憶、その中に居た出会い、笑いあった友人達の姿がその人影に当てはまっていく。その友人達は亡くなっていった筈だ。


「魔導具なのかアーティファクトかは知らない。けれど……死者を例え幻影なのだとしても使う道具は必ず壊してやる」


スイは膨大な魔力を解放する。そしてその魔力を使い幻影を塗り潰していく。幻影に魔力を送るためのラインを見付けたので遮ろうとする幻影を殴り、切り裂きながら走り抜けていく。その目はシェアルの中心部。一層目の方へと向いていた。



「いらっしゃいませ~!!」

「この娘か?」

「ああ、聞いた通りの姿をしている。間違いない」

「あの?お泊まりさんです?」


和み亭に来た五人の男達はイルゥを無視して会話を続ける。その不穏な雰囲気にイルゥが戸惑っていると男達が迫ってくる。本能的に危険を感じるとイルゥは逃げ出す。男達はすぐに追い付くとイルゥを捕まえる。傷付けることはしなかったためか指輪の回盾の魔法は発動しなかった。但し、伝達の魔法は発動してスイにイルゥの危険を教えた。


「おら!逃げるんじゃねぇ!」

「あうっ!な、何するです!?」

「てめぇは娘を捕まえるための人質さ。まあハッグさんの玩具でもあるがな」


にやにやと厭らしい笑いを抑えずにイルゥを捕まえる。一人の男が睡眠スリープの魔法を使いイルゥを眠らせる。ぐったりしたイルゥを男は担ぐと懐から手紙を出し針でテーブルに押さえるとさっさと出ていく。その姿をハルテイア達は見ていたが戦う力を持たないために男達を睨むように見るだけにした。


「ハルテイアさんどうしたら良いのでしょう?」


熊耳の男の子がハルテイアに問い掛ける。


「そうね。私達が出来ることなんて大して無いけれど……あの男達を追ってみましょう。手紙を読む限りこれはスイ様を捕まえるための人質としてイルゥは連れていかれたみたいだし何処に捕らえられてるかを知るだけで良いわ。万一にも私達が捕まることだけは避けないといけないから尾行には細心の注意を払うわよ」


そう言うとハルテイアは狸の耳を持つ少女を宿に一人残すと全員で追いかけ始めた。途中で一人ずつ残り目印となっていく。その行き先は徐々に一層目へと移動していった。



「何ですかねこの黒いのは」

「さあ?分かんねぇけど殴り飛ばしとけば良いだろ。敵みたいだしな」

「そんなのだから貴女は脳筋だと言われるのです」

「ああん!?」

「まあ、今回に至ってはそれで正解だと思いますが」


ミティックとアトラムの前に居たのはスイを襲った黒い人影。二人で言い争いながらも拳で足で人影を一撃ごとに消し飛ばしていく。スイのように貫くのではなく衝撃を拡散させることで身体が捕らえられたりしないようにしている。


「私達を襲うということは間違いなくスイ様にも来ている筈。これらは幻影のようですしさっさと大元を壊しに行きましょうか。アトラム先陣は任せました」

「了解だ!全部ぶちのめしてやるぜ!」


アトラムが魔力を全身に回すとほんの少しだけ炎を纏う。炎を纏いながらアトラムが人影に当たりながら走り抜けていく。その後をミティックが追う。アトラムが走り抜けた場所には焦げた臭いと強烈な踏み込みによって道が陥没していった。



「……魔力のリンクを切ったみたいだね」


スイの目の前には一層目と二層目を区切る壁がある。先程まで襲い掛かってきていた人影はいつの間にか姿を消していた。


「それにしても誰も気付かないのはどうして?結構な音が鳴り響いてたと思うんだけど」


そうスイは途中立ち塞がる人影相手に弱めではあるものの魔法を撃ったりしていた。その時にはかなりの爆音が響いた筈なのだが周辺の家から人が出てくることはなかった。それ以上にそもそも走っている最中に人の姿を見なかったのだ。


「何かこの街に強力な魔法か魔導具がある。人払い?いや隔離結界とか?流石に無いか。なら幻想剥離かな?それならやれそう」


隔離結界は次元そのものをずらし全く一緒でありながら異なる現実を創る強力な結界だが使う魔力量は恐ろしく多い。スイですら一分も使えない。幻想剥離は言葉通りならかなり高度な魔法っぽいが効果はそうでもない。とはいっても要求する魔力量はかなりのものだが魔導具を介せばそこまで使わなくても良い。発動者の思う非日常の光景を他者に見せないというだけの効果で見るという強い意思があればすぐ意味を無くす不完全な限定隔離結界と言っても良い。


