第79話 新たな命
「グォォォァァァァ!!!」
私の目の前に立っているのは二つの頭を持つ熊の魔物、ツインヘッドベアーだ。その二つの頭の内一つは既に破壊してあるので声をあげたのは片方だけだ。というより破壊したからこそ吠えたというべきか。
「ん、何でこんなのと戦ってるんだっけ?」
スイはつい数時間ほど前の出来事を思い出す。
「とりあえずスイちゃん今から異界に行ってきてもらえるかな?」
突然異界に行くようにクライオンに言われてスイは首を傾げる。
「どうして?」
「えっと、正直な話今はスイちゃんの手は要らないんだ。まだ息子と仲良くしてあげる段階だからね。むしろスイちゃんが居たら邪魔になる。だから今のうちに僕が唯一行けなかった異界、深き道にあると思われる魔王ウラノリアの遺産を探してきてほしいんだ。何があるかは知らないから無駄足になる可能性もあるけど」
「行く」
間髪入れずに答えたスイにクライオンは少し驚いたがすぐに表情を戻して問い掛ける。
「行ってくれるのは有り難いけどかなり危険だよ?何もない可能性もある。それでも行く?」
「行く。そこに父様の物があるなら取りに行かないと」
やはり間髪入れず答えたスイにクライオンは頷くとく手元に紫色の箱を指輪から出現させる。
「ならこれを渡すよ。これは君達魔族の素因から発想を得た魔導具でね。君達に関係するものを遠くからでも反応できる……っというか単にレーダーみたいなものだと思えば良いよ。これであることは確認したから間違いなく建物はある筈。ただ何が残されてるか分からない。一応改良して細部も分かりやすくしたから探すうえで楽になると思う」
スイは有り難く受け取ると指輪の中に入れる。
「それでさ、スイちゃんすぐには行けないから見せて欲しいって言うか教えて欲しいことがあるんだけど」
クライオンが少し声を潜めてスイに問い掛ける。
「何?」
「創命魔法ってどんなの?いや字面から大体は分かるけど実際はどういうのか良く分からなかったんだよね。どうもスイちゃんを生み出すときにその魔法が応用として使われてるみたいなんだけどさ」
「そうなんだ。ん……何なら今使ってあげようか?」
「良いの!?」
クライオンは食らい付く勢いでスイに近寄る。それに対してスイはクライオンの顔を持って少し離すと頷く。
「別に見せても私は困らない。どうせ誰も使えないし魔力が拡散するわけでもないからヴェルデニアにも気付かれないし良いよ」
「ん?魔力が拡散したらまずいの?」
「まずいの。ヴェルデニアは魔族の魔力なら大体誰が使ったか把握できるから。遠くだろうと油断はできない」
「げっ、それって魔族だけ?」
「魔族だけだから大丈夫」
スイがそう言うとクライオンはほっと息を吐く。
「あれ、じゃあアルマとの事が知られているのでは?」
アスタールが後ろから訊いてくるがスイは首を横に振る。
「知ってるかもだけど私の事が知られてなければ良い。それにヴェルデニアも会ったこともない魔族の魔力を理解できないでしょう。私の魔力は特徴的だから慎重になってるだけだよ」
「魔力に特徴があるのは何となく分かるけどそんな分かりやすいかな?」
「ヴェルデニアには魔神王の素因があるからね。その程度の差異なら気付くと思うよ。とりあえず創命魔法使ってみようか」
スイはそう言うと結界を二重に張っていく。それを見てクライオンも更に結界を重ねる。
「さて、どんなのが良い?私としては出来れば可愛いのが良いんだけど」
「え、今から作るってこと?」
「そうだよ。ケルベロスでも良いけどあの子はもう完成しちゃってるから見ても分からないと思うよ」
「ケルベロスを作ったってことか。それはそれで見てみたいけど……そうだな。鳥とか?」
「鳥だね。分かった」
スイは了承すると自分の魔力を練り上げていく。
「"其は夜闇に紛れ穿つもの"」
膨大な魔力が集まり光を形成する。
「"其は静かなる死を与え安寧を与えるもの"」
光は淡い輝きを持って小さなその命を作り上げていく。
「"一つの生に一つの死を、十の生に十の死を、確定された運命を捩じ込むもの"」
スイが詠唱を終えて右手を差し出すとそこに小さな命が生まれていた。
「来て、夜の獣ヒーク」
力ある言葉で夜を意味する名前を与えられたそれはその少し丸っこい身体をスイに擦り寄せて甘えてくる。その姿は誰がどう見ても……
「梟?」
体長が三十センチほどの梟だった。その顔を傾げて此方を見る姿は愛らしさしかない。夜の名前を与えられたからかその姿は黒い。しかしその瞳は金色に輝いていて夜に浮かぶ月のように見える。まあ今はどう見てもただの梟なのだが。
「強いよ?」
そう言ったスイの息は荒い。魔力を自分の出せる限界まで使ったのでかなり疲れたのだ。創命魔法では全魔力を使わなければいけないわけではないが使わないと損ではある。何故なら使ってから回復すれば魔力が倍になるからである。ちなみにウラノリアが70体以上を作っていたにも関わらずあまり使わなかったのはそれが理由でもある。つまり最初期に作ったものほど弱いからである。
「まあ強いのは分かるよ。僕が意識し続けないと見失いそうになるからね。僕の奥さん達なんてもう見失ってるから」
その言葉通り三人の妻達は視線をふらふらさせている。見失ってるから何処に居るか分からないのだ。目の前に居るというのにである。これがヒークの力である。正面に居るにも関わらず不意を付けるのだ。ちなみにアスタールは半分ほど創命魔法で形作られているお陰か見失う様子はない。
「まあ創命魔法はこんな感じだよ。とりあえず休ませてもらうね」
スイはそう言うとソファにそのまま横になる。魔力を大半使ったことによる倦怠感で動けないのだ。それに気付いたクライオンはベッドに案内しようとするがスイは手を振って断ると指輪から毛布を出すと被って寝る。それを見てクライオンは苦笑いすると起きたときに食べれるように食事の用意をするように頼む。スイはそれを遠くに聞きながら夢の中に落ちていった。
起きてすぐにスイの目の前に食事が用意される。内容は素朴ながら美味しいものであった。王味亭の料理には流石に敵いはしないがあちらは元々料理を扱う店だ。比較対象としては相応しくはないだろう。しかし家庭的な料理に限ればそれに比肩する腕前だろう。
「とりあえずその深き道に行くよ。場所は何処なの?」
「あぁ、まだ深き道に入れないんだ。深き道は動くからね」
深き道、それは細長い通路の異界なのだが実は動く。何故なら深き道は死なないアンデッドと化した蛇の魔物の背中にあるからだ。その蛇は背中が異界化しているからか魔物としての行動は一切しないのだ。だからこその異界なのかもしれないが。そして今は深き道が海の中にあるので入れないのだ。
「まあ入れるようになったら教えるから今は力を蓄えておいてね」
そう言ったクライオンにスイは頷いて食事を再開するのであった。
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