第38話 帝都へ、勇者は何を思う



「お~い。用って何だ…ってイルゥ起きたのか。目を覚まさないから心配だったけど良かったよ」


スイ達が街の方角を見ているとアルフ達が後ろから駆けてくる。そしてある程度まで近くに寄ってから街の方角を見て止まった。


「は?街が燃えてる?魔物の襲撃か!?」

「ん、違う。とりあえずテントに入ろう」


アルフの疑問に答えずにスイはテントの中に入っていく。イルゥとトリアーナもそれに続いて入っていきアルフ達もすぐに追い掛けて入っていく。


「アルフは私、ステラはイルゥ、フェリノとディーンがトリアーナで」


スイが何かの組み合わせを言って地面を手でぽんぽんと叩く。テントは地面から何故か数センチ浮かぶという魔導具なので石などの尖ったものはない。というより浮かんだ状態で重みで弛まないとか意味が分からない魔導具である。良く分かってないままアルフ達はその組み合わせ通りに別れる。


「ん、じゃあいただきます」


スイがアルフの後ろに回り―この時点でアルフは理解した―首元に牙を突き立てる。それを見てステラ達はようやく分かった。ステラはイルゥが吸血鬼だということを理解して驚いていたがすぐに目を閉じ身体を委ねる。


「えっといただきますなのです。出来るだけ痛くしないですので安心してくださいです」


そう言ってイルゥは一回ステラの首を舌で舐めてから噛み付く。イルゥも吸血をまともにしていなかったからかその勢いは強い。すぐに恍惚とした表情に変わる。

フェリノとディーンは少々迷ったが先にディーンが吸血されるようにしたようだ。ぎゅっと目を瞑りながらトリアーナにもたれ掛かるようにする。トリアーナはディーンの首にゆっくりと牙を突き立て優しく飲んでいく。

そうして暫く飲むとステラの顔色が悪くなってくる。それを見たスイは手元に石を作り吸血しながらも器用に手首の力だけで強烈な勢いで石を打ち出しイルゥの額を強打する。


「……っ!!??」


あまりに痛かったのかイルゥは涙目になりながら額を両手で押さえのたうち回る。スイは気にせずにアルフからの吸血に夢中だ。イルゥは恨めしそうな顔をしつつもすぐにステラの方に向き直り頭を下げる。


「ごめんなさいです。自制するつもりが出来なかったです。久し振りに美味しかったので加減が出来なかったです。痛くしないとか言っときながら情けないです」


イルゥは申し訳なさそうな表情で頭を下げている。それを見てステラは顔色が悪いままではあるもののイルゥの頭を撫でる。


「大丈夫よ。だから気にしないで。流石にもう少し飲まれたら倒れそうだからあげられないけど体調が戻ったらまた飲ませてあげる。だから今回は少し我慢してくれると嬉しいわ」


そう言ってステラはイルゥの頭を撫でながら抱き寄せる。イルゥは血を多少でも飲んだからか衝動の兆しは治まったようだ。嬉しそうにステラに抱き付いている。それを見てスイはもやもやしたもののすぐに吸血に戻る。

トリアーナは既にディーンからフェリノに変えて飲み始めている。そうして暫くテントの中には濃密な血の臭いが漂うことになった。



「ん、終わり」


スイ達吸血鬼組がある程度飲み終えるとアルフ達は多少ふらついていた。スイは普段から少量ずつでも飲んでいたがイルゥとトリアーナはあまり飲んでいなかったのか結構な量を飲んでいたためだ。


「あ~、スイ。何となく分かってるけどイルゥは吸血鬼なのか?」


アルフが少しだけふらつきながらも疑問を口にする。


「ん」

「そうなのです。つい最近……というか一時間くらい前にようやく思い出したのです」

「そっか。スイの味方……で良いのか?」

「良いのです。お姉ちゃんと敵対する気なんかないのです」

「なら良いや」


あっさりとアルフが信じて認めたのが信じられないのかイルゥがスイを見る。スイは何故イルゥが見たのか良く分からないまま適当に頷く。それを見てイルゥは納得する。


「お姉ちゃんの味方なのです。ならこんな感じなのも仕方無いのです」


いやなかなか酷い納得の仕方をしていた。スイが少し不満そうな雰囲気を出したがイルゥは無視する。


「とりあえずすぐに帝都に向かおうと思う。この辺りで夜営していたら誰かに見られた時に勘繰られちゃうだろうし」


スイのその言葉に全員が頷きすぐにテントから出ていく。


「あっ……今日はまだ移動するつもりなかったんだけど……」


すぐにこの辺りに誰かが来るわけではないので朝に発とうと思っていたスイだったがアルフ達がさっさと出ていったために仕方無くテントから出ていく。

テントから出ると既に夜営の準備がされていたことも分からない程に痕跡が消されていた。アルフ達が出ていって二分も経っていないので恐らく出る前から既に撤去されていたのだろう。スイが少し待つと全員がスイの元へ集まる。待っている間にスイは指輪から二台の馬車を取り出している。