「どっちでも非公開で私を殺したかったってことだよね。なかなか笑わせてくれる……」


スイは苛立ちのままに人通りが復活し出した道の真ん中で地面を踏み抜いた。戻ろうとスイが振り返ると隠れているハルテイア達を見付ける。


「ハルテイア?」

「えっ……スイ様?どうしてここに?」

「それは私が聞きたいんだけど」

「あっ、それはイルゥが男達に拐われたからです。私達は挑んでも勝てないでしょうから男達を尾行していました」

「そう……ああ幻想剥離だね。そのせいで私に伝達されなかったんだ。ならハルテイアはその男達を尾行して他の子は宿に戻って良いよ。あとは私がやるから」


スイがそう言うと恐縮しながら戻っていく。スイの苛立ちを感じたので素直に従ったのだ。


「ハルテイア、男達を追うよ……私を襲わせたのはイルゥを拐う時間が欲しかったから?ふざけるな。絶対殺す」


スイの目はかつて無いほどの怒りに染まっていた。



男達はイルゥを抱えながら壁を普通に越えていく。それを見たスイは更に苛立ちを増す。


「門番もスルーか……本当最悪だね」


スイは門番の顔を覚えると金だけを払って壁を越える。


「スイ様?あの門番は良いのですか?」

「分かりきったことは聞く必要ないよね」

「は、はい」


ハルテイアはスイのことを横目で見て身体が震えるのを抑えられなかった。苛烈なまでの怒りが全身から溢れていて道行く人がそれとなく避けるまでになっていたのだ。

少女が怒っているのではなく魔族の中でも魔王と呼ばれる程に強いものが怒っているのだ。その怒りの一片に触れただけでも訪れるのは消滅だ。ハルテイアが震えるのは仕方無いであろう。

しかし、そんなことを知らなければ絡む馬鹿も居るということだ。スイの目の前に男達がにやにやしながら立ちはだかる。


「よお、嬢ちゃんそんな不機嫌にしてどうしたんだい?」

「俺達が気持ちいいことして機嫌を良くしてやろうか?」

「大丈夫大丈夫。最初は気分悪いかもだがすぐに自分から求めるようになるからよ」

「腰の振り方はかなり良いんだぜ?」

「ぎゃははははは!!」

「…………死ね」


スイは何の躊躇もなく男達に魔法を放つ。撃つ魔法は獄炎ゲヘナ。スイのイメージは罪を燃やし尽くすまで決して消えない炎だ。獄炎を放たれた男達は反応するよりも前にあまりの火力に殆ど一瞬で炭化する。しかしこの魔法の恐ろしいことはその炭化した状態ではまだ死んでいないということだ。

スイは炭化した状態で燃え続ける男達くずを見下ろすとさっさと歩いていく。あまりに一瞬だったためか燃えた男達のことには誰も気付かず炭化した何かだけが道端に残されることになった。



スイの目の前には豪邸が広がっていた。趣味が悪いらしく外観は金や銀で彩られ見た目にもかなり派手だ。


「ここか……やっぱりブルノー子爵だったか。全部殺すか」

「スイ様?」

「ミティックとアトラムか。貴方達も襲われた?」

「黒い人影に襲われました。ということはスイ様もですか」

「そう……この屋敷に住む全ての者は殺すから逃がさないようにしてね」

「はっ!スイ様の仰せのままに」


既に暗くなり始めている道をスイは歩く。途中の警備員を引き千切りながら。



「あっはっはっはっ!なかなか上等の娘ではないか」


ハッグは自分の目の前に連れてこられたイルゥを見て笑う。そのイルゥは途中で目を覚ましたらしく必死に逃げようとしている。しかしここは地下室。逃げ場はない。指環は途中でブルノー子爵夫人の目に留まり奪われてしまった。


「ひっ!な、何するです!?来ないでなのです!!」


必死に逃げるイルゥをゆっくり追い詰めながら迫るハッグ。その脇を抜けようとしてイルゥは腹を殴られる。


「げぇっ!えほっえほっ!」


大人の男の力で殴られたイルゥは涙目になりながら必死に這いずって逃げようとする。そのイルゥに覆い被さるハッグ。


「やっ!いやぁ!!」

「あははははっ!この組み伏せる感覚はやはり良いですねぇ。少女なら尚良し」


一人舌舐めずりをしながらイルゥの顔を腹を殴る。


「うっうっなんで、何でこんなことするです?」

「愉しいからですかね?まあまだメインはありますよ。男を受け入れたことが無いであろう貴女に女としての悦びを与えてあげましょう」


ハッグはズボンをずらし自分のものを取り出す。


「ひっ!い、いやぁ!やめてなのです!」

「あははははっ!やめるわけないでしょう?」


そうしてハッグはイルゥの服を破いていく。


「いやぁ!!誰か、誰か助けてなのです!!」

「ここは地下室ですので声は響かないですよ。残念でしたねぇ。しかしうるさい。もう少し黙っていて欲しいですねぇ」


ハッグはそう言うとイルゥを殴り続ける。動かなくなったところでハッグはイルゥの秘所を触る。まだ幼く発達していない乳房を触る。


「あぁ、あぁ、良いですねぇ。少女ならではのこの発達しきっていない未成熟な身体。それを今から私のものにする背徳感!これだからやめられない。じゃあ入れましょうかね」


ハッグが覆い被さる瞬間屋敷を震わせる轟音が鳴る。


「な、何でしょうか?」


轟音は次第に地下室に近付いてくる。


「…………」


ハッグは息を殺した。地下室への道は隠されている。自分の声などが聞こえなければ決して気付かれないと自負している。しかし、イルゥは小さな声で確かに呼んだ。


「……お……姉、ち…ゃん」


その瞬間地下室への道が抉じ開けられる。轟音と共に扉が吹き飛び扉があった場所から一つの人影が出てくる。


「……呼んだ?」


そんなことを言いながら怒りに満ち溢れた表情でスイが地下室に現れた。

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