第77話 協力関係



「あぁ、分かったよ。スイちゃん。同郷の者よ」


にっこりと笑うクライオンに私は警戒して椅子に浅く座り直したがすぐに深く座り直した。理由は簡単でそもそも敵対する理由があるなら家まで招かないだろうと思ったのだ。家の中に魔法が仕掛けられていて罠だらけなら警戒するのだが入る前にも勿論入った後にも罠の気配が一切しなかったのだ。

後わざわざ転生者であると分かりやすく示す理由が無いと言うのがある。明かしたところで何の利益にもならないのだ。それどころか無駄に警戒心を抱かせかねない行為だ。私にはそれが逆に敵対意識がないと言っているかのように感じられたのだ。


「ん、それで家の中で隠れて見ている人達は何?さっきから視線が地味に鬱陶しいのだけど」


私がそう言うとクライオンは少し驚きすぐにその人達を呼んだ。


「まあ君が誰か分からないから隠れているように言ったんだけど好奇心が抑えきれなかったみたいだね。スイちゃん彼女達は僕の妻だよ」


そう言って紹介された女性達は最初覗き見していた為に少し気まずそうにしていたがすぐにスイに向き直り自己紹介をし始めた。


「まず最初に覗き見していたこと申し訳ありません。この人がわざわざ連れてきた事など無かったものでつい好奇心を抑えきれませんでした。それと私がこの人、クライオンの妻フィムと言います」


最初に挨拶したのはエルフの十代後半に見える女性。エルフは長命種族な為恐らく実年齢はかなり高いのだろう。落ち着いた物腰で挨拶をしてきた。


「同じくクライオンの妻ユウと言います。覗き見しちゃってごめんね?」


次に挨拶したのは猫人族の女性。二十代前半に見えるが身長があまり高くない猫人族のせいで外見より幼く見えてしまう。


「クライオンの妻イスティア」


最後に挨拶したのは眠そうに目を細めた少女だ。見た感じ何かの亜人族なのだろうが判別できない。どうも耳や尻尾が見当たらないのだ。だが人族ではないとスイの感覚では分かる。


「ん、じゃあ私も改めて自己紹介するよ。魔王ウラノリアと北の魔王ウルドゥアとの間の娘にして次代の魔王であり魔国ハーディスの姫であるスイです」


そう言ってスカート部分を摘まんでカーテシーと呼ばれる礼をすると全員固まってしまった。クライオン以外の人達が固まるのは何となく予想はしていたものの後ろにいるアスタールも固まるとは思っていなかった。だが考えてみたらアルマは私が誰か分かっていなかった。なのでアスタールも私が魔族であるということ位しか知る訳がないのだ。


「……おっと、想定外の大物だったや。さっき聞いたけど流しちゃってたからなぁ……。ということは迷いの森の塔にあるあの研究は君を作るための物だったってことかな?」

「ん、間違いない。というか結構あの塔まで攻略できた人が多いの?貴方で二人目なんだけど」

「二人目?僕以外にも攻略できた人が居るんだ。でも僕が最初だと思うよ。攻略したのはもう六百年くらい前だからね」

「そっか。あんまり知られていると面倒だと思ったけど二人だけなら良いや。攻略したのは人災の剣聖だよ。ルゥイっていう可愛い子」

「あぁ、あの子か。なるほど。剣の腕は高いし天剣シャイラの力を引き出せる彼女ならいけるか」


そう言って納得したクライオンは三人の妻達をそのまま同席させていいか訊いてきたので私は頷いておいた。


「とりあえず僕は君の味方……と言いたいけれど無条件に信頼する訳にもいかない。だって君も転生者なんだろう?僕の言語帳をパッと見て分かるくらいなんだし」


言語帳にはクライオン達亜人族の言葉と横に並べるようにしてひらがなが並んでいる。当然ひらがななんてこの世界には存在しない。他者が見てもミミズがのたくったような暗号にしか思えないだろう。


「ん、そうだね。無条件に信頼されても困るかな。私は盲目的な味方より自分の意見を言って時に対立する味方の方に居てほしい」

「僕も同意見だね。盲目的なのが一人くらいならまだマシだけどそんなのばっかりだったら選択を間違えたときに取り返しがつかなくなっちゃう」


クライオンがそう言って何かを思い出しているのか苦い顔を一瞬だけしてすぐに戻る。戻ったのを確認してからスイが問い掛ける。


「とりあえずクライオン、貴方がどうして苛められっ子の振りをしていたのか訊いても良い?」


スイが疑問に思っているのはそこだ。わざわざ

エルフの姿から偽装魔法を使ってまで猫人族の振りをして獣王の息子に接触していたのだ。何か理由がない限りまずしないだろう。もしかしたら苛められるのが好きだからとかそういう理由かもしれないがあまり想像したくない。


「あぁ、あれは獣王に接触するためだよ。えっと、多分知らないだろうから説明していくね。まず獣王がどうやって決められるかは知ってる?」

「戦って優勝者が獣王になるんだったよね」

「そうそう。馬鹿な決め方だよね。っとその獣王なんだけど基本的にやることはないんだ。強いて言うなら自分が嫌いな種族を言うくらいだね。そうしたらこういうスラム街が出来上がるよ」

「最低な制度だね」

「まあね。それでやることはないんだけど王となった以上普通の手段じゃまず会えない。パレードなんかもしないし舞踏会を開くなんて事もない。国の祭りなんかも基本的には個人で集まって酒を飲むくらいだから当然出てこない。陳情も受け付けられてないから意見が通ることもないんだ」


クライオンが語っていく事実に思わず愕然としてアスタールを見るがアスタールはただ頷いていてそれが事実なのだと分かった。


「更に言うと当然王城には入れないし忍び込むのも窓が高すぎて無理。城を破壊するのは論外だし。だから会おうと思ったら息子辺りと親しくなって王城に連れていって貰うくらいだったんだ。それであの息子は苛めている相手を親しく感じる感性の持ち主だったからわざわざ苛められてあげていたんだよ」

「……ん、まあ分かった。でもそこまでして獣王に会おうとしてるのは何故?」

「それは獣王を味方に付けようと思ったからだよ。武術大会で優勝を五回もしてる猛者だ。味方になるなら心強いだろう?役に立たないなら切り捨てるけどね」

「獣王を味方に付けて何をしようと?」

「え?当然ヴェルデニアと戦って貰おうかなと。勿論それだけで勝てるとは思ってないけど配下の魔軍相手なら善戦できるんじゃないかな。獣王が動くってなったら獣国にいる亜人族は結構動くことになるし」

「……ん、確かに。魔軍相手なら役に立つかもね。調子に乗って一対一とかやらなければ」

「一対一じゃ勝てないと?」

「むしろ勝てると思ってるの?肉体的には亜人族は優れているけど魔軍に配属されるような魔族は最低でも素因数が三以上あった筈。肉体的にも負けるし魔法ありだったら圧倒的に戦闘力不足だと思うよ」


私が言った言葉にクライオンは少し考え込む。


「……二体一なら?」

「相性次第だけどまだ負けるかも」

「三対一」

「怪我はするだろうけど勝てるんじゃない?」

「なるほど。ちなみにヴェルデニアは魔軍を幾らか追加しているみたいなんだけどそれ相手ならどう?」

「……魔軍に追加?ふざけてるね。どれだけ強いか知らないから分からないけど見付けたら私が殺す。亜人族がそれと戦うことはないよ」


私がそう言うと本気で言っていると分かったのかクライオンが何かを言おうとしてやめる。


「分かった。とりあえずやるとしたら三対一以上を推奨しないと負けるってことだね」

「それなんだけど出来たら二体一にしてほしい」

「どうして?魔族の数はそれほど多くないし二体一にしなくても数は間に合うよ?」

「数の問題じゃない。ヴェルデニアに無理矢理従わされている人が多数居る筈だから殺して欲しくないんだよ」

「……その話少し詳しく訊いても良いかな?」


クライオンに私の知るヴェルデニアの情報を伝えていくとどんどんと厳しい表情になっていく。


「うん。そっか。スイちゃん怒らないで聞いてね。まず前提として魔族に理性や感情、その他諸々の所謂人間性とでも言うべきものは無いと一般的に思われてる。僕だって最初は君が特殊な個体なんだと思ってた。ヴェルデニアや魔王と呼ばれるような個体と一緒の存在なんだってね」


クライオンが語っていく内容はかなり衝撃的だった。曰く魔族は性格が残虐で冷酷で嗜虐的な人型の魔物である、曰く魔族は死の瞬間まで愉悦を感じる魔物である、曰く魔族は特殊な能力を多数持ち強力な存在程人間とは遠くなる、曰く魔族にはランクが存在し弱い順から下位魔族、上位魔族、貴族、皇族、魔王となっているらしい。恐らく下位魔族は素因数が一~二又は弱い素因三、上位魔族は三~五又は弱い素因六、貴族は五~七又は弱い素因八、皇族が七~九、魔王が十以上の魔族だろう。正直に言って分ける理由が良く分からない。見た目で分かる訳じゃないからだ。


「とりあえず魔族の一般的なイメージはこんな感じだよ。だからヴェルデニアが魔族を操っているっていう話も単に魔族を束ねる存在だからと思われて終わると思う。あまり信じられないと思うよ。もし信じられるならその人は魔族の事を多少知っている人限定だと思う」


確かにスイがヴェルデニアの事を話したのはガリアやジール達Sランク冒険者ばかりだ。何かしらで魔族と遭遇する機会ぐらいはあっただろう。


「つまりヴェルデニアを殺した後は魔族の正しい知識も広めないといけないってことだね」


本当に面倒だ。スイがそう思って溜め息を吐くのも仕方ないだろう。


「まあ良いや。どっちにしても魔族のイメージ払拭のために動かないといけないんだし」

「良いんだ。まあ僕も手伝ってあげるから安心しなよ。こう見えても僕は有名人だからね」

「期待しておくよ。とりあえずその為に私に手伝えってことだね」

「あはは、まあ宜しく頼むよ」


クライオンはそう言って手を差し出してきたのでその手の上に小さな翠色の鳥を乗せた。


「……これは?」

「私のトレードマークにしようかと思ってる翠鳥みどり。発信と受信くらいしか出来ない魔道具だけど危険な時にその場所を知らせるくらいなら出来るかなって思って片手間に作ったものだよ。それに最近手に入れた転移用の魔道具を組み込むのが目標です」

「ああ、うん。貴重なものをありがとう。でもここは普通握手じゃないかな……?」


クライオンが苦笑いしながら言ってきたので私はとりあえず曖昧に誤魔化しておいた。






――???――

「さてと、出会いは上手く行った」

「とりあえず次の出会いは帝都か」

「会わせるまでが長いなぁ」

「だけど気長に行くしかないかな」

「何たってもう千年は待ったのだから」

「私の罪に早く罰を与えてくれ」

「私は待ち続けるから」

「だから……//〇◇∥▽」

「私を……彼を……」





「早く殺してくれ」

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