第34話 異世界からの来訪者



「ん?」


スイがイルゥにプレゼントをあげた日の翌朝。ベッドで起きたスイは違和感に気付く。少し感覚を鋭敏にしていくと感じた違和感は空にあった。


「天の瞳かな?」


何処からかスイのことを見る視線が違和感の正体だった。ハジットの時とは違い最初から偽装魔法を掛けているので魔族であると分かることはないと思うがそれでも見られて気分の良いものではない。しかも天の瞳は魔導具であるからか障害物があろうと見失うことはないようでかなり気になる。


「これってあのハッグとかいう人が言ってたブルノー子爵の命令かなぁ?なかなかに趣味が悪いね」


そうは思っても天の瞳は迂闊には壊せない。偽装魔法を使える者からしたら正直あってもなくても意味がない魔導具ではあるがそんなことは人族も亜人族も知らないだろう。ということは壊したら騒がれる。ハジットではやむなく壊したがシェアルでは気付かれていないのだから無理に壊す必要もない。単にスイが見られて不快なだけだ。


「まあ見られて困るものもないからいっか。どうせそこまでこの街には長居するつもり無いし」


スイはそう呟くとイルゥから配膳されてきた食事をするっと取ったカレッドから食事を受け取る。イルゥが頬を膨らませるまではいつも通りだったのだが今日は違った。スイが見ていた限り初めての客が来たのだ。

冒険者らしく粗末な皮鎧に身を包んだ十代半ばといった位の五人組だ。一人だけ三十代後半か四十代前半の男性が居て四人は少年が二人、少女が二人居る。

四人ともそれぞれその身に特徴があった。犬の耳と栗鼠りすのような耳の少年達と白い羽を持つ少女が二人。獣人と鳥人だ。一瞬男性が四人を奴隷にしているのかと思ったが、しかし四人の首には奴隷紋が無く男性のことを慕っているのが分かる位仲良く話しながら入ってきたのだ。


「何だか随分と印象悪い街だなぁ。どうしてか分かるか?」

「事前に調べた限りだとこの街を治めているブルノー子爵による悪政のせいかと。民には重税を課した上に街の出入りにもかなりの金が必要になりますし。それでいて大したこともしていないようで不満が溜まる一方です。噂では集めた金で豪遊しているそうですよ」

「うわぁ。ひっでぇ奴だな。何とかしてやりたいが」

「いくらタンドさんでも厳しいと思います。ブルノー子爵は自分の護衛にAランク冒険者を何人か雇って置いているそうですから」

「そっか。って、人がいるな」

「いつも絡まれるんですから気を付けてくださいよ」


タンドと呼ばれた男性と犬耳の少年が親しげに話していて残りの三人も思い思い話している。


「おい……あの子凄い可愛いな」

「はぁ……」

「……お前が見惚れたのって初めて見たかも」


タンドがスイのことを言ったのに対し犬耳の少年はフェリノに見惚れていた。まあ仕方無い。スイもそれなりに自分の見目が良いのは理解しているがスイの奴隷となったアルフ達もまた見目が良いのだ。

アルフは少年らしさを残しつつも精悍な男性へとなりつつあり街を歩けば年頃の少女はすれ違えば振り返り強引な子はわざわざ戻ってきてもう一度顔を見ようとするほどだ。

フェリノもまた少女っぽさが多めではあるが大人へと変わっていこうとしており見る人を魅了する愛らしい顔だ。笑顔になれば快活さが全面に出て明るい印象を抱かせる。

ステラのエルフという種族は比較的見目が良い者が多いがその中でも群を抜いて美しいと言えるだろう。スイはステラ以外のエルフを見たことがないがウラノリアから受け取った知識の中のエルフと比較するとやはりステラに軍配が上がる。最近では母性とも思える何かが出てきていて何もかもを包み込んでくれる安心感のようなものが更に美しさに補正をかける。

ディーンはまだ男らしさこそ無いもののまるで少女かと思わず見間違うほどに整った顔立ちは将来を保証してくれるだろう。総じてスイを含めかなりの美男美少女だと言えるであろう。見惚れるのは仕方無い。


「よし、俺がちょっとチャンスを作ってやる。生かしてみろよ」

「えっ、ちょ、タンドさん何を!?」

「やぁ、お嬢さんはじめまして」


タンドがスイに話し掛けてきたのでにっこり微笑みながら普通に聞こえていたことを告げる。


「うわぁ。まじか。恥ずかしい!穴があったら入りたい!」


何だか面白そうな人だなぁとスイは思った。タンドからは悪意や敵意等が一切感じずどこまでも純粋な好意を感じられたのだ。アルフ達がスイに向けてくれる感情に似ていてこんな人も居るのかと少し驚いた。