「嬢ちゃん、馬車で移動するのは構わないが馬が居ないぞ。どうするんだ?」

「ん、軽い自走機能を付けてるから暫くは大丈夫。途中で馬かそれの代わりになるものを見付ける」

「自走……?」

「勝手に車輪が回るようにしてる。でもあんまり速度は出ないし無理な回転や段差は通れないから気を付けてね」


スイは言うだけ言うとさっさと乗り込む。まだ多少顔色が悪いステラが御者席に座ろうとしてダスターに止められていた。ステラが頭を下げて馬車に乗り込みダスターが御者席に座る。カレッド達も馬車に乗り込んでいく。


「全員乗ったね。なら進むよ」


スイが窓から全員が乗ったのを確認すると魔力を送る。するとゆっくりと車輪が回転し始め動く。最初はかなり遅かったのだが次第に速度が出てきてついに馬に引き連れられるのと変わらないほどの速度になる。


「意外に速度が出る。平坦な道だからかな?」

「スイの魔力だからじゃないか?凄い魔力が送られてるのが分かるし」

「そんな送っているつもりはないよ。私から漏れた余剰魔力しか使ってないし」

「……マジか」

「アルフ、フェリノ、ステラ、ディーン」


スイが呼び掛けるとすぐにこちらに向き直る。


「帝都に向かうことになるけど皆の課題はまだ終わってない」


スイがそう言うとアルフ達は悔しそうな表情になる。


「ここから帝都まで街には一切入らない。掛かる日数は多分八日か九日程度。皆…出来るよね?」


スイが問うと全員が頷く。


「ん、ならいい。頑張って」


スイがそれだけを言うと窓の方へと向き直る。アルフ達はすぐにそれぞれの課題を達成しようとし始める。ディーンだけはかなりの日数が掛かるからか今日は休み明日に全力で臨むようだ。スイはそれを横目で見ると小さく頑張れと呟いた。



「何だ……何で街が燃えてるんだ?ついさっきまで何もなかっただろう?」

「タンド!それより早く助けないと!まだ誰か生き残ってるかもしれない!」


丹戸が冒険者ギルドで受けた依頼のために外に出て狩りをした後、戻ってくるとシェアルの街が火の海に変わっていた。


「あぁ!チャニィ、チュニュ!上空から見て生き残りがいたら助けるか助けを呼んでくれ!アウル、クレン!俺達は火の海に変えたであろうあの魔物を倒す。行くぞ!」


丹戸は指示を出すと最初に呼び出された世界で身に付けた空間保存から長大な剣を取り出す。そして空に浮かぶ三つ首の犬に向けて駆け出す。


「エアウォーク!」


途中で丹戸が魔法を使い空を駆け出し三つ首の犬、ケルベロスの元へと到達する。ケルベロスは丹戸を見ると警戒するように唸りをあげる。


「三つ首の犬……ケルベロスか。なかなかの強敵じゃねぇか。何でこんなところに……まあ良い。とりあえずお前は倒す」


丹戸は全力で踏み込み瞬時にケルベロスの元へと駆けすぐに下がった。ケルベロスが自分の身から強烈な炎を発し始めたからだ。


「ちっ、やっぱり世界が変わるとケルベロスの攻撃方法自体も変わるか。面倒だな」


丹戸が剣を構えるとその隣にアウルとクレンが並ぶ。


「先に行きすぎです。僕たちはタンドと違って弱いんですからね」とアウル。

「そうだぜ。タンド。強いからって突出すると危ないんだからな」とクレン。

「悪い悪い。で、あいつをどう倒すかだな。聖剣技を使えば問題なく倒せそうだが街に被害が出る。かといって無しにしたら炎の鎧を突破できる気がしない」

「聖剣技を使いましょう。既にかなりの部分で被害が出ています。今更でしょう」

「使うまでの時間稼ぎは俺達がするぜ」

「やっぱそうか。良し。なら使う。時間稼ぎは任せた!」


そう言うと丹戸は剣に聖気を送り込んでいく。徐々に剣が光り始める。それを見てケルベロスは興味無さそうに口から炎の息を吐き無事だった街の部分を燃やしていく。


「くそっ!こっちを見ろ!闘技とうぎ裂刃れつじん!」

「はぁぁぁ!崩魔ほうま千撃せんげき!」


クレンの剣から不可視の剣撃が飛ぶがケルベロスは当たっても無視をしてひたすら燃やし続ける。アウルの持つ槍から生み出された聖気を纏った無数の突きがケルベロスを襲うがケルベロスにダメージはない。

