第33話 予兆
それに気付いたのはスイが一番先で次にジェイルが気付いた。
「追ってきてるね」
「下手な尾行だな」
ギルドを出て五分もしないうちに先程の男が尾行してきたのだ。スイとジェイルの会話でデイドが気付く。
「良く気付くな。言われて初めて分かったぞ」
「まあデイドさんと同じ位の人だからね」
スイが何気無く言った一言でウォルとレフェアがおろおろする。デイドがAランクなのでAランク相当の人に剣を向けたということで焦っているようだ。
「別にあの程度なら余所見しながらでも倒せるから気にしなくて良いのに。ジェイルさんも出来るよね」
「いや出来ないけどな。余所見ってやれるかよ」
同意を求めたスイをバッサリ切り捨てるジェイル。
「ダスター達ならいけるよね?」
「勿論です」
「私なら剣を素手で受け止めながらもう片手で相手の身体を壊せるぜ」
「これだから脳筋は……」
「ああん!?ミティック表出ろや!」
「既に表にいますが」
「ミティックもアトラムも落ち着いて。目立ってる」
ミティックとアトラムが喧嘩し掛けたところでスイが止める。どうも二人の相性はかなり悪いようだ。
「ふぅ……ミティック、アトラム。二人とも今後も喧嘩するようなら……消すよ?」
スイが小さな、しかしかなりの威圧を込めて言葉を発すると二人は身体が強張ってしまう。するとグラフがスイに近寄ってきて小声で話し掛けてくる。基本無口なグラフが寄ってくるのは珍しいなと思いながら話を聞く。
「スイ様……二人共実は好き」
「……」
「お互い好き……素直じゃない」
「……そっか。教えてくれてありがとね」
グラフの言葉を聞いてそういう恋もあるのかとスイは納得する。
「二人ともやっぱり喧嘩するのは良いけど迷惑にならないようにしてね」
スイが言うと二人はまだ強張っていたのかプルプルしながら頷く。
「それであいつらどうするんだ?このまま連れて歩くのは面倒だぞ」
「ん、要らないことしてきたら適当に殴ってギルド前に放置で良いんじゃないかな」
「じゃあ俺達は来たやつを掃除すれば良いんだな?」
ジェイルの問いにそう答えるとアルフが確認してきたので頷く。裏通りに入ると男が近寄ってくる。良く見たら前にも数人の男達が居る。ガリア達が使っていた通信用の魔導具か何かで知らせたのであろう。合計で六人。いずれもデイドと同じ位の力を感じる。
「よう、嬢ちゃん。さっきはよくも恥をかかせてくれたなぁ」
「絡んできてやり返されただけなのにその言い分はどうかと思うよ?」
「うるせぇ!俺等が誰か分かってんだろうなぁ?」
「えっ、知らないよ。少女に脅しを掛けて奴隷を奪おうとした卑劣で傲慢なクズ男かな?」
スイが煽ると男は顔を真っ赤にして剣を抜く。カレッド達も剣を抜いて牽制する。
「このガキがぁ」
スイは冷めた目で男を見ると一気に駆けて男の懐に潜り込む。男が剣を振ろうとする前に男の腕を折り小さな指で男の目を抉る。
「あっ、ぎゃあぁぁ!?」
男の首を掴みながら地面に伏せさせもう一方の目も抉り取る。
「
スイは魔法で視神経そのものを傷付け治癒魔法でも治らないようにする。魔法は万能に近いが治癒魔法などは見えている傷かあると分かっている傷しか治せない。神経に対しての知識など無いこの世界の者に治療することは不可能だろう。
「他の人も目を抉られたいなら掛かってきていいよ。剣を抜いた時点で目を抉ってあげる」
スイがそう言うと敵わないと思ったのか男を置いて逃げていく。
「俺、俺の目がぁぁ!?」
男がうるさかったので殴って気絶させるとグラフにギルド前まで持っていってもらう。
「うるさいのは居なくなったし掃除しに行こっか」
スイの変わらない様子はアルフ達やダスター達を除く全員にかなりの恐怖を与えたようで顔がひきつりかけていたがスイがそれに気付くことはなかった。
「ほら、依頼遂行の印だ。これ持ってギルドに行けば良い」
