第78話 動き出した勇者



「……(さてさて想定以上の大物が味方になった訳だけどこの子転生者な筈だよね?何というか……人間味が無い)」


クライオンの目の前に居る白い髪の少女はどう見ても人形のようにしか見えない。単に顔立ちが綺麗であるからというのもあるのだがそれ以上に人としておかしく感じるのだ。スイの造形はウラノリアの部下であったグルムスや研究者達によって作られた謂わば完成された美だ。故に人として違和感が出来てしまっているのだがそれを置いてもスイが無表情すぎるのだ。


「……(まあこの子が人間味が無いからといって別に計画に支障が出る訳じゃない。戦闘力自体はかなり高そうだし立場も良い。上手く使わせてもらうことにしようか)」


そうクライオンが考えてからスイの方を見るとスイに見つめられていた。その目がクライオンの心中を見ていたようで思わず硬直する。硬直したクライオンを見てスイは少し考える素振りを見せて小さく微笑んだ。


「……(心を読んだりとか……いや、まさかね)」


クライオンは自分で考えた事を即座に否定する。クライオンは長く生きた経験から独自の情報網を持つ。その情報網によれば心を読む魔族は帝都に存在するらしいというのが分かっていた。しかし男性の魔族だというのが分かっているためスイではない。だからこその否定だ。しかしそう考えていることはスイに理解されていた。


「……(顔に出にくいけどまだ分かりやすいかな。悪巧みって程じゃないけど利用しようとはしてる。まあ協力関係結んだんだし別に気にはしないけど。けど心を読まれるとでも思ってるのかな?ん、でも反応的には不思議な感じ。お兄ちゃんの事を知ってる?長く生きてるみたいだし結構広い情報網でも持ってるのかな)」


まさか顔色や態度だけでほぼ読心に等しい事をされるとは思っていないのかクライオンはすぐに硬直から解けた。ちなみに魔力的に繋がっているせいかある程度のスイの考えを理解出来てしまったアスタールは表情に出さないだけで精一杯だった。


「……(スイ様は顔色や態度だけでこれほどの事を理解されるのか。常人とは思えない。いや凄いのは分かっていたが)」


そして目の前で何故か無言の応酬が繰り広げられた妻たち三人は困惑しているのだがそれが伝わることはないのであった。



――剣国の勇者――

「うん、やっぱりね」


僕はアルドゥスの王城でアルドゥスが建国される以前の資料を漁っていた。千年前の資料はそう無かったが少しは残っている。その中の一つにウラノリアのヴェルデニア襲撃以後に隠れ潜んでいたと思われる場所を大まかに推測した物があった。その中には幾つかの隠れ家と思われる建造物が存在したらしい。

あった場所は渦巻く黒海ってあそこにあったんだ。それと天なる階段、迷いの森、竜峡谷、深き道、生を呪う者って全部異界化している場所ばかりだな。

渦巻く黒海は知っているけど幾つか名前だけじゃ訳の分からない場所が多いなぁ。天なる階段は法国セイリオスの隣国の小国カイツという所にある異界で地上から遥か高い場所まで透明な階段が続いているというもの。魔物の種類は基本的に空を飛ぶ魔物ばかりでカイツはそこの大暴走に悩まされている。

迷いの森は場所はセイリオスの国境沿いに存在していて中の空間が歪曲しているらしく見た目以上に広大な森。魔物の種類は地上種をほぼ全て網羅しているらしい。浅い所だと弱い魔物ばかりだが深くなればなるほどSランクがごろごろ居ると。

竜峡谷はその名の通りで峡谷がそのまま異界化していてイルミアの城塞都市の間近に存在する。出現する魔物は亜竜と呼ばれるドレイク系統や飛竜系統のワイバーン、龍種、ドラゴンゾンビとかばかりのようだ。ゾンビと普通の竜が一緒に居るのは不思議な感じがするけどゾンビになってもある程度の知恵を持つらしくて連携を取ってくるらしい。

深き道は詳細が分からない。獣国に存在していて何でも冒涜的な何かが出現するらしい。口に出すのも憚られるし文章に表すのも難しいが強いて言うならば複数の生物が混ざりあった何からしい。結局良く分からない。

生を呪う者は一応異界だ。者と言っていることから何となく分かるかもしれないが実は人骨が異界化しているのだ。ただし異界化した影響か人骨とは思えない程巨大化しているらしい。そして足の指の骨から内部に入っていくらしい。ちなみに巨人のような存在は魔物以外には確認されていないのでほぼ間違いなく人骨のようだ。骨の形から推測したようだ。魔物の種類はゴーストやスケルトンといった肉体を持たない?魔物ばかりのようだ。アストラル系ということだろうか。スケルトンをそれに分類して良いか分からないが。