「穴を作ってあげましょうか?」


だからスイも面白くなってそんなことを言ってしまった。


「いや良いよ。そうだ。ここで会ったのも何かの縁だ。名前を教えてくれないか?俺の名前はタンド、えっと、リョウ・タンドになるのかな?」

「貴族なの?」

「いや違う。俺の故郷じゃあ名字と名前が全員にあったんだよ」


タンドのその言葉に思わず見つめる。


「……地球?」

「えっ……何で知って」


スイはこの世界に転生してきて初めて自分以外の地球の人を見たのであった。



「そうか。スイちゃんは転生してきたのか。この世界は厳しいのに頑張ったな」

「ううん。私はそこまで危ない目にはあってないから。そっちこそ厳しかったんじゃ?」


丹戸たんどりょうは召喚されてこの世界に来たらしい。但し勇者召喚ではなく全く別の方法でだ。


「いや、俺は既に地球含めこの世界で四回目だからなぁ。力も普通に受け継げてるからそんなに厳しくはなかったな。割と見た目が怖い魔物が居たからそれだけはびびったけどな」


丹戸はこの世界に直接召喚されたわけではなく別の異世界に召喚されたらしい。その世界で魔王を倒した後違う世界に召喚されそこでもまた世界を救ったらしい。そのあとその世界の召喚主である女神様に強制的にこちらの世界に送り出されたらしい。そして一緒に居る四人は犬耳と栗鼠耳の男の子は最初の異世界でのお共で少女二人は次の世界でのお共らしい。


「へぇ、この世界以外にも異世界ってそんなにあるんだね。それにしてもその女神様とやらはどうして貴方をこの世界に?」

「あ~、いやうん。言っちまえば厄介払いなんだよな。世界を救ったのは良いんだけどそのせいで女神様への信仰心とやらが俺の方に向いちまって力が弱くなったらしい。それでその信仰心が復活するまで俺にこの世界で暫く過ごしてくれってな。まあこっちに来たし折角なんで魔神王とか呼ばれてるやつを倒してくるかな」


丹戸は世間話でもするかのようにそう話す。何気ない一言だったのだが話した相手が悪かった。立ち上がったスイが丹戸の首に手をかけ絞め始めたのだ。あまりにも急な動きだったためか丹戸は一切動けなかった。


「はぁ?魔神王を倒す?それは私の役目、私がやる役目だ!お前がしようとするな!」


激昂したスイをアルフが咄嗟に体当たりして止める。


「やめろ!スイ!そいつが死ぬ!」

「アルフ……邪魔するの?」

「ぐっ、邪魔はしない。ちゃんと言えばきっと理解してくれる。だからやめるんだ」

「……分かった」


丹戸は一瞬で酸欠に近い状態になったのか意識が朦朧としかけていたのでステラは治癒魔法をかけて意識を回復させる。


「げほっげほっ、あ~、びっくりした」

「……ごめん。でも魔神王は私のものだから」

「分かったよ。この世界にはこの世界ならではの縛りがあるんだもんな。でも凄い強いんだな。油断したのもあるけど死ぬかもと思ったのは久し振りだ」


丹戸は気にしてないと手を振る。死にかけたのにこの態度を取れる丹戸は人が善すぎるのかあまり考えていないのか。


「ん、私の力は当時最強って呼ばれてた父様から貰ったものだから。強いのは当たり前。でもまだ魔神王とは戦えない。勝負にもならない」

「嘘だろ?あれで勝負にならないって魔神王ってのはどんだけやばいんだ」

「今の私は力が弱まってるのもあるけど……それでも出力だけならヴェルデニア、ああ魔神王ね。ヴェルデニアの十分の一ってところかな。力が復活しても六分の一ぐらいじゃないかな。出力だけが勝負の決め手にはならないけど」

「うわぁ、そんな強いのか。挑んでも勝てないかもしれん」

「ん、ヴェルデニアは私のものだから挑んでも欲しくないけど」

「分かった、分かった。魔神王には挑まないよ。魔族ならどうだ?」

「駄目。ヴェルデニアとそれに従う魔族なら良いけど大半は強制的に従わされてる人だから」

「従わされてるって魔神王の力か?」

「そう。魔族を強制的に操る能力。力の強い魔族は弾き返せたりするけどそれは少数」

「そっか。ってことはスイちゃんはその少数の一人なんだな」

「……」

「魔族ってやつなんだろスイちゃんは。何となく他の人間と違うし」

「良く分かるね。まあでも今は魔族は悪だと思われてるからあんまり言わないで」

「了解」


丹戸はそう言うとスープを一口飲んで目を見開いてがっついていた。その姿を見てからフェリノと話している犬耳の男の子を見ると必死に話しかけてるけど脈はないのか当たり障りのない答えだけ返していた。

ちなみに栗鼠耳の男の子は無意識なのだろうがアルフとフェリノの耳の動きを見てビクビクしていた。狼って栗鼠食うのかなぁなどと考えながらスイもまたスープを飲んで食事を楽しんだ。



「おおぉぉ!!」


栗鼠耳の男の子、クレンという子がアルフに木剣を振りかぶる。その速度はかなりのものだがアルフはそれにコルガに似せた木剣で受け止めると力任せに弾き飛ばす。クレンはその勢いに逆らわず下がったためアルフも追撃を止める。身体の使い方はクレンの方が上手で純粋な速度や力ならばアルフが上といった感じか。

暫くクレンが攻めてはアルフが受け流すを繰り返していると突然アルフが攻勢に出る。どうやらクレンのやり方を暫く眺めて見様見真似で攻勢に出たようだ。アルフの天性の戦闘センスとでも呼ぶべきものが無ければ出来ないことであろう。

守勢に回されたクレンはアルフの重い一撃を受け止めきれず木剣を取り落とし首にアルフの持つ木剣がきたところで模擬戦が終了した。


「いやあ強いなぁ。クレンは結構な剣の使い手なんだけど」

「それなんだけどクレン君は剣だけじゃないよね?何か違う力も使う筈。魔法みたいな」

「ああ、クレンは闘気ってのを使う。まあ模擬戦だしアルフ君もまだ力を隠してるだろう?」

「ん、アルフも魔闘術を使ってない。私が与えた剣でもないし」

「与えた剣ってあの馬鹿でかい剣?」

「そう、あの大きい剣。アルフはあれでも軽いとか言うくらい力が強いから」

「マジか。俺あれ持って戦うとか無理なのに」

「大丈夫。私も持ちながら戦うのは一応出来るけどやりたくないぐらいだから」


そんな会話をしているとフェリノと白い羽の少女が向かい合う。少女達は姉妹だったようで少し背が高い方が妹らしい。今向かい合っているのは妹の方でチュニュという。姉はチャニィらしい。両方言いづらい。ちなみに犬耳の男の子はアウルだそうだ。

フェリノとチュニュの戦いはお互いが速度特化でありかなり速い。フェリノが後ろに回ろうとしてもチュニュは羽を使いすぐにトップスピードとなり離れてしまう。その速度のまま突進して地面を抉る一撃を放つ。その一撃は拳であったり足であったりと渡した木剣が全く使われない。フェリノも見えてはいてもかなりの速度で飛び回るチュニュに決定打を与えられず戦いは硬直状態になっていた。

するとフェリノは魔闘術を纏い始める。雰囲気が変わったことに気付いたのかチュニュが一旦空で羽ばたきそれでも大丈夫だと思ったのか一瞬でトップスピードとなるとフェリノに突進する。しかし魔闘術を使ったフェリノは先程までとは違い完璧に対応して見せた。一瞬の爆音のあとにチュニュはフェリノに押さえ付けられて首元に剣を突き付けられていた。


「あちゃあ。チュニュの悪い癖だな。油断するからああなる」

「ん、早めに矯正した方がいいねあれは」


スイはアルフとフェリノが勝ったので多少気分が良くなる。やはり鍛えたことのある以上負けては欲しくないからだ。流石にステラとディーンは模擬戦は遠慮した。二人とも真っ向から戦うタイプではないので木剣では勝負にならない。実戦であればお互い変わるとは思うがかなり良い戦いになるのは間違いない。


「あとスイちゃん気になってたんだけどさ。あの五人も魔族?」


丹戸がトリアーナ達を指して言う。スイはそれに対して頷く。


「魔族ってのも全然見た目が変わんないのにな。敵対するとかあほらしい」


それに対してスイは何も言わずただ頷くのみだった。



「それで弱点となりそうなものは分かったか?」


ハッグと向き合うのは十本の指に指輪を大量に付けた男だ。今日はペンダントを着けてはいないがその代わりに二人の女を侍らせていた。女はかなり扇情的な格好をしており男はそのうちの一人の女の肩から手を入れ乳房を揉んでいて女が悩ましい声をあげている。もう一人の女は甲斐甲斐しく男のグラスにワインを注いだり小さく切り分けた肉を口元に運んでいる。


「はっ、見ていた限りではあの奴隷達もそれなりに戦える者のようで拐うのはかなりのリスクを負うでしょう。ですが一人条件に合いそうなものを見付けました」

「ほう、ならばそれを拐い娘をここに連れてこい。私に従順になるようにしっかり躾けてくれる」


そう言って男は天の瞳で見た奴隷を引き連れた白い髪の娘の姿を思い出し舌舐めずりをする。ハッグは頭を下げると部屋から出ていく。出ていく最中に女の悩ましい声が一際高く上がったのを感じた。

自分の膝を折った娘、その娘と親しげに会話をしていた同じくらい白い髪を持ったまだ幼き少女。少女を拐い欲望のままに好き放題にしようと考えハッグは自分の部下達に命令を下した。


「夜中に宿を襲撃して宿の娘を拐え。手紙はちゃんと残せよ」


そう命じたあとハッグは自分のものがズボンの中で立ち上がってるのを感じてどこまでも欲望のままに濁った瞳で幼い少女に如何にして絶望を味わわせるかと主と似た舌舐めずりをした。

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