倉庫の掃除を済ませると依頼者の男から木札を渡される。男はそれ以上は何も言わずさっさと何処かに行ってしまう。
「何かこの街って全体的に印象悪いよなぁ」
アルフの呟きは全員の共通の思いだろう。
「前来た時はもう少しマシだったんだが更に酷くなってやがるな」
「そんなこと気にしても何か変えられるわけじゃないし無視しとけば良いと思うよ」
ジェイルの言葉に続けてスイが言う。グラフが戻ってきたので労う。頭を撫でるとグラフは何とも言えない表情を浮かべてされるがままになっていた。今の段階では大した労い方も出来ないので仕方無い。
「とりあえず宿に戻ろうか。この街には特産っぽいのもないし見て回るほどじゃないからね。鍛練してる方が余程有意義だよ」
スイはそれだけを言うとさっさと宿に向かって歩き出す。宿が遠目に見えた時にスイの目の前に執事らしき男性が立ちはだかるように出てくる。
「スイ様……でしょうか?」
「ん、そうだけど貴方は誰?」
「私の名前はハッグと申します。この街を治めるブルノー子爵にお仕えする者で御座います」
ハッグと名乗った男は頭を下げて礼をする。
「ハッグさん、それで何の用ですか?」
「いえ、貴族と思われる少女がシェアルの街に来たと聞いてブルノー子爵がお会いになろうと言われたので御座います」
「そう、じゃあお帰りください。私は貴族じゃないので」
スイは言うと宿に向かって歩こうとして再度止められる。
「貴族でなくても良いのです。美しい少女であると聞いていらしたので一目会いたいとブルノー子爵が…」
「私は会いたくないのでこれで」
すぐに拒否して歩き出すと再び止められそうになったので今度はハッグの膝を軽く蹴って折る。
「うぐぅ!?」
「邪魔です」
スイが通り抜けようとするとハッグが声を掛ける。
「私にこんなことをしてただで済むとお思いなのですか!?」
「思ってるよ。私ね、この街見て思ったのは汚いなってことなんだ。無くても良いんじゃないかなとも思ったの」
スイが一人言のように呟く。ふと見えたスイの瞳は暗く澱んでいた。
「だから邪魔しないで?私に最後を越えさせないでね?」
そう言ってスイはハッグに微笑む。底冷えのする微笑みを向けられたハッグは自分が震えているのを自覚する。少女に怯えさせられたというのは冒険者としてかつてAランクまで上がった自負を傷付けるには充分だった。しかしスイを見ると身体が震え始めるのを止めることが出来ず去っていくスイをただ見つめた。
「スイ良かったのか?ブルノー子爵ってのに会わなくても」
「良いよ。仮にも自分の領地をまともに経営出来ていないみたいだし美しいとか貴族だとかで人を呼ぼうとしているのが小物みたい。総評としてあんまり良くない人間だから会いたくない」
アルフの問いに答えた後宿に着く。居なかった間も客は来なかったらしくイルゥが椅子に座って足をぷらぷらさせていた。
「あっ、お帰りなさいです!どうします?ちょっと早いけどごはん食べるです?」
「ん、貰おうかな」
「はいです!ごはん作って欲しいですー!」
イルゥが厨房に向かって声を上げる。
「アルフ……食べ終えたら」
スイが小声でアルフに呟く。最近はちょっとしたことで渇きを覚えてきてしまっていて頻繁に飲まなければいつ衝動が起きてもおかしくなくなっていた。先程もハッグに止められた時、直前に冒険者の男が流す血を見ていたせいか渇きを覚えていてかなり危険な状態だった。
「飯食ってからで良いのか?」
「ん、それぐらいなら持つから」
「そっか。分かった」
食事が運ばれてきたのでスプーンを取りスープを飲む。いつもの光景になりかけているがカレッドによって運ばれてきた。スープは野菜の旨味がしっかり出ていて素朴だがいつまでも味わっていたいほど美味しかった。パンは残念なことに出来合いの物であまり質が良くなかった。それでもスープに浸して食べると美味しくなるので料理が上手なことが良く分かる。
