第39話 行く先は違えど前へ進み行く
「げほっ……!」
丹戸は今までの戦いで受けた傷と比べ物にならないような致命傷を負って街の外に放り出されていた。右腕は何かに削られたかのように大きく削ぎ取られていてギリギリのところで繋がっている。腹には目立った傷こそ見当たらないがその内部はかなり酷いことになっていた。筋繊維なども酷使したためか断裂している箇所も複数あり生きているのが不思議なほどだ。
「あの……爺さん、めちゃくちゃじゃねぇか……」
丹戸はそんなことを呟きながら自らに治癒魔法をかける。この世界の魔法の神癒(コールヒール)では内部構造をしっかり知らないと完全には治らないので二回目の世界で得た
だがそんな丹戸ですらあの老人、デイモスには何一つ決定打を与えられなかった。それどころか丹戸の持つ聖剣を素手で受け止め防御魔法すらその拳で打ち砕いてきた。魔法すら使われずその拳のみでやられたことで丹戸のちょっとした自信は粉々になった。
「あれで……一魔族か。魔族ってのはあんな理不尽なやつばっかなのか?」
丹戸は魔族というものの評価を間違えていたのかもしれないと考え始める。既に街は完全に燃やされ生存者はいないだろう。あれだけ徹底的に破壊されればどれだけ強い者が居たとしても生き残ることは厳しいと言わざるを得ない。デイモス達魔族は街を破壊し終えるといつの間にか消えていた。
デイモスがあまりに強かったために魔族の評価を高く見積もった丹戸だが勿論そんなに強い魔族などそうそう居ない。デイモスはかつてウラノリアに仕えた宰相だったのだ。脳筋が多い魔族の中では珍しく国家運営の際に頭を回すことが出来る者だ。こう書くと魔族が全体的に頭が悪いように聞こえるかもしれないがそういうわけではなく単に細かいことを考えるのが嫌いな連中が多いだけだ。
勿論宰相という立場だからといって戦えない訳ではない。むしろかなりの力を誇る。デイモスの素因数は六、魔王になるために必要な最低素因数が十であることを考えるとかなり強い。時折素質に恵まれず素因数が一しかない魔族もいる事を考えると六つの素因を持つというそれだけでデイモスが素質に恵まれた実力者であるということになる。
ちなみにウラノリアは素因数こそ十一しか無かったが基幹素因である混沌は対消滅エネルギーの塊のようなものだし創命魔法等もあったため参考にしてはいけない。
「あ~、くっそ。強くなったと思ってたんだがなぁ」
丹戸は頭を掻いて落ち込む。二つの異世界では当然死にかけたことも一度や二度ではない。それこそ理不尽なまでの強さを持つ者だって居た。しかし、それでも何とか乗り越えてきたのだ。だが丹戸はデイモスを乗り越えられる自信が無くなっていた。培ってきた技術も力もまるで効かなかったのだ。仕方無いだろう。
「タンド!」
犬耳の男の子アウルが丹戸の元へと駆け付けてくる。その後ろにはチャニィとチュニュの姿もある。クレンの姿が見えないが恐らく街の外にいるという生存者の元に居るのだろう。丹戸はアウルの声に応えるように手を挙げる。
「アウル、俺やられたわ。あの爺さんめちゃくちゃ強かった」
丹戸のその言葉にアウル達は驚く。アウル達からしたら丹戸は化け物じみた力を持つ男だ。幾つもの加護を持っている丹戸はドラゴンブレスすら熱いで済ませる程度には防御力が高いしその一撃は炎の魔法を使えばちょっとした湖が蒸発し風の魔法を使えば林が根こそぎ倒れて無くなるほどだ。なのにその丹戸が負けたのだ。
確かに丹戸が負けたことがないわけではない。動く度に小山と変わらない拳を振り回す巨人、生物を死滅させる毒の吐息を常に吐く腐竜、一国の軍隊が丸々ゾンビ化した挙げ句倒してもゾンビを復活させるノーライフキング等理不尽極まりないものがいたがその全てに二回、三回と挑み丹戸は打ち勝ってきたのだ。その丹戸が見た目にはただの老人にしか見えない者に負けたというのは信じられなかった。
「ぶっちゃけ自信無くすよなぁ……」
丹戸が凹むように頭を下げる。アウル達が慰めようとしたのか励まそうと思ったのか自分達でも分からないまま近付き
「よっし、アウル、チャニィ、チュニュ。クレンも連れて異界とやらに行ってみるか。めちゃくちゃ強い魔物が大量にいるらしいしな。鍛えに行ってみようぜ」
そう言ってにやりと笑った丹戸に安心したアウルが呆れたように言う。
「まずは生存者の安全の確保ですよタンド」
「やっべ、忘れてたわ」
アウルは丹戸のその言葉に苦笑いで返したのだった。
スイは思った以上の集中力に驚いていた。視線の先にいるのはアルフ達だ。課題をなかなかクリア出来そうになかったために発破をかけたのだがそのせいか四人の課題は順調に進んでいる。
アルフとフェリノは魔闘術の常時発動一日、ステラは黒紋剣ヴァルトの制御、ディーンは夢幻に術式を追加したものを常時発動一週間と言うもの。
アルフとフェリノはあと一時間ほど継続出来れば課題達成だしステラに至っては最初の二十本を完全に制御し追加すらしている。ディーンも集中さえ切れなければ今の魔力消費ならば持つことだろう。
「ん、追い込んだ方が良いのかな?今度からのはもっと追い込んでみようか。期限があるのも良いのかも」
スイは四人との鍛練をもう少し増やそうと考える。今のままでもかなり厳しいのだがそれを言う者はいない。
「嬢ちゃん、帝都まで街に入らないって言ってたけど馬無しで入るのか?」
今は野営準備の最中だ。そんな中割り当てられた仕事が終わったのかデイドがスイに訊いてくる。
「馬は近くの街で手に入れる。けど私達は入らない」
「は?入らないでどうやって手に入れるんだ?もしかして入らないってのは門から入らないってことか?」
「違う……出てこないの?」
スイが突然後ろを向いて声を掛ける。そこには誰もいない。
「出てこないなら敵だと判断して消し飛ばそうと思うんだけどどう思う?」
再度声を掛けると空間が揺らめくようにぼやけた瞬間そこに複数の人影が出現する。それを見た瞬間デイドは即座に反応し愛用している籠手から竜気を出し全身が隠れるほどの大楯をソルスの指輪から取り出す。
ちなみにスイの次元の指輪を元にした指輪型の空間保存魔導具というのは高いがそれなりには流通している。ジェイルが持つアルネアの指輪は保存量が多く時間経過が二分の一というそれなりに高価な物、ソルスの指輪は保存量がそれなりで時間経過は四分の一という物だ。
「デイドさん楯、邪魔。それにこの人達は敵じゃないよ」
スイが大楯をひょいっと指先でずらす。指先でずらせるような大きさはしていないのだが魔族の中でも魔王クラスのスイには関係無いだろう。
「デイモスで合ってるよね?年を取ったの?」
「はい。デイモスでございます姫様。一応は息子が居ますので不自然にならぬように多少年は取りましたな」
そう笑うデイモスは見た目はどこにでも居そうな好好爺といった感じだ。しかしその身から溢れる魔力はかなりのものだ。デイド等は簡単に捻り潰せるだろう。スイは魔力を完全に制御しているのか漏れる魔力が少ない。とはいってもそこらの魔導師と比べたらかなりのものだ。制御しているのに漏れてしまうのは単なる余剰魔力なので完全に制御しようが入れる器が無ければ漏れてしまうのだ。
「そっか。息子は魔人?」
「はい。人族の女性との間の子であります」
「ん、女の人にはちゃんと言ってる?」
「妻には私が魔族であることは伝えております。既に眷属にもしています」
「眷属?」
デイドが二人の会話で気になったことを訊く。魔人は先程の会話から魔族と人族の間の子供のことを言うのであろう。しかし眷属というのがいまいち分からなかったのだ。突然現れた魔族に対しても味方であると分かれば物怖じしないデイドは大物かもしれない。
「ん、眷属っていうのは……何て言ったら良いんだろう?そうだね。半魔族化とでも言えば良いかな?」
「半魔族……亜人族のことじゃあないんだよな。なら文字通り魔族になるってことか?」
「そう。正確には魔族の血を取り込むことで主従関係になるんだ。勿論与えた魔族の方が主だよ。主従関係っていっても命令を下したりとかは出来ないけど。あと血を取り込んだとしてもお互いに望まない限りは半魔族化はしないよ。それで与えられた方は寿命の解放、与えた魔族の一部の力を受け継ぐことになる」
「寿命の解放ってことは寿命が無くなるってことか。魔族の力を受け継げるならかなり凄いな」
「ん、けど勿論デメリットもあるよ。与える際に身体の改変が起こるから耐えきれずに死ぬ可能性もあるし年を取らないから姿が一生変わらない。与えた魔族が亡くなったら一緒に死ぬことになる」
「魔族が亡くなった時に寿命があってもか?」
「当然死ぬよ。寿命があろうと無かろうと関係無い」
「姫様、この者は?」
説明しているとデイモスがスイに問い掛けてくる。
「ん、この人はデイドさん。竜牙っていう冒険者パーティのリーダーだよ。私と一緒に行動してる人は全員味方だから何かしたら消すからね」
スイはそう言ってデイモス達を見る。
「畏まりました。デイド殿よろしくお願いします」
「ああ、デイモスさん……だったか?よろしくな」
「それでデイモス、馬を適当に見繕って買ってきて欲しい。あと貴方達は一緒に行動するの?」
「いいえ、私達は姫様の影となり行動しましょう。馬は四頭で宜しいですかな?」
「ん、分かった。それで良い。じゃあ行って。そんなに血の臭いを嗅がせられると変になる」
スイのその言葉に一瞬反応したがすぐにデイモスは頭を下げて空間に溶け込むように消えていく。
「なぁ、俺の血で良ければ飲むか?」
勇気を絞って訊いたデイドだったがスイは頭を振る。
「デイドさんの血は要らないかな」
その言葉に安心したような何だか悔しいような変な気持ちを抱えてデイドはその日は一日中悶々とすることになった。
「ん?あの木……魔物かな?」
スイ達が馬車?を走らせていると前方に不自然なまでにぽつんと一本だけ木が立っていた。ちなみに御者は必要ないのだがスイは御者席に座っていた。座っていたのは正確にはダスターでスイはその膝に乗っていただけだが。ダスターは自分の主が美しい少女なため少し困っていたのだが同じくもう一つの馬車?の御者席に座っているデイドは助けてくれそうにはない。
「ああ、あれは多分はぐれた魔物だな。トレントだと思うぜ。でかいからエルダーの可能性もあるがどうする?近付かなければ襲われないから通り抜けるか?」
「ん~、トレントって素材としては良い?」
「全身に魔力が満ちてるから木材として見るならかなり良質なものだな」
「そっか。ならあれを弓にしちゃおうか」
「は?」
「ステラってエルフでしょ?エルフなのに弓を持ってないのって何だか変な感じだからあれで作ろうかなって思う。ちょっと作業してくるね」
そう言ってスイは馬車から降りてトレントに向かっていく。デイドは慌てたがダスターに止められる。
「トレント程度にスイ様が傷付けられる訳がないでしょう。慌てるだけ無駄です」
その言葉通り動き出したトレントの枝がスイに当たっても痛みすら感じないのか無視して近寄る。葉で切り刻もうとして風で吹き散らされていた。
「……そうみたいだな」
スイはそのままトレントの身体に着くと腕を振って真っ二つにしていた。トレントが倒れた後にスイはそのまま何かをしている。五分ほど何かしてから戻ってきた。当然トレントの身体はもう見当たらない。
「何してたんだ?」
「ん、錬成でトレントを生かしてみた。無限に増える矢筒の出来上がりだよ」
そう言ってスイが見せたのは魔力のこもった美しい弓と同じく美しい装飾がされた矢筒だ。
「生かし……?」
「この矢筒の中にエルダートレントだったものを入れてる。まだ生きてるから魔力さえちょっとあげたら勝手に大きくなって矢筒の形になる。途中で矢筒内に刃が出てきて切り取って矢にするんだよ。魔力をあげなかったら矢にすらならないから安全面は大丈夫。矢の置ける本数は十本だよ。頑張ってみた」
自慢の逸品なのかスイの言葉はいつもより流暢だ。
「そしてこっちの弓には属性変換の術式を刻んでるから色んな属性の矢が打てるよ。ステラ喜んでくれるかな?」
「喜ぶんじゃねぇか?今聞いた限りじゃ弓使うやつからしたら手が出せないくらいの高価なやつになりそうだしな」
「そっか。早速渡してくる」
そう言って年頃の少女のように馬車に入っていったスイを見てダスター達は改めて力になってあげようと覚悟を固めた。
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