「……うん、ウラノリアって変人なのかな?何でこんなところに隠れ家なんて作るかな?」


正直に言って調べていてこいつ頭おかしいんじゃないかと本気で思ってしまった。特に生を呪う者の隠れ家とか。何処の誰が人骨内部に隠れ家を作ろうと思うのか。いやもしかしたら生を呪う者自体がそう見えるように偽装した物なのかもしれないがそれでも変人にしか見えない。


「まあ良いや。建造物を見付けたっていうのも遠目から見ただけみたいだし何をしていたかは直接見に行くしかないかな。あぁ、でも結構強いのかな?黒海に居たゾウはそんなに強く感じなかったけど竜とかも居るみたいだしね。さてと……とりあえず城から抜け出そうかな」


拓也は王城で調べ物をしていたが実際は潜入して読んでいるのだ。なのでアレイドや未央や晃はまだ拓也がセイリオスに居ると思っているだろう。


「ん?誰か来た?……隠蔽術式展開」


魔法を展開してすぐに人がやって来る。その人を見て拓也は一瞬理解できなかった。


「……(魔族?何でこんなところにっていうかアルドゥスの王城に居たらいけないよね。どうやって来たか……とかは考えなくても良いか。この城の主に決まってる。アレイドは魔族と裏で結託している?でもこの魔族からは敵対意識を感じない。ウラノリアの部下とかかな?それでヴェルデニアに反感を抱いていてアルドゥスと手を組んだとか。案外合ってそうだな)」


拓也はそっと窓から乗り出すとそのまま飛び出した。すぐに地面が近付いてくるが着地する前に空気に柔らかさを持たせてふわりと降り立つ。音を立てずに降りたからか魔族は気付いていないようだ。


「とりあえず近場の異界から行ってみようかな。きっと何かが見付かる筈。それに……」


拓也は空を見上げる。


「姉さんが居る気がするんだ。そこにさ。だから待っててね。すぐに会いに行くから」


そう呟いた拓也の瞳は狂気に彩られていた。しかしすぐに鳴りを潜めると歩き出す。一番近い異界、生を呪う者に向かって。



「……ここが生を呪う者か。なるほど、確かに生を呪う者だ」


王城から抜け出し向かった先は国境近くの異界、生を呪う者だ。その姿は巨大な白骨死体だ。その死体は立ち上がっていて足から頭までおよそ三百メートルはあるだろう。巨人としか思えないが巨人という存在はこの世界には存在しない。

その巨人はドス黒い闇を纏っていてボロボロの布切れを肩から下げて右手には巨大な剣が強く握られている。そしてその顔は白骨であるというのに表情豊かで怨嗟の声を挙げるかのように大きく口を開けていて目が暗い眼窩にも関わらず睨み付けているのが分かる。生者を憎む死者の模範とでもいわんばかりだ。


「まあ見ていても仕方ないか。行こっか」


拓也はその巨人を見ても特に気負いもせずに足元に向かう。左足の人差し指から登れるようだ。正直登りづらいが中に入れば異界化しているので登りづらさとは無縁になるだろう。


「って中も登りづらいのか」


人差し指から入ると中には骨で出来た階段に骨で出来た扉、骨で出来た内臓?らしきものに骨で出来た魔物と骨しか存在しない。しかし良く見ると半透明なゴーストも存在する。周りの色彩が白ばかりで見えづらいからゴーストがうようよいても気付きづらい。歩くとパキッと乾いた音を立てて骨が割れる。


「で、音を立てたら魔物が寄ってくると。浄化も効かないみたいだし面倒だね。まあそんなの僕には関係無いけど。消えろ、聖光」


拓也が左手を出して光を放つとゴースト達が一瞬にして消える。浄化に見えるが単に光の属性で消し飛ばしただけだ。


「スケルトン系はあれじゃ倒せないみたいだね。まあ骨を砕けばいけるでしょ」


呟いて骨の剣を持って近寄ってきたスケルトンを蹴り砕く。肋骨と背骨を折ったからかスケルトンは動けなくなっているようだ。油断せずに近寄り頭を踏み砕くとスケルトンは動かなくなった。


「さっさと建造物とやらを見付けようか」


歩き出していき明らかに外から見た大きさより高く登っていくとようやく建造物が見付かった。それは何らかの結界で囲まれているようで近くに魔物が存在しない。


「結構深い位置にあったということはここまで来た人が居たってことなんだよね。確か著者は……クライオンだったかな?魔物図鑑を作ったエルフの人。クライオンに会えたら一番良いんだろうけど何処に居てるかは誰も知らないみたいだし現実的じゃないか」


ちなみに形は何処かの屋敷だ。骨で出来ているせいで屋敷と言って良いか分からないのだが。


「さてと、何が分かるかな?」


拓也は右手に握っていた巨大な骨の魔物、エルダージャイアントスケルトンキングを地面に落とすと屋敷に入っていく。少しだけ気持ちを高揚させながら。

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