ケルベロスは反撃することもなくただ街を燃やすことにだけ力を注ぐ。アウルとクレンの攻撃はまるで通用していない。


「なんだこいつ!何で喰らわない!?」

「霧か何かを斬りつけている感じ……どうなってるんだ!?本当にこいつはケルベロスなのか!?」


アウルとクレンが驚いていると丹戸が叫ぶ。


「溜まったぞ!避けろ!聖剣技・浄化のつるぎ!!」


その言葉に二人が離れると丹戸は光輝いている剣を上段に構え振り下ろす。ケルベロスは一瞬だけにやりと器用に笑うと聖剣から伸びた光の剣撃に当たる前にまるで幻のように消える。


「なっ!?ぐぅっ!?」


丹戸はケルベロスが消えたことで聖剣技を放てば街に被害が及ぶと考え無理矢理止める。反動で丹戸の腕がみしっと嫌な音を響かせる。止めきれずに一部が街に向かい無事な部分を半壊させる。


「どこ行った!」


丹戸はすぐに周りを見渡すがケルベロスの姿はない。その代わりに空に浮かんだ人影が魔法で街を攻撃していることに気付く。その数およそ三十人以上。丹戸は消えたケルベロスのことを気にしつつもすぐに切り替え人影に向かって駆ける。人影の近くまで来て気付いたのが老人であるということだ。


「ん?ほっほっほっ。なかなかに強そうな御仁ですな。この老いぼれの元へと来るとはセンスがよいですなぁ」

「……人型の魔物ってわけじゃないのか?」

「違いますなぁ。我等は魔族と呼ばれるものです。先程の犬は我等の姫が呼び出したものでしょう」

「魔族……あの子も魔族だったな。姫ってあの子なのか?いやあの子は転生して来たんだぞ。そんな子がこんな酷いことをするわけが……」

「ふむ。我等以外にも魔族をお知りのようですな」

「ああ、六人ほど知っている」


丹戸はそう答える。


「その魔族の名前は知っておりますかな?」

「知っている。だけどその前に聞きたい。どうしてこの街を襲うんだ?」

「そうですな。我等が姫が不要と判断したからですな。姫には人族と亜人族の見極め及び不要と判断したものを処分する義務がありますので」

「はぁ?魔族のお姫様に何でそんな義務があるんだよ?」

「それがこの腐り始めた世界の浄化に繋がるからでしょうな。我等はそれをお手伝いするだけです」

「なるほどな。話は通じそうにない」


丹戸は聖剣を構え老人に向ける。アウルとクレンも油断なく構えている。


「ほっほっほっ。まだまだ若いですなぁ。我等魔族は寿命がありませんので若いも老いもないのですよ。少しだけ羨ましいです。それで名前は教えてもらえないのですかな?」

「……スイ、ミティック、アトラム、ダスター、グラフ、トリアーナだ」

「ふむ。やはりそうでしたか。ありがとうございます。姫の元に将軍達がいらっしゃるなら安心出来ますな」

「姫ってのは誰なんだ?」

「んん?知らなかったのですかな。スイ様ですよ。我等が主ウラノリア様のご息女です」


丹戸はやはりという思いとどうしてという思いで混乱する。丹戸が出会ったスイという少女はごく普通の少女に見えた。無表情が特徴みたいな少女ではあったが自分がいた世界にも似たような少女は何人かいたのでそれほど不思議には思わない。


「そうか。なら俺はお前達を止めないと、な」

「ほっほっほっ。それは無理でしょうな。何故なら我等の用事は終わりましたので。あぁ、姫が助けようと思われたであろう者達は街の外に放り出しておきましたので先にそちらを保護することを優先することをお勧めします。街の外には魔物が出ますからなぁ」


それを聞いた丹戸がアウルとクレンに助けてくるように言う。アウルとクレンは少し迷ったもののすぐに駆けていく。


「貴方は行かないのですかな?」

「そうしてあんたを逃がすと思うのか?」

「ふむ。何か勘違いされておりますな。私が逃がしてあげようとしているのですがなぁ。まあ良いでしょう。暫く揉んであげるとしましょうか」


二人はお互いに向き合い静かに闘気を高めていく。

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