食べ終えるとスイは部屋に入る。暫くしてからアルフが入ってくる。一緒に入ると流石にどうかと思うので時間をずらしているのだ。意味があるかは分からないが。
「ん……ぷあっ……ちゅぅ……んくっ」
スイがアルフの首筋に傷を付けて吸血する。吸血中は我を忘れてしまい夢中で飲むので終わった後はアルフの体調を気にしなければいけない。いつも何故か顔を真っ赤にして出ていくので吸血の反動なのかもしれない。けれどアルフが何も言わないしスイとしても言うことを強制したりはしたくないので理由は分からない。
アルフがいつもの通りに顔を真っ赤にして部屋から出ていくとスイも部屋から出る。部屋に居ても暇なだけなので大体イルゥをぷにぷにしたり抱き締めたりするか鍛練を横から眺めては駄目出しをするのがスイのここ最近の日課のようになっていた。
「お姉ちゃんいつもイルゥをぷにぷにしたり抱き締めたりするですが飽きないです?」
「飽きない」
「飽きないですか……どうしたら飽きるです?」
「その方法は未来永劫ありとあらゆる可能性の先に一欠片もありはしないから諦めて」
「とりあえずお姉ちゃんが変な人だというのは分かったです」
そんな下らない会話をしているとふと思ったのでイルゥを少し離す。
「飽きたです?」
「飽きてない。ただイルゥにプレゼントでもしてあげようと思って」
「プレゼントです?そんなの貰えないです」
「ぷにぷにしたり抱き締めたりのお礼だとでも思って受け取って」
「でも……」
「大丈夫。大したものでもないから」
スイはそう言うと土壁を作り出し錬成で一部を取り出す。錬成で指輪の形に整えると大量の魔力を込めて鉱石作成で変質させていく。徐々に薄い青色になると内側に色々な属性魔力を込めスイが今出来る最高の宝石を作り上げていく。
薄い青色のリングに二本の赤と翠の線を入れ石を支える石座は上品な黄色に爪の部分は濃い紫色にして宝石自体は綺麗にカットされたダイヤモンドにした。ダイヤモンドと言ってもこの世界には存在しないようなので似ている何かとなるが。
全てを宝石の様に加工した指輪はかなり美しい。全体的に中が見えるくらい透明度が高く見ただけでかなりの金が掛かるだろうと思わせる。スイは更にその指輪に
スイは作った指輪をイルゥの右手の中指に嵌める。
「お姉ちゃん、こ、こんなの受け取れないです!割に合ってないですよ!?」
「良いから受け取って。私があげたいの」
スイが引かないと分かるとイルゥは走って厨房に居るであろう両親に話をしに行ったようだ。
「お客様、あの……この子の指輪は……」
「ああ、あげようかなって思って」
「しかし……」
「大丈夫ですよ。それさっき作ったやつで元手は掛かってませんから気にしなくて良いです」
スイが引きそうにないと判断したのかイルゥにお礼を言うように促す。
「えっと……なら貰うです。ありがとうです!お姉ちゃん!」
イルゥが笑顔でお礼を言うのを見てスイは作って良かったと思った。
「何だと?私の呼び出しを無視したというのかその娘は?」
「はい。あまつさえ私の足を砕き訳の分からない妄言を吐き去っていきました。確かに美しい少女ではありましたがあれは気狂いの類でしょう」
趣味が良いとは言えない程金や銀で装飾された部屋で十本の指に指輪を大量に付けじゃらじゃらと首から下げたペンダント等がうるさい男がハッグと話している。不摂生な生活を送っているのが分かる程男の身体は肥え太っていてかなりの利を得ているのがありありと分かる。
「ふん、ならば捕らえよ。牢に閉じ込めて私が躾けてやる」
そう言って男はワインを入れたグラスを傾ける。その目は嗜虐的な色で塗り潰されていた。ハッグもまたにやりと主と良く似た嗜虐的な表情